憧れは唐突に、それは必然か偶然か
タイトルを落ち着けました。
何度も変更してすみません。
儂の名はアウグスト、
アウグスト ヴァン メロウィング、これでもメロウィング男爵家の
当主だった男だ。今は息子に跡目を譲り隠居の身……の筈だった。
昨日、旧知の友である皇帝より連絡があり 緊急で来て欲しいと
密使がやって来た。それ故に長年の付き合いである御者と二人だけで
指定の場所に向かえば、まだ幼い少女が王の側で泣きじゃくっていた。
訳を聞けば王太子の隠し子で母が権力闘争で殺されてしまい、天涯孤独の
身の上らしい、しかし 側に置いて育てれば再び悲劇が起こるのは目に見えて
いると……そこで社交の場から離れた儂の元で育てて欲しいとの頼みだった。
別段そんな事を気にするような間柄では無いが、ここまで頼み込んできたのは
危険過ぎて頼める者が居なかったと……どうにも裏がかなりキナ臭いらしく、
暗部が動く兆候すらあるらしい。流石に昔は大陸に覇を唱えようとした皇帝も
今ではすっかり好々爺となっていた。時の流れを感じたが今はそんな些事を
気にしてる場合ではない。どうやら事は一刻を争うらしく今すぐにでも領地に
戻った方が良いらしい。かくして、儂は友の孫を連れ屋敷に向かう事と相成った。
◆
だが時すでに遅く、娘御を狙う勢力が刺客を放っていたらしい。
馬車で戻る途中に誘導されたと思わしきモンスターが馬車を追って来た。
おそらくその大きさから中隊規模のモンスターと思われた。十中八九、
霊峰竜連山の麓の森から引きずり出されたのだろう。昔あれと同じ種の
モンスターを昔見た覚えがある。確か…死獣喰らいだったか、屍肉を好んで
喰らうモンスターで、異常なまでの縄張り意識で侵入したものを執拗に追い、
その殆どを生きて返さない凶悪な性質を持つ。年老いた儂でも倒せない事は
ないがそれ相応の危険を覚悟する必要がある。だが、よそ様の子どもを
預かっている以上街に逃げ込んだ方が得策である。
しかし、幾ばくかの後には追いつかれそうになった。
やはり戦闘は避けられぬかと思ったその時、突然 馬車の扉から少女が入って来た。
正直言って目を疑った。走行中の馬車に飛び乗って来たのだから、それと同時に
ある考えに思い至った。この少女なら死獣喰らいを討伐出来るやも知れぬと……。
見れば見るほど珍妙な少女だ、黒目黒髪はかの勇者を連想させるが腰に下げておる
のは片刃の木剣の様なもの、それに旅装なのか深緑の装いの中には黒で統一された
服の上に白い羽織、旅の者だと言ったが荷を全く持っていないのは怪し過ぎる。
だが、この馬車に飛び乗って来たという事は少なくとも騎士団の連中以上の実力は
あるのだろう。奴らは鎧を着けていなければ地をかける馬に飛び乗る事が出来る。
それ程に鍛えているのならばこの少女に賭けてみても良いだろう。
しかし、交渉を行わなければ我々を見捨てるやも知れぬ。
そういう連中は往々にして存在する。したがって、交渉に応じて貰う為、それなり
のフリを行う必要がある。そして馬車の扉から身を乗り出し、最も得意とする
火の魔法を発動する。これでも昔は炎熱のアウグストと呼ばれた程の術士だ。
そこらの術士に負けるつもりは毛頭無いが老い故か発動した魔法はあっさりと
避けられてしまった。自身の老いを痛感したが、今はこの少女との交渉だ。
儂の行動は全てこの少女との交渉の前準備、少なからず怯えて逃げ回る木偶では
無い事を示し、後々の報酬で釣っておけば対等な交渉が行えるだろうという
算段だ。
難航するかに思われた交渉は以外にもあっさり話は通り、少女は死獣喰らいの
討伐を請け負った。そして屋根に登ったかと思うと、おもむろに詠唱を始めた。
良く手元を見れば 他の貴族連中が護身用に持つ小ぶりな杖を持っていた。
杖を隠し持っていたのは少々以外であったが、それより驚いたのはその詠唱だ。
帝国の既存の詠唱体系に当てはまらない独自のものだった。一度目の魔法は
帝国式の水属性魔法だったが、二度目、三度目魔法は見た事も聞いた事もない!
