本当にできているでしょうか、これ?
書き直し中で、新規はありません!
王宮の庭は見事なものだった。
眩しい日差しに目が眩みかけたけど、いつの間にかいたメイドさんがサッと日傘をさしてくれた。
フリルがついていて、星の模様がとても可愛い。
メイドさんにありがとうと言うと、目を丸くしてポカンとしていた。こっちの使用人さんはまだ、リュミーがこうなってるって知らないのかもしれない。
ギルバートさんに手を繋いで貰って歩く。小さな足だとヒールは歩きにくいから、こうして貰えると助かる。
「アデレード王国第一王女、リュミレイ・アウス・デル・アデレーディア姫様、ただいまご到着でございます!」
大きな声。
思わずギュッと両手でギルバートさんの手を握ると、しっかり握り返してくれた。それにしがみつくようにしつつなんとか皆の前に進み出る。
なんだこのお洒落なステージ。運動場での校長先生のスピーチを思い出す。いや全然違うけれど、この存在感。
なんてことを考えつつ前を見て、そこで固まった。
わああ目線があああ突き刺さるううう!
怖い怖い本当にむり、怖い!
思わずギルバートさんの後ろに隠れてしまった。
ハッと我にかえって恐る恐る顔を出すけど、やっぱり怖い!めっちゃくっちゃ怖い!
これ、これで、これの前で挨拶をするの?
むりむり、無理すぎて倒れそうなんだけど!
助けて! 誰か助けて……!
リュミーこと私の全力で後ろ向きな願いは、しかし思いもよらない形で叶った。
「まずは我が娘、リュミレイ・アウス・デル・アデレーディアの誕生パーティーへの参加に礼を言おう」
…………へあ!?
心臓を鷲掴みにされたような感覚が、恐怖を更なる恐怖で塗り替えた。
この声。この声は、忘れられるわけがない。
リュミーとしても私としても。
ずっと聴きたいと願っていた。
一生聴きたくないと願っていた。
全ての運命を動かす声。
皆の視線が私から外れ隣に移る。ギルバートさんの立っている左じゃない、右へ。
やめて。まじでやめてください。
そういうホラー展開の話だったのこれ?
あ、だめだ、私も右向こうとしてるわ。
あぁあ〜〜〜だめだぁ〜〜〜あーー……。
「お……と、さま……?」
あーーいまポロっとお父様って言っちゃった〜〜絶対に会わないし関わらないって決意して半年くらいなのにもう呼んじゃった〜〜。
麗しの氷血王がこっち見てる〜お揃いの瞳が見てる〜〜!
……は? 見てる? 誰を? 私を?
リュシテリア王が、リュミーを見ている!?
いやいやいやいやまってまってまって。
は〜〜もーむりだ、のうがしょりできてない。
「リュミレイが謎の病にかかって半年、皆にさぞ心配をかけただろうと娘は気にかけている。実際まだ本調子ではないが、この機会に顔を見せて皆を安心させたいとの事でこのパーティーを企画した。存分に楽しんでいけ」
何か言い終えたリュシテリアが私を見つつ軽く顎を動かした。あ、これ、お前の番だ話せって事だ。
もう視線の恐怖なんてどうってことない。それより恐ろしいものが私の真横にいるから。
隠れていたギルバートさんの背から出て、ドレスをつまんでおずおずと礼をする。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。皆様に楽しんでいただけるよう、一生懸命準備しました。心ゆくままこのパーティーをお過ごしください」
前々から準備していたからスラスラ言えた。最後にちょっと微笑むのも忘れない。
ヘレンとアリアが絶対に笑ってくださいねって言ってたから。
挨拶を終えてまたギルバートさんの後ろに隠れた時、なんとなく視線が変わったように感じた。
なんだろう。なんだか熱があるというか……真剣な感じ。
でもそんなの気にしてられない。とにかく一刻も早くここから立ち去りたい。
チョコ? 庭? ダンス? 命の方が大事だよ!
ギルバートさんの手を精一杯引っ張って、水の宮に戻りたいって言おうと思ってたら、バランスを崩してカクッと右足のヒールが地を踏み外した。
あ、これこける。やば──
「姫様!」
あ、大丈夫でした。流石は騎士のギルバートさん、サッと受け止めてくれました。
脱げてしまった靴を足で探しつつ熱くなった顔を俯ける。
恥ずかし過ぎる。なんだか目が滲んできた。
「だ、大丈夫、です」
「そのお顔は全然大丈夫じゃありません!」
「ひぇっ!?」
ギルバートさんがあまりにも真剣に言うものだから、びっくりして固まってしまった。途端、体がふわりと持ち上がる。
な、何これ。いや、抱っこされてるのはわかるの。でもギルバートさんはまだ私の前にいるのに、誰が私を抱き上げたの?
