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昼ドラはお断りしたい。

 長く高い壁がつづく道をクルマが走って行く。いわゆる高級住宅街で、街に入るのに関所があった。


 母はこの街で育ったらしい。浪費家だと思っていたが、母は母なりに倹約生活をしていたのかもしれない。


 家の一つ一つが大きく、離れとお庭と駐車場が標準装備となっている。そして、車が進めば進むだけ家を囲む壁は大きく長くてなっていく。


 シャーリーを乗せた車が止まったのはかなり奥の方で、壁の中に入ってから本邸の前に止まるまで少し時間がかかった。


 外から車のドアが開けられ、降りなさいと伯父にうながされる。大きな建物に、思わず口を開けて見上げてしまう。


 糸操魔術一門の分家で、糸門四家の一つであるクリニエール伯爵家の王都本邸がここだと説明してくれた。が、なんかお金持ちらしいとしかわからない。


 そんなお家のご当主様が伯父だそうで、背を押され中に入ると天井が高くて広々とした玄関ホールとなっていた。


 おそらく至る所に置かれた品々は美術品で、美術館に来た気分で鑑賞してみたいが、向けられた鋭い眼差しにそんな気分は一瞬で消える。こちらを厳しい目で見ているのは伯父の第一夫人。第一がいるってことは当然第二とつく人もおり、そちらは離れに住んでいるそうだ。


 一夫多妻だから離れが標準装備となっており、当主以外にとって離れはよその家扱いになっている。

 本邸に住めるのは第一夫人一家だけであり、住人のいる離れ以外は第一夫人の管轄で、本邸によそものを入れられた事をひどく不快に思われていた。


 歓迎されていないことは嫌でも理解する。


 第一夫人には長男と長女と次男がおり、第三子である次男がシャーリーと同い年。朗らかに伯父が教えてくれるが、年が近いからと仲良くなれるわけではないし、第一夫人の顔を見れば仲良くなれるとは思えない。


 部屋の準備が間に合っていないからと客間に案内され、着替えを渡される。お風呂は保護施設で入ったけれど、服は貸し出されたもので、施設を出る時は着てきた服に戻っていた。


 長らく着ていたサイズのあっていない穴のあいた服と同じくらい、シャーリーはこの家に馴染めない。


 やったー、今日からお金持ち。と、喜べるほど前世持ちのせいで精神年齢は低くない。これじゃ、王子様のいないシンデレラ系の物語の主人公まっしぐらだと嘆きたくなる。


 しかし、お金は大事だ。母と暮らした日々の多くの困難は、お金が有れば解消する。お金目的でこの家に居座るのはありだ。


 綺麗な服を着て、お腹いっぱいまで食べられる生活。この家なら毎日ゆっくりとお風呂も入れるだろうし、汗をかいたからと日に2回お風呂に入ってもきっと怒られない。


 母といた日々よりよほど贅沢な暮らしができる代わりに、第一夫人に恨まれ敵意を向けられながら過ごす。


 貧困家庭から金持ちのドロドロへ突入なんて振り幅が酷すぎる。もう少し経済力と居心地のバランスが取れた日々を過ごしたいのだが、夢を見過ぎているのだろうか。


 今すぐ穴のあいた服とはおさらばしたいけど、渡された服は過剰なリボンやレースのつい服。どちらも趣味じゃないけれど、選べるのはどちらかしかない。


 郷に入っては郷に従えか。


 着替えを手伝うというメイドを部屋から追い出し、1人で着替える。そうして大きな鏡をのぞいた。


 白髪に近い銀髪。白髪に見えなくもないが、ぎりぎり銀髪のはずだと鏡の前で毎回念じている。前世が白髪は嫌だとうったえていた。


 瞳は髪よりは濃い灰色をしていて、ガリガリの身体と相まって幽霊のぽい。そんな子どもに真っ赤なワンピースに金糸の装飾とレースやリボンを大量につけても似合うわけがなかった。


