取り敢えずこんな感じでやってみます。
一話の文字数を見直して修正しました。
前の文を少し書き直しておりますが、新規ではないです。
それから私は自分で決めた通り勉強と読書をして、引きこもり生活を始めた。
少し庭を散歩するくらいはしたけど、それ以外はほぼ外出をしなかった。
元々リュミーは優秀だから勉強はグングン進んでいく。
それにこの世界には興味深いものが沢山ある。退屈なんて全然感じないほど、私は勉強にのめり込んだ。
その代償というか、副作用で人間関係はほぼ途絶えた。
かなりの頻度で開いていたお茶会は、倒れてから半年経った今まで一度も開いてない。知り合いを増やす気が全くないのもある。
それに我儘なリュミーのご機嫌とりをするだけのご令嬢と、いまさらどう接すればいいのかわからない。
ヘレンとアリアがいてくれれば私には十分だった。
リュシテリアに目をつけられるのが怖かったのも否定はしないけれど。
何度かギルバートさんが様子見に来てくれたけど、反応を見る限りやはりお父様はリュミーに興味がないみたいだ。段々ギルバートさんをお父様センサーみたいに扱ってしまっているのがちょっと申し訳ない。それは彼の顔を見る度に胸に積もっていった。
◇
そういう訳で、今日。
私は小さなお茶会にギルバートさんを招待した。
「お久しぶりです、ギルバートさ……ギルバート」
「姫様もお元気そうで何よりです」
いつもリュミーとお父様に振り回されているイメージのギルバート。彼が父の目だと気づいていなかった頃のリュミーは酷い態度だったとぼんやり記憶にある。
そのお詫びもいつかしたいものだけれど、今はそう言う話ではない。深呼吸をして、思い切って話し出した。
「今日は、その……いつもお見舞いに来てくれて、ありがとうと言いたくて、お呼びしました」
「えっ……? そ、そうでしたか。光栄です、姫様」
物凄くびっくりしてたけど、流石は騎士。口はちゃんと礼儀正しく動いている。
……ちょっと顎外れそうだったけど見なかった事にしよう。イケメンが台無しになる瞬間は切ない。
彼はリュシテリア王の唯一の側近、ギルバート・アシュ・セレネーデ。この国に二つある公爵家の一つ、セレネーデ公爵家の長男であり次期当主。炎のように赤い瞳と、毛先の赤い特徴的な金髪の美青年だ。そして国で最も実力のある者が得られる称号「最光」を持つ騎士でもある。
ちなみにギルバートはリュミーより15歳ほど歳上なのだが、実はこの段階で既にリュミーの婚約者候補だったりもする。
もう一人の候補はまだいない。後々出てくるだろうからその時に考える。
とまあそういうわけで、リュミーにとってギルバートは父との唯一の繋がりであり、数少ない味方だった。
そしてその味方にも散々な振る舞いをしていたからか、小説でリュミーがあの主人公に変わってからも彼は良い意味で苦労人ポジションの人だった。
私はギルバートはお気に入りのキャラだったから、この物語の中だけでも普通に仲良くなってもらいたいなぁと考えたのだ。
の、だけど。激しく後悔しつつある。
「それで、えっと……私、もう元気になって……大丈夫なんです。だから、これからは、無理に来なくてもいい、です。忙しいのに来てもらうの、申し訳なく思って、だから、だから……」
──ああ、ほんとに、いやになる。
うまく話せない。
ヘレンとアリアにならまだちゃんと話せるけれど、仲が深いわけではないギルバートさんだとちゃんと話せなくなってしまう。
心も言葉も決まっているのに、声に出そうとした途端に恐怖がそれを押さえつけてしまうのだ。
他人が怖い。受け入れられるのも、突き放されるのも。
前に生きていた中では、道端の石っころ程度の扱いしかされなかった。時々蹴飛ばして遊ばれたり、無視されたり、投げられたり。
もちろん比喩表現だけど、気持ちはそんな感じだった。散々思いを踏み潰されてきた、そういう人生だったのだ。
ヘレンとアリア、ギルバートさんと会話が成り立っているのは、彼らがリュミーの変化に戸惑っているのと、最後まで辛抱強く聞いてくれる優しい人達だからだ。
そうじゃない人……例えばリュシテリアなら、最後まで聞かずに首を跳ねると思う。
「姫様、無理をなさらずともよろしいのですよ。まだ顔色がよくありませんし、何よりもう半年以上水の宮から出ておられません。以前の姫様はとても活発でしたから、やはり何かの病気を疑うべきだと思うのです」
「……それは、そう、かも、ですけど」
反論できない。ギルバートさんは本当にリュミーを心配しているんだ。こんなにシリアスなギルバートさんを見る事になるなんて、人生は小説よりも奇なりだなあ。
それにしても、これは本当にどう言い訳するべきなのか。
人付き合いというものが無かったせいで余計に言葉が出てこない。
私が押し黙ったのを見て、ギルバートさんはさらに深刻な表情で私の顔を見つめている。
怖くて下を向いたけど視線を感じる。怖い。すごく怖い。
「……姫様、もしも貴女様がよろしければ、リュシテリア陛下にお会いになりませんか?」
…………はい?
