七話
カズヤは呆然とその場に立ち尽くしていた。
乱雑に散らかされた子供の遊び場のように散らばった死体。目の前の光景は彼の大切なものの喪失を告げていた。
「あ・・・あ・・・・・」
嫌な汗が全身から噴き出す。油汗が頬を伝い、流れ落ちていく。
「はぁはぁはぁ・・・!あああっ!!」
おれのせいだ。何故遅刻した。何故もっと早く走れなかった。俺が守れなかった俺の責任だおれだおれのおれのおれのおれのおれの
逃げてカズヤくん
声が聞こえた。聞き覚えのあるあの声が。
逃げてカズヤくん!
これは幻聴か。俺が作り出した虚像なのか。
逃げてっ!!
「っ!?」正気に戻ったカズヤは弾丸のような速度で飛んでくる、その触手をバックステップで避ける。対象を失った触手は地面に突き刺さった後、のろのろとその『持ち主』の元へと戻っていく。
幻聴か・・・・
カズヤの心を満たしていく寂寞など、その虐殺者は気にも留めない。
再びの攻撃に備え、腕の形を変化させていく。
「待ってろよ・・・今消してやるから」
カズヤは腰の短剣を抜き、ゲノを正面に見据える。
ゲノは腕を鞭のようにしならせ、威嚇と言わんばかりに地面を叩き付けた。
しかしそれにも臆することはなく、カズヤはゲノに向かって邁進していく。
(あれ・・・・この感覚、どこかで・・・)
「カズヤくん、来ちゃダメ!逃げてっ!!」
今度ははっきりと声が聞こえた。幻聴ではない。ゲノのその先、数十メートル先に確かにそれはいる。
「なんで来ちゃうんですか・・・?お願い、逃げてカズヤくん」
「水無月・・・さん・・・?」
いる、たしかにそこにいる。何度も自分の目を疑う。幻覚としか思えないその人影は、瞳を閉じ、自身に魔力を込め始めた。
「なにやってるんだ水無月さん、そんなことしたら・・・」
ゲノは魔力に反応し攻撃対象を変更する。下半身は動かさず、上半身だけがそのまま180度回転する。
「わたしの事はいいから、早く逃げてください。カズヤくんだけでも・・・」
言い終わるより先に、カズヤは走り出していた。
すぐさま、ゲノの胸部よりその無慈悲で残酷な一撃が放たれる。
それは三本の槍となり、獲物を無惨に串刺しにしようと一直線に空気を裂いていく。
全身の筋肉が躍動し、細胞の一つ一つが限界までエネルギーを生み出す。
幻覚でも幻聴でもいい。とにかく目の前に見えるそれを救いたい。その意思だけがカズヤを駆り立てていた。
ゲノの横をぬけ、水無月の元へ。
ゲノの意識がカズヤに向いたのか、攻撃が一瞬減速する。
間に合えっ!!
鮮血が、飛び散った。
「ひゃう!」
その声の主はカズヤの腕のなかで間抜けな声をあげた。
そこにいた。ここにいる。存在している!
