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【30】 友達

 元に戻った日から、小太郎は今まで以上に熱心に文武両道に励んだ。

遅れを取り戻せるか不安だったが、仕事中の勉学のおかげか先生の話が今まで以上に理解できるようになっていた。

 武芸は体力が十八の姿とは違うのでなかなかうまくはいかなかったが、気力と根性は格段に強くなって先生に驚かれた。


 そんな生活に戻ってから二日後、小太郎は学問所の先生に呼ばれた。

お説教されるのか、はたまた莫大な量の宿題を出されるのかひやひやしながら向かうと予想に反し、先生は小太郎を褒めた。


「瀬川。休んでいる間、ずいぶん勉強したのだな。凄いではないか。」


「いえ。それほどは…。」


 先生の言葉がよくわかると喜んで、聞き入っていただけのつもりだった。

しかし、実際小太郎の成績は良くなっていた。

質問には必ず答え、年上の者が詰まる少し難しい漢詩もすらすらと読む。

そんな彼を先生は良く見ていた。


「態度も面構えも良くなった。これからもその調子で頑張るのだぞ。よいな?」


「はい。心得ました。」


 先生の前から下がり、道場へ向かおうと学問所の外に出ると勝五郎と総治郎がそわそわした様子で小太郎を待っていた。

 待たせた事を小太郎はしっかり詫びた。


「ごめん。遅くなった。」


 しかし、そんな言葉を友達二人は待っていなかった。

今にも走りだしそうな勢いで総治郎が言った。

 

「良いよそんなこと。それより、道場凄いことになってるから早く行こう!」


「何かあったの?」


 しかし、その言葉を聞かず勝五郎と総治郎は走り出していた。

必死について行きながら小太郎が話を聞くと二人からは意外な言葉が帰ってきた。


「男の人が来てさ、道場破りだって言う先輩も居たんだけど、喜一朗さんが連れてきたから違うと思う。」


「え。喜一朗殿?」


 小太郎は先日会った彼を思い出した。

さらに、彼は宿直続きだったようで、家に帰ってはいないと家の者に昨日の夕方聞いたばかりだった。

 驚く小太郎をよそに総治郎は言った。


「友達らしい男の人連れてきたんだけど、その人先輩たちと立ち合いしはじめたの。みんな野次馬で見てるんだ。」


 小太郎は『友達らしい男の人』という言葉に胸騒ぎを覚えた。



 三人組が道場に着くと、話し通り大騒ぎになっていた。

先生の姿は見えず、生徒だけのようだった。


 歓声の中、木刀を打ち合う音が響いたが、しばらくすると人が倒れる音が聞こえた。

さっと一帯が静まりかえった後、威勢のいい声が響いた。


「おう! お前ら、突っ立って見てないでかかってこい!」


 すると、中から負けじと若い声が響いた。


「では、某が参る!」


 この挑戦に、野次馬たちは沸いた。

再び道場は歓声に包まれた。


「新参者をやっつけろ! いけ!」


「叩きのめしてやれ!」




 大騒ぎの道場にどうにか入り込んだ小太郎だったが、大きな先輩たちに阻まれ、立ち合いの様子は全く見えなかった。

 変身中は大きくて便利なことが多くあったのに、戻った今は小さくて不利。

早く大人になりたいと再び思った。

 

 しかし、そこでへこたれる小太郎ではなかった。

勝五郎が隙間を見つけ、残る二人を呼んだ。総治郎の後に続いてその隙間に入り込もうとした矢先、声をかけられた。


「小太郎! ここに居たか! ちょっと来い。」


「え?」


 それは喜一朗だった。


 

