閑話 貴族達の内緒話 (後編)
続きです。
ジェラルド・ハーヴィンからの説明が始まる。
「では、私からの報告を述べさせて頂きますが、その前に!」
と最後の言葉を強め、ギラリッ! と第二王子であり、パトリシアの婚約者でもあるカスタドを睨みつける。
「カスタド殿下、貴殿は娘に何か言う事はございませんか? 娘から幾度となく女遊びを控えるように言われており、冒険者として依頼を受ける際にも注意勧告を受けているはず」
ジェラルドの言葉にまたしても青年は視線を逸らす。
「おい、カスタド。お前はいつまで子供でいるつもりだ? お前は貴族院一年だったな。後僅か二年もすれば貴族院を卒業する事になる。そうなれば貴族としての責務が一気にお前にも圧し掛かる事になる。王位継承権第二位のお前はハーヴィン公爵家の婿に行く身だ。そこの所分かってんのか?」
「そ、そりゃーわかってるさ。けどさ、あいついつも五月蠅いんだよ、あーしろ、こーしろって子供扱いしやがって!」
婚約者の父親が見ている前で悪態を零すカスタドに怒り心頭のジェラルド。
娘を馬鹿にし続けるカスタドを射殺さんとばかりに睨みつけ、その視線に気づいたカスタドが部屋を飛び出す。
「ヒ、ヒィィィ! こ、殺されるーー!」
まさか視線だけで恐れをなし逃げ出すとは思わなかった一同は、彼が出て行った扉を呆然と見続けている。
「あー、悪いなハーヴィン卿。あの馬鹿には後程俺直々に制裁を加えておく」
ふう、と深呼吸し自身の気持ちの高ぶりを抑える。
「いえ、陛下がそう言って下さるのであれば私から彼にこれ以上言う事はございません。それに今の状況の方が好都合な部分もありまして」
ジラートは ん? と首を傾げて続きを話せとジェスチャーを送る。
「実は、貴族院で数か月後に大掛かりなパーティーが催される事は皆様をご存じのはず。その時にカスタド殿下が事実無根な難癖を娘に押し付け、娘に婚約破棄を告げるつもりであると噂されているそうなのです」
「なんだと!?」
「馬鹿な!?」
王族であるジラートとカフェラの二人は自身の身内の馬鹿さ加減に声を荒げて驚愕する。万が一にもその噂が事実であり、実行されれば公爵家の看板に泥を最高権威である王家が掛ける形となり、王家の求心力に影響を及ぼし、最悪他国からの隙を見せる事に成りかねない。
そこまでの最悪のシナリオに気づいたジラートはすぐさま席を立ち、カスタドを問い詰めようとするも、当のハーヴィン公爵家当主から待ったが掛かる。
「落ち着いて下さい、陛下。私の報告はまだ終わっておりません」
その落ち着いた姿に冷静さを取り戻したジラートはすまん。と一言謝罪し、改めて席に着いた。
「それで、卿がここまで俺に話を出したという事は最悪のシナリオを回避する方法があるという事でいいのか?」
「ええ、まず初めに陛下は殿下を切り捨てる覚悟はお持ちですか?」
ジラートはここまで好き勝手に事態をかき回すカスタドにほとほと愛想が尽きていた。溜息混じりにジェラルドからの質問に答える。
「ああ、今回の件であいつに救いがねえ事が理解できた。どんな形になっても廃嫡は免れられんだろう」
貴族は決して一枚岩ではない。多くの貴族が王家に忠誠を誓っているが、虎視眈々と私腹を肥やす事に精を出している者も少なからず存在する。そして、そのような輩に隙を突かれれば王家と言えど無傷では済まないだろう。
多くの民を護る責任を背負っているジラートは、隙だらけで危険な爆弾にしかなり得ないカスタドを切り捨てる事を決断する。万が一彼を神輿として担ぎ上げようとも廃嫡され王位継承権を失えば誰もが彼を見放すだろうというせめてもの親心であった。
「結構です。パーティーの前に陛下に婚約を白紙する事を承諾して頂き、婚約破棄の場を茶番にしてしまいます。パーティーで陛下よりその事実を公表して頂いた上で、王侯貴族の前でカスタド殿下の廃嫡を宣言して頂ければ宜しいかと具申致します」
「ふむ。確かに事前に白紙撤回されていれば両家にとってダメージは小さくなるな。知らなかったのはカスタドだけという事になるし、場を騒がせた責任を取らせる事にもなる」
「はい。この事は上位貴族の臣下達には根回しをし、自ら殿下の行動に疑問を抱いている者ならば問題ありませんが、殿下の腹心の少年達の親達には早期に再教育を打診すべきかと存じます」
