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【11】 女子

殿と小姓の三人組は、うるさい浮船の説教を受ける前に屋敷から抜け出して狩りに出かけた。

鷹狩りなので連れて行ったのはもちろん『小太郎』。


山野を歩き回り、獲物を探した。

そろそろ春で、動物たちも活動し始めるころ。

獲物を探しながら、同時に熊や狼に出くわさないよう、慎重に歩いて行った。

開けた野原で獲物を探し、目星をつけて『小太郎』を放した。


しばらく原っぱの上空を飛んでいたが、獲物を狙い急降下した。

草むらにうずくまった『小太郎』に駆け寄ると、足の下にはウサギがいた。



「上出来だ、小太郎。褒美をとらせよう。」


『小太郎』は、ウサギの生肉を主に食べさせてもらい満足げに鳴いた。


主従三人はウサギの皮を剥ぎ、丸焼きにして持ってきた塩を振って食べた。

屋敷に持って帰れば毒見だの、なんだかんだで手間がかかる。

汚ないだの、見栄えが悪いだのと切り刻まれ、口に入ることにはものすごく小さくなる。


政信はまたもこの時、感心していた。


「やっぱり熱い肉は美味い。なぁ?」


「殿はいつも冷たい料理を召しあがっていらっしゃる。イヤじゃありませんか?」


喜一朗が気の毒そうに聞くと、政信は嫌そうな表情をした後、うれしそうな声で言った。


「あぁ。釣った魚を焼いて食べた時目から鱗だった。それと、良鷹の家で熱い煮物を御馳走になったが美味かった。毎日あんなのを食べたいもんだ。」



その言葉で、母の作る煮物を食べたくなった小太郎だった。

しかし、今は無理なので違うことを政信に持ちかけた。


「浮船様に頼んでみたらどうです?熱いの持って来てって。」


「…無理だろうな。あれはなに言っても聞いてくれん。頑固な女だ。」


「おっしゃる通り、今日帰った後説教が恐ろしい…。」


小太郎も浮船のガミガミ怒る姿を想像して、屋敷に帰りたくなくなった。

思い切って、主にねだってみた。


「殿、浮船様にお説教はまたにしてって言ってくれませんか?」


言った瞬間、先輩に肘でつっ突かれ注意された。


「…良鷹、言葉に気をつけろ。」


「…あ、いけない。殿、浮船さまに説教はまたの機会にとおっしゃっていただけませんでしょうか?お願い致します。」


「わかってるさ。どうせ俺も説教の巻き添えだからな。そのついでにな、お前たちと食事をとりたいって頼もうかと思ってる。どうだ?」



何時も一人で食べている政信はどうやら不満だったようだ。

小姓二人もこの言葉をよろこんだ。


「ありがとうございます。」


「殿と一緒でうれしゅうございます!」





腹が満たされたので、三人は屋敷へ帰り、井戸端で泥やほこりを落としていた。

その様子を、若い女中たちがこそこそと眺めていた。

仕事をする手を止めて、間違いなく浮船に叱られる。

しかし、女が多い職場で男日照りをしている若い女には、若い男は格好の栄養剤だった。

叱られようと、何されようと、男三人を眺めて品定めを決め込むつもりだった。



「やっぱり、若様が一番よ。」


「いいえ、喜一朗さま。」


「良鷹さまも捨てがたいわぁ。」


女たちは好き勝手自分の好みに合う男を名指しし、悦に浸っていた。

同時に文句もちらほら出てきた。


「あぁ、なぜわたしたちにお世話させてくれないのかしら…。」


「浮船さまがいけないのよ。絶対にそう!」


「若様は、わたしたちに世話を任せてくれないし…。」


とうとう、女の欲望丸出しの発言まで飛び出した。


「押し倒される覚悟は出来てるのに!」


「お風呂番に変えてもらおうかしら…。」


「あ、わたしも!」




あまりに低俗な話をしている女たちに、大人な政信と喜一朗は苦笑していたが、お子様な小太郎は単純にイラッとしていた。


