変身
彼女が失踪したのは、その電話がかかって来てから、数ヶ月後の出来事だった。
ここは、マイナーオカルト雑誌「探偵オシロスコープ」の編集室。この雑誌は、コアなファンは少なくは無い程には存在しているはずなのだが、いかんせん売り上げが伸び悩んでしまっていて、今現在、編集室が出版社の奥にまで押しやられているのも、まさに当然だった。部屋の内部は、夥しい数の写真や資料で足の踏むところはほぼ見えない。この部屋の窓際に、ポツンと机が三つほど置かれている。その一つは、今まさに、一人の女性が使用している。…机に突っ伏して、寝息を立てながら。窓からは西日が差し込み始めても、彼女はその部屋のインテリアでもあったように微動だにせず、安らかに眠り続けていた。その机に眠れる者を目覚めさせたのは、編集部にかかってきた、一本の情報提供の電話であった。
リリリリリリン…
リリリリリリン…
彼女は軽く唸って、見るからに不機嫌そうに体を起こすと、受話器を取った。
「はい、探偵オシロスコープ編集部です。お電話ありがとうございます…はい…、………はい。あ、それは。いつもありがとうございますぅ…、はい」
暫く彼女は電話越しの相手と明らかな生返事で返答しつつ、最後にありがとうございましたと付け加えると、そのまま受話器を置いた。次に彼女は、机からはペンを、そして床に散らばっていた昔の記事に使ったきりの資料を探って手に取ると、裏の真っ白な面に
『和田島へ取材へ行ってきます。
深川 みりか』
とさらっと書き置きを残して、メモ帳やカメラなど取材に必要最低限の簡単な支度を済ませたら、ふわりと絡むカールの髪型の良さがまるで死んでしまうかのような、先程の昼寝でついた寝癖をいつものハンチング帽で隠して、さっさと部屋から出て行ってしまった。
目的地へと向かう船になんとか乗り付ける事が出来て、彼女、深川みりかは和田島に到着した。来る前に彼女がこの島のことについて軽く調べて見たところ、昔の和田島には、富裕層が別荘を建てるブームの波が荒波の如く立っていたらしく、今でもその名残とも言えるような建物群がぽつりぽつりと寂しく残っているそうだった。その建物というものも、都会に住む深川の感覚からすれば、十分に古い形式をとっていると理解することができた。
今回の彼女の目的地は、そんな駐在所を西に進んだ、丘の近くにある、一際大きなお屋敷であった。彼女は深呼吸を一回すると、丘を目指して整備の整っていない土地を踏み、歩き始めた。
(…やっぱりこんな依頼なんて受けるんじゃなかったわ)
普段からあまり外へ出ず、アウトドア派ではなかった深川みりかは、目的地へと続く獣道をぜえぜえ息を切らして歩きながら、そんな事を考えていた。
彼女が編集部でもらった電話の内容というのも、『今は人が来なくなった、和田島という島がある。一人の男がそこにハーレムを築き、複数の女性と奇妙な共同生活を営んでいる』というものだった。それはいかにも、三流カストリ誌が好みそうなネタではあったが、それでもその情報提供者が、「探偵オシロスコープ」の昔からのファンだという事で、彼女はあたまごなしに断ることが出来なかった。
(私は馬鹿だ…。雑誌の風にも合わないようなネタであるのに…)
今さら悔やんでも、最早取材費として多くのお金をはたいてまで船に乗って、ここまで来てしまったのだ。そこにもう残された手など、この噂を調べることしかなかったように彼女には思えた。そうこう思っているうちに米粒のようだったその屋敷は、目と鼻の先にまで近づいていた。その屋敷は、今となっては目珍しい、和築の平屋建造のものだった。
彼女はいきなり訪ねて来たのにも関わらず、屋敷の人間は快く出迎えてくれた。
玄関先に出て来たのは、麗しく、体型のすらりとして着物を着た、一人の少女であった。
「すいません、このように、いきなり押しかけてしまって…。私、月刊探偵オシロスコープという雑誌の、ライターをしている者です。あ、あの、よかったら、名刺。」
深川みりかはそう述べて、少女に名刺を差し出した。透き通った白い手はそれを受け取って、暫くその位置を留めた。
「そうですか、わざわざ東京から…」
「ええ、大変すみませんが貴方は、一体。」
「私は単に、妹です。たまにこうやって、兄の様子を見に来ているんです」
深川は、この少女も家主の愛人のうちではと考えていたが、どうやら違ったようだった。
「屋敷の主人にお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
「さあ………、本人に聞いて見ないと」
そういって家主の妹は歩き出した。深川は何処へ行くのか目で追っていたが、妹にこちらですと言われて、急いで靴を脱いで後をついて歩いていった。玄関から入って左を向けば、長い廊下が奥まで続いていた。大きい部屋が幾つも幾つも並んでいて、その向かいにも台所や浴室が並んでいて、少女と彼女はそこを横切って行く。たったいま、ご飯を作っているのか、台所からは煮付けの醤油の薫りが辺りには漂っていた。
「ここです」
はっとした。深川はいつの間にか一番奥の床の間まで歩いて来ていた。
「ここにおそらく、兄は居るはずです。ちょっと待っていて下さい。
お兄様、記者の方がお会いして、取材をさせて頂きたいそうです。入ってよろしいですか」
「構わないよ」
と声が聞こえた後、すっと襖が開き、部屋の奥にまたただ広い庭が見えたと思うと、部屋の真ん中に、妹とよくにている、着物を着た若々しい男がいた。
「珍しい。この島に、お客様ですか」
「ええ、東京からわざわざお越しくださったそうです」
「こんにちは」
深川はあいさつをした。
「…あの、お話を…伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
家主はにこやかに答える。
「構いませんよ」
「よろしいのですか、お兄様」
少しだけ不思議そうに妹は聞いた。
「まあ、色々と奇妙な噂を建てる者もいますが」
「私には何一つ、やましい事は無いのですから。まあとりあえず、中へお入りなさい」
「失礼します」
深川は畳のヘリを踏まないように気をつけながら、主人と向き合うように腰を下ろした。
それから、深川は男に幾つか質問をした。年齢や職業、趣味や奥様に出会ったきっかけ等々。ひとしきり質問を終えると、とうとう噂は事実なのかどうか問おうとした。
すると、深川は今まで気がついていなかったが、中庭から何やら物音がした。
深川が中庭に視線を移すと、家主はそれに気づいたらしかった。
「ああ、丁度いい。紹介します」
男がおいと呼ぶと、左手に手桶をさげた小さな人影は、縁側に姿を現した。
「私の妻です」
その女性は、髪を三つ編みにして、牡丹の着物がよく似合う、男とはまるで対象に、可愛らしい人であった。
奥さんはぺこりと深川に対して深々とお辞儀をした。
深川は呆気に取られた。
「あの…奥様は、……お一人?」
「…?言ってる意味がわかりませんが」
男は怪訝そうに聞き返す。
「失礼ですが、私が聞いた噂では、独自に一夫多妻制をとって、ハーレムを築いていると…」
「一夫多妻?」
男は何のことか心当たりがまるで分からないように、また次の言葉を続けた。
「私の妻は、ひとりですが?」
太陽は真上から少しずつ動いている。時刻で言えば、丁度今から午後が始まったくらいだ。次に来る船は未だ来る気配はない。なんとなく太陽にされるがままに、じりじりと照らされるのも嫌であったので、深川は木陰にある電話ボックスに入り、壁にもたれかかった。
あの男の言葉を、どう理解するべきか。深川はなんとなく考えていた。
廊下を渡っていれば、いやでも分かった。屋敷には確実に、複数の女性の人影が見える。台所にも、廊下でも、はたまた、他の部屋にも。
(これは…)
しかし男は妻は一人だと言う。紹介された女性もまた一人であったし、この時の深川には、男の言葉を疑う必要など無かった。
(奥さんが一人いて、その他は愛人ってところかな…。まあ、法律的にも、常識的にも…そんなところだろう…)
ポケットからメモを取り出して、男の話を聞き幾つか箇条書きにされた物を、大まかな文章に書き起こすと、ふうと一つため息をついた。一先ず取材は終えたが、最初からわかりきっていたことだが、まさしく記事にするほどでは無いと分かった。東京の編集部の面々に、無駄に期待させたままというのも、よくないと彼女は思い、そのまま電話に十円を差し込むと編集室に電話をかけ始めた。
編集室には滅多に人は居ないが、出来れば、今だけは誰かいてくれという期待も込めて。
ガチャリ
「あ、もしもし?…編集長ですか?」
「はい…そうなんですけど、まあ、なんか面白いネタではなさそうなので」
「一旦、帰ります。東京でまた話しますので、では」
受話器を置いて、また一息ついた。すると丁度、船は港へと着いたようだった。
それから深川は一週間ほど、この件とはまた違うネタを探し、調査して、それから記事を書く、いつも通りの作業をしていたのだが、彼女が記事を書き終えたところで、一息つこうと、椅子の上で大きく伸びをして、空にふと思うと、男のあの一言がなんとなくまた気になってきてしまっていた。そんな彼女が、用意出来る限り最速の便の船に乗り、再び和田島を訪れてる事は、もはや当然の事でもあったのだろう。
その日は屋敷の主人は、花を生けている途中だったらしい。深川と目があうと、声をかけた。
「おや…、この間の記者さん」
男は縁側に座りながら、横にはさみをやさしくとんと置いて、彼女の事をにこやかに出迎えた。
「こんにちは、綺麗なお花ばかりですね」
深川も挨拶をする。
「そちらは、何のお花なのですか?」
花の中でも一際目立つ、青々しい草に鮮やかな紫の花をつけたそれを指差して言った。
「これは菖蒲だよ。聞いたことくらいはあるだろう」
「ええ、確かこどもの日に、お風呂に入れたりしますよね」
「そう。しかし、この時期になると、この植物はこんな綺麗な花を咲かせる。妻がよくこの花を好んでいるのです」
深川は小さく感嘆した。へえ、そうなのか。
「お客様?」
その時、深川でも家主でもない、透き通った声が家の中から聞こえた。
男は深川に向き合ってこう話す。
「以前もこうしてご紹介したと思いますが」
「私の妻です」
その女性は、ショートに切り揃え、前髪がチャームポイントな、梅の花の着物がよく似合う、男とはまるで対象に、しゃなりとした、小型な人であった。
奥さんは縁側にお盆を置くと、深川に向き合って、ぺこりと頭を下げた。
深川は呆気に取られた。
「あ、あの。前の奥様と離婚されて…、…あの人と再婚なさったんですか?」
「再婚?」
大層不思議そうに夫妻は彼女を見つめた。そして男が、このように返した。
「私はずっと、同じ女性を妻としていますが」
それからも、深川は会う度に、男の奥様の紹介をしてもらうのだった。
「私の妻です」
その時の女性は、髪をストレートに落として、藤の着物がよく似合う、男とはまるで対象に可憐人であった。
「私の妻です」
その時の女性は、金髪で、石榴の着物がよく似合う、整った顔の持ち主であった。
「私の妻です」
その時の女性は、髪を後ろで結んで、菊の着物がよく似合った人だった。
「私の妻です」
その時の女性は、髪を櫛でまとめて、紅葉の着物がよく似合う、男とはまるで対象にか細く儚いような人であった。
「私の妻です」
その時の女性は、髪を手入れをよくされているようで、すすきの着物がよく似合った人だった。
「私の妻です」
…
「私の妻です」
…
「私の妻です」
…
男に会いに行く度、妻と呼ばれる人物は変わり続けたのだった。十何回目という訪問を終え深川が帰ろうとしたその日、
「今日はお茶でも飲んで行かれませんか」
と妹に誘われた。深川はそのまま妹の言葉に従い、応接間に案内された。深川は、ずっと前から疑問であった、訪問の度に妻が変わっている事について、とうとう尋ねた。
「失礼ながら、これは一体どういう事でしょうか…」
「そう、他人から見たら重婚でしょうね。
ただ、兄の言葉に嘘はありません。
兄は、たった一人の女性と契りを交わしたのです。」
「それならば、なぜ…」
「その一人を愛する為には、ここにいる全員の者を、愛さなければならないのです。」
妹は平然と話し続ける。この時、嫌に屋敷の中は静かで、その声だけが部屋に響いていた。
「…移植転移という言葉を御存知でしょうか。人の記憶とは、決して海馬だけではなく、あらゆる臓器や血液にまで、保存させられるといいます。食べ物の好みから、音楽、生活習慣など、まるでドナーを演じるように。
…兄の愛した方も、元はといえば、一人でした。花がお好きで、そのお姿はまるで花の如きお人でした。髪に刺した特徴的なピン留が、また彼女の愛らしさを掻き立てました。兄とは大学生時代にサークルで出会ってから、数年間もの交際を重ねました。そうしてようやく、兄とその方との婚約も本家とその方との両親に認められたのです。しかしその方は、式の手前になって、事故により死にました。
丁度兄と一緒に、役所から出てきて、散歩をしていた時の事らしいのです。詳しくは本人が語ってくれませんでしたので存じては居ませんが、何らかの原因でその軽い華奢な身体が数メートルもの間、飛ばされてしまったことは見るからに明らかでした。
兄はすぐ救急車を呼びましたが、彼女は搬送先の病院で敢え無く、息を引き取りました。
そうして死後に、彼女はドナーカードの同意によって、その死体をすぐに暴かれました。肺や心臓、血液、膵臓に至るまで、そのあらゆる臓器を刳り抜かれて、…ここにいる女性たちに分配されたのです。
ある者には彼女の瞳を、
ある者には彼女の心臓を、
ある者には彼女の声帯、、
ある者には、彼女の血液を。
そしてお葬式に運ばれたその死体は、本当にお花のように軽い軽いものだったと言います」
「待ってください」
深川は身を乗り出した。
「それでは…ここにいる女性を全て愛す云々の前に、ご主人の愛人はお亡くなりになってるではありませんか…?」
妹は落ち着き払っていて、まだ何か根底に隠し持っているように、ただ静かにその言葉を聞いて居た。
「話はここで終わらなかったのです。このお話はまだ、続きます。それは、兄がその後彼女がドナーとなった患者達に会いに行ったところがきっかけでした。彼女に最後まで別れを言う為と、けじめをつけようと思っていたのでしょう。しかし、そんな兄の目論見は完遂できずに終わります。会った提供先の方に、彼女の面影が見られたのです。兄は一目会ったその時、彼女と同じピン留をしていた事に驚いたと語っていました。また、話してみると、まるで彼女にしか見えないのです。笑い方も、髪を払う仕草も、話し口調も、そして兄の本名や知り得ぬ事まで何故か知っている素ぶりであったのです。こんな事があったものですから…兄はすっかり気を良くしました。帰ってきてからも、なんだかすこし悦しげに語っていたくらいです。しかし次にその方と会ってみると、何故だか、彼女の面影は消えていました。仕草の一つ一つ、兄の本名も言えないで、まるで別人だったと聞いています。そうして、うまく会話も合わず帰ってきました。
この時から、兄はある事を調べ始めました。
臓器移植の記憶転移についてです。…しかし、彼女の場合は、少し異なっていた様なのです。
彼女は、一人の人間が複数の人間を有する多重人格とは逆に、一つの人格を臓器を移植された、複数の人間の中で存在させている事が、調べた結果分かりました。…今も彼女は生きているのですよ。その不可思議な魂とも呼べるものなのか、彼女の記憶のせいなのか、とにかく彼女はこの島に集められた、一人の誰かとして朝に目覚めて。お気に入りの花の着物に着替えて…、ご飯を食べて…、家事をして…、散歩をして…、それから…兄と、睦まじい愛を育むのです。そして、次の朝目覚めると、彼女は別の女性になっている、…いや、変身しているのです。それはまるでー」
彼女の好きなあの本のように。
彼女は、ある朝目覚めれば三つ編みの少女になっていた。
彼女は、ある朝目覚めると、背丈の小さいショート髪の少女になっていた。
彼女は、ある朝目覚めたら、髪をストレートに落とした少女になっていた。
彼女はある朝目を覚ますとーーー、
妹はまたぽつりぽつりと話を続ける。
「…その現象を知ってから、ずっと、兄は移植による記憶転移で、臓器の記憶から様々な人物に移ろい生活する、あの彼女の姿を追って、女性達と書籍上の結婚、離婚をローテーションのように、繰り返しているのです。彼女の臓器だけを愛すだけでなく、彼女をいつまでも愛していられるように」
少女は目を細めて、言った。
「これが兄にとっての純愛なのです」
深川はとにかく気持ちが悪くなって、薄気味悪くてしようがなかった。形容しがたい何かの感情が足元から這い上ってくるのを感じた。
「お聞かせくださって、ありがとうございました…」
「今日は泊まっていかれては?」
「いえ…」
なんとなく、これ以上この島にいれば、何か自分にとって不利益な事が起きそうだと、深川は直感で感じていた。
だから妹が言うことも彼女は断った。
玄関先までまたお越し下さいと見送ってくれた女もまた見知らぬ人であった。どれほど彼女の遺体は軽くなっていたのであろうと深川は考えると、なんだか身の毛がよだってきて、今までこらえてきた何かが彼女をただひたすらに、無事に帰れる事を願って走らせた。
妹は玄関から飛び出して行った、徐々に小さくなる彼女の背中をただじっと見つめて、見送っていた。海から吹く風の強さは、いつもよりも妹の髪をたなびかせる。
実は一つ、あの話の中で、深川が知らなかった事がある。それはドナーの元には提供先の情報など来るはずのない事。ましてや親族にその情報も行くはずがない事。
それを知る事のできる職とは限られている事。
そのうち、家主が出てきて、二人して空を見上げると、兄妹は屋敷の中へと入っていった。
何故、一度でもこの島に来ようと思ってしまったのだろう。何故、また二度とこの島を訪れようとしたのであろう。走っている間に、彼女の思考は後悔となんらかのおぞましさがずっとうずまