第二話 勇者一行様、お帰りはあちらです
続きです。どうぞお楽しみください。
カインとひと悶着があった翌日、勇者一行はカインの自宅へと赴いた。
トントン
「失礼、カイン少年はご在宅だろうか? 昨晩世話になったソドルスだ。」
ノックをして少しして建物の中からカインが現れた。
「入らっしゃいませソドルス様。あれ?他の皆さんまでいらっしゃるんですね」
「悪いな、カイル君。ちょいと俺達勇者パーティでもある方針を決めてな。その相談も兼ねてるんだ」
『こいつは何を言ってるんだ?』という表情を隠さず首を捻るカイン。
何はともあれ、わざわざ自宅へ足を運んでくれた客人をいつまでも玄関先で立たせるのは忍びない為、室内へと招き入れた。
――――村の特産品であるモーモミルクを四人へ配り、話を聞く姿勢を取る。
「さて、ではお話を伺いましょう」
「まずは昨晩の手合わせを受けてくれて感謝する。これは礼の10万リン、金貨10枚だ。受け取ってくれ」
ここでカインがギョッと目を大きく見開く。一般的に平民の年収が四万リンと言われている。
12歳の子供に支払われる金額では到底ない。
ちなみに通貨は
1リン=銅貨一枚
1千リン=銀貨一枚
1万リン=金貨一枚
百万リン=大金貨一枚
とされている。村によっては通貨の代わりに物々交換が行商人と行われる事もある。
「こ、こんな大金受け取れませんよ!」
「何言ってやがる、これは儂が認め、儂が決めた金額だ。どうか受け取って欲しい。」
真剣な表情で語るソドルスに気圧され、渋々受け取るカイン。
「うぅ……。わかりました、有難く頂戴します。どうしようかなこのお金」
「おう!、堂々と胸を張りな! 何せお前さんは儂に勝ったのだからな!」
ガッハッハッ!と豪快に笑うソドルスを恨めしそうに見つめるカイン。
無事に報酬の受け渡しを見届けたところでマルスが声を挟む。
「カイン君、ソドルスはこういう性格なんだ。どうか呑み込んでくれ。そしてここからは俺達勇者パーティ全員で君を訪ねた理由を話そうと思う」
来たか! と察したカインは改めて姿勢を正す。
「俺は立ち合えなかったが、君は現状ソドルスより強い。それは俺を除いた三人が証人だ。」
「俺達勇者パーティは多くの人々の希望、つまりは強さの象徴でなければならない。そこで、君に頼みがある。どうかソドルスの師匠になってくれないだろうか? 可能であれば俺もお願いしたいくらいだ」
「俺は男爵家の三男でほぼ平民と変わらず育った。勇者として選定を受けて以降、俺は王都の騎士団長に鍛えられたがそれでも力不足は否めない」
「傷を負えばマルタさんに治療してもらえればいいし、鍛錬のメニューはサーフェイスさんと考えてくれればいい。勿論、対価として金銭は支払おう。どうだろうか?」
――――静寂が室内を支配する。
普通ならば答えはYESと決まっている。英雄として名を馳せるであろう人達に力添えが出来て、平凡な村人として働いていれば、まず手にする事もない金銭が支払われる。
彼らの人柄を見れば、その金銭を踏み倒すような者でない事もすぐにわかる。
だがしかし、目の前の少年は普通ではなかった。
「お断りします。どうぞ、お帰り下さい」
一刀両断の拒否! それは勇者達全員にとっての誤算!
大抵の者は金銭で首を縦に振る。しかも相手は世界の命運を担う英雄達だ。
だが、カインにとっては面倒事でしかない。彼は基本無欲であり、現状の生活で満足していたのだ。
「な、何故だ!? ちゃんと報酬は支払う! 値段か!? 値段なのか!? えぇーい、もってけ泥棒! 30万リン渡そう! これでどうだ!?」
「お金の問題じゃないです。お帰り下さい」
追撃の両断!! 勇者の心に会心の一撃!!
