六話
その緊急放送により、一帯はパニックに包まれる。
泣き出すもの、恋人と抱き合うもの、これは何かの間違いだと現実から目を逸らす者。
「めちゃくちゃだな・・・カズヤはとりあえず避難して・・・あれ?」
「そこにいるのはデインくんか!」
「あっ、ガダール先生!これは一体・・・!」
ガダールと呼ばれた中年の男はカズヤを車で学園まで送り届けたゲンブの従者である。
「どうやら間違いではないようだ・・・私もにわかには信じられんが。
ともかくデインくん、君は優秀だ。お兄さんと姉妹たちを連れて、下級生と市民を避難させてくれ。そのあとは避難所の最終防衛を頼む。私は現場で指揮を執ろう」
「分かりました、先生も気をつけて!」
二人は短く会話を交わすとすぐさま別れる。
だがデインには一つ気がかりな事があった。
「カズヤめ・・・一体どこ行っちゃったんだ・・・・!」
急げ。一秒でも早く。
逃げる人々から全力で逆走するカズヤを気に留める者はいない。
(確か放送では軍部の校舎と言っていた。もしデインさんの言うことが正しければ・・・・!)
そこにいるはずの水無月。考えるより先に、カズヤは走り出していた。
「頼む、間に合ってくれ・・・・!」
しかし時に運命とは残酷である―――。
―――警報が鳴るおよそ10分前―――
「ど、どういうつもりなんですか?こんなところに連れてきて」
水無月は人気のない軍部校舎の裏手に、二人の女生徒によって連れてこられていた。
辺りには雑草が生い茂り、人が普段やってくる場所とは思えない。
「なんか最近さ、ミーナ付き合い悪くなぁい?呼んでもなかなか来ないし。お金は渋ってるし、そんなんじゃゼッコウだよ?」
「まじつまんねーから。金ないんだったら即友達やめるからね?」
しかし押し黙ったままの水無月に二人は顔を見合わせる。
彼らが期待していたのはいつもの愛想笑いを浮かべる彼女であったのだろう。
「おいなんか言えよミーナ」
水無月は何故か思い出していた、この二週間のことを。カズヤの気絶から始まった御雷との関係、そして図書館での充実した時間の数々。
初めてだった。初めて誰かと本を読んだ、初めて誰かと温泉に行った、初めて・・・心からの笑うことができた
――――闘う勇気も必要だ
そう、御雷は言った。
「―――それならどうぞ好きにしてください」
彼女の瞳には覚悟が宿っていた。私も断ちきる、この悪縁を。
「あぁ?なんつった今?」
同級生の女生徒が水無月の襟元を掴む。
しかし水無月怯むことなく相手の目を見据えて言い放つ。
「本当の友達は、お金をせびったりしません。すぐゼッコウって切り捨てたりしません。だからあなたたちは友達じゃない」
水無月の頬に平手が飛ぶ。
口を切り、涙目になりながらも水無月は続けた。
「もう私はあなたたちなんて必要ありません。だから未来永劫私に関わらないでください。2度と馴れ馴れしく友達なんて言わないでください」
「こいっつ・・・!」
再び平手を浴びせようとした女生徒をもう一人が止める。
「やめなって。そんなことしなくてもすぐ後悔させてやれるからさ。はーいみなさん出てきて~」
呼び出しに応えて出てきたのは五人の男子軍部学生である。
「えっ・・・?何ですかあなたたち・・・」
「何するってそりゃあ・・・――ナニに決まってんだろうが」
「はーい、それじゃあ今から水無月カホさんには輪姦されてもらいまーす!」
「ぇ・・・・?」
水無月は絶句する。はい・・・?まわす?なにを・・・
相手の言っている意味を理解できない。
しかしこれから起こるであろう恐ろしい出来事に背筋に悪寒が走り始める。
「え?マジでヤッていいの?」
「結構上玉じゃね?おれの好みかも」
「魔法も大して使えないんなら抵抗もされねぇか。へへへ」
「ほらさ、軍部って魔導部より規則厳しくて恋愛禁止とかあんじゃん?だからこいつら結構溜まってんだよね~。まえこっそり付き合ってた彼氏とかマジ凄かったし」
「今日ってたしか王国戴冠祭りでぇ、先生も学園部四天王も1stもほとんどいないしぃ、おまけに軍部も非番しか残ってないしね~。これなら何やってもばれることないっしょ」
「え・・・なに・・・やめてよ・・・・・」
「あ、叫んでも意味ねーから。うちが干渉遮断の魔法で音消してっし?」
一人の男に羽交い締めにされる。
「っ!?」
必死に抵抗するが、鍛え抜かれた男子軍部学生に劣等生の女生徒が叶うわけもない。胸とスカートをまさぐりながらブレザーのボタンが一つ一つ外されていく。
「いやっ!!触らないでください!こんなことやめてよ!」
自由な足から放った蹴りは容易く受け止められ、そのままふくらはぎから太股にかけての感触を男は愉しみ始める。
「先月の子の方がまだ良い声で泣いてたよな?」
「ほらほら抵抗しないと大事なもの貰っちゃうよ~」
すると一人が動きを止める。
「てか思いっきり顔見られたけどいいのかよ」
「あぁ、それならうちが記憶干渉魔法で消しとくから。いつも加減が分かんなくて一年分くらい消しちゃうけど こないだとか間違えて『あー』とか『うー』しか喋んないようになっちゃったし」
「なにそれひどー」
女性とたちはケラケラと笑う。
「ちゃんと説明聞いとけ、ばか」
いやだ。それだけは絶対に嫌だ。
「お願い!誰にも言わないから記憶だけは・・・記憶だけは弄らないで!!」
もし一年など消されたら確実に消される事になる・・・御雷の事、カズヤの事を・・・・
「うっせーな、言わないなんて保証どこにもねぇだろうが!」
そして男たちは水無月を押し倒し、上着を脱ぎ始める。
ブレザー破られシャツは脱がされ、下着が露になる
「おっ以外とでけーな」
「いや・・・いやだ・・・」
涙でもはや前は見えていなかった。
しかし水無月が絶望していたことはこれから凌辱のかぎりを尽くされる事ではない。むしろ記憶を消される恐怖の方が彼女の中では勝っていた。
「助けて・・・カズヤくん」
男たちが水無月の胸に手を伸ばそうとする、その時であった。
一人が動きを止め、ぼそりと呟いた。
「ん?あれ・・・」
「今度は何だよ」
そこにあったのは禍々しく歪む時空。空中にぽっかりと空いた黒き虚空。
音もなく臭いもなく、それは突然現れる。
彼らは教科書の挿し絵でしか見たことのないそれの名前を必死に頭の中から捻りだそうとした。
「ゲートだ」
刹那、枝分かれした黒い触手は、辺りを鮮血に染める。
鳴り響く銃声、嗚咽と悲鳴は数秒後にはたち消えていた。
「水無月さん!!」
銃声を聞きつけ、カズヤは軍部校舎の裏庭に駆けつける。
そこに彼が見たものは、ゲートから出現する強人型のゲノ。原型を留めない遺体の数々。そして・・・・。
血塗られた赤縁の眼鏡であった。