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【20】 願望

 江戸に来て、十日が過ぎた。

毎日政信は藩邸の奥へと侵入し、蛍子との接触を試みていた。

そのお供、小太郎は相変わらず彰子と過ごし、喜一郎は見張り役だった。

 

 政信は日に日に口数が多くなる蛍子を嬉しく思っていた。

しかし、彼女は絶対に顔を見せず、姿も現さないことが残念だった。

 感情も、なかなか伝わっては来なかった。 

さまざまな話をして、政信はその日も今までと同じことを同じように聞いた。


「姫さん。今日もダメですか?」


「当たり前。そうやすやすと姿を見せると思うてか?」


「……。」 


「さて、いい加減諦めたか?」


 政信は諦めるという考えは毛頭なかった。


「いや。諦めない。お顔を拝見するまでは、一歩もひきません。」


「なぜじゃ? 妾をなぜそこまでして見たい?」


「…仕事、だから。」


 政信は、初日に彰子についた嘘を突き通す決意をした。

十日間で分かったのは、姫は賢く、芯がしっかりしているということだけだった。

 姫のことをもっと知りたい、もっと近づきたいという感情が日に日に増していった。

最初は冷やかし程度だったが、気持ちが確実に変化してきていた。

 今まで感じたことない気持ちに、彼自身不思議に思っていた。

一人の男として、彼女と向き合ってみたかった。

 

 蛍子は、政信の言葉に食いついた。


「仕事とは?」


「主に頼まれ、姫さんを見て来いと。」


「…そなたの主とは、妾の夫になるという男か?」


「はい。」


「自分で見に来ないとは、ものぐさな。」


「…悪かったな。」


 ムッとしたが、どうにかこらえた。

今、政信は『磐城政信』ではなくその家来の『藤次郎』だった。


「妾の姿を見たいのか?」


「はい。」


 期待を込めて、蛍子に返事を返した。




 なかなか進まない主の恋路とは対照的に、お子さま二人の交流は順調だった。

小太郎は、武士の子。彰子は公家の子。生まれた環境が全く違ったが、何気ない会話で、互いのことを知るようになった。

 彰子は、生まれつき美的感覚が優れていたようで、毎日小太郎に、何かしら美しい物を教えてくれた。

 空の雲、朝露に濡れた蜘蛛の巣、夕焼けの空、空を飛ぶ鳥。

小太郎は毎回、彼女の話を熱心に聞いていた。

 それらはすべて男友達と走り回っていては気付かない物だった。


 小太郎はお返しに、護身のための最低限の武術を教えた。

姫を守りたいと相談された際、考えだした武士の子なりの返答だった。

 長刀、小太刀、柔術の基本を簡単に教え、一緒に身体を動かした。



 その日は二人で庭の手ごろな石に腰掛け、彰子と草ぼうぼうの庭を眺めて話していた。

来た日と変わらず、庭は無粋極まりなかった。

 

「このお庭、どうにかならないのでしょうか?」


「汚いですよね?」


「はい。京にいたころは、庭だけは綺麗でした。ここはお屋敷は綺麗ですが、お庭が酷い…。」


「そうなんですか。誰かが直してくれればいいんですけどね。」


「池も、亀や鯉、鴨がいればいいのに…。」


「良いですね。賑やかそうだ。」



 それから二人は主のちょっとイヤな点や、尊敬する点、さまざまな話題で盛り上がった。

その時、ふと小太郎は政信のために情報を入手したくなった。

 今ならさりげなく聞けると思った。


「あの、姫様はおいくつなんですか?」


「十九です。来年二十歳。」


「へぇ。…一個上か。」


 主より一つ上。大事な情報が手に入って小太郎は嬉しくなった。

ただ女の子と遊んでるだけじゃないと、胸を張って政信に顔向けができる。

 しかし、彰子は少し表情が曇った。


「…大人っていいですよね。」


「どうしてです?」


「…わたくしは、姫さまに、しょっちゅう子ども扱いされてます。」


「イヤですよね子ども扱いは。」


 この返事に、彰子はクスッと笑った。

図体が大きい小太郎の口からそんな弱気な言葉が出てきたのが意外だったようだ。

 

