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この結末を選ぼうと思います。

書き直し中でございます!

新規はないです、すみません!



 ぼんやりと意識が浮上する。ゆっくり目を開けると、美しい庭と青い空の光が眩しく見えた。


 何度か瞬きをして起き上がる。ここはどこだろう。王宮に間違いはないと思うけれど……。

 まだ寝ぼけていた私は、次の瞬間隣から聞こえてきた声に反応しきれなかった。


「起きたか」

「……!?」


 お父様……じゃなくて、リュシテリア王がいた。私の隣に。

 ハッと周りを見て、自分が王と同じソファに腰掛けていることに気付いた。

 なんで? どういうこと? どうしてこうなった?


 とにかく挨拶をしなくては。

 そう思うのだけど、どうしても顔を上げることができず。

 私は非常に失礼な事に目を合わせず小さく挨拶をした。


「……お、お久しぶり、です、おと……陛下。さ、先程は助けていただき……」

「聞き取れん。もっと大きな声で話せ」

「あっ……ご、ごめんなさい……」


 こ、怖い。氷のように冷たい視線が下げた頭のてっぺんにグサグサッと刺さっている。こんなんで大声を出せるだなんて、小説の主人公は本当に凄い。

 でもここでリュシテリア王の機嫌を損ねたらそれこそ今すぐに殺されそうだ。

 それだけは嫌だと思った。

 アリアとヘレンと、あとたくさんのメイドさんが準備してくれたこの格好で死ぬのだけは、嫌だ。


 その思いのおかげで、普段の私ならあり得ないほどの謎の勇気が湧き上がってくるのを感じた。火事場の馬鹿力とかいうやつだろう。

 衝動となったそれを、そのまま声にした。


「先程はありがとうございました! お父様に会えるとは思っていなかったので、ビックリしてしまって申し訳ございませんでした!」


 若干黙り込むリュシテリア王。

 数秒くらいの間の後、なんとなく呆れたような気配がした。


「……お前は礼をしたいのか? 謝罪をしたいのか?」

「あ、あ、挨拶です!」


 ああ、もっともなツッコミ!

 もう脳みそはショートしてるし、怖いのとどうしようとでまた涙が溢れているし色々めちゃくちゃ過ぎる。

 ええいもう死なない為ならどうにでもなってしまえ!


「お久しぶりです、お父様! わっ、わでぁ、私は今日6歳になりました! お父様にお会いできて嬉しいです!」

「……」

「な、泣いているのは、う、嬉しいからで、元気です! もう大丈夫です!」

「……」


 リュシテリア王がポカーンとしてる。この顔は確か……小説の序盤で主人公がドレスのまま屋根に登って王と話をしに来るシーンの、あの顔だ。

 今の私はそれ程までに突飛なことをしでかしているのだろうか? ただ叫んでいるだけなのに?


 言葉が尽きてしまって、私は途方に暮れつつハンカチを取り出した。涙を拭って真っ赤になっているであろう目元を隠す。

 今日は誕生日なのに、どうしてこんな事になっているんだろう。もう水の宮でなくてもいいから早く逃げ出したい。

 さっきから黙って凝視してくるリュシテリア王が怖すぎる。

 帰ろう。彼の視界からサッサと消えよう。


「私、その……つ、疲れてしまったので、失礼します」


 恐る恐る立とうとしたが、突然腕を掴まれバランスを崩した。

「ひぇっ!?」

 ボフッと、柔らかなソファーが沈む。


 ハンカチを持っていた手を掴まれたせいで、私は再びリュシテリア王を見てしまった。水晶玉のような紫の瞳。さっきまで普通だった眉が中央に寄っている。お怒りのようだ。


 どうしよう。

 これ、本当にどうしよう……!?


