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愚神たちのマニアチュア  作者: ヌルハチ
9/9

九話

恋人と抱き合うもの、驚きに歓声を上げるもの、理解できずその場に立ち尽くすもの。

反応は様々だが、この場にいるすべての人間の寿命が伸びたということは事実だろう。

少なくともあの男・・・キオウカズヤはゲノを撃破したのだから。


短剣がコアを(つんざ)く。ゲノは地底から悪魔が唸るような声を上げ、体表が泥のように溶けていく。

悪あがきに触手をカズヤに突き出すがそれは既に武器としての性質を失っており、カズヤに到達する前に溶けて、消えた。


「驚いたね、マジでやってのけるとは・・・」

「魔法使ってないの・・・よね・・・・?」

デインとクレインは互いに視線を交換し、破顔する。

「まだ生きられるんだね、アタシたち」

デインは目尻に涙を浮かべていた。その声からは生還の喜びがひしひしと溢れ出る。

「ギギギ・・・・」

「・・・よかった・・・」

姉妹たちはお互いに身を寄せあい、無事であることを確かめあう。その様子を兄であるガルハットは横目に、カズヤの元へ歩いていく。

まさか本当に倒すとは・・・だかいろいろと聞かせてもらうぞ、カズヤよ。

しかしその横を通りすぎ、一直線に走っていく人影が一つ。

「カズヤくんっ!」

「おふっ」

「すごい!すごいよ!あの動き、なに!?魔法使ってないんだよね!さっきも凄く足速いっておもったけど、それでゲノの攻撃掻い潜ってコアを一撃って、そんな芸当できる人間いないよ!」