「良鷹さまはそのようなことないでしょう?」


「いいえ。お子様だとか。酷い時はガキとまで言われるので、怒ってますよ。」


「そうなのですか?」


 どうやら彰子は驚いたようだった。


「まだ私は子どもなので…。」



 しばらく沈黙が続いたが、彰子がおもむろに口を開いた。

彼女の眼は晴れ渡った空を見ていた。


「…今すぐ大人になりたい。」


「え?」


 自分も望んだ願いを、隣に座っている女の子がしていることに驚いた。


「早く、大人になりたい。」


「なぜです?」


「良鷹さまと、もっとおしゃべり出来ます。」


 意外な言葉に、小太郎はドキッとした。


「…そう思いますか?」


「良鷹さまはわたくしに合わせて話して下さってるのでしょう? 

絶対に難しい言葉は使わない。わかりやすく話してくださる。」


「そうでもないですけどね…。」

 


 小太郎は不思議な気持ちになった。

この子は、やっぱり近所の生意気な女の子達とは全く違う。

自分が元の姿に戻っても、子ども扱いされはしないのではないか。

一人の人間として、友達として接してくれるのではないだろうか。

 本来の十歳の姿でなら、彼女ともっと楽しくおしゃべり出来るかも知れない。

 そこで思い切って聞いてみた。



「…もし私が子どもに戻ったらどうされますか?」


 そう言うと、彰子は笑い。笑顔のままで小太郎に返した。


「面白い事をおっしゃる。そしたら楽しいでしょうね。良鷹さまが男の子に…。

どんな方なんでしょう?」


 小太郎は嬉しくなった。


「背は、彰子ちゃんと同じくらいですね。」


「そうだったんですか? 今はすごく背が高いのに。」


「はい。何でこんなに伸びたのか不思議で…。それと、女の子みたいって言われましたね。」


「え? そうなのですか? 今はすごく男らしいのに?」


「…男らしいですか?」


 意外な言葉に、ドキッとした。

姉に最後に会った際怖い物、嫌な物を見る眼で見られた。

しかし、彰子は全く違う優しい目だった。


「はい。…すごく素敵です。」


「え?」


「なんでもありません! やっぱり大人になればそんなに変わるんですね。姫さまの言う通り。」


「姫さまはなんと?」


「大人になれば綺麗になる。そうおっしゃってます。早く大人になって、綺麗になりたい…。」

 

 彰子は、外見にひけを感じているらしかった。

話に聞く主の蛍子は美しく、それに劣等感を子供ながらに感じているらしかった。

 

「今でも十分綺麗ですよ。」


 顔が赤くなるのがわかったが、思っていたことを彼女に伝えた。

主と先輩は可愛くない、将来が不安だとまで言っていたが、そんなことは関係ない。

 中身が大事。賢く、気品のある彰子は小太郎が生まれてから初めて可愛いと思えた女の子だった。


「ありがとうございます。こんな子ども相手に。」


「いいえ。」




 その日、結局政信は蛍子を拝むことはかなわなかった。

夕餉の席で落胆する彼は、嬉しそうな小太郎を喜一朗といじってうさを晴らすことにした。


「お前、彰子さまと話してる時、顔が赤かったらしいな。」


「え? そんなことありません!」


「お前実は年下が趣味か。意外だったな。」


 自分より十近くも上の女の人より、同年代の彰子の方が良いに決まっている小太郎は、

主の言葉に何の怒りも、恥ずかしさも感じなかった。

 せっかくからかって遊ぼうとしていた十八歳二人組は、拍子抜けしてしまった。

黙り込んで静かになった食事の席を盛り上げようと、小太郎は入手した情報を主に報告した。

 もちろん、ちょっとからかいながら。


「そう言えば、殿は姉さん女房ですよ!」


「ん? どういうことだ?」


「姫さまは、十九だそうです。殿より一つ上。」


 この言葉に、政信は飛び上がって喜んだ。

さっきまでの落ち込みがうそだったかのようだった。

 この様子を静かに見ていた喜一朗だったが、そっと後輩を褒めた。


「良鷹、良くやったな。」


「ありがとうございます。」


 