起こされた現象から見て二度目の魔法は雷属性、三度目の魔法は風属性…
風の上位たる雷を扱えるのは西の国家群の中の一握りの術士と聞く。
だが、この少女は水属性の術まで使用していた。この歳で三重属性とは恐れ
入った。魔法には四元素の基本属性に加えて上位派生の四属性が存在する。
火とその派生の爆、水とその派生の氷、風とその派生の雷、土とその派生の鉱
の八属性が魔法の基本属性となる。その中で習得出来る魔法属性は適性にもよるが
実用領域だと二重属性までとなる事が多い、使えない属性を鍛えるより、
今使える属性を実用レベルまで使えるようにすることが良いとされるからである。
であれば、名のある術士の下で研鑽を積んだのだろう。
となれば、この少女の出自は西で名の売れている術士の弟子か?
風蛇の翁や雷光の騎士の弟子だろうか?いや、奴らは弟子を取る事はしない。
どこかの門下生ならばあれ程の秘術の様な魔法は易々と使う事はしないだろう。
………まさか独学!?
いやしかし、……それ以外にはこの状況を説明出来ん!
だとすれば何としてもこの少女を表に出してはならん。これ程の術士ならば各国の
野心家が何としても自身の勢力に取り込もうとするだろう。そうなれば新たな戦乱
の発端となるだろう。何としてもこの少女を隠さねば………。
驚愕に驚愕を重ね 驚くべき結論に達した時、件の少女は雷を纏った木剣を
死獣喰らいに投げつけた。当たる筈も無いと思われた木剣は弧を描き、予想に
反して額にコツンと当たった。その瞬間、死獣喰らいの体が雷光に包まれ
ビクンと震えて動かなくなった。只の雷魔法ならばそこまでの威力は無いが
やはり………天才……じゃったか。
少女は御者のレイルズに止まるよう促し、止まったかと思うと飛び降りて、
死獣喰らいの倒れた場所に近づくと新たな魔法を発動した。土属性……
ここまでとは……四重属性、十分に英雄の領域に至っている。
違和感を感じて隣を見てみれば皇帝より預かった娘御もこの光景に
魅入っていた。目を輝かせ、恋い焦がれるように……。
その目には狂気が宿っていた。ただ果てしなく、深い深い闇が……
その狂気が何なのかは大体予想がつくが儂にはどうしようもない。
母を殺された少女の支えとなりうるならば……あの少女を我が家に招いて
良いのやも知れぬ。差し詰め、家庭教師としてか?いやはや この歳で
厄介事に関わるとは……人生何が起こるかわからんのぅ。
後の歴史書にて語られる事だが、
皇帝の旧知の友の養子となった彼女は人生の師とここで出会ったと言う。
その詳細は語られていないが彼女にとっては師と出会えた事が人生の一番の
幸運だったと語っている。
これは母を殺され、心に傷を植え付けられた少女がやがて皇帝となり
大陸の騒乱の中で活躍し、やがて劫火の女帝と呼ばれる事になる。
そんな一人の少女 ユリア ヴァン メロウィングの物語を……
大陸中の英雄の始まりを促す指導者の原点。
後世に残る歴史書の中で度々登場するその名の記録……。
その最も古い登場の時である。
その名は ナライ、ナライ シドー 勇者と同じ姓を持つ人物である。
そして勇者の名はナツミ シドー ………死した筈のナライの姉である。
その活動時期は大陸歴220年前後とされており、後の歴史学者達はこの謎に挑み、
ことごとく失敗する。しかしそれはもっと後のお話……。
今から始まるのは英雄の才能を開花させ大陸中にその名を轟かす、
一人の教師の教育譚、あるいは歴史に多くの謎を残す一人の元少年、
今は少女の物語である。
やっと、本格的にストーリーが始まります。
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