カズヤの胸の中を安堵と歓喜が満たしていく。
「よかった水無月さん・・・・生きてて本当に良かった・・・・」
気づけば彼は水無月を抱えながら破顔していた。
心の底から安堵したような表情に、水無月は疑問を抱く。
「カズヤくん、どうして・・・」
ゲノの攻撃はカズヤの背中を掠り、彼の背部は血が滴っている。
水無月はカズヤがなぜ自分のために、これだけの事をしてくれるのかが理解できなかった。
知り合ってわずか二週間。何の取り柄も無いような自分のために命を懸ける彼の姿はとても痛ましい。
やり場のない罪悪感が胸を満たしていく。
「カズヤくん、どうして私なんかを・・・助けたんですか?」
「そんなの決まってるよ」
彼は、それが当然であるかのように言い放つ。
「俺と水無月さんが友達だからだよ」
二度とできることはないとあきらめていた。作る資格もないと思っていたその存在を、彼はあっけなく作り出してしまった。
「私と・・・友達になってくれますか?」
「もう友達だよ。それと今日はごめん、寝坊した」
「もう・・・大遅刻ですよ・・・」
水無月をは微笑みを返し、瞳を閉じる。
水無月カホは16年前、王都のはずれの小さな村に産まれた。
才能に恵まれた兄と比べて体が弱く、幼少期は家で寝込んでいることが多かった。
両親からはまっすぐな愛情を降り注がれ、曲がることなく育っていく。
初めて村の学舎に行ったのが10歳の頃。
しかし家族や医者以外と節する機会が無かった彼女は、知らない人間と話をするすべを知らなかった。
話しかけられても、何も返せず黙り混むしかない。
排斥ではなく存在しないものとしか扱われない毎日。
彼女が学舎に来る必要を感じなくなるまで、そう時間はかからなかった。
だがある日転機が訪れる。それは村に小規模ではあるが図書館ができたのだ。
本は何も語らない。ただこちらが耳を傾ければ、音もなく知識を授けてくれる。彼女はすっかり本と知識の虜となっていた。毎日朝から晩まで本を読み漁り、数年後には、図書館中の本を全て読み終えてしまう。
彼女が特に興味を示したもの・・・ゲノの事や最新の兵器、魔術の歴史、そして・・・・小説に出てくる友という概念であった。
友達ってどんなものなのかな・・・。
彼女の世界は、すべて本の中にあった。
しかし、そんな時間にも終わりが訪れる。村では15歳になれば王都に出稼ぎに行くというのが慣わしであった。
両親はまだ行かなくてもいいと言ってくれたが、世間体や経済面を考えると彼女は素直にここに居座る気にはなれなかった。
そして、ダメ元で魔術学園ガフラータの魔導検査を受けることになる。
まだ学びたい。もっと時間がほしい。
そしてその望みは奇跡的に叶えられることになる。
芳しい数値は出なかったが家に届いた豪華な通知書は彼女の両親を飛び上がらせた。
今思えば、王都で兵隊長として武勲を上げる兄への忖度があったのかも知れないが・・・
新しい場所で一からやり直そう。そして、今度は友達を作ろう。
友達ができたら・・・両親に紹介に自慢するんだ。
期待を胸に入学した彼女を待っていたのは厳しい現実。
そして偽の友人に利用され続ける日々であった。
あの日、キオウ カズヤと出会うまでは
「何をやっている、キオウ カズヤ!早くシェルターに避難しろ!」
「えっあなたは・・・!?」
そう声を荒げるのはゲンブの従者である、ガダールだ。そしてその回りを囲むのは十数人の1stの生徒たち。
「ガダール先生、あのゲノは腕を変形させます!お気をつけて!」
ガダールは水無月に分かってるよと言わんばかりに親指を立てる。
小さくなっているカズヤたちの背中を見送る。
一度目を閉じ、覚悟を宿したその双眸で、ゲノを睨み付けた。
強人型ゲノジードはその邪悪で醜悪な外殻をうねらせ、その両手を我々人類を蹂躙するための道具へと変化させていく。
「くそ・・・なんで現れやがった・・・」
「あとちょっとで卒業だってのに・・・・ちくしょう」
「いやだ・・・死にたくない。死にたくないよぉ・・・」
200年ぶりに出現したゲノに彼らは悉く瞳を泳がせていた。
いくら1stであろうとも、ゲノと交戦した四天王を覗く魔術師の生存率は3割を切るという事実を何度も叩き込まれてきたからだ。
そして一体のゲノを仕留めるために必要な魔術師の数は平均30人。戦局は絶望的だった。