 大人の力を振り払えるわけもなく呆然と固まっていたのだけど、リュシテリア王は何も言わないし何もしない。何を考えてるのかさっぱりわからない。

 確認しようにもどう声をかければいいのか。


「お父様……?」


 すっかり困り果てた挙句、出てきたのはその一言のみ。

 けれどそれでよかったらしい。リュシテリア王は私の手を離し、このスペースの入り口に立っていたギルバートさんのところへ向かっていった。


 よかった、ギルバートさんがいてくれた。それならきっとすぐに水の宮に戻れる。

 心が落ち着いた私は改めてソファに座り直し、手鏡を持って目元を確認した。やっぱり腫れてしまっているけれど、お化粧は崩れていない。これなら許容範囲内だと思う。


 そうこうしているうちにリュシテリア王が戻ってきた。

 サッと立ち上がりそれを待つ。普通なら王より先に座るなんて無礼なのだから。

 と思ったら、また手を引かれて座らされた。隣に。

 もう本当にどう言う事なのかわからない。私はだんだんと思考を放棄していった。


 リュシテリア王が何か話してる。私は相槌をうつ。

 その繰り返しを暫くしたところで再び沈黙。

 そして数分くらい経った後で、リュシテリア王の探るような声が聞こえてきた。


「お前は何を企んでいる? もし何かあるのなら……そしてそれが俺に害を成すものであれば、俺は即座にお前を捨てる」


「はい、お父様のお望みの通りに」


 また同じ相槌を打ってしまったがそれでよかったらしい。

 リュシテリア王はお望みの通りにマシンと化した私を最後にジッと見た後、立ち去っていった。安堵のあまり気絶しそうになった。

 疲れた。ただただ疲れた。もうおうちかえりたい。アリアのチョコミルクを飲みたい。


 ぐったりしている私のところへ、リュシテリア王と入れ替わるようにギルバートさんがやって来た。安心感がすごい。

 助かった感のあまりへにゃっと笑ってしまった。

 ギルバートさんはソファには座らず、私の前に膝をついて屈んで視線を合わせてくれた。


「久しぶりの話し合いはいかがでしたか?」

「え、と……びっくりしました」

「そうですね、挨拶の時も驚いていらっしゃいましたしね。ですが穏やかに話されていたようで安心しました。姫様は、リュシテリア陛下の事を怖がっておられましたが、今日お話をしてどう思いましたか?」

「どう……?」

「ええ、どうか隠さず、思うままにお伝えください」


 なんだかギルバートさんがキラキラしてる。

 どう思ったか……?

 私はどう思っていたんだろう? 黙って考えてみる。


 もちろん怖かった。でも自棄になって叫んでからは、戸惑う気持ちの方が大きかった。行動も謎すぎるし、話に至っては覚えていない。

 だから私が思う精一杯はこれくらいだった。


「よく、わからない……です……でも、同じ色の目でした」

「陛下と姫様の瞳はお揃いですから」

「怖いと、思っていたけど……今はよくわからないです。お父様は、なんで今日、ここにいらしたのでしょう?」

「あれ、お話しされませんでしたか?」


 多分、私がお望みの通りにマシンになったから覚えてないのだろう。それを正直に伝えてみると、ギルバートさんは少しキラキラが霞んでしまった。

 やっぱりまずいことをしちゃったのか……。


「陛下は、姫様を王宮に迎える事を決定しました。その為に、顔合わせと報告を兼ねてこのパーティーに出席されたのです」


「…………へ?」


「水の宮のお部屋の引越しは、パーティーの終了までには完了します。ここはそれまでの間、姫様の休憩の為に用意されたのです」

「お庭の、テラス……を?」

「ええ。姫様は花が大好きですので、陛下がここにと」

「そう……だったの、ですか」


 えっと、えっと、つまり。

 リュシテリア王は、私の存在を認めたってこと?

 小説の主人公とは正反対の私を?