「陛下は、姫様は人の気を惹きたくて、おかしな事をしているのだと仰っております。ですが私は姫様がずっと苦しんでいるお姿を見ていました。その私が思うのです。姫様は本当に深刻な何かを抱えているのだと」
なにを言ってるんだろうこの人。
ギルバートさんの言葉が衝撃的すぎてよくわからないのだけど? ええと、なんで?
「今の姫様の様子を見れば、リュシテリア陛下もお考えを改めて、医師の治療を許可して頂けるに違いありません。姫様、私も共に参りますので、陛下に会いにいきましょう!」
うわあもう行く気しかないぞこの人!?
ギルバートさんってこんな人だったっけ!?
いや、それよりもまって、まってまって!!
だめだめだめだめ、絶対にだめ!
目をつけられないようにひっそりしてたのに、直接会いにいく!? いや無理ですから!!
漫画やアニメで見た絶対零度の瞳に睨まれたら私、本当に心臓が止まって死んでしまう!
想像するだけで震えが止まらない。めっちゃ怖い。
いやだ、絶対にいやだ。
嫌な汗をあちこちから流しつつ一生懸命首を振る。
「こ、んなっ……こんな、だけでなんて、無理です。お、お、お邪魔に、なるし。それに、それに、えっと、えっと……!」
「姫様……陛下に会うのは、嫌ですか?」
「……っ!」
図星だ。
ギルバートさんが呆然と私を見つめているが、血の気が引く感覚が強過ぎてなにも感じなかった。
会いたくないなんて、リュミーが言うわけなかったのに。
誰よりも父を慕い、愛されたいと願い、そのために色々やってきたリュミーが、会いたくないなんて思うわけない。
「あの」とか「その」とか言っているけど、ギルバートさんを誤魔化すことは出来なかった。
というか私まだ5歳!
そんな真顔で見られたら性格関係なく怖くなる!
そこで、限界まで膨れ上がった恐怖がパーンと弾けた。
「うぅ、うっ、うあああああん」
「うぇぇえ姫様!?」
「やぁああ、あぁあああぁ!」
「え、ちょっ、お、落ち着いてください! 誰か助けて!」
「うあぁぁああぁぁあん」
今なんとなく聞こえたけど、助けてって言ったぞギルバートさん。最光騎士が助けてってどういうことなの。
外で待機してくれていたヘレンが駆けつけてくれたからその場はなんとかなったけれど、さっきのでギルバートさんも怖い……いや、怖くはないけど苦手な人? 認定をすることにした。
けれど直後、年下かつ身分も下のヘレンに叱られたギルバートさんがしょんぼり帰っていくのを見て、私の苦手な人認定はあっさり取り消された。
ちょっと申し訳なかったかもしれないけれど、もっと私を小さい子扱いをして欲しい。アリアとヘレンは私のことをちゃんとまだ5歳の女の子だってわかってくれてる。
まあ、あと一ヶ月で6歳になるけど、あんまり変わらないでしょう。
◇
あの日以来、ギルバートさんは毎日私のところに通うようになった。
いやなんでそうなるの。
忙しいから無理に来なくていいよって言ったよね?
言ったよ、うん、言った。
意図がわからな過ぎてもう思考放棄している。リュシテリア王の護衛じゃなかったのかって思うほど私のところにいるけれど、聞かないって決めた。
だって、それより考えなきゃいけない事があるから。
私の誕生日が明後日まで迫っているのだ。
無意味なお茶会をやめるのは簡単だけど、誕生日のパーティーをやめるのはほぼ不可能だ。現に、ギルバートにお願いしてみたけどダメだった。
ヘレンとアリアは張り切って私の代わりにパーティーの準備をしてくれている。
私がやったのは、招待状を書くこととワルツの練習と、えっと他には……あ、チョコレートをお菓子に出してって頼んだ?