「え、え~と、どうして受けて下さらないのでしょうか?理由をお聞かせ頂いても?」
「そうだな、我々も無理強いをするつもりはありません。金銭が問題ではないというならば明確な理由を話してもらえないでしょうか」
マルタとサーフェイスが理由を尋ねる。ちなみにソドルスは断られると思っていなかったので呆然としていた。
「面倒だからですよ、僕には僕の仕事があります。それに、勇者様はもっと聖剣さんと対話をした方が実力が伸びるでしょう」
そこで予想もしていない言葉がカインから飛び出す。聖剣とはルーテル教が管理している伝説の剣であり、勇者以外扱う事が出来ず、資格がない者が聖剣を握ってもただただ重いナマクラでしかないのだ。
冷静さを少し取り戻した勇者がカインに尋ねる。
「聖剣と対話? そんな事できるわけが……いや、でも偶に変な夢を見る時があるな。もしかしてあれがそうなのか?」
「実はあなた方がこの村に着いた時から僕はずっと誰かに呼ばれている気がしました。そして今日、皆さんが来られた今、その声がはっきり聞こえますよ」
勇者一行全員が驚愕する。カインが言う通り、聖剣には勇者を支える聖剣の精霊が宿っていると伝承で伝えられている。
しかし、歴代勇者の記録の中で精霊の声を聞いたという物は殆ど残されていなかった為、ただの御伽噺として考えられていたのだ。
「な、なあカイン君! 君が本当に聖剣の声が聞こえるのなら代弁してくれないか?今俺の事どう思ってるのか聞いてみたいんだ」
「……構いませんけど、僕はどうなっても知りませんよ?ちなみに宿っている精霊は女性です」
四人は揃って首を傾げるが、貴重な聖剣の言葉を聞く機会なのだ。否もなし。
マルスは腰に提げていた聖剣をテーブルに置いた。すると、聖剣はひとりでに浮き上がりカインの前へと近づいていく。
カインが聖剣を何事もなく掴みとると能面のように感情の起伏が消える。
そのまま鞘から聖剣を引き抜くと、見た事もない程に聖剣が光り輝いていた。
「こ、これが聖剣本来の光……?、いや、今はそれどころじゃねえな。聖剣よ、今お前は俺の事をどう思っている?」
『息が臭い』
「「「「えっ」」」」
この瞬間、空気が凍り付いた。
『剣聖と色町に行くなとは言わないけど、聖剣は置いて行きなさい。男女の営みを傍らで見続けさせられる聖剣の身にもなりなさいよ。後、魔物を斬った後きちんと手入れしなさいよね、いっつも自分で浄化を掛けないといけないんだから。』
マシンガントークの如く、延々と勇者に対しての愚痴が聖剣から語り続けられる。
ちなみに、そんな愚痴を延々と聞かされている他の三人の内、男二人は苦笑いし、唯一の女性であるマルタからは絶対零度の目線を送られている。もうやめて!勇者の(精神)ライフはもう0よ!
『――――って事! 分かった? 分かったら返事!』
「は、はい。以後気を付けます」
永久に続くのではないかと思われた聖剣からのお小言はようやく終わりを迎える。
ゆっくりとカインが聖剣を鞘へと戻し、テーブルに聖剣を置くとカインの表情も元に戻る。
「えっと、以上になりますが僕が言葉を濁していた意味が分かってもらえたかと」
マルスは意気消沈し、残り三人は苦笑いするしかできない。聞き手がカインしかいなかったとはいえ、延々と愚痴をこぼし続けている声を聞くのは少年であるカインにとっては苦痛であったであろう事が容易に想像できたからだ。
「ところでマルタさん、折角ですし聖杖さんからも聞いてみますか? 凄く喋りたそうですけど」
そこで再び四人は驚愕する。何せ伝説の武具である聖剣の声が聞けただけでも奇跡に等しい。そこにもう一つの武器である聖杖の声も聞けるというのだから驚かずにはいられない。
「で、では代弁をお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、どうせですし。ただこちらも覚悟して下さいね? こちらの精霊も女性です」
過去に多くの聖女や聖者を護って来た聖杖からどんな言葉を聞けるのか?
長年教会に仕えて来たマルタや知識欲が刺激されたサーフェイスは興奮気味である。
聖剣のように聖杖をテーブルに置くと、先程同様ふわりと浮き上がりカインの前で止まる。
聖杖を掴み取ると、カインの表情が再び起伏を失う。
「聖杖よ、過去多くの人々を癒し、見守り続けて来た聖杖よ。今貴女はわたしをどう思い、どう感じているかを教えて下さい」
感謝の祈りを捧げるように両手を組み、目を閉じる。
『はよ結婚しろ』
ビキリッと空気が割れる音が聞こえた。
そこからはもう、耳を覆いたくなるようなお小言が飛び出し、嫁き遅れの娘を心配するお節介な母親の如き説教トークと男を口説くテクニック等々、教会の教示ってなんだっけ? とも言える台詞が雨あられとマルタに降り注いだ。もうやめて!マルタの結婚意欲がもう0よ!
『いい事!? 女の花としての寿命なんて短いんだからさっさといい男捕まえるのよ! 聖杖としてはカインなんてお勧めだけどね。聖杖や聖剣の声をここまではっきり聞き取れる人物なんてこれまで居なかったわ』
「ふ、ふふふ……。いいもん、私は私なんだもん……。どうせ私なんて嫁ぎ遅れの2●歳ですよーだ」
精神的ダメージが大きかったマルタは正気を失っていた。
『けど、カインの神器に対しての親和性はちょっと異常ね。歴代の聖女達や勇者達の技術を代弁できそうだし、上手く口説ければ勇者一行にとって大きな試金石になるでしょう』
そう言い残し聖杖はカインの手を離れ、ゆっくりとテーブルの上に置かれる。
――――再び静寂が走る。先程とは違い、神器二つからのお墨付きがある戦力強化の道筋! ここで引き下がる訳にはいかない! そう心に決め、マルスはカインへ説得を試みる。
「カイン君、改め―――」
「お断りします、勇者一行様、出口はあちらです」
文句なしの一刀両断であった。
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