 なんというドッキリ展開。想像すらしてなかった。いや、でも小説のようにドタバタが起きるわけじゃないから、多分これまで通りの方針でいいはず。

 ビックリドッキリがあり過ぎてむしろ冷静になった。凄い。


「姫様、これからどうされますか? お部屋の準備が整うまでこちらでお待ちいただいても構いませんが」

「……ギルバートは、そばにいてくれますか?」

「勿論です」

「なら、えっと、私……チョコレートを食べたいです。ここでじゃなくて、お庭で……その、いいですか?」

「姫様のお望みのままに。それでは参りましょうか」

「はい!」


 ようやく元気な声を出せた。ずっとここにいたから座るのにも疲れていたのだ。

 それにここから見えるだけでもこの庭は美しい。この中を歩いてみたい。元々そうしたかったのだから、ギルバートさんのアドバイス通り思うがままに行動してみよう。


 それに小説では、主人公は今までの自分とは違う事をこのパーティーで知らしめ、周りの目を変えるきっかけの一つにしていたのだ。

 私も何かしら行動しておけば、ヒロインの今後に良い影響がでるかもしれない。


   ◇


 そんな考えは、テラスから一歩出た瞬間ひっこみました。


「リュミレイ様、お誕生日おめでとうございます!」

「リュミレイ姫様、本日は誠に麗しく…!」

「姫様!是非私と」「リュミレイ姫様!ご挨拶を」

「リュミレイ姫様!」「リュミレイ様!」「姫様!」


 ひぇっ、怖っ……何これ。

 ギルバートさんにくっついてテラスから出た途端、大量に人が押し寄せて来たのだ。

 慌ててギルバートさんの背に隠れようとしたが、次の瞬間どこからともなく現れた騎士の人達が私の前に盾のように並んで、彼らを退けてくれた。


「こ、これは……なにが……?」

「彼らは姫様の護衛です。私の見込んだ優秀な者ばかりですので、ご安心ください」


 いや、それも聞きたかったけどそれじゃなくて。


「そ、そうですか、助かります。でも、私、あの方々に対応しなくていいんでしょうか……?」

「ええ。それは姫様の仕事ではありませんのでご心配なく。さあ、チョコレートを選びにいきましょう」


「は、はい……あの、騎士の皆様、ありがとうございます」


 ちょっと膝を下げて挨拶し、ギルバートさんと会場の中央付近にあるテーブルまで移動する。押し寄せる波は途絶えること無く、私は自分でチョコレートを選ばずギルバートさんにとってもらった。とりあえず全種類。


 チョコレートは元々リュミーの好物だし私も大好きだ。

 なのでパーティーの為にいろんな種類のチョコレートを用意して貰った。色や形でわかるようにしているのだけど……どれがどれだったか、記憶にちょっと自信がない。


 流石に盾の中心に居続けるのは精神的にもキツかったので、勇気を出してギルバートさんにそれを伝えた。

 するとテラスの後ろに最初から用意されていたのであろう通路があり、そこから裏庭へ出る事ができた。

 静かで心地の良い庭だ。春の風に花びらが舞い、緊張が解けていく。

 ここならそう人は来ないとの事で、安心してベンチに腰掛けてチョコレートを食べた。


「これは確か、ビターチョコです。ギルバートは、苦いもの食べられますか?」

「チョコレートなら大丈夫です。姫様はビターチョコがお嫌いなのですか?」

「嫌いじゃないです、でもあまり苦いものは……得意じゃないので……ギルバートが食べてくれますか?」

「いいのですか? 喜んでいただきますね」


 そう言ってギルバートさんが本当に嬉しそうにチョコを受け取ってくれたから、私も嬉しくなって微笑んだ。

 私の口には甘いミルクチョコレート。ヘレンとアリアが細かく好みの味を聞いてくれたのは全部この為だったんだ。それがわかる程このチョコレートは美味しい。

 これだとビターも食べられるよう調整されていたのかも。


「もっと取ってくればよかった」


 思わずちょっと欲張りな感想を言ってしまった。でも食べたチョコは全部本当に美味しかったのだ。

 慌ててなんちゃって、とギルバートさんに照れ笑いを見せると、何やら真剣な顔をしたギルバートさんはスッと立ち上がった。


「姫様、少しお待ちください。すぐに取って参ります。警護の者はそばにおりますが、念の為ここから動かないでくださいね」


 物凄い早口でそう言って、ギルバートさんは風のように走って言ってしまった。冗談のつもりだったのにとポカンとしていたけど、もっと食べたいのは本当だからと大人しく待つことにした。