 女に関しては男三人の中で一番先輩に当たる喜一朗の眼には、主の今の心が手に取るようにわかった。

 身分や立場など抜きにして、将来の妻との恋に落ちつつあることがよくわかった。

姿、顔を見れば、本当に恋に落ちるかもしれない。

 そして、向こうの姫もそれに応えてくれれば、国のためにも、主のためにも最高な結婚になる。

 そこまで小太郎が考えたのか定かではなかったが、嬉しそうに主を眺める後輩を眼にした喜一朗は幸せな気持ちになった。


 政信について行こうと決めた際に思った。

『主と同期と笑っていたい』

 その願いが、今目の前で現実になっている。

 この生活がいつまでも続くことを心から願った喜一朗だった。





 その頃、藩邸の奥では蛍子と彰子は絵を眺めていた。

それは京から持ってきた源氏物語の絵巻物。

ちょうど、光源氏が若紫を覗き見している絵だった。


「姫さま、あの方たち明日も来るでしょうか?」


「来てほしいのか?」


「はい。姫さまが明るくなります。楽しそうなお顔が彰子はうれしゅうございます。」


「心配かけさせてしまってすまぬ…。」


「いいえ。」


 それから二人は再び絵巻物に眼を落した。

長い間、同じ絵を見続けた。

  

「姫さま、あの藤次郎さまをどう思われますか?」


 突然の侍女の言葉に驚いた蛍子は、少し考えた後一言言った。


「…わからぬ。」


「そうですか…。」


 幼い次女は再び、幼い若紫を覗いている光源氏の姿を見詰めていた。

そこで、蛍子はもしやと思いこう聞いた。


「そなた、あの藤次郎の仲間と毎日話しておるが…。」


「え? 良鷹さまですか?」


 少し顔が赤らんだ彼女に、蛍子は笑みを浮かべた。


「顔が生き生きとしておるな。」


 その言葉に、彰子の顔はもっと赤くなった。

そして小さな声でつぶやいた。


「…良鷹さまと明日も逢いとうございます。あのお方は、わたしを子ども扱いなさいません。

同等に扱ってくれます。」


「…そうか。」


 率直な侍女の言葉に、蛍子は自分の気持ちをもう一度冷静に考えることにした。


 

 夜、布団の中で、政信を思い浮かべた。

 御簾ではっきりとは見えないが、整った顔立ち。若くて健康的な声。

言葉づかいは上品ではないが、包み隠さず話す。

 さまざまな知識を持ち合わせ、話題に事欠かない。

 

「藤次郎、か…。」


 名前を口に出し、蛍子は明日も彼が来てくれることを心の隅で願っていたことに気がついた。

そして、久しぶりに心地の良い眠りへ入っていった。





 その夜、皆が寝静まった頃。政信は一人起きだし、影を呼んだ。


「影、悪いが頼みがある。」


「何でございましょう?」


「庭師仕事ができる者はいるか?」


「はい。国元に数人。」


「そうか。都合がついたらまた教えてくれ。それと、動物を入手したい。」


「どのような?」


「ひとまず、鯉を頼む。できたら亀と鴨も。すべて若い物を。」


「承知しました。すべて二三日で必ず。」


「すまんな。」



 政信は、『庭が無粋』と小太郎から聞き、閃いた。

影の手を借りて蛍子を喜ばせてみたくなった。

 そうすれば、蛍子が心を開いてくれるのではと期待も込めて。

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