 彼に呼ばれた小太郎は人があまりいない道場の隅に行った。

少し焦った様子の喜一朗に小太郎は思い切って聞いてみた。

 さっき感じた胸騒ぎを確かめたかった。


「義兄上。…あの、あそこで闘っているのってまさか。」


「まさかじゃない。…あのお方だ。」



 突然の出来事に、小太郎は驚きを隠せなかった。

二人で立ち尽くしていると、道場に大声が響いた。


「何をやっておる!? 私闘は禁止だ! すぐに止めるのだ!」


 先生の声に、道場は再び静まりかえり、皆木刀を下ろし正座した。

そんな生徒全員に大きな声で言った。


「なぜこのような闘いをしたのだ。説明しなさい。」


 すると、さっきまで闘っていた生徒が説明し始めた。


「先輩が連れてこられた男が、申し込んで参りました。私闘ではありません。試合でした。」


「ならば、なぜ野次を飛ばした? 神聖な試合に野次は要らん。」


 低い静かな声でそういう先生に、生徒は手をついて反省した。


「つい、熱くなりすぎました…。以降決して致しません。」


 それに倣い、道場中が反省の意を表した。


 しかし、ただ一人片肌脱いで立ったままの男が居た。

 先生は彼に歩み寄り冷静に言った。


「その方、見かけぬ顔だな。試合とは、道場破りに来たのか?」


 その言葉に男は身形をただし、礼儀正しく答えた。


「いいえ。ここへは友を探しに瀧川と参りました。」


 先生は少し驚いた顔をしたが、少し懐かしそうな顔をして言った。


「では、あの喜一朗と同僚かな?」


 喜一朗はこの道場を卒業した生徒。

 遠くで自分を見ている彼を見つけると、笑みを浮かべた。


「はい。いつも良くしてもらっております。」


 その言葉に満足げな顔をした後、軽く会釈をした。


「これからもよろしく頼みます。」


「はい。」


 男に興味を持った先生は、立ち去り様、彼に名を聞いた。


「そうだ、御名前は?」


 男は笑みを浮かべて返事をした。


「岩田藤次郎と申します。以後お見知りおきを…。」


「うむ。」


 先生はそう言うと、上座へ向かい、腰かけた。

そして稽古の開始となった。

 しかし、その前に『藤次郎』は皆に向かい謝った。


「皆様、ご迷惑をおかけしました。無礼な態度お許しください。」


 生徒の中で一番年長の者が代表で返答した。


「もういいさ。お前が強いことが分かった。…しかし、今度は負けないからな。」 


「はい。」

 


 

 その日、小太郎は散々な目にあった。

剣術の立ち合いでは負け、柔術は投げ飛ばされ、槍術はあろうことか槍を取り落として先輩にしかられた。

 ずっと喜一朗とその隣の『藤次郎』に稽古を見物され、恥ずかしさやら気まずさやら色々入り混じって、集中が出来なかったからだ。

 