うむ。と控えていたメイドの一人がジラートの視線による合図に頷く形で返事を返し、すっと姿を消した。この結果、裏付け調査に乗り出し、数日後には全生徒がリストアップされる形となる。
「そして、私はある者を娘の護衛につける事をお伝えしておきます」
そこでジェラルドを除く全員が首を捻る。
「それは我が娘を助けてくれて、今後大きく世界に影響を与えるであろうと思われる少年です」
「まさか!」
アーネストはそこでジェラルドが名指ししようとしている人物に気づく。
「そうです、その少年はクロード卿のご令嬢を助けた少年と同一人物で名前をカインという平民の少年ですが、私自身とも少なからず縁があったのです」
「ほお? 常に中立を心掛けている卿がそこまで熱を上げるなど珍しいな」
ジラートは長年彼等を見てきており、その性格も熟知している。その為ジェラルドの個人を推す存在に興味が惹かれた。
「陛下は我が妻が隣国【ダンニール帝国】から嫁いで来た際に私を含め、何者かに強襲を受けた事を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、覚えているとも。確か当時帝国側で名を馳せていたA級冒険者のパーティに助けられたって話だろう?」
「そうです。ですが終ぞ彼等の行方が掴めず、礼を述べる事が叶わなかった」
「その話を急に出すという事は……」
「お察しの通り、その少年と仲間の少女が彼等の子供達だったのです」
ジラートはまるで物語みたいな話だなと内心考えていた。だが、先程のアーネストの報告が頭によぎる。剣聖ソドルスの弟子は少女だと言っていた。では少年にはどの様な価値があるというのか?
「いい話じゃねえか。だが、解せないな。クロード卿の話通りなら剣聖の弟子は娘の方だろう? その平民の小僧に大貴族ハーヴィン公爵家が肩入れするメリットはなんだ?」
そこで一旦誰もが黙る。まるで嵐の前の静けさと言わんばかりの静寂であった。
そして、ジェラルドが口を開く。
「彼は、カイン君は、精霊を視認し対話する事ができ、それは神器に宿る存在も例外ではありません」
一瞬の静寂の後、応接室に騒音が響き渡る。
「「「「「何ぃぃぃぃぃ!!」」」」」
♦♢♦♢
精霊。それは多くの太古の書物や御伽噺で登場する伝説の存在である。しかし、近年その様な存在を認知できた者はおらず、物語を盛り上げる一種のキャラクターというのが現在の一般常識である。
しかし、その存在が実在するとなれば話が大きく変わる。何故ならば精霊が起こすと語られる出来事はどれもこれもが信じられない内容ばかりだからだ。
例えば火魔法で火山の噴火並の威力を出すとか、風魔法で竜巻を起こすといった自然災害ともいえる現象を引き起こしたと語られている。
「馬鹿な!? 精霊が実在するだと! 何処に! 精霊は何処にいるというのだ!!」
血走った眼でジェラルドに詰め寄るのは政治話なんて面倒くさいと黙って聞いていた魔法師団長であるノウ・グリモア―ルであった。
「グリモア―ル卿、落ち着いて下さい。私は逃げはしませんのでまずは陛下との話をするのが先決です」
「す、すまない。ハーヴィン卿、つい魔法の事となるとな。陛下も申し訳御座いません」
余りのノアの剣幕に押されてしまったジラートがこほんと一度咳き込み、話の軌道を戻す。
「確かにその様なスキルを持つならば国家間に大きな影響を与えかねないな」
自然現象を実現させる事もさることながら、各国には多くの神器が存在し、そのどれもが王家又は王族に連なる一族に管理されている物が殆どだ。その時代に存在し、宿っている精霊と対話が可能となれば今まで空白だった内容が生き証人に直接聞く事ができ、歴史的にも政治的価値も跳ねあがるという物だ。
「では、ありったけの国賓扱いをし迎え入れねばならんな」
希少価値がある存在を易々と他国に渡らせる訳には行かないとジラートは決意を口にする。しかしそこにジェラルドから待ったがかかる。
「お待ちを、陛下。実は彼の少年は目立つ事を嫌い、仲間である少女に華を持たせる傾向にあるのです」
「なんと! 平民の少年ならば英雄に憧れたりするものではないか?」
なあ? と同意を得ようとジラートが視線を動かすと誰もが首を縦に振り同意を示す。