えっ、あれ? 私、本当に何もしてないけど大丈夫かな。
「姫様! ドレスの試着をしましょう!」
「ヒールの高さを調節したいのですが、お庭でちょっとだけ歩いてもらえませんか?」
「こちらの紅茶の香りはいかがですか?」
「チョコレートのご試食を」
何もしてないわけではないけど、何もしてない。
ドレスは新しく作ったものだけど、好きな色を選んだだけであとは全部お任せした。
紅茶はこれまで会ったご令嬢達の好みのものを選んだだけだし、チョコレートも甘さと香りに少し注文をしただけ。
本を読む暇が少なくなってしまったのは悲しかったけど、ヘレンとアリア……あとギルバートさんがなんだか楽しそうにしていたから、これで良かったんだと思う。
◇◆◇
ビュビューンと時間は無情に飛び去っていって、今日。
私の誕生日がやってきてしまった。
その朝、いつもより三時間早い午前五時に起こされた私は、寝ぼけたまま湯浴みをして、爪を磨いて、体にいい匂いのクリームを塗って、髪を念入りに整えて、朝食を食べて、ドレスを着て、髪を整えて、ようやく今お化粧が終わりました。
流石にヘレンとアリアだけじゃ手が足りなかったからか、見たことのないメイドさん達が沢山いたけど、怖いと思うより圧倒的に眠かったから大丈夫だった。
眠気に感謝。睡眠はとっても大事なのだ。
「や、やりきったわ……ヘレン、ギルバート様は?」
「も、もう、準備完了と……ぜえ、ぜえ……」
「ヘレン、大丈夫? アリアも凄い汗よ……?」
息を切らす程大変だったのだろう。
心配になってハンカチで二人の汗を拭ってあげようとしたけど、背が届かない。お願いしてしゃがんで貰って、存分にふきふきした。二人とも嬉しそうで良かった。
「ありがとうございます、姫様」
「さあ、ギルバート様がお待ちですよ。下までお送りしますね」
二人に両手を繋いで貰って、たくさんの見知らぬメイドさんに見送られつつ階段を下りる。
話していなかったが、ここは王宮から少し離れた水の宮と呼ばれる屋敷だ。コの字型の建物の真ん中には可愛らしい庭があって、中心に小さな噴水がある。
リュミーはこの庭が大のお気に入りで、お茶会もここで開いていた。
が、この国の姫であるリュミーの誕生日パーティーをここでするわけにはいかない。なので私は今からギルバートさんと一緒に王宮の庭園まで移動する。
勿論馬車だ。
小説では徒歩で行っていたけど、引きこもりの私にはそんな体力も気力もないです。
そんなことを思ってみたりしながら階段を降りると、下のホールには正装をし、眩しいくらいシャキンとしたギルバートさんが待っていた。
「リュミレイ・アウス・デル・アデレーディア姫様、お誕生日おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
ギルバートさんに続いて、ヘレンとアリアも祝ってくれた。
それがとっても嬉しくて……だって、こんな風に嬉しそうに誕生日を祝って貰えるのは本当に数年ぶりで……少し目が潤んでしまった。
でも拭ったりせずに瞬きをして収めて、軽く膝を曲げて礼をする。頭を下げるというのはここの文化にはないのだ。
「ありがとう、ギルバート、ヘレン、アリア。他でもない、貴方達にお祝いして貰えて、とっても嬉しいわ」
そう言って微笑むと、三人とも頬を染めて笑い返してくれた。
カコカコと馬車が進む。
水の宮から王宮までは徒歩で二十分くらいしかないけど、なんだか永遠のように長く感じる。だって今から私は、気弱な引きこもり姫になりましたってアピールするんだもの。
馬鹿にされるだろうし、つまらないと思われるのは明白。
こんな風にうじうじ悩んでいる時点で、どう頑張っても私は勇ましく胸を張れる小説の主人公みたいにはなれない。
でも流石に表情がよくなかったようで、ギルバートさんが心配そうに優しく問いかけてきた。
「リュミレイ姫様、お加減が悪いのですか?」
「い、いいえ。ちょっと、緊張してて……」
「……これだと可愛過ぎるんだよなぁ……」
「今、何か?」
「いえなんでもありません。そうですね……姫様は今日の主役ですが、だからといって無理に気を張る必要はないのです。極端な話ですが、挨拶が済んだら水の宮にお戻りいただいても問題ないですよ」
このアドバイスにはギョッとした。
「えっ、そ、それは……し、失礼になり、ます」
「そんなことはありません。一番幸せであるべき人は姫様なのですから、思うがままに振る舞ってください。そのために私がご一緒するのですから」
「え……ギルバートが、助けてくれるってこと?」
「その通りです。なので、肩の力を抜いて、今日やりたいことを考えてみてください」
そう言われて、そういうものなのかと何度か頷く。
少しだけ考えてみた。
「やりたいこと……チョコレートを食べたい、とか?」
「はい、そんな感じです」
ニコニコしてるギルバートさんに促されて、今日やりたい事をもっとじっくり考えてみる。
チョコを食べる。庭を見て回る。
あと、ちょっと練習したワルツを踊ってみたい。
考えているうちに、いつの間にか緊張がずっと小さくなっていた。これならなんとか乗り切れそうだ。
そう伝えると、ギルバートさんは良かったと頷いてくれた。
さっき、ボソッとギルバートさんが何か呟いたのだけど、聞き取れなかった。
なんだろう。
なんだか凄く大事なヒントを見逃したのだろうか?
考えてみたのだけど、そちらは何も思いつかなかった。