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【08】 先輩

家を出て、政信からの使いに連れられ小太郎は城へ向かった。

途中、その男からも激励をもらった。


「良鷹、若君のお世話は大変かも知れんが、励めよ。」


「はい。」



城に隣接した大きな屋敷の門の前に着くと、男はこう言った。


「若様のお屋敷だ。ここが正式な入り口。よく覚えておくように。」


「なんでです?」


「若様は、最近抜け出す癖がついてな。なぜか抜け口ばかり使われる。

ほとんどこの門を通らない。」


憤慨しながらその男は言った。


「そうなんですか?」


抜け出して、俺に会いに来てくれてたんだ。

わざわざそこまでしてくれて、ちょっとうれしい。


「これからは逃げ出さないようにせねばならん。」



正式な門から屋敷に入り、広い中を連れまわされた。

ほとんど男はおらず、みな同じ矢絣模様の着物を着た女が多く、みなあてがわれた各自の仕事を熱心にこなしていた。


物珍しがってきょろきょろしながら歩き、先導の男に笑われた。


「今日からここで仕事だ。迷子になるなよ。もう一人の小姓は迷子になるからな。」


迷子になるほど、広大な屋敷。

自分の家がウサギ小屋に思えて、小太郎はちょっと恥ずかしくなった。


「そんなに迷子になるくらい広いんですね?」


「いや、方向音痴ってだけじゃないか?ハッハッハ。」



そんなこんなで、奥の広い部屋に到着した。

男は小太郎を部屋の隅に座らせた。


「ここが殿のお部屋だ。お越しになるまでしばらく待っておれ。」


「はい。」


小太郎の自室など問題にならないくらい広い綺麗な部屋だった。

一人では大きすぎる。率直にそう思った。

少し経つと、男は部屋の外の気配に気が付き、立ちあがった。


「おや、もういらっしゃった。ちょうど良い、小姓も一緒だ。仲良くしろよ。」


「はい。」


男は、小太郎を残し、廊下の向こうで政信に事の次第を報告していた。


「若様、お連れいたしました。」


「御苦労だった。下がってよいぞ。」



小太郎の控えている部屋に政信がやってきた。

さらに、男の言葉通りそのすぐ後ろから、若い侍が必死に追いかけていた。


「殿、それがしは一命を賭して殿にお仕えする所存でございます!

至らぬことがあればなんなりとお申し付けください!殿!」


「…うるさい。」


「殿!お待ちください!今日こそは!」


「ちょっと黙ってろ。おい、離せよ。」


政信はその若者に一切取り合わなかったので、若者は政信にしがみついた。


「離しませぬ!お話をお聞きください!」


言うことを聞かない小姓を無視し。政信は彼をひきずりながら、小太郎に歩み寄ってきた。

その顔は、しがみついている侍へ向けた胡散臭い顔ではなく、うれしそうな笑顔だった。


「よぅ!良鷹!来てくれたか?」


「はい。殿。今日から一生懸命務めます!」


「うん。よろしくな。…おい、重い。いい加減離れろ。」


「はっ。」


主に命令され、ピシッと姿勢を正して座った彼は、さっきまで政信の足にすがりつき引き摺られていたとは思えないさわやかな笑顔だった。



その顔に小太郎は驚き、声も出なかった。

侍はまぎれもなく憧れの先輩、瀧川喜一朗だった。


彼とは今の姿になる前に会ったきりだった。それに、家に来ると言っていたのに、結局一度も来なかった。

久しぶりに会えたうれしさが込み上げたが、自分をよく知る彼に、今の自分の正体がバレ無いかという不安がやって来た。


しかし、その心配は無用だった。

彼は小太郎に全く気が付かず、初対面の如く、自己紹介を始めた。


「瀧川雅和(まさかず)と申す。喜一朗で良いぞ。」


小太郎はこれに返そうとしたが、うっかり幼名の小太郎と言いそうになり、寸での所でとめた。


「瀬川良鷹と申します。お見知り置きを。」


「…瀬川?瀬川殿の縁者か?」


喜一朗は驚いた顔を見せたので、小太郎は少し不安になった。



バレたかな?

