美術鑑賞に行きました。
毎朝、弟に会いたくなくて、朝の魔術訓練は庭から屋根の上に変更した。そこら中に糸を張り巡らせていたらまず落ちる心配はない。
護衛とメイドには不評だが、家出されるよりはマシだと受け入れられている。
屋根の上なら人目を気にしなくていいのでルーナを呼び出し、ふわふわの毛を堪能させてもらう。
ルーナは部屋飼いしていることになっている。ルーナ用の巣を作って、イヤーカフになっているときは、巣に膨らみを与えて寝ているように見せかけていた。
このうさぎ、主食は魔力で、糸操魔術で出した糸が好物らしい。屋根から部屋に戻る前に、そこら中に張り巡らせた糸を嬉しそうに食べている。
普通の食べ物は嗜好品として食べれなくもないが、なくてもいいらしい。メイドはルーナの食事に野菜を用意してくれるから、それをこそっそり糸化して食べさせている。
それで、ちょっと珍しいだけの普通のうさぎだと思ってくれればいいのだが、怪しんでいる人もいなくはない。何しろシャーリーの髪の色とまったく同じ色の毛をしたうさぎだ。
「糸操魔術は、生き物を生み出せないですよね?」
そんな疑問が離れの使用人の中に渦巻いている。
ぬいぐるみを糸で動かせても、それは生きているとは言わない。
問われれば違うと言えるのだが、ひそひそ話されているだけらしく、ミーヌがおかしそうに教えてくれた。
「ルーナちゃん。お嬢さま以外には懐かないでしょ。みんな触れたいけれど触れなくてガッカリしているだけですわ」
何か、誤魔化されてるように思える。けれど、ミーヌがいい笑顔だったので、触れないことにする。
このうさぎ、せっかく長い毛があるのに、抜け毛がない不思議生物だった。抱き心地いいし、なぜまわすにはちょうどいいけれど、毛が抜けないのは残念でならない。
切ったらダメだろうかと考えもするが、長い毛でも暑そうにしている様子もなく、耳なんてどこまで切っていいのか謎だ。
ルーナにはそういう意味で期待できないから、ブランには期待したい。
それにしてもこのうさぎ、抱っこしていないと頭から肩のあたりに乗っかってくるのはなぜだろうか。ミーヌはうさぎの帽子みたいでかわいいと言ってくれるが、アニマル帽子なんてこの世界では見たことがない。
近いものとしては、魔物の剥製兜はあるが、あれにかわいさはまったくなかった。
月に1度の伯父とのお出かけの日。今日連れて行かれたのは中央大聖堂だった。
結婚式やお葬式に使われる事もあるが、今は王家主催で若手画家や彫刻家の作品を集めた展示会をしている。中央大聖堂に飾られているのは予選通過作品で、後見人がつくと入賞作品になるらしい。
「好きになれる作品を探してみようか」
絵画を飾るも、画家を育てるのも貴族の仕事の1つらしい。とりあえず、勇ましい英雄や将軍の描かれた戦場の絵は離れに飾りたくない。
それならまだ風景の方が良かった。花の絵もあったけど、花瓶に活けられたものよりは自然の中にはえる花がいい。
どれがいいというよりは、消去法で選んでいく。
花ばかり描かれた幻想的というよりは演出過剰な絵画。細かく描きこまれているし、色合いはきれいなんだけど、毎日は見たくない。
山林を描いた絵画はなんか陰鬱で、わざわざそんな辛気臭い物を家の中に持ち込みたくなかった。
巨匠の作品みたいな存在感のある絵と違って、どれもこれも自己主張が強い。もう少し大人しいのがよくて、前世の記憶に残る引っかかる物があった。
「伯父さま、わたしこういうのより素描の方が好きです」
色味が多いと、どうにも自分の趣味と合わない部分が出てしまう。普段からたくさんの糸に囲まれて生活をしている。
糸の色は多様で、少しの差で同じ色は作れなくなってしまう。繊細な色の差を意識してしまうせいか、色味のある絵画をみていたら、もう少し濃いめがいいとか、そこは薄くなんて、自分の感覚が主張してしまう。