 着る前からわかっていたけど、残念すぎる。


 着替えが終わったので部屋のドアを開けるとメイドが立っていた。


「お似合いです」


 にこにこと褒めてくれたが、仕事って大変だと思う。

 これからご当主夫妻とお茶会だそうで、それ用の部屋に案内される。到着すると既に夫妻がおり、第一夫人はかなりヒートアップしていた。


 ドア越しなので何を言っているかまではわからないが、歓迎されていないのだけはよくわかる。


 メイドが訪問を知らせ、許可を得て中は入った。


「ここへ来て座りなさい」


 伯父進められるまま足を進め、座る前に伯父と第一夫人の顔を見た。伯父は何を考えているかわからない微笑み顔で、第一夫人は怒りに染まった顔で無理やり笑っている。


 この場で決定権を持つのは伯父だ。第一夫人ではそれを覆せないのだろう。仲良くするのは無理だとそうそうに諦める。


「邪魔ならちゃんとして捨てて下さい。保護施設は家より居心地がよかったわ」


 弟に指を噛ませている必要もないし、怒鳴り声で目覚めなくてもいい。何よりシャワーだけどお風呂に入れるし、寝る場所は押し入れじゃなかった。


 保護施設は短期間しかいられないけれど、この世界にも孤児院はある。まだ富裕層の生活に馴染んでないし、金持ちのドロドロした争いに参戦させられるよりはマシだ。


「それはできない。君の髪の色はは糸操魔術一門の特徴だ。捨てるのは外聞が悪すぎる」


 この髪の色だからこそ、保護施設入ったか翌日には問い合わせの連絡があり、今日のお迎えとなった。


「捨ててはやれないが、第三夫人用の離れをやる。準備が整うまでは我慢してくれ」


 我慢を求められたのはシャーリーと第一夫人の両方。離れに移れば、同じ伯爵家の敷地内とはいえ別の家だ。第一夫人とそうそう顔を会わすこともない。


「それから弟の方は退院したら母親の所へ戻る。会いたいなら車を出すから入院中にするように」


 それはつまり、母親が迎えに来ないのはシャーリーだけってことだ。未だかさぶたや噛み跡のある左手を見る。


「弟には会いません」


 捨てられた姉が、これからも母の元で育てられる弟に言える言葉はない。出てきたとしても恨み言にしかならないだろう。


 わざわざ傷つくためにも、傷つけるためにも会いたくなかった。


「そうか。なら今日はゆっくりしていなさい」


 席に着くことのないまま退室を許され、メイドの後をついて客間に戻る。部屋に着き、窓際のテーブルある一脚の椅子をひかれ、うながされるまま座った。


 別のメイドがお茶とお菓子の用意をしていく。


「何かありましたらこちらのベルを鳴らして下さい」


 ガラス製のベルは花模様のある繊細な物で、手に取るのは壊しそうでちょっと怖い。


「お茶やお菓子がなくなったら呼んで下さい。寂しいと言われればお話し相手もしますよ」

「なら、これからどうなるか知っていますか?」

「そうですね。明日は仕立て屋さんが来ますよ。採寸して服を作ることになると思います。服ができたらきっと写真を撮りますよ。入学試験受けのに必要ですからね。それから入試対策に家庭教師の方も来られるでしょう。お勉強はしたことありますか?」

「簡単な読み書きや計算なら」


 母が機嫌のよかった頃に教えてもらったことがある。


「では、何か本を持ってまいります」


 元気ににこにこと話すメイドは、一度離れると本当に本を持って戻ってきた。

 上から順に読んでいくことにする。


 一番上は絵本で、ほぼ文字はない。次も絵本で、見開きで1行か2行くらいの文字がある。どうやら少しずつ文字が多くなるように持ってきてくれたようだ。


 少しばかり文字が増えたところで、難しい単語はないからすらすら読める。


 とりあえず、糸操魔術一門は人形を操って戦うか、刺繍でお守りを作り戦いに向かう人を守る一族らしい。完全に娯楽用ではなく、これ教育用の絵本だ。


 一門の話だとわかったのは児童書を読んでからだが、最後の本なんて刺繍写真を集めた美術書である。ここで生きていくためには必要な知識なのはわかるが、求められている技能が露骨すぎだ。

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