 遠くからワルツの演奏が聞こえてくる。ちゃんと挨拶をしていなかったけど、王都でも人気の楽団に来ていただいているそうで、今聴こえてくる曲も明るいのに上品で、とても心地良い気持ちになる。プロってすごい。

 折角だから、ギルバートさんが戻ってきたら一緒に踊ってもらおう。そう思ってお皿を置いて立ち上がる。

 ワルツの踊り方の復習だ。足の動きでリズムを刻み、盛り上がりで大きく動く。ドレスが華やかに見えるように。

 暖かな光と花びらの風の中で踊ると、なんだか心が弾む。ずっと外に出なかったから、こんな風に太陽の下で動くのが気持ちいいんだと思う。


 心地良い感覚に没頭して踊っていたら、誰かが近づいてくる気配に気付いた。

 ハッと踊りをやめて振り返る。ギルバートさんじゃない。

 テラスとは真逆の方から、その人は歩いて来た。


「お、父様…」


「病人とは思えない動きだった」


 えっと、褒められているのかな……?

 それとも病人の振りをしていると勘違いされている?

 ど、どう反応すべきなんだろう。


 決めきれず間をとって曖昧に微笑む。リュシテリア王は無表情のままこちらに歩いて来た。

 な、なんだろう。好みの答えじゃなかったのかな。

 ビクビクしている私に、リュシテリア王が手を差し出した。



「一曲お相手願おうか」


「……よ、喜んで…………」


 こんなに怖いお誘いは初めて見た。



 その後繰り広げられたのは、王様とは思えないほどがっしりした手を握って、全く違う足幅に必死についていくダンス。

 リュミーはともかく私はこんなの色々とキツ過ぎて無理だ。

 頑張っていたけれど、最後まで踊りきる前にボロが出た。


「あっ」

 足がもつれて体が傾く。転ぶと思ってギュッと目を瞑った。


 ……あれ、痛くない。

 恐る恐る目を開けると、リュシテリア王の目がすぐ近くにあってギョッとした。悲鳴を我慢した私、偉い。


「……中身はただの子供か」


 外見もただの子供ですが!?


 リュシテリア王はそれで満足したらしく、私をベンチに座らせるとどこかへ立ち去っていった。

 私? 茫然としてました。

 ギルバートさんが沢山のチョコレートを持って来てくれるまで、ポカーンと綺麗な空を眺めていました。


 チョコは美味しかったし、庭も見れたし、ワルツも……一応踊れた。なんだかんだやりたい事は全部できたので満足感はあった。

 なんとなく釈然としないけど、小説のストーリー沿いに今のところ進んでいるし、うん。もう悩むのはやめよう。



   ◇◆◇



 それから私は、王宮で新生活をスタートした。


 といっても、基本的な過ごし方は変わらない。

 あまり部屋から出ず、リュシテリア王にも過度に接触せず、その他の人達にもあまり関わらない。

 勉強は一気に段階が進み、ご令嬢ものによくある家庭教師による教育が始まった。リュミーは頭の出来が良いので、先生というよりは解説役のような感じだ。


 お茶会はもちろん開かない。

 誰かのパーティーにも参加しない。

 お父様の誕生日と、自分の誕生日、建国記念日のパーティーにのみ顔を出した。

 凄まじい量の招待状がほぼ毎日届いていると知ったのは、私が10歳になった時だった。でもだからといってスタンスを変えるつもりもないので、罪悪感はあるが無視している。


 一つ気掛かりなのは、ギルバートとの婚約が既に決定した事だ。

 リュミーは隣国の王子に求婚され婚約する筈だったし、小説ではもう一つの公爵家の長男と婚約していた。小説の中盤でようやく、だ。


 なのにどちらでもなく、そしてまだ8歳で婚約が決まるなんて。一体なぜ?