近所に女の子は数人いたが、好きではなかった。

自分より背が高いと威張り、小太郎をお子様扱いしてきた。

今はその扱いを女中達にはされないが、虫が好かなかった。

こそこそキャーキャー言うのが耳障り。

朝餉や夕餉の献立の中で、一品だけ山盛りにして出す。

これは喜一朗の時も何度かあったが…。

大抵小太郎の時はあまり好きでない物が来て閉口する。

厄介なうるさい連中、という印象が小太郎には強かった。


とうとう口に出して思っていたことを言ってしまった。


「あのおばさんたちうるさい。」


その言葉に政信と喜一朗は手を止め、大笑いし始めた。


「ハハハ…。おばさん?手厳しいな。俺らより少し上なだけだろう?」


「そうですか?…おばさんにしか見えないや。」


「そうか、化粧濃いやつ多いからな。そのせいか。ハハハハ!」


「ハハハハ…。良鷹、そのとおりかもな。」


大人な二人は尚も笑っていたが、喜一朗が笑いをやめ、そっと小太郎に耳打ちした。


「…でも、あの人らに聞かれてみろ。晩飯抜きにされるかもしれないぞ。」


その喜一朗の言葉に、小太郎は少し怖くなった。


「それはイヤだ。」


「『綺麗なお姉さん』っていえばご飯山盛りになるぞ。やってみろ。ハハハハ!」


「ついでに流し目すれば、おまけのおかずも増えるぞ。魚一匹食えるかもな。」


「魚より、肉がいい、肉!」


三人で冗談を言い合いながら部屋へ戻って行った。





部屋に戻りしばらくすると、政信は突然こう言った。

その表情はどこか寂しげで、諦めたような感情がうっすらと漂っていた。


「…でも、お前らは良いよなぁ。」


「何がですか?」


「お前らには、少しはまともな女が寄ってくるだろう?」


小太郎は全く意味が分からなかったので黙っていた。

代りに、喜一朗が答えてくれた。


「そうとも限らないと思いますが…。先ほどの女中のように。」


「そうか?だが、俺には裏が有る女しか寄り付かん。」


「…裏、とは?」


少し心当たりがあった喜一朗だったが、主に聞いた。


「栄華を極めたいだけ、上べだけの女だ。わかるだろ?お前の父親だってそういう考えでお前を送り込んだ。」


政信はさらに憂鬱そうな顔になっていた。

以前のことを思い出した喜一朗は再び政信に謝った。


「申し訳ございません。」


ひれ伏して謝る喜一朗を政信は穏やかな声でやめさせた。


「お前のことはもう気にしてない。今はお前はお前の意志でここにいるんだ。とやかく言わない。顔を上げろ。」


「ありがとうございます。」


政信は部屋の隅の窓に近づき、そこから裏庭を眺めながらつぶやいた。


「…女は性質が悪い。性格を捻じ曲げて、男に好かれようとやっきになる。色目を使って擦り寄ってくる。」


「そうでございますか…。」


「そんな女ばっかじゃないと信じたいが…。」


遠い眼をしている政信に、喜一朗は明るい言葉を投げかけた。


「必ず、殿のお気持ちに沿う良い女子が見つかるはずです。この世のすべてが悪い女ではありません。」


「おっ。さすが喜一朗だ。」


「え?…いえ、それほどでも。」


突然褒められた喜一朗はなにがなんだかわからなかった。

しかし、その後突然いたずらっぽく笑って口を開いた主に驚いた。


「で、お前の好い女はどうお前の気持ちに沿うんだ?」


不意打ちに、喜一朗は固まったまま動かなくなった。




一方で、やっとついていけそうな話題になったことを察知した小太郎は、

興味津々で喜一朗に突っ込んだ。


「喜一朗殿、好きな人いるの!?」


「そうだ、良鷹。すごいよな。」


喜一朗ははっと我に返り、反論し始めた。


「…一体何をおっしゃっているので?」


