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【最終話】 未来

「若。旦那様がお呼びです。」


 帰宅早々馬の世話をしていた小太郎に、下男の吉右衛門がそう告げた。

小太郎は馬の汗を拭いてやりながら彼に返した。


「ちょっと待って。すぐ終わらせるから。…父上はお怒りか?」


「いえ。」


 心配そうにそう言う下男を見た小太郎は呟いた。


「とにかく、お急ぎを。」


 小太郎は急いで厩を出た後、身形を整えると居間へ向かった。

そこには父が居た。

 少し離れた場所に腰を下ろし、小太郎は父に声をかけた。


「お呼びですか?」

 

 良武は酒の支度をしていた。


「あぁ。一緒に一杯どうだ? …昨日の今日できついか?」


「いえ。少しならば…。」


 小太郎は父の誘いに乗り、酒杯を受けることにした。

父は息子と酒宴を楽しみ、酒が進むと彼はしみじみと言った。


「…お前ももう十八か。」  


「なんですか? いきなり?」


 すると、少し真剣な眼差しになった良武は低く言った。


「…母上から聞いた。女の子を連れてきたそうだな?」


 小太郎はこの言葉にドキッとした。

何を言われるのかと、彼は身構えた。


「…はい。それが?」


 おそるおそる口にした。

しかし、父の口調は穏やかなまま変わらなかった。


「…どこの娘だ?」


 この問いに正直に答えた。


「…彰子殿です。」


「…あきこ? …どこの家だ?」


「奥方様の侍女をやってらっしゃる…」


 ここまで言うと、彼は彼女を把握した。


「あぁ。彰子殿か。この前城で会ったな。」


 彼は突然小太郎にニヤニヤしながら一言言った。


「ウソみたいに綺麗になったよな?」


「…え? …はい。」


 色々言いたくなったが、小太郎は黙った。

すると、父から質問が投げかけられた。


「…で、今日は彼女と何したんだ?」


「遠乗りで、丘の上まで…。」


「そうか。楽しかったか?」


「…はい。」


 やましいことは何もなかったので、小太郎は父に端的にそう言った。

少し二人の間に静かな時が流れたのち、にこやかだった良武は突然真顔になった。



「…さて、お前の意向を聞かねばならん。」


「…何の意向ですか?」


「彰子殿を嫁にするか否かだ。」


 この言葉に小太郎は驚いた。


「え!?」


「なんでそんなに驚く?」


 意外だと言わんばかりの顔でそう言った父に小太郎は動揺しながらも言葉を返した。


「その…あの…あまりにも急すぎませんか?」


 やっと自分の気持ちに気付き、やっと彰子を女として愛しいと気付いた小太郎には早すぎる展開だった。


しかし、良武は引かなかった。


「理由はちゃんとある。年が明け、若君が藩主になられた折、正式にお前を傍に置きたいらしい。」


「…そうなのですか?」


「あぁ。だから早く身を固めんといかん。喜一朗もお前の歳に絢女と夫婦になった。早くはない。」


 押し切られそうな勢いに、小太郎は踏ん張った。


「…待って下さい。いきなりすぎて、返事のしようが有りません。心の準備が必要です。」


 すると、父も気付いたのか譲歩策を提示した。


「…そうだな。あと一月待ってやる。決めろよ。」


「…はい。はぁ…。」



 がっくりとうなだれる小太郎を見た良武は笑い始めた。


「まぁ、そう深刻に考えるな。…そうだな。参考までに、俺の初音との馴初めを話してやろうか。」


 酒が回った彼は、息子に昔話をすることに決めた。

この言葉を聞いた小太郎は元気を取り戻した。

 聞き出そうにも聞けない両親の馴初め。興味津々で身を乗り出した。


「教えてくれるのですか?」


「あぁ。良い機会だからな。…だがな、俺が話したって言うんじゃないぞ。」


「はい。」




 夜遅くまで父子の語らいは続いた。

若いころの両親の話しを面白おかしく聞いた小太郎は、少し心が晴れていた。

 自室に戻る途中、ふと思い立ち庭に面する縁側に腰掛けた。

酔って火照った身体を冷やしながら、小太郎は呟いた。


「嫁か…。」


 そしてふと考えた。

彰子と夫婦になったら…。


 今のようにいつ会えるかわからない、ということが無くなる。

毎日一緒に過ごせる。

 