どうにもみているだけ疲れるので、あえて欲しくはない。感覚の合わない部分でストレスになる。
シャーリーの感覚どおりにしたところで、絵としていい物になるかは不明だが、刺繍としてなら悪くないはずだ。
基本的に離れに飾っているのも絵画ではなく刺繍ばかり。もらい物もあれば、シャーリーが作ったのもある。
「そうか」
どうやら伯父は、第一夫人一家も第二夫人一家もすでに連れていた。みんなじっくりとみて回った結果、欲しいと思う物はなかったらさい。
しかし、それなりに力の有る伯爵邸家としては吝嗇家とはみられたくなかった。誰も援助しないというのも避けたいらしい。
「なら、入り口付近の灯り窓の下にあった、宗教画はどうですか?」
現物の絵画を見るために移動しながら、説明する。
「絵としてはわからないですが、服はいいと思います」
神話の一場面を描いた絵画。女神たちの茶会を描いていていると思われる。ただ、女神が妙に魅力に欠けており、もう少し派手な美人や気の強そう女神がいるといい。
どの女神もおっとり穏やか系にしかみえなくて、なかなか苛烈な話の多い女神たちとは一致しなかった。
ただ服はいい。白布1枚纏っているだけの女神が多い中、現物があればそのまま着れそうなくらいいい。
もう、本当になんでもいいから選んでしまいたかったのだろう。現物を見て、すぐに係の人を呼ぶ。
「こちらでよろしいですか」
基本、良い作品ほど奥に置かれている。担当は入り口に近い作品でいいのかしつこいほど確認してしてきた。
「あの、入賞評価なんとお言葉を付けたらよろしいですか?」
「服だけはいい。今度に期待する」
部分褒めで、将来性に期待するらしい。おそらく、伯父は最低限の義務は成せたもうどうでもいいのだろう。
画家への援助も必要経費。リターンなんて期待していない。
帰路のクルマで伯父に問う。
「画家選びはおねだりに入りますか?」
「入らないよ」
「では。月末にトラックを出して下さい」
「何に使うんだ?」
「クラブ棟の部屋に荷物がたくさんありまして、送り迎えしてもらっているクルマのトランクには入りそうにないんです。クラブ棟は引き継ぐ後輩もいないので、卒業する前に片付けないといけなくて」
トラックは出してくれると返事をもらえた。
伯爵邸に到着すると、珍しく本邸の伯父の部屋に呼ばれた。休日になると弟は母のところへ戻っているので、遭遇する心配はいらない。
「いつ伝えるか迷ったが、他所から聞いた方が気にしそうだから教えておく。今年の夏は総本家にクレットティックを連れて行く」
糸操魔術一門は糸操魔術持ちの者を、生まれを問うことなく受け入れてきた。弟もどうやら生得魔術があるようで、本人が望むなら連れて行くのが一門の流儀らしい。
「一緒に移動する必要も面倒をみることもしなくていい。ただいるって事は知っておきなさい。嫌なことがあったらまずは相談しなさい。家出はナシだ」
家出したつもりはないのだが、帰れなかったのがまだ尾を引いているようだ。
「あちらでは髪のせいで特別扱いですし、嫌だと主張しておけば近寄らせないように配慮してくれるのも理解してます」
なので、家出の心配はしてくれなくていい。失った信用を取り戻すには、時間がいる。
信用は1つ1つ積み上げていくしかないが、信用を失うのは一瞬です。
そんな前世の記憶が出てきて、そんな事はわかっていると思ってしまった。そんな益体もない言葉より、信用の積み上げる方法は記憶にないのだろうか。
社会経験が学生アルバイトのみの戻って大学生には、該当する記憶がなかった。これが苦学生とかなら違ったのだろう。けれど、前世はモラトリアム中の大学生で、アルバイト代はぜんぶお小遣いだ。
前世、早死にしたこと以外はなかなかいい人生に思える。けど、早死にって致命的だった。
もうそれだけで他の利点が台無しになっている。
前世の家族運と寿命が今世で入れ替わっていたら、長生き出来そうな気がした。