父上には、俺と姉上しかいないし、本当の叔母上には男の子どもが居ないし…。


「え?はい、そうですが…。」


しかし、喜一朗はおもしろそうにほほ笑んだだけだった。


「そなたみたいな男がおったのか。歳は?」


「十…八です。」


また間違えて十と言いそうになり、言いなおした。


「私と殿と一緒か、奇遇だな。」


「はい。」


皆年齢が同じ。偶然なのか必然なのかはわからなかったが、喜一朗に対する不安は消えた。


小姓二人が打ち解けたことを確認すると主の政信が言った。


「喜一朗、指導頼むぞ。」


「はっ。」



そこへ、豪華な内掛けをまとった年増の女がやってきた。

背後に部下らしい若い女を二三人引き連れていた。


「政信殿、失礼いたします。」


「なんだ?」


政信は少し嫌そうに返事をした。


「そこなる小姓二人に話しておきたいことがございます。よろしいでしょうか?」


「好きにいたせ。」


主に了承を得た女は小太郎たちに声をかけた。


「小姓の二人、こちらに来なされ。」


「はっ。」


「がんばれよ!」


ニヤリと笑った政信だった。




「新入り、早く来ぬか!?」


政信を見ていた小太郎は出遅れてしまい。早速女に怒られた。


「ごめんなさい。」


「『申し訳ありません』。言葉づかいに気をつけよ。…いったいどんな教育をされていたのやら。」


「……。」


「まぁよい。わたくしは浮船と申す。奥を取り締まっておる。政信殿の次に、わたくしの言葉に従うように。良いか?」


「はい。」


「二人に言っておく。その方らは、政信殿を盛りたてる大役じゃ。しっかり励め。良いか?」


「はっ。」


「喜一朗殿、また逃げられるような事があってはなりませんぞ。」


「はっ。」


怖いおばさん。

そう思って小太郎は浮船を眺めていた。

母の初音とは違い、眉間に皺が入り、いかめしい顔が好きになれそうにもなかった。


「その方、良鷹であったな?」


「はい。」


「喜一朗に仕事を学び、政信殿に不快を与えぬよう。良いな?」


「はい。」


「では、政信殿の所へ行きなされ。」


「失礼いたします。」


「失礼いたします。」


先輩に習い、浮船に怒られないよう、早々にその場を後にした。



部屋に戻るとニヤニヤした政信が待っていた。


「どうだった?浮船は?」


「怖いおばさん。」


思った通りのことを告げると、政信は喜んだ。


「ハハハ。良く言った!誰も怖くて言えない一言だ。」


しかし、横の先輩には小突かれ注意された。


「おい、良鷹。慎め。」


「ごめんなさい。」


「申し訳ありません。だ。気をつけろよ。」


「はい。」


言葉づかいが大変だとつくづく思った。

友達と話すときのように何も考えないでしゃべれない。

大人は大変だと改めて実感した。





その日は、屋敷に泊まり込みということになった。

小姓にあてがわれている部屋は、政信の部屋に近い二人部屋だった。

必要最低限の物はそろっており、普通に部屋で生活できるようになっていた。

夕餉は小姓だけでとった。

政信も一緒にと思い、喜一朗に聞いたが、あっさりと否定された。

主と臣下は一緒に食卓は囲まない。

そう厳しく言われ、しぶしぶ従った。



寝る前に、二人で仕事の話をしていた。


「喜一朗殿はいつから小姓に?」


「二十日ほど前からだ。」


「どうです?お仕事は。」


「正直言うとな、キツイ。かなりキツイ。」


そう言った彼の声音から本当にキツイという様子が感じ取れ、小太郎は少し不安になった。

母上と、姉上の言葉は正しいのかな?


「なぜです?」


小太郎の質問に喜一朗は少し憂鬱そうに俯きながら答えた。

そんな自信がない様子を小太郎は見たことがなかった。


「…俺を殿は嫌っておる。話をまともに聞いてくれんくてな。逃げられまくって、浮船さまに怒られた。さっきもそうだ。」


「…なんで?」


学問も、武術もすぐれている喜一朗がそんな扱いを受けているのが信じられなかった。

カッコいい先輩の悩む姿が、哀れだった。


「良鷹は良いみたいだな。さすが殿自らの御指名だけある。うらやましい…。」


寂しげに言う彼が本当に気の毒になった。


「あの、喜一朗殿はどうして小姓に?」


「父上の命だ。…殿が次期藩主候補に一番近いから、今のうちに仲良くしておけと。だが、俺はそんな取り入ることはしたくない。本当に殿に心から従いたいと思えたら従う。だが、まだ日が浅いせいか、そう言う気持ちにまだならない。だから不安なんだ。」


「…そうなんだ。難しいな。」


「良鷹はどうだ?」


「え?好きですよ、殿。一緒に遊んでて楽しかったんで。」


「あ、逃げてた時お前のとこにいたのか。」


「そうみたいですね。ちょっと悪いことしたみたいですね。申し訳ありません。」


「いや、うらやましい。俺も早く距離を縮めたいな。」


「喜一朗なら大丈夫です!がんばりましょうね!」


「あぁ!一緒に頑張ろう。じゃあ、寝るか。」


「はい。」



小太郎は、これからの小姓生活に期待と不安を持ちながら、眠りについた。

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