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ジオラマ【diorama】

①明治中期に流行した見世物の一。遠近法を用いた長大な背景の前に小道具を配し、照明を施したものを窓からのぞき見るもの。実際の光景を見ているような感じを楽しむ。幻視画。ディオラマ。

②撮影や展示などに用いる立体模型。

——大辞林 第三版 より








 俺は乗客のいなくなった鈍行列車の揺れに辟易しながら窓の外を眺めていた。かれこれ1時間以上竹林の中を走っているので、もはやすべてに飽きていた。

 この路線は大半が無人駅だった。まるでバスのように運賃を車内の箱に支払うということには驚いた。田舎とは、そういうものなのか。

 スマートフォンに入る電波も悪いから暇を潰すことは諦めた。

 使い古した黒い肩掛け鞄から紙の資料を取り出す。そんなものスマートフォンで確認するから必要ないと主張したけれど、今となっては上司から無理やり押しつけられてよかった。


 大衆雑誌のライターとなって1年。

 鳴かず飛ばずで腐りかけていた俺を見かねた副編集長が、世間を賑わせている連続殺人事件の取材を任せてくれたのは昨夜遅くのことだった。否、もしかしたら、それでヒットを飛ばせなければ俺は解雇されるのかもしれない。それくらい今の自分の状況が崖っぷちにあるということくらいは理解している。


 昭和の時代に『人魚伝説』という胡散臭いネタにより一世を風靡した田舎の漁師町で、不気味な殺人事件が起きている。

 ただでさえ限界集落で若者が激減しているというのに、その若者が猟奇的な死を遂げたのだ。ひと月のうちに、3人も。


 一人目は、右腕がなくなっていた。

 二人目は、左腕が消えていた。

 三人目は、頭部が失われていた。


 世間がそんなセンセーショナルな事件を放っておく筈はない。


 そもそも『人魚伝説』とは何だったのか。

 数百年前、町に偶然打ち上げられた人魚。当時の住人たちは不老不死を求めて人魚を食べたという言い伝えがあった。

 勿論そんなものはただの作り話に決まっている。しかし町おこしの為に、『人魚が打ち上げられた港』には銅像がつくられたというし、当時は土産品として人魚をイメージした饅頭だの煎餅だのをこしらえたらしい。ただ、それらはたいした観光産業にはならず結局風化したようだ。


 そんな人魚の血肉を口にした者の末裔だから、今となって報いを受けたのだとか、はたまた消失した部分は高値で闇取引されて富豪の口に入ったのだとか、よくもそんなことが思いつくのだろうという奇天烈な見出しで、人々はますます令和の現代においてこの町に注目した。


 くだらないことだ。

 人魚なんて存在するものか。必ず人間の犯人がいる。俺はそいつを見つけ出して、一世一代のスクープをしてやる。


 そんなことを考えていたらようやく目的の駅に到着した。

 運賃を正しく箱に収めて俺は寂れたホームに降り立つ。

 空を見上げると雲は重たく分厚い。

 駅は町の高台にあるようで、眼下には民家、港、そして灰色の海が広がっていた。舟が数隻、漁をしている様子が見える。

 まとわりつく空気はどこか潮っぽくべたついていた。

 なんとも陰気な雰囲気の町だ。


 無人改札には破れたままの幟が立っていた。『人魚の町へようこそ』という文字がなんとか読める。それだけで寂れ具合がなんとなく想像できた。

 駅から出て、整備されていない道を下っていく。道というより岩場だ。雨が降っていたら容易に滑ってしまうだろう。安物のスニーカーでしっかりと一歩ずつ歩く。

 まずは、泊まる予定の民宿に向かわなければならない。



「ようこそお越しくださいました。さ、さ、どうぞお上がりになって。都会からお客さまが来られるなんていつぶりでしょうね」


 翡翠色の地に一点大きな紅色の艶やかな花が咲く着物を着た、小ぎれいな若女将が出迎えてくれた。

 俺は無言で会釈して、スニーカーを下駄箱に収め、用意されていた茶色いスリッパに履き替える。そして若女将の後に続く。

 艶々に磨かれた廊下にスリッパの安い音が響く。


「どうぞ、こちらでございます。ポットにお湯が沸いておりますので、宜しければ茶菓子と共にお茶も自由にお召し上がりくださいね」


 また頭を下げると、若女将は笑顔のまま去って行った。

 肩掛け鞄を畳の上に下ろす。

 卓袱台に置かれた漆らしき茶櫃を開けて急須と湯呑みを取り出す。床の間の小さな金庫の横に置かれた花の絵が描かれた昔ながらのポットからお湯を急須に注いだ。蒸らしている間に茶櫃から小さな菓子も出す。筒状の煎餅のなかにクリームが詰まっているやつだ。

 お茶を急須に注ぎ、菓子を咀嚼しながら、クリームのざらりとした舌触りと甘さに眉を顰める。熱々のお茶で流し込んだ。


 今回のスクープは必ず成功させなければならない。

 そして、世間に認めさせるのだ。俺が正義だと。

 俺はずっと『正しいこと』だけをして生きてきた。些細な不正を見逃さず、塵のような悪事すら許さない。倫理に反することがあれば世間に知らしめて糾弾し断罪することは俺の使命だ。

 翻れば、それがなければ俺に生きている価値などない。


 安物のカメラを首から提げて、立ちあがる。

 ようやくスマートフォンの電波受信状況も回復していた。場所を確認する。まずは現場へ向かわなければならない。

 第一の殺人があった、町西側の波止場。

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