「知ってはいたが、劇的な変化だな」
はい???
「お、おとうさま……?」
わー知ってる〜リュシテリア王は文武両道の完璧マンで、ギルバートさんには及ばなくても十分に強くって、何が言いたいって、6歳の女の子なんて片手で持ち上げられるって事〜。
もう色々と限界突破だ。私は泣いた。声を上げずに。
そこのところはまだ理性が残っていたみたいだけど、皆の謎の熱視線にも耐えられなくて、もうお部屋に帰りたいって泣いた。
◆◇◆(side.Gil)
リュミレイ姫の挨拶から数十分。ギルバートは心の鬼を隠す事なく近寄るなオーラを出していた。
その背にある大切な宝物を傷つけられないように。
それと招待客の……主に男性の目からそれを隠すために。
まだリュミレイ姫様の誕生日パーティーは続いており、当然姫様もここにいる。実の父であるリュシテリア王と共に。
肝心なのは大切な宝物である姫様は泣き疲れて眠っていて、リュシテリア王がそれを守っていることだ。
◆
リュミレイ姫は、本当に変わってしまった。
ついこの前までは、我儘で癇癪持ちで、とても寂しがり屋の女の子だった姫。
正直言って、ギルバートは姫が苦手だった。
ただでさえ子供の扱いは不得手なのに、自分より地位が高い上プライドの塊である姫にはどう接すればいいのかわからなかった。
だから半年前、姫が倒れて寝込んだと聞いた時は、心配に思うと共にどこかほっとしていた。
暫く姫から解放されると。
今思うと何言ってるんだてめえと殴りたくなるが。
目覚めた姫は別人のように大人しく、そして途轍もなく可愛くなっていた。
元々美しく人形のようだった外見が、柔らかくなった雰囲気と仕草、表情によって見たこともないほど愛らしい美少女に変わった。鮮烈な色のドレスではなくクリーム色や淡いピンク等のドレスを着た姿は、最早天使と言っても過言ではない程に可憐である。肖像画と彫像が欲しいと常々思う。
しかしながら己が主人であり姫の父であるリュシテリア王にそれを伝えても、全く彼は興味を示さなかった。
ギルバートは姫の可愛さを理解した上で、どうやって姫を守ればいいのかを悩み続けた。
今の姫を誰かに見られたら、そして知られてしまったら、まだ幼いのをいいことに婚約を迫る男性が押し寄せてしまう。
そうなったらリュシテリア王は面倒だと姫を何処か適当なところに追いやってしまうかもしれない。そうなるとますます自分の手が届かなくなる。
しかしあからさまに警備を厳重にするにはどうしても決心ができなかった。何故ならそれは「放っておけ」というリュシテリア王の命令に叛くことになってしまうから。
ギルバートは王の側近だ。彼の意を汲むことこそが己の義務。それを裏切るにはまだ心が足りていなかった。
そう悩んでいたある日、姫がギルバートをお茶に呼んだ。
それを聞いた時、ギルバートはもしかしたら元の姫に戻っているかもしれないと不安を覚えた。
しかし彼女を訪ねて、それは跡形もなく浄化された。姫の涙がギルバートの胸を貫いたのだ。
癇癪で泣いているわけでも、思い通りにいかず泣き落としをしようとしてるわけでもなく、ただただ怖がって泣いた。
自分で自分を殴りつける案件である。
それでも姫は真っ直ぐにギルバートを見て、その言葉を受け取ってくれた。それだけでもう十分だった。
もう我儘で癇癪持ちで高慢だろうが知った事ではない。
リュミレイ姫は可愛い。悩む必要はなかった。
ギルバートは翌日、リュシテリア王に毎日リュミレイ姫を訪ねる許可を取り、水の宮へ足繁く通った。
ヘレンとアリアは戦友となり団結して姫を囲った。
幸いにも姫は読書や勉強に熱心に取り組んでいたため、外でのギルバートの動きがバレることはなかった。
しかしこの『最光騎士が精鋭の騎士を集めて、たった一人の姫が住む水の宮を守っている』というわけのわからない状況に、流石のリュシテリア王も見て見ぬ振りはできなかった。
ギルバートを呼び出しこの状況の理由を聞いたリュシテリア王は、恐らく人生で初めて「はぁ?」と言った。
「お前はアレのためだけに、最高警戒態勢を水の宮に敷いたのか?」
「その通りです」
「何故そこまでする」
「姫様が可愛いからです」
「…………は?」
「姫様が可愛いからです」
「……医者を呼ぶか」