誰がどう見てもうろたえている喜一朗に政信ははっきり大きな声でこう言った。


「しらばっくれるなよ。相手が居て結婚決まってんだろ?…相手がどうしてもわからなかったがな。」


喜一朗は下手な作り笑いで話をはぐらかそうとしていた。


「…ハハハ。殿、一体そんな根も葉もない話をどこから?」


「ちょっとした筋だ。」


小太郎は、その『ちょっとした筋』という言葉に聞きおぼえがあった。


「殿、またですか?前も俺ん家来た時に言ってましたよね?」


「そう、あの時も使った。」


喜一朗は後輩の言葉の乱れを注意することも忘れ、焦り始めた。


「殿、その筋は何なのですか?隠密ですか?忍ですか?」


「どっちでもいい。そのうちおしえてやる。とにかく今はお前の話が聞きたい。早く言えよ。」


「なにもありません。あ、そういえば用事を思い出しました。失礼いたします。」


そそくさと逃げ出す喜一朗を見ながら、政信は小太郎に命を下した。


「…良鷹、捕まえろ。」


「はい!」



小太郎は走って先輩を追いかけ、はがいじめにした。

腕を回した瞬間、彼は変な反応を示したが、すぐに暴れ出した。


「良鷹、離せ!」


「殿の命令ですので、離せません。」


「いいや、逃げる!お前柔術苦手だからな。」


言葉通り、すぐさま小太郎の腕から逃れた。


「ほらみろ。…あっ。」


その先には政信が待ち構えていた。

妙な笑みを湛えて…。


「行かせないぞ。」


「いいえ、逃げます!」


政信は、喜一朗を捕まえ押さえ込むのかと思いきや、脇やら首やらをくすぐり始めた。

様子がおかしくなってゆく喜一朗を眺めながら小太郎は主に聞いた。


「殿、喜一郎殿はくすぐったがりですか?」


「あぁ、この前取っ組みあった時に触ったら、異常な反応示したからな。」


その言葉通り、喜一朗は盛大に暴れはじめた。


「殿!くすぐらないでください!」


「さぁ、吐け。」


政信はくすぐりを続けた。


「イヤです。うっ。ひひ…。」


「もっとやらんとダメか?」


さらに激しくくすぐった。


「ひっひひ。はぅ。イヤ!やめて!くすぐらないで!」


あまりに喜一朗がくすぐったがり、奇声を上げて笑うので

政信は呆れかえってしまった。


「…男が悶える姿はみっともないな、早く吐けよ。」


「わかった!わかりましたから、くすぐらないでください!」


「よし。効果はあったな。」



力尽きた喜一朗は、観念した様子で話し始めた。


「…許婚は、弟思いの、優しい女子です。」


「弟?お前、そんな女じゃ、弟に負けるんじゃないか?」


「その弟は私にとっても弟みたいな者です。勝ち負け関係有りません。」


「どうだかなぁ?弟のほうが男前だったらやばいぞ。」


意地悪く、政信が言うと、喜一朗はすぐさま返した。


「年が結構離れているので平気です。はぁ…。殿二度とくすぐらないでくださいね!」


「おっ。初めて俺に指示したな。」


「脇は本当にダメなんです。お願いいたします。」


「ふぅん。で、喜一朗祝言は?」


喜一朗の脇の弱さより、彼の今後が政信には気になったようだ。


「…延期になりまして、未定でございます。何時になるのやら。」


残念そうに言う喜一朗を見た政信も同じようにつまらなそうにぼやいた。


「そうか、おもしろくないなぁ。良鷹。」


「はい。祝言なんて見たことないから見たいなぁ。」


「俺もだ。葬式しか出たことない。そうだ、喜一朗の祝言二人で押しかけよう!」


「はい!」


二人で盛り上がる主と後輩にあきれ、ほぼ極秘の婚姻の情報を抜きとられ、喜一朗は茫然自失だった。

着物が乱れていることも気にせず、へたりこんだままだった。

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