 稽古が終わるや否や、小太郎と喜一朗、そして『藤次郎』の三人は人目のないところへ移動した。

そして小太郎は言いたかったことを『藤次郎』に言った。


「殿。なんでですか? 私が十八になるまで会わない約束じゃないんですか?」


 そう言うと、『藤次郎』の正体、磐城政信は不敵な笑みを浮かべた。


「フッ…。お子さまは甘いな。」


「は!?」


「俺はそんな約束してない。『良鷹』とは八年後に会う約束したが、『小太郎』とは何の取り決めもしてない。」


 その言葉に小太郎は失礼とは思ったが、声に出した。


「それって、屁理屈じゃないんですか? 殿。」


 しかし、政信は負けなかった。


「俺は『殿』じゃない。『藤次郎』だ。な? 喜一朗。」


 話を振られた喜一朗は眼を泳がせながら曖昧な返事しかしなかった。


「はぁ。まぁ…。」


 がっくりする小太郎と対照的に、政信は元気満々だった。


「ということで、俺の勝ちだ。小太郎!」



 政信の手が小太郎の頭に乗っていた。

さらに、意外な言葉が出てきた。


「お前、かわいいな。こんなに小さいのに、あんなになるとは信じれんな。ハハハ。」


 小太郎は『かわいい』の言葉に固まった。


「こんなちっちゃいのに、あんなにくるくる動き回ってよく疲れないな。」


 『ちっちゃい』の言葉にイラッとした。


「なぁ、元服早すぎないか? まだ前髪の方が良んじゃないか?」


 頭をなでる主に小太郎は我に帰った。


「それは、我が家の方針なので…。」


「そうか。なら仕方ないな。」


 しかし、政信はまだ手を頭に乗せていた。

小太郎はそんな彼にはっきりと言った。


「あの、なんで手を乗せてるんですか?」


 政信は意外だと言った顔で小太郎を見た。


「なんだ? 嫌か?」


「…撫でられたくありません。」


 しかし、政信の手が離れることはなかった。


「悪い悪い。でもかわいいから仕方ないだろ。」


 とうとう小太郎は我慢が出来なくなった。


「かわいいって言うな!」


 しかし、政信にはなにも効かなかった。


「ハハハ。声がかわいい。」



 真っ赤になってプルプル震えはじめた小太郎と、笑顔で彼の頭に手を置いたままの主を目の前に、喜一朗はふと思った。


「…殿、まさか子ども好きですか?」


 すると、やっと小太郎の上から手を退けて喜一朗に喰ってかかった。


「なんだ、まさかって。悪いか? 子ども好きじゃ。」


「いえ…。意外だと思いまして…。」


 口ごもる喜一朗の隣で、なぜか政信は家族の話をし始めた。


「お前たちに言ってなかったかな? 弟たちもちょっと前までこれくらいだったんだ。」


「え?」


「今でもかわいい弟だが、もっとかわいかった。」


 かわいいを連発する主に、喜一朗は確認した。


「あの、殿、彰子さまの事をかわいくないって言ってませんでしたか?」


 すると、政信は小太郎が怒りそうなことを言ってのけた。


「あの彰子さまは苦手なんだ。子どもらしくなくて怖い。だがな。」


 少しもったいぶる主に気をとられた小太郎は怒るのをやめた。

そして喜一朗とともに、耳をすませた。


「…俺の妹はかわいい。お花摘んで持ってきてくれるんだ。『あにうえ』って。あぁ、早く子が欲しい! 自分の子だったらもっとかわいいだろうな! 姫さん子ども好きだと良いな。」


 にこにこしながら子供の話をする主の意外な一面に、小姓二人は眼を点にしていた。



「…小太郎、殿は子ども好きだったんだな。」


「はい。驚きました。」


「仲の悪いのは兄上だけか…。」


「そうですね…。」


 二人で放心していたが、なにかに気付いた喜一朗は焦ったように言った。


「…小太郎、気をつけろ。稚児小姓にされたら、家に帰れなくなる。」


「そんな…。」


 大好きな先輩と主と一緒に居たいとは思ったが、稚児小姓だけはなりたくなかった。

しかし、そんな心配事は無用だった。

 傍で政信は話を聞いていた。


「そんな馬鹿なことはしない。そういうかわいがり方は趣味じゃない。一緒に遊びたいだけだ。小太郎はしっかり勉強して良鷹になってから俺と喜一朗と仕事するんだ。」


 この言葉に小太郎と喜一朗は安心した。

それを見計らい、政信はまたとんでもないことを言い出した。


「小太郎。お前の友達連れてこい。遊びに行くぞ!」


「はい!」


 小太郎は何も考えず、元気よく返事を返し親友二人とその他大勢を連れてくることに決めた。

しかし、喜一朗は猛反対した。


「いけません! 殿、もう屋敷に戻りましょう! 浮船様が…」


「イヤだ。遊んでから帰る。でないと…くすぐるぞ。」


 怪しい眼で見られた喜一朗は、負けた。


「うっ…。卑劣な…。」


「じゃあ、そういうことで、行くぞ!」



 その日、主従三人と小太郎の友達は釣りやら水遊びやらで思いっきり遊んだ。

心底楽しんだ政信は意気揚々と、屋敷へと帰って行った。

 しかし、なにかを思い出し、喜一朗にばれないよう小太郎にこっそり言った。


「落ち着いたら、あそこへまた行くからな。」


「え? どこですか?」


「江戸だ! 愛しの姫さまと彰子さまが待ってるぞ!」


 次から次へと、様々なことを思いつく主に、改めて感心する小太郎だった。

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