「水の宮に一人常駐させております」
「その無能は首をはねろ。お前は自分が何をしているのか理解しているのか? アレにはお前も辟易していただろうが。何故そこまで入れ込む。取引でもしたか?」
「水の宮の医者は無能ではありませんし、口封じの手間が惜しいので別の医者になされるのは再考すべきかと。また、私の行動に姫様は何一つ関与しておりません。入れ込む理由は先にも述べましたが、姫様が可愛いからです。具体的な報告は既にしております」
「……頭がおかしくなったわけではないようだな。お前はアレに価値があると? そこまでして守るメリットはなんだ」
「姫様の価値は私なぞが決められるものではありません。また私は、姫様を守るメリットより守らないデメリットの方を考慮しました」
至って真面目に、そして嘘偽りなく述べるギルバートを、リュシテリア王はじって見返す。
ギルバートは語り合えた後、主へ思い切った言葉を投げた。
「私の説明では王に全てをご納得いただけるとは思えません。どうかご自分でお確かめください」
あの時のリュシテリア王の表情は、何年も仕えている自分ですら震え上がりそうになるくらい冷たかった。
だが自分の考えが正しいという確信が揺らぐこともなく、ギルバートはある意味堂々と王の意に叛いたのだ。
◆
そこまでされては確かめるしかないかと、数日考えた末にリュシテリア王はお忍びでリュミレイ姫の様子を伺いに行った。
見つかったらまた喧しく騒がれるだろうし、そもそも何を企んでいるのかわからない今、剣無くしてカオスな水の宮に入るなぞ考えられない。
というよりも、そもそも殺すつもりで行ったのだとギルバートは理解していた。これでも王に五年以上仕えている身、その思考は手に取るようにわかっている。
それでも王を止めなかったのは、リュミレイ姫がどうなっているのかを直接確かめさせたい、その一心だった。
勿論それでも殺しにかかるようであれば、ギルバートなりに考えがあったが……それは不要だった。
「……アレはなんだ」
「リュミレイ・アウス・デル・アデレーディア姫様です」
「……」
水の宮から戻った王に表情はなかった。どう受け止めればいいか判断できていないのは明白である。
ギルバートは賭けに勝ったのだ。
あのリュシテリア王ですら、今のリュミレイ姫に困惑しているのだから。
彼が見た姫は丁度日課となりつつある勉強の最中だった。
わからないところを調べ、丁寧に書き写し、再び書き出す。
没頭しすぎていたリュミレイ姫は、アリアと彼女が運んできた紅茶に気付いた途端、柔らかく微笑んでお礼を言ったのだ。
そして楽しげに何か雑談し、終わると勉強に戻った。
それだけだ。
ただそれだけの光景が、驚愕に値するものだったのだ。
「……報告に不備がなかったことは認めよう。だが結果的に面倒事が増えたというのも事実だろう」
「それについても、既に解決策を検討済みです」
「言え」
鷹揚に問うリュシテリア王へ、ギルバートは準備を進めていた計画を簡潔に述べた。
「リュミレイ姫を王宮に移せば警護の人員を減らせます。また、陛下が何らかの形でリュミレイ姫へ関心を寄せている事を知らしめれば、擦り寄る輩を一掃することもたやすいかと」
「それでアレがまたつけ上がったらどう責任を取る」
「私が姫を引き受けます。私の処刑後も公爵家で世話をするよう約束いたしましょう」
「……お前が?」
「ええ。このギルバート・アシュ・セレネーデが、剣にかけてお約束します」
リュシテリア王はまだ何かしら考え混んでいたが、数秒後に呆気なくそれを許可した。
(姫様には少し悪いことをしてしまった)
過去のリュミレイ姫が、実の父であるリュシテリア王に執着していた事。
現在のリュミレイ姫が、リュシテリア王を怖がって避けている事。
そのどちらもギルバートは把握している。
それでもリュミレイ姫自身がリュシテリア王を変えたことは事実。それならば、リュミレイ姫を変えられるのはリュシテリア王だと思った。
同じ紫水晶の瞳を持つ、二人ならば。
どうかリュミレイ姫にリュシテリア王を受け入れて欲しい。
二人の寂しげな目を知っているから、そう願う。
ギルバートは決意を胸に、悪い虫を近づけないという重大な任務に意識を集中させた。