「実戦経験がないということは私も同じだ。だが現在、学園の最高戦力は我々である。家族や友人を守りたいのであればここで奴を仕留めるしかない。」
ガダールは声ひとつ震わせることはない。1stたちが顔を上げる。
「初撃はセオリー通り最高火力を叩き込め。私の合図で、一気にだ」
ゲンブに才能を買われ、七代目の従者として選ばれて早30年。
「――――お前、いい目をしてるな。死を恐れてないって顔だ」
死など怖くない。もっとも恐ろしいのは、彼に見切りを付けられ捨てられる事である。
あの瞳に見入られた瞬間から彼の覚悟は決まっていた。
「必ず勝てる、私を信じろ。さて、先陣を切らせて頂こうか。―――作戦開始ッ!」
「「うおおっ!!」」
「喰らえッ!飛竜級魔術ガフェンネスロック!!」
悠久の時をを越え邂逅を果たした人類とゲノ。
その闘いの火蓋が今、切って落とされる。
「カズヤくん、もう歩けますよ。ありがとう。」
「あ、うん」
暫く水無月を腕に抱えながら走っていたカズヤだが、息は一つも乱れていなかった。
ゆっくりと足の方から水無月を地面に下ろす。
「無理はしないで。俺は全然抱えながらでも大丈夫だから・・・っおふ」
突然、水無月が胸のなかに飛び込んでくる。
「あの~・・・水無月さん・・・・?」
水無月はカズヤの胸に顔を埋める。
「・・・ぐずっぐずっ・・・うぅ・・・怖かったよぉ・・・わたしもう少しで・・・うぇーん・・・・」
感情を決壊させる水無月は子供のように泣きじゃくっていた。
「・・・わたしひどいことされて・・・ぐずっ・・・ゲノが現れなかったら・・・カズヤくんが来なかったら私・・・!」
なんと声をかければいいのか分からないので、とりあえず頭を撫で続ける。
まだ年端もいかない少女が生と死の境目を彷徨ったのだ。不安で怖くて堪らないのは当然であろう。
「ごめんなさい・・・私取り乱しちゃって・・・避難所に急ぎましょう」
「いいよ。そ、それじゃあいこっか・・・」
水無月がひとしきり泣き終わると、カズヤは気まずそうに歩き出す。しかし右腕に体重がかかるのを感じ、歩を止めた。
「あの~・・・水無月さん・・・・?」
「しばらくこうさせて下さい。駄目ですか・・・?」
「いや、駄目とかじゃないけどなんというか・・・・うーん」
右腕にがっしりとしがみつく水無月。腕に何か柔らかいものが当たり、やはり気まずい。
「そ、そういえばさっき水無月さんは突然現れたの、なんで?魔法?」
なんとか話題を探して水無月に話を振ってみる。
「はい、その通りです。私が唯一まともに使える魔法―――気配遮断魔法です」
「気配遮断・・・?それって周りから感知されないってこと?立派な魔法じゃないか」
「使っている間は身動きが取れませんけどね。・・・自分だけが生き残ることができる、卑劣な魔法です」
「そんなことない」
「そんなこと・・・あります」
「それでいいんだよ。水無月さんはそれでいい。どんな手段を使っても生き残って、絶対に。俺は水無月さんに何もなくて本当に安心したよ」
「でもわたし以外皆死んでしまいました・・・こんな魔法しか使えない私に、本当に生きている価値があるのでしょうか・・・」
「そんなこと言わないで。俺に魔法が使えない魔術師だっていていいって言ってくれたのは水無月さんじゃないか!」
カズヤの語気が熱を帯びる。しかし傷心の彼女に強い言葉を浴びせるのは失敗であったと心の中で反省する。
だが水無月の心の中に溜まっていた不純物や不安がこれを契機に噴出したのだろう。彼女の言葉の雨は止まらない。
「けど・・・もうわからなくなってしまいました。私達はゲノの前ではこんなにも無力です。私も・・・いつも強がって粋がって、技術さえあれば魔術を使わなくてもゲノに対抗できるなんて言い張ってました。
でもあんなの通じっこない。結局は才能がある人だけが前で闘って、私達無力な人間は彼らが死んでいくのを指をくわえて見ていることしかできないんです」
「でも、水無月さんが今まで信じて頑張ってきたのはその技術だろ?ならそこまで否定しなくてもいいじゃないかな」
「信じてなんかいませんよ。私はただすがってただけ。ありもしない希望を勝手に盲信してただけなんです」