胸元に飛び込んで来た水無月は興奮したままピョンピョンと跳び跳ねる。

その様子をガルハットは端から温かく見守る。


それもそうだ。水無月カホ、彼女は眼鏡を無くしてしまったらしく、遠くのカズヤの姿を見ることができなかったらしい。

しかし彼がゲノを倒す瞬間を見たいと、私にわざわざ感覚機関補正魔法をかけるよう頼み込んできた。

最初から彼がゲノを倒すと信じて疑っていない目で、な。

全く、末先恐ろしいね。


そんなこんなしているうちに、続々とカズヤの周りに市民が集まってくる。

「あんたが例の編入生ってほんとうかい!?」

「ともかく、ありがとう。あんたのお陰でまだ生きられるよ」

「おにいちゃん、ありがとう!」

売店を営んでいる老婆や、清掃用務員のおじさん、小さな子供までもがカズヤを囲い、感謝の言葉を伝え握手やハグを交わしていく。

あまりの混雑ぶりにカズヤは苦笑いを深めていく。

しかしその人混みを遠目に、3rdの学生たちの殆どは、その場から動けずにいた。

この学校でもっとも卑下し蔑んでいた存在が、自分達の命を救い、目の前で英雄のように持て囃されているのだ。

手放しで彼に駆け寄り、礼の言葉を言う事はできなかった。

「見事な勝利であった、同志カズヤよ。」

「勝利・・・・ですか」

カズヤは避難所入り口のポニーテールの女性の遺体に目をやった。

体は所々がねじまがり、体の中心にはぽっかりと大きな穴が空いていた。

しかし最後まで彼女は闘ったのだろう、全身に魔力を打ち尽くした後にできる白い斑点ができていた。

確かに、ゲノは撃破した。たが、それでも・・・・

「これは勝利じゃない、俺たちの負けです」

囃し立て歓声を上げる市民たちは余所に、彼の表情は浮かばれることはなかった。



外は凄惨なる有り様であった。血の海の上に転がる手先や足はもはや現実味がなく、何か精巧に作られた蝋人形のような趣すらある。

親は子供の目を塞ぎ、自身もその凄まじい現実から目を背けるようにその場を去っていく。

生徒達のなかには同級生の遺体を見つけたのか、泣き崩れその場を動けなくなるものもいた。

そしてカズヤや水無月、その他の面子もどうにもできずその場に立ち尽くす。

一体なぜこうなってしまったのか、なぜ200年ぶりにゲノがあらわれたのか。彼らの頭の中はぶつけようのない疑問ばかりが残っていた。


「っ!!地震か!!?」

突然、彼らの体が浮いた。

その衝撃は初期微動もなく、唐突に地面を切り刻む。

「カホっ!」

バランスを崩し、倒れかける水無月をカズヤが支える。

「な、なんだね!?これは!」

「分かんない!とりあえずみんな固まって!」

路地はみるみるうちに隆起を始め、そこには黒い何かがあった。

出てきた何かは喉を潰されたクジラのようなくぐもった音で、咆哮する。

「ゲノだ・・・」

その虐殺と絶望の使者は地面より姿を現した。


「カズヤン!!もう一度やれる!?」

「皆さん、下がっていてください!」

でかい、巨大すぎる。

全長30mはあるだろうか。

頭から瓦礫を崩落させつつのっそりと現れる、それはタコの頭のような形をしていた。ありとあらゆるところから触手を出し周囲の建物を崩壊させていく。

「・・・・岩蛸(がんしょう)型・・・・!?」

「次から次へと・・・・我々は不運なのではあるまいね・・・!?」

「とにかくみんな、逃げて!カズヤン、うちらに手伝える事ない!?」

「とりあえず離れた場所に皆さんを避難させて下さい、それだけです!」

そう言い残すとカズヤはゲノに向かって行く。

「あ・・・」

「ほら、水無月、とっとと逃げるわよ!」

クレインが呆然としている水無月を引っ張っていく。

「くそっ大きい、コアはどこなんだ・・・」

カズヤはゲノの周囲を走っていた。

時たま触手が飛んでくるが、短剣で切り、身のこなしで避けていく。

「動き自体は鈍い、後は表面を削れれば・・・・っ!?」

巨大な影がカズヤを覆う。それはみるみるうちに大きくなり・・・

岩、巨大な岩だ。圧倒的な質量で放たれるその塊。

「・・・当たらない・・・よっ・・・!!」

速度を瞬間的に加速させ、それの直撃を免れる。

だが地面に炸裂する岩石の余波を逃れる事はできない。

小岩が飛び散り、それらは散弾銃のようにカズヤに降り注ぐ。

体を丸め当たる面積を最小限にし、手足で重要な機関を保護する。

大きな怪我はないが、それでもダメージを免れる事はできない。

カズヤは四肢から出血しつつ横にふっ飛んだ。

受け身を取り、武器を構える。

瓦礫の瓦解により煙幕が発生していた。

(好機、これならゲノにばれずに後ろを取れる・・・)