「そうか。文通しなくても、毎日おしゃべりできるんだ。」


 最後に子どもの彰子と別れた時、文通しようと約束をした。

あの時からずっと今でも続く文のやり取り。

 楽しいが故に、ここまで長く続いた。

 その時、ふと彰子から渡された文を思い出した。


「あ、読んでなかった。」


 懐から取り出すと、その文の差出人は主、政信。

先ほど父から聞いた『出仕』の事かと思い、少し緊張しながら封を切った。

 しかし、中身は違った。

違うことで彼は驚いた。


「え。」


 小太郎は思わず声に出していた。


『…来月帰る予定だった蛍子が、半月早く江戸へ帰る事になった。そこで、今月末に茶会を開く。お前に話しがある。必ず出席するように。』


 この文面に、小太郎は寂しさを覚えた。


「帰るんだ…。殿も、義兄も。彰子殿も…。」


 今度こそ、二度と彰子に会えないかもしれない。

江戸の藩邸の奥深く、男が立ち入れない場所に戻る彼女。


 そう思うと、父の言った『嫁』という言葉が心に浮かんだ。

そして思った。


自分の物にしてしまえば、一生傍に居る。


 しかし、小さな不安が心に残った。


「でも…。」


 主の文を手に、うつうつ考えていると、もう一通の文が目にとまった。

大層美しい文字。その差出人を見ると、蛍子だった。


「…奥方様?」


 急いでその文を読み進めた。


『…彰子を幸せにして欲しい。妾は止めはしない。むしろ、あれほどまでに惚れさせておきながら、嫁に取らず、屋敷の奥深くで枯らせでもしたら、妾は女としてお前を許さない。』


 美しい文字と同じように美しい主の妻の顔がフッと浮かんだ。

 子どものとき、彰子に連れられこっそり見た蛍子は、決して笑みを浮かべない人形のような姿だった。

 その思い出と、少し強気な文面に背筋がスッと寒くなった。


「でもな…。」


 なにかがいまだに小太郎の中で引っ掛かっていた。

それが何かはっきりとは分からなかった。



「…何を迷っておる?」


 突然彼に声がかけられた。

振り向くとその声の主は彼の背後に立っていた。

 老人の姿をした神だった。


「…あ、お久しぶりです。今日は夢の中じゃないんですね。」


「お前が寝るまで待てん。」


 夜遅くまで起きていたことが不満だったらしい神に、小太郎は謝った。


「すみません…。ところで、話とは?」


 神は小太郎の前に座ると、こう聞いた。


「なぜ彰子を嫁に決めない?」


 父と同じ話題を出した神に、小太郎は驚いた。


「そう言われましても…。」


 はっきりしない小太郎に、神は言った。


「彰子の仕事が心配か?」


 その言葉に小太郎ははっとした。


「…そういえば。彼女は仕事が好きです。それを奪うのは…。」


 親から離れてまでも蛍子に付添い、遥か京から江戸へ来た。

それからずっと蛍子に付添い、侍女をやってきた。

 そんな彼女を嫁にし、家の中に留めるのは如何なものかと、不安になり始めた。

 小太郎に、神はこう言った。


「十年前、あれの一番は仕事、蛍子だった。しかし、今は違う。」


「…なにが彼女の一番なのですか?」


「お前だ。」


 小太郎はその言葉に嬉しくなった。

 彼の様子を見た神は続けた。


「とにかく。仕事は考えなくていい。今決まっていないのはお前の気持ちだけ。

茶会の日までに、決めるのだ。良いな?」


 そう言って神様は消えた。



「嫁か…。」

 