彼女に起きた出来事のショックは計り知れない。凹んでも傷ついても曲がることはなかった心の芯が、今ではポッキリと折れてしまっていた。
「でも俺の目の前で技術について喋っていた水無月さんは・・・とっても生き生きしてた。どうしてそんなすぐ諦めることができるんだよ」
カズヤは魔導研究所で一を聞けば十を答える、あの水無月の姿を思い出していた。
水無月は口ごもる。
目の前で人間が無惨に死ぬ。生きているうちはまず経験することはない出来事だ。そして彼女が精神に負った心の傷は一生刻み込まれ続けるだろう。
「私はこれから・・・どうすればいいんでしょう・・・」
人のいない学内で、一組の男女は向かい合ったまま沈黙する。
水無月は目を伏せたまま瞳を潤わせた。
何をすればいいか?そんな当たり前の事を・・・・
「水無月さんはただ生きていてくれてればいい。魔術が使えなくても頑張るって、その道を選ばせた友達を残していくなんて、我儘だ」
「カズヤくん・・・」
「何というか、上手く伝えられないけど、これだけは言わせて」
彼がもっとも伝えたかったこと。理屈じゃない、そんなもの必要ない。
「生きていてくれてありがとう」
「・・・カズヤくん・・・」
カズヤは恥ずかしさに顔を赤らめる。
「助けてくれて、ありがとう」
水無月は肩を震わせながら、言いそびれていた感謝の言葉を口にした。
そこから避難所にたどり着くのにあまり時間はかからなかった。
入り口は15人ほどの2ndの生徒が見張りをしているのが見える。
2ndの一人、ポニーテールの女学生が二人を見つけ、すぐさま駆け寄ってきた。
「君たち、怪我はない?あ、君背中がひどいね・・・今治癒魔法かけたげる。じっとしてて」
「ありがとう・・・ございます・・・うっ」
彼女が手をかざし、体を白い光が包み治癒が開始される。
「ていうかゲノと交戦したの?すごいね」
「いや、ギリギリだったというか、なんというか・・・うっ」
一瞬背中に鋭い痛みが走るが、しかしそれはすぐにおさまり、30秒ほどで治癒は完了する。
「へっへへ、早いでしょ。学内で十番以内に入ったこともあるんだよ」
彼女の声色は優しい。怪我人を気遣うというより、普段の彼女なのだろうか、親友に向けるような親しみを感じる喋り方であった。
「すごいですね、しかも粗がなく傷も残さず治してる・・・」
水無月がカズヤのむき出しになった背中をまじまじと見つめる。なんだか恥ずかしい。
「あの・・・君たち、水無月カホさんに、キオウカズヤくんでしょ?」
「あれ、知ってるんですか?」
とはいえ、この学園で彼らの名前を知らない者はいない。
魔導検診歴代最下位コンビ、悪評に限定した話ではあるが。
この人が俺たちを知ったのもそんなとこだろうな・・・・
いつものように小馬鹿にされる予感に、カズヤは苦笑いするしかない。
「あの・・・私ね・・・・あなたたちの事応援してる!」
「ぇ・・・?」
「はい・・・?」
彼女の予想外の言動に、カズヤたちは驚きを隠しきれない。
「私ね、ここに来る前は運動も勉強もぜんっぜんできなくて、ずっと劣等生って呼ばれてたの!だからね、もしかしたら思い上がりかもしれないけど、あなたたちの気持ちすっごくわかる!」
二人は言葉をなくして立ち尽くす。
「つらいよね、くるしいよね・・・けど頑張ってね!私、知ってるんだ。二人が放課後残って毎日勉強したり魔術の訓練してるってこと。私ちゃんと見てるから、無駄じゃないから、頑張って!」
「ありがとうごさいます・・・」
二人はぎこちない返信を返す。
「あっいきなりごめんね、とにかく私は勝手に伝えたかったのはこれだけだから、その・・・」
「いえ、ここ最近そんなこと言われる事なんてなかなかなくて・・・ちょっとビックリしちゃいました。でもありがとうごさいます」
「じゃ、私は見張りに戻るから、お互い無事だといいね」
手をふり、ポニーテールを揺らしながら彼女は走り去っていく。
「・・・・あんな考え方してくれる人もいるんですね」
「うん、社会を変えるのも意外と難しくないかもしれない」
「大丈夫かな~ここ」
「まあシェルターは幾つかあるし、ここだけ狙われるってこたぁないだろ」
「そろそろ四天王が戻るだろうしな」
「ガダール先生が倒してたりして」
「いまさら警報ミスでした~とかならないかな」
どこか能天気な彼らの会話を聞き、カズヤたちは避難所に入っていく。