「カズヤくんっ!上!!」

水無月の声が騒音を掻き分け耳に届く。

「っ!?」

カズヤが何かを感じとり、咄嗟に横に緊急回避する。

0コンマ数秒前まで彼が立っていた場所には巨大な何かが刺さっていた。

「これはゲノ・・・だが、あのゲノの肉とは・・・」

そう、それは確実に形質が異なっていた。

先ほどまでの岩蛸型のゲノの肉は形質を変化させる不定形な物であったが、これは明らかに凝固しており、表面はでこぼこしている。

「なるほどね、つまり・・・」

煙幕が晴れて視界がクリアになる。

そこには倒壊した建物群、そして二つの黒い影。

「もう一体の、ゲノ・・・!」

それは強いて言うなら鳥のような形をしている。たが勿論その巨大さは、さながら太古の恐竜を思わせる。先ほど地面に突き刺さった肉はそれの爪であるらしい。

「鳥獣型、5mくらいか・・・」

冷静に分析するものの、カズヤは内心穏やかとは言えなかった。

二体のゲノを同時に相手するとどうなるのか、彼には予想がついていなかったのだ。


「お兄ちゃん、どんな感じ?」

「何故だ?もう一体ゲノが現れたぞ・・・!」

問うデインには不安が滲み出ている。

市民をなるべく現場から遠ざけた後、彼らは建物の屋上からカズヤを眺めていた

望遠鏡は勿論ないため、ガルハットが視力を感覚機関補正魔で遠くを見えるようにする。

「うそっ!?うちにも見せて!」

デインにも補正をかけ、彼女はハッと息をのむ。

「あんなの、いくらカズヤンでも・・・」

「あのバカ・・・・あたしたちを先に逃がして・・・」

「・・・ギ・・・・ギギ・・・・」

「・・・・でも私たち行っても・・・足手まとい・・・・」

「妹たちよ、君たちも逃げなさい」

一同の視線は一斉にガルハットを向けられる。

「先に避難所で待っていなさい、私は後から合流しよう」

「何いってんのばかおにぃ!一緒に逃げるの!」

クレインはガルハットの服を引っ張る。

「頼む、止めないでくれ。私は一人の記者としてあの闘いを見届けたいだけなのだ」

付き合いの長い彼らは、兄が一度言い出すと聞かない性格であるのを熟知していた。

「死ぬんじゃないよ」

「また後でね、おにい」

「ギギ・・・・」

「・・・無事でね・・・」


「・・・ふぅ」

妹たちを見送った後、彼は一人屋上で溜め息を吐く。

「彼は・・・どうなっているだろうか・・・」

闘いから避難し、すでに五分が経過していた。

普通の魔術師が一人で五分ゲノと闘うという話は聞いたことはない。

わずかな希望を胸に、ガルハットは瞳に補正をかける。


「生きている・・・!?」

カズヤは、生きていた。ただ一人で、触手を掻い潜り、翼を切りつけ、攻撃を避け続けていた。

たがあくまで防戦一方という印象は拭えない。

二体のゲノの攻撃に隙はなく、カズヤの体の傷も増え続ける。

「せめて、一瞬でも意識を逸らすことができれば・・・」

ガルハットは思案に暮れる。

私が行って間に合うか・・・いや、行ったところで彼の性格では私を犠牲にしてでも勝とうなどとは考えないだろう

ならば爆弾でも調達するか。軍部ならばいくらでも・・・いや、遠すぎる。少なくとも10分はかかってしまうだろう。それまで彼が持つ可能性は限りなく低い・・・・

「ほんとにいましたね、よかった」

息を切らしながら、屋上に登ってくる人影が一つ。

「っ!君は・・・」

「妹さんたちに聞きました。ここは一番見晴らしがいい建物です」

水無月カホであった。彼女が使えるのは気配遮断魔術だけ。普通ならば戦力になる物ではないが、今の彼女は少し違っていた。

「これを・・・持ってきました」




もはやカズヤは何かを考える余裕などなかった。

ひたすら自らにふりかかる攻撃を避け、切りつけ、掻い潜る。

しかし常に全力で運動し続けても、彼の息はほとんど乱れていない。

ただ本能のままに戦い続ける。反撃はできなかろうと、自分がこの場で戦い続ける限り、他の人間に危害が加わる事はあるまい、僅かに残ったその意思を失わない様にしながら。

だがその防戦一方の均衡は突然崩れる。


鳥獣型のゲノの右足が突然弾ける。バランスを崩したゲノは咄嗟に右の羽で地面を掴み、立ち上がろうとする。

だがその右羽すらも右肩から弾け、支柱を失ったその巨大は頭から崩れ去る。