 いや、ギルバートは確かに元々から有力な婚約者候補だったからそうなるのがおかしいとは思わない。

 でも……早くないかな? 周りのご令嬢は余程の事がないと14歳より前に婚約することなんてないんだけど。

 アデレード王国では、成人は男女共通で15歳。貴族の婚約はその直前である14歳に済ませるのが普通だ。


 不思議だけど、別に嫌なわけではないので何もしなかった。それにヒロインがやってくれば私は早々に処刑される運命なのに変わりないはず。

 最初から生きる為に頑張るつもりはないのだ。ギルバートとアリアとヘレン、それから……お父様には悪いけれど。


「姫様?また考え事ですか?」

「あっ、ごめんアリア。ちょっとわからないところがあって」

「今はお勉強の時間じゃないのに……姫様、ちゃんと休憩はしなきゃだめですよ?」

「ええ、わかってるわ。じゃあ今日はもう終わりにして、アリアの紅茶をいただくわね」

「そうしてください。すぐにケーキの用意をしますね」


 私がリュミーになってから、もう9年近く経った。

 流石の私も姫としての立場に慣れたし、アリアやヘレンともこんな風に話せるようになった。ギルバートの事も呼び捨てにできるし、お父様の事も……まだ少し怖いけど、バレないように振る舞うくらいはできるようになった。


 今では知らない使用人達にも対応できる。慣れってすごい。

 ただ歳を重ねるにつれ、ギルバート以外の貴族……それも男性との接触がなくなっていったので、姫らしい態度はよくわからないでいる。アリアとヘレンがそのままで良いとしか言わないからそのままにしているけれど、本当にいいのかな。


「明日はギルバート様がいらっしゃるそうです。姫様のデビュタントのドレス、そろそろ決定したいですね」


「本当にね。後二ヶ月しかないのに……でも、あんなに張り切って考えてくださってるから、私も真剣に向き合いたくて。それにデビュタントは、アリアやヘレンも、ギルバートも……お父様も、気にしてくれているから」


「そうですね、凄く楽しみです。幼い頃から愛らしかった姫様が、今ではこんなにも美しくなって……正直に言うと、ちょっと惜しくもあるんです。こんなに素敵な姫様を人々に見せるなんて……でも、姫様の輝かしい姿も見たい……」


「ふふっ、ジレンマって感じね。私もこうして守られていた日々から踏み出すのは、少し怖いわ。でも私が成人しても、アリアとヘレンはそばにいてくれるでしょう?」


「勿論です!」


「なら、きっと大丈夫よ。私は変わらずここにいるつもりだから」


 そう言って笑うと、アリアもそうですねと笑い返してくれた。

 この暖かな日々。それが全部、デビュタントで覆される事を、私以外の誰も知らない。



 ヒロインの登場は、リュミーのデビュタントだ。



 王の座を狙うもう一つの公爵家、カラドリスが、ヒロインの少女の存在を露わにする運命の日。

 それこそがリュミーが参加する春のデビュタントなのだ。


 小説ではそう書かれているだけで、実際はどう登場するのかよくわかっていない。小説の主人公はデビュタントの前からヒロインと交流し友情を築いていたので、なんの問題もなかった。むしろ堂々と妹と呼べる事を喜んでいた。


 小説の中の、悪役姫だったリュミーの物語において、ヒロインの少女はどのような登場をしたのだろう。どんな思いで現れるのだろう。

 名前は……名前は、リュリシアのままなんだろうか……?


 一歩、また一歩と、私は死へ向かって進む。

 心のどこかでは、この居場所をずっと守っていたいと思っているけれど、その為に何かをするつもりはない。諦めの決意が揺らぐことはなかった。

 もしも、この転生が神様からの贈り物だとしたら……私は十分満足した。こんなにも暖かな日々は生まれて初めてだった。


 だから、もういい。

 生きる意味がないまま足掻くのは、もういい。


 私が死を迎えるまで、一年と少し。

 その日まで、私はこの日常を過ごそう。



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