避難所の構造は細い入り口から、長い廊下が続いており、その奥に大ホールがある、という物であった。収用限界人数は2000人ほどだろうか。
魔光石に照らされた薄暗い廊下の先に、生徒や市民は固まっていた。
しかしそこはまさに阿鼻叫喚の地獄である。
「生徒なんだから、あんたらは闘ってきなさい!」
「無茶を言うな!3rdが戦力になるわけないだろ」
「ゲノは魔力に反応するんだから出ていってよ!」
「四天王がいない限り学園都市からは出られないんだ、どこにも逃げ場なんてない!」
「そもそも四天王と学園町は何をしている!しっかり緊急コールはしたんだろうな!?」
市民と学生たちが最悪の言い争いをしている。
あまりに悲惨な状況に二人は立ち尽くすしかない。
「やあ、同志カズヤよ。いいところに来た」
突然肩を掴むのは昨晩部屋に突撃取材に来たガルハットである。
「よかったカズヤン!どこ行ってたんだ?心配してたよ!」
「あ、昨日の。あんたら役に立たないんだから避難くらい手伝いなさいよね」
「ギギゴ・・・・」
「・・・死ななくてよかった・・・」
とその妹たちだ。
「皆さん・・・それよりこの状況は」
「最悪、としか言い様がないだろうね」
珍しくデインに笑顔はなかった。
「王国の召集で学園町、四天王、その他の主力も不在。1st 2ndは一部敵前逃亡、軍部もまともに闘える状況じゃない。しかし妙なのは四天王の帰還の遅さだ。ソウリュウ先生なら20分足らずで戻ってこられるだろうに。一体王都で何が・・・」
「おいミーナてめぇ!」
一人の女学生が水無月に掴みかかる。
「なんでお前がここにいんだよ!サキとアイはどうした!?たしか軍部校舎に連れてったはずだろ!」
水無月を前後に揺らしながら責め立て続ける。
「なんで生きてんだよ!お前ごときが生きて帰ってくんじゃねえよ、ふざけんな!」
「そこまでだ」
「あぁ?なんだてめぇ」
割って入るカズヤに、女学生は怪訝な顔をする。
「ミーナって呼ばれてるの?水無月さん」
水無月は俯いたまま首肯する。
「そう、それなら頼む。もう二度と"カホ"に関わらないでくれないか」
「っ!」
「は?ザゴが図にのってんじゃねぇぞ」
「もうカホは俺の友達だ。君に依存する必要もないし、されたくもないだろう。だからもう二度と関わらないでくれないかな?」
「は?お前なんか知らねぇよ 馬鹿には分からねぇのか?ミーナはウチらのダチだっつうの」
女学生の左腕に魔力が集まる。
しかし瞬間カズヤは腕を掴み、右足を左から回し女学生を後ろに組倒す。大外刈の要領だ。
そして彼女の顔を見下ろし、言い放つ。
「都合よく、友達面するんじゃない。もう一度言う、カホに関わるな」
「そこまで」
ガルハットが仲裁に入る。
「君、回復魔法を除く魔術を生徒に使用するのは禁止されているぞ。もう少し冷静になりたまえ」
「あのっごめんなさい。私のせいです・・・私が何も言わないから、カズヤくんが・・・」
「いいんだよカホ。なにも気にしなくていい。」
水無月はこれまでにないほど顔を赤らめる。
「な、名前で呼んでもらえるなんて、初めてで・・・なんだかとっても恥ずかしいです・・・」
「もしかして、嫌だった?」
「嫌じゃないです!ぜんぜん嫌じゃない!どうぞ呼んでください!」
水無月は顔をぶんぶんと横に振るう。
「それなら、その堅苦しい敬語もなし。もう友達でしょ?」
水無月は暫し驚き、躊躇する。だがすぐ満面の笑顔が咲いた。
「うん!カズヤくん!」
その笑顔にもはや淀みなど一つもなかった。
「お楽しみのとこ悪いが・・・これは最悪だ」
ガルハットの声は唸るように低い。
彼の目線の先には、シェルターの入口・・・
「ど、どうしたんです?」
「お兄ちゃんは感覚器官を強化できるの・・・だからみんな聞こえないような音も聞こえるし、遠くだって見える」
クレインも同じ方向を見据え、眉間にシワを寄せる。
「今おれが聞いているのは・・・・」
ずっと先のシェルターの入口。扉がこじ開き、人間が飛び込んでくる、ポニーテールの髪型だ。
だがそれはもう動くことはない。うつ伏せのまま、一帯に血の海が広がり始める。
「・・・彼女の叫び声だった」
扉の縁を黒い手が掴む。
のっそりと扉を潜るのは、ガダールが交戦していたはずの、強人型ゲノジードであった。