「狙撃!?」

方角は市民が避難した方向だろうか。なにはともあれ、カズヤは心の中で一言感謝を言う。

肉片はたちまち再生していくが、その一呼吸はカズヤに余裕を与えた。

明らかに変わった流れを感じ、彼は再びゲノに立ち向かう。



「当たりました!当たりましたよね!?」

「よしいいぞ、ミス水無月、装填急げ!」

水無月は屋上で地に臥し、長距離魔道弾射出装置三型を構える。

彼女が日々通っていた魔力研究所からこさえてきたそれの使い方は熟知していた。

いつか使われる日を信じて、彼女は実験に参加し、実演で撃つこともしていた。その経験が全て生きる。

「ガルハットさん、視力落ちてきました!重ねがけお願いします」

そして協力者ガルハットの存在。

スナイピング技術とは全ての感覚を使用する高度なものである。

風向き、手のぶれ、視覚・・・・

ガルハットの得意魔法、感覚機関補正魔法により、極限まで研ぎ澄まされた彼女はもはやプロのスナイパーを凌駕していた。

「装填完了、次弾の準備お願いします」

水無月は一切の無駄なく弾を装填させると照準を合わせる作業に入る。

ガルハットは弾に魔力を込めていく。

「了解した、頼むぞ」

彼らの後方支援は確実な戦価を上げていく。



「コアを、見せろ・・・!」

もはや形勢は逆転していた。鳥獣型のゲノはもはや再生が追い付かず、その攻撃は粗末なものであった。

岩蛸型のゲノの触手は遠くからの狙撃によって悉く撃ち落とされており、ほとんど無力化されている。

いける、あと少しだ・・・!

ゲノの左爪の斬撃を避け、腹にもぐる。

短剣で心臓部に向かって切りつける、切りつける、切りつける。

悲痛な叫び声を上げたゲノは両翼をばたつかせ空に飛び上がる。

風圧で砂が巻き上がり、カズヤは対応が遅れた。

まずい、飛んで逃げられれば・・・

カズヤは短剣を投げようとするが、躊躇う。

この角度から投げてコアを破壊することはできない。

しかし、ここで倒さなくては、避難所を襲われる可能性がある。

息をのみ、短剣を三本指に持ちかえ、狙いを定める。

だがそれを投げる必要はなかった。ゲノは落ちてきたのだ。

両翼を狙撃で貫かれ、無惨な姿でそれは墜落した。

そして、ようやく胸からコアを露出させる。


鳥獣型のゲノは二本の足の爪をカズヤに向かい飛ばす。

だがそれは悪あがきにすらならない。

狙いは定まっておらず、それぞれ建物の壁と窓に激突する。

カズヤはその短剣で露になったコアを一閃。

鳥獣型ゲノは不快な断末魔を上げながら、泥のように溶けていった。


「やった、やったぞ!カズヤ、鳥獣型ゲノ撃破!!」

「まだです、まだ大物が残ってます」

水無月は冷静にゲノの触手を狙撃していく。

巨大ではあるものの、その場から身動きが取れない岩蛸型ゲノはいい的であった。

再生速度は追い付かず、その数は着実に減っている。

しかし、ここで彼らは、違和感に気づく。

「なんか・・・・赤くなってないですか、あのゲノ」


「予想はしていたが・・・肉が厚すぎる!」

カズヤは岩蛸型ゲノに極限まで接近し、ひたすら肉を切りつけていた。

狙撃によって敵の攻撃の手は激減しており、もはやこのゲノは殆ど驚異ではなかった。

しかしその何層にも重なったゲノの肉は何度切りつけようともなかなかコアにたどり着かない。

突き刺し、切り上げ、掻っ切り、削っていく。

だが着実に肉は減っており、コアを露出させるのは時間の問題であった。

「・・・・赤い?」

カズヤが腕を止めたのは、普通は黒で統一されたゲノが赤く変色し始めているためである。

その形状はみるみるうちに流動、変化する。その形はまるで・・・

「傾いた、塔・・・?」

カズヤがそれの目的を推測するのは少し経ってからであった。

集中するエネルギー、熱さを増していく熱源。そう、それは狙撃者に向けられた・・・・

「・・・・砲身か・・・・!」

だが、彼が気付くのは少し遅すぎた。

その巨大な発射台から射出された熱線は建物を溶かし、狙撃者を直線上に捉える。

「っ!逃げて――――」

轟速のその一撃は狙撃者を跡形もなく消し去り・・・


続く

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