 再び小太郎はそう口にした。

 ぼんやりと縁側から空を仰ぐと、そこには月が出ていた。


「綺麗だな…。」


 小太郎は口にして、あることを思い出した。

 それは彰子から『月にはうさぎが居る』という話を聞いたこと。

それまで彼は、月を座って大人しく眺めるなどということはしてこなかった。

 彼女から物をじっくり見る事を教わった。美しい物を愛でる事を教わった。

 彼女のおかげだった。


「…そうだよな。彰子殿のおかげだ。」


 小太郎は、その日の彰子との事を思い出した。

見晴らしの良い丘の上で、風に吹かれ気持ち良さそうに遠くを眺める彼女の顔。

 話を真剣に聞いてくれ、ちょっとした冗談にも笑ってくれる。

彼女も興味深い話を聞かせてくれる。

 

 それは文通よりも遥かに楽しい時間だった。


 ここで結論が出るかと思った小太郎だったが、急激に眠気に襲われた。

酒が抜けてはいなかった。


「…少し考えよう。今日は無理だ。」


 そして、小太郎は結論を明日以降へ持ち越した。





 茶会の日が来た。

小太郎は羽織袴姿で城への道を歩いていた。

 すると、道場へ行く途中の親友二人と出くわした。


「お、小太郎、今日は城へ行く日か?」


 興味津々に勝五郎が聞いた。


「そうなんだ。殿に呼ばれた。」


 爽やかな笑顔で答えた小太郎が、総治郎は気になった。

 

「それにしてもやけに嬉しそうだな。なにかあるのか?」


 小太郎は二人に向かって言った。

少し、間を置いた後、力強く宣言した。


「決めたんだ! 今日言ってくる。」


「は? 何を?」

 

 勝五郎はわけがわからず、きょとんとしていた。


「そうか! 小太郎、武運を祈る!」


 総治郎は小太郎に景気づけをした。

小太郎は若干不真面目な勝五郎には相談せず、総治郎にあの事を相談していた。


「ありがとう!」


 一人取り残された勝五郎は首をかしげていた。


「…どういう意味だ?」


 そんな彼の隣で、小太郎の後ろ姿を見送っていた総治郎が言った。


「よし。絶対に上手くいく。帰って着たら祝盃だ! な?」


 勝五郎は未だ疑問を抱えていたが、それを押しのけ浮かれ始めた。


「何かわからんが、まぁいい。どうせなら芸妓呼んでパーっと…」


 すると総治郎は勝五郎を叩いた。


「お前、いいかげんに真面目になれ! だから見合いが一個も来ないんだぞ。」






 城へ着き、案内された所へ向かうと、声がかけられた。


「小太郎ちゃん。こっちよ。」


 ちゃん付けで呼ばれ、イラッとした小太郎はその者の姿を確認しようと振り向いた。

その者の姿を彼の眼が捕えたとたん、驚きのあまり怒るのを忘れていた。


「姉上? なぜここに?」


「奥方さまからご招待があったの。旦那さまと子どもたちも一緒にって。」


「え? 皆いるんですか?」


「えぇ。あの子たちは今、若君たちと遊んでるわ。」


 そう言われてみると、遠くで子どもたちが仲良く遊んでいた。


「元気が良いですね。」


「えぇ。歳が近いから、楽しいみたい。」


 キャッキャ騒いで楽しそうな子どもたちの姿に、小太郎も参加したくなった。

子どもたちの相手は忍耐と体力が必要だが、彼は大好きだった。


「姉上、私も…」


 しかし、良い終わらないうちに、姉に止められた。


「お仕事終わってからね。はい。これ。」


 彼女から言伝の紙を手渡された小太郎は大人しく従った。

仕事ならば、仕方がなかった。


「これに書いてあることをすればいいんですね?」


 そう確認を取ると絢女は小太郎を送りだした。


「えぇ。頑張ってね。良鷹さん。」


 その言葉に、小太郎は少し不満を感じた。


「なんか、都合がいい時だけ『良鷹さん』な気がしてきた…。」


「何か言った?」

 