「彼は面倒事を嫌い、貴族にも良い印象を抱いていないのです」
「何? 何処の馬鹿だそんな希少な少年に悪印象を与えた馬鹿は」
尤もだ! とこの場にいる全員が苛ついた表情をする。アーネストですら自分が警戒されたのはそいつのせいか! と責任転嫁する始末である。
「何でもディトニス伯爵の令息、ヒーマン・ディトニスという青年の護衛を引き受けた際相当酷い扱いを受けたそうです」
「今すぐディトニスを呼べ!」
控えていたメイドの一人がまた一人、すっと姿を消す。
思わず声を荒げた事により、ジラートは肩で息をする。
「それで? その少年をどうやって我が国に引き留めるつもりだ? 冒険者だというならば他国に渡られる可能性もあるぞ?」
「はい、そこで先程の殿下との婚約白紙の件です。身が軽くなった後のパトリシアの婿に来てもらおうかと考えています。娘もカイン君とこの一週間共に鍛錬をこなし、良い関係を築いているようですしね」
そこでそうはさせるか! と口を挟むのはアーネストである。
「お待ちを陛下。それでしたら我が家のチェルシエルでも宜しい筈。娘も明確に彼に好意を抱いており、まだ婚約者もおりません」
お前からも何か言えとアーネストはチェルシエルに視線を送るも、会議中の大人達の間に自分が勝手に口を開く事はマナー違反と教育を受けている彼女は言いたい事を言えずぐっと我慢していた。
「構わぬよ、チェルシエル。お主の意見も聞こう」
他でもない国王からの許可が下り、チェルシエルは口を開く。
「私は父が言う通り、カイン様に好意を抱いております。もし、陛下が彼を口説き落とせと仰るならば、私は全身全霊を以て事に挑みたいと考えております」
「それはこの国の為か? それとも自身の幸せの為か?」
「両方です。彼が居なければ私は今頃魔物の孕み袋にされ凄惨な最期を送っていたでしょう。その私が彼をそして彼女を支える事が出来るならばどんな苦難にも立ち向かっていけます」
貴族社会には妾という制度が認められている。仮にカインがベロニカを一番に愛し、自身が二番目であろうとも構わないと考えていた。ところが自分の家柄と同等の令嬢が事態を横から持っていくとなれば話は別である。
万が一パトリシアが正室となれば、同等の家柄を生まれに持つ自身が遠巻きから応援する事が出来ても妾となり、自身をカインが見てくれる可能性は限りなく低いという事を想像するのは容易い。
貴族としてのプライドが高い父はそのような立場を決して許可しないだろう。故にカインを貴族としてさせるならばこの戦い、負けるわけにはいかない! とチェルシエルは覚悟を燃やす。
「だ、そうだがハーヴィン卿はどう思う?」
「あー、チェルシエル嬢。君が彼に好意を抱いている事は理解したが、当家は既に彼と協力関係を結んでいる。婚姻云々は私が陛下に許可を得て話が纏まってから彼に打診するつもりだがパトリシアの有利はそうそう揺るがないよ」
ガーン! とジェラルドの言葉にチェルシエルがへたり込む。
アーネストもまさかハーヴィン公爵家がここまで素早くカインを自身の陣営に引き入れている事に少なからずショックを受ける。
だが、恋する乙女は終われない。がばりと体を起こし、ジェラルドへと詰め寄る。
「正妻じゃなくても構いません! 三番目! 三番目でも構いませんから私も身内に入れて下さい!!」
まさに彼女の声は魂の咆哮であった。呆然と彼女の訴えを聞いていたジェラルドは正気を取り戻し、チェルシエルを諫める。
「ふふ、公爵令嬢を二人も落とすとは彼も罪な男だ。彼と娘にこの話を出す時は君もねじ込む事を我が家の名に誓おう」
「ありがとうございますぅぅぅ」
チェルシエルは感涙の涙を流していた。その後、カインから聞いた精霊の話へと戻り、グリモア―ル家当主は自身の息子と娘が既に精霊と縁を結んでいる事を知り、直に問いたださねば! と超特急で自宅へと帰っていった。
「ふうむ、二大公爵家と縁を結ぶ平民の少年か……。俺の娘とも引き合わせてみるか?」
そのような事を国王ジラートは模索し始めた。カインの安寧の明日はどっちだ!?
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カインの知らぬ所で勝手にハーレムフラグが立ち始めたの巻。尚彼女達が口説き落とす方が困難な模様