「いいえ。行って参ります!」


 大人しく小太郎はその場を後にした。

すると入れ替わりで、真菜を引きつれた蛍子が現れた。


「…上手くいったか?」


 仕事は蛍子の策略だった。


「はい。奥方さまのご指示通り。」


 報告に満足した蛍子は、絢女を誘った。


「そうか。あとは二人に任せ、我々は庭で花見でもしながら結果を待とう。」


「はい。」




 仕事を任された小太郎は紙の指示通りの場所へやって来た。

そこには思いがけない人が居た。


「良鷹さま? どうしてこちらに?」


「あ、彰子殿。貴女こそどうして?」


「奥方さまから、茶会で使う花を採って来いとのお指図が…。」


「そうですか。私は殿から同じことが…。」


「殿の御所望は?」


「水仙です。奥方様は?」


「殿と同じでございます…。」


「では、一緒に探しましょうか?」


「はい。」



 二人は庭を歩き、水仙を探した。

しかし、一向に見つからなかった。

 それもそのはず。蛍子が庭に無い花を指示していた。

 全く見つからず時が過ぎて行く間、二人はずっと話していた。

何時しか会話に夢中になり、花を探すことを忘れていた。

 

「そういえば…。仕事、終わってませんね。」


「あっ。そうでした。どうしましょう? 水仙はございませんでしたと申し上げるよりほかは…。」


「ですね。代わりに、白い花でも摘んでいきましょう。」




 それからしばらく歩いていた二人はいつしか庭の奥、木が茂った静かな場所に来ていた。


「これもお庭だなんてすごいなぁ。いろんなものが集まってる。」


 小太郎は初めて足を踏み入れた城の庭に驚いていた。

それは彰子も同様だった。

 

「そうでございますね。お庭の中に、池も川も山も…あれは、滝という物でございますか?」


 少し離れた所に小さな滝があった。

 しかし、小太郎はその滝よりも、彰子の質問が気にかかった。

そしてそっと彼女に聞いた。


「…滝、ご覧になったことは?」

 

「いえ。本物は…。京のお庭にも、藩邸のお庭にもございませんでしたので…。」


 意外な事実に、小太郎は良いことを思いついた。


「では今度もっと大きいのを見に行きましょう。あれよりもずっときれいですよ。」


「はい。…あ、良鷹さま。花があそこに。」


 彰子は、滝の傍に小さな白い花を見つけていた。


「ほんとだ。あれを持って帰りましょうか。」


「では、わたくしが取って参ります。」


「…あ、待って!」

 

 小走りで滝に向かった彰子を小太郎は追った。

地面が濡れていては危ない。

 しかも、滝のまわりは岩が多く、足場が悪かった。

そんな場所に一人で行かせるわけにはいかなかった。


 追いついた時、彼女は白い花に手を伸ばしていた。


「気を付けて。」


「良鷹さま。取れました。ほら。…あっ。」


花を摘み、立ち上がろうとした瞬間、濡れていた地面に足を滑らせ、彼女はよろけた。

 下は岩。落ちたら怪我は免れない。

 小太郎は彼女の身体を無心で抱き寄せた。

 


 腕の中の彼女は驚いた様子だった。そんな彼女を安心させるため、小太郎は優しく声をかけた。


「…大丈夫ですか?」


「…はい。ありがとうございます。しかし…」


 二人の顔が今までになく近かった。

彰子は顔を赤らめた。

 そして、俯きながら言った。


「せっかくのお花が…潰れてしまいました。」


 小太郎と彰子の身体が密着しているせいで、花がぺちゃんこになっていた。

小太郎は花が潰れた事以上に、彰子の身体に触れている自分に驚いていた。


「あっ。すみません…。」


 身体を彰子から離し、速くなった鼓動を抑えようとした。

しかし、彼の耳にある声が届いた。


 『小太郎、今だ! 今がお前の決心を言う時だ!』


 小太郎の鼓動はそのおかげでさらに激しくなった。


 そんな事とはつゆ知らず、小太郎の傍で彰子は花を懐紙に包んでいた。


「これでは生けられませんね。可哀想なので、持って帰って押し花にします。」


 しかし、小太郎は聞いていなかった。

聞ける心理状態では無くなっていた。

 しかし、うるさく急かす神を丁寧に追い払った後、大きく深呼吸をした。

 覚悟は出来ていた。

 

「あの…。彰子殿…。」


「なんでございますか?」


 彰子に一歩近づいた。

そして、彼女を見つめた。

 曇りのない綺麗な彼女の瞳に見つめ返され、緊張はさらに増した。

しかし、小太郎は逃げはしなかった。


 彼の手は、彰子の手を握っていた。

そして、言った。


「…江戸へ、戻らないで頂きたい。」


「…なぜでございます?」


 彼の頭の中を様々な言葉が飛び交った。

 

 傍に居て欲しい。

 文通ではなく、毎朝晩言葉を交わしたい。

 ずっと一緒に居たい。

 

 しかし、それらすべてを含む強い言葉が彼の口を突いて出た。

 

「私の、妻になって頂きたい。」


 二人の間には静かな時が流れた。

そんな二人を滝の音が包んでいた。


 彰子の手を握る手に力がこもっていた。


驚いた彰子の顔は、しだいに和らぎ、ついには笑顔になった。


「…よろしくおねがいいたします。良鷹さま。」


 この言葉に、小太郎の緊張も解けた。

彰子にほほ笑んだ。


「…ありがとうございます。彰子殿。」





「殿、その手は無しです。」


「だったらちょっと待て。」


 政信と喜一朗は、庭の東屋で碁盤の勝負をしていた。

接戦が続いていたが、喜一朗がどうやら勝ちそうな勢いだった。

 少し考えた政信だったが、突然ポツリと言った。


「いいぞ…。」


「はい? 何がよろしいのですか?」


 そのとたん、喜一朗の眼の前の碁盤が消えた。


「あっ!」


 驚いた顔の喜一朗を見て、政信は笑いながら言った。


「おや。碁盤が消えた。これじゃあ決着はつかない。残念無念。」


 しかし、ここで退く喜一朗ではなかった。


「…元に戻せ。」


 小さく言うと、眼の前に元通りの碁盤が戻ってきた。

これで勝負は続けられる。

 イヤミに見える笑みを浮かべる喜一朗を横目に、政信は本題に入った。


「ちっ。石を片付けておいてくれればいい物を…。で、どうなった?」


 眼の前には『影』が居た。

囲碁を消し、また戻したのも彼の仕業。

 彼は主から『小太郎と彰子の様子を見守る。』という命を受け、その結果のみを政信に報告した。


「万事順調。」


「よし。二人を今すぐ茶会の席に連行しろ!」


「はっ。」


 そう言うと影は姿を消した。


 二人は茶会の席へ向かった。

そこには二人の妻の姿があった。

 蛍子は不安そうな様子で、政信に声をかけた。


「藤次郎、どうじゃった?」


「万事順調!」

 

 この言葉を聞いた蛍子はホッと胸をなでおろすと、絢女に向き直った。

 

「絢女、彰子を頼む。あれは妾の妹も同じ。助けやって欲しい。」


「はい。心得ました。」


 政信と喜一朗のように交流を深めた二人の女は、大分話に花を咲かせたようで、茶会の席でもその続きを始めた。


「…ところで、喜一郎の話しの続きじゃ。どこからだったかの?」


「そうでございますね…。新婚時代はお話ししたはず。」


「そうじゃ。くすぐったがりの話であった。」


 この言葉に、喜一朗がピクリとした。


「…絢女? 一体何を話したんだ?」


「色々です。色々…。フフフ。そうでございますよね? 奥方さま?」


「そうじゃ。ホホホホホ。」


 女同士の笑い声と会話に怯え、立ち尽くした喜一朗に、政信は同情した。


「諦めろ。な? 諦めが肝心だ…。愚痴なら聞いてやるぞ。」



 

 そんな茶会の席に、小太郎と彰子が現れた。

二人は政信と蛍子の前に座った。

 そして、小太郎は手をつき、良く通る声で言った。

彰子も彼に倣い、頭を下げた。


「殿、彰子殿と夫婦になる事をお許しください。」


 政信は即答した。


「許す。二人で仲良くな。」


 隣の蛍子は、涙ながらに彰子に声をかけた。


「彰子、よかったの…。」


 彰子も感無量で頭を下げた。


「…ありがとうございます。奥方さま。」


 喜一朗と絢女から、小太郎に声がかけられた。


「小太郎、一緒にがんばろうな!」


「大人になったわね。姉上は、嬉しいわ…。」


「ありがとうございます。義兄上、姉上。」


 隣の彰子にも同様に声がかけられた。


「彰子殿、これからもよろしく。絢女が色々相談に乗ってくれる。な?」


「はい。彰子ちゃん、よろしくね。妹が出来て嬉しいわ。」


「よろしくお願いいたします。義兄上さま、義姉うえさま。」




 三組の夫婦の良い雰囲気の場に、強い風が巻き起こった。

その風が収まった時、一人の老人が立っていた。

 

「…貴方はもしやあの時の?」


 政信の言葉を制し、驚く皆の顔を物ともせず、老人は小太郎の方へ歩み寄った。

彼は下げた小太郎の頭を杖でちょんちょんと突きながら、少し不満げに言った。


「さっきワシを追っ払ったであろう?」


「申し訳ございません! 緊張のあまり、なにがなんだか…。」


 小太郎は畏まり、再び頭を下げた。

しかし、神は怒っていなかった。


「まぁよい。お前は自分でしっかり彰子に結婚を申し込んだ。…すべて上手く行った。」


「すべて、ですか?」


 今まで、次は何、次は何と言い続けてきた神が言った『すべて』という言葉が気にかかった。


「そうじゃ。…こりゃ失礼。お初にお目にかかる者も居たな。そこから言わねばならぬ。」


 咳払いをすると、神は話し始めた。

  

「我はこの国を守る神だ。太古の昔からこの国に居る。我の願いは、この国の安寧、繁栄。

それ故、藤次郎、喜一郎、小太郎。頼むぞ。そなたらの力が必要じゃ。我はそなたらを見越して、ここまで色々やってきた。期待にこたえてくれ。」


「はっ。」


 男三人は、決意を新たに力強く返事をした。


「そして蛍子、絢女、彰子。夫を支え、国の力になれ。そなたらならばできるはず。」


「はい。」


 満足げに夫婦三組を眺めた神だったが、蛍子の傍にいた侍女の真菜に気がついた。


「…真菜。」


「はっ、はい。」


 突然の事に驚いた彼女は、続いて出た神の言葉にも驚いた。


「…そなたの夫と子は傍に何時もいる。そなたを、見守っておる。それ故、励め。」


「はい…。」


 真菜の頬に涙が伝った。それは二人を亡くした時に流して以来の涙だった。

夫と息子が傍に居る。それが嬉しかった。



「皆の者、さらばだ。」


 神は皆の前から去った。




 しばらく茫然としていた面々だったが、政信の立ち直りが一番早かった。


「瀬川!」


 突如、彼は仕事の顔になり小太郎を名字で呼んだ。


「はっ。」


 小太郎も、それに倣い平伏した。

しかし、彼の突飛な命令に素っ頓狂な声を上げてしまった。


「本日この場で、名を変える事を命ずる。」


「は!?」


 政信は普段の調子でこう言った


「『良鷹』はそのままだ。変えたらいかん。だがな、いつまでも小太郎はいかんだろ?」


 すると、蛍子まで同様なことを言いだした。


「そうじゃ。絢女も申しておった。その姿で小太郎はちと…。」


 小太郎は、元凶の絢女をじろりと見た。


「姉上…。」


「だって…。大きいから…。ですよね?」


 絢女は夫の喜一朗に助けを求めた。

すると彼ははっきりといった。


「あぁ。でかい。小さい太郎じゃおかしい。義父上も変えた方が良いとおっしゃってたぞ。」


 ここでとどめが。


「『小太郎』に未練があるのか? 子どもが産まれたら付ければいいだろ。な? 彰子。」


「え!?」


 彰子は真っ赤になってしまった。

その隣で、小太郎も真っ赤になっていた。


 ここで少し頭を冷やした後、小太郎は長年連れ添ってきた名前、『小太郎』と別れることにした。



「…希望はあるか?」


 突然そんなことを言われても、答えられる人間はまずいない。

小太郎も、無理だった。


「あの、自分では決められません…。」


「そうか…。だったら嫁の彰子に決めさせよう。どうする?」


 彰子は、少し考えたのち、答えを出した。


「では、殿の『政』の字を頂き、『政太郎せいたろう』さまがよろしゅうございます。」


「…してその心は?」


「殿を助け、喜一郎さまと三人共に良いまつりごとを行う。いかがでございましょう?」


 この考えに政信は満足げに唸った。


「あっぱれ。さすが最年少筆頭侍女! 真菜、採点を頼む。」


 蛍子の傍に控えていた彼女だったが、主に促され、彰子の傍に座った。

そして、彼女に点数を告げた。


「もちろん満点です。彰子、良く出来ました。」


「ありがとうございます。」


 そして真菜は、彰子の頭を撫でた。

驚く彼女に、真菜は手を止めず、話し続けた。


「…あんなに小さかったのに、大きくなったわね。綺麗になった。」


「真菜さま…。」


 彰子は耐えきれず、涙を流した。

様々な事を教えてもらった姉のような存在。

 また、母のような存在でもあった。


「…大好きなお方と一緒に居られるのよ。泣かないの。」


「…はい。」


 涙を拭う彼女に真菜はそっと告げた。


「…嫁いでも、たまには遊びに来なさい。貴女は奥に出入り自由だと、奥方さまがお決めになりました。いつでも待っています。」


「…はい。」




 嬉しい涙や、笑顔が入り混じる席の中で、主導権を持つのは政信だった。


「さて。政太郎と名前も決まったことだ。茶会はやめて酒盛りだ!」


 いつも止めに入る喜一朗も止めず、茶会は酒宴へと変化した。

 



 皆が和気藹々としている中、小太郎改め政太郎は、隣の彰子を見つめた。


「彰子殿。」


 すると、彰子は少し恥ずかしがりながらも、こう言った。


「…本日、只今より、彰子と呼んでくださいませ。」


 その言葉通り、政太郎は彰子を呼んだ。


「…じゃあ、彰子。」


「なんでございますか? 良鷹さま。」


 政太郎は、彰子の手に手を重ね、じっと顔を見つめて言った。


「…一生、大切にする。」


 彰子は笑みを浮かべて返事をした。


「…末長く、よろしくお願いいたします。」







「…見込んだ通りだ。もう心配はいらん。ここらで一眠りするか。」


 

 主従三人は間違いなく国を栄えさせる。

 豊かで平和な国を作る。

 そう確信していた。


 護国の神は大きな欠伸を一つすると、深い眠りについた。



拙い文章したが、お楽しみいただけたのであれば幸いです。

ここまでお付き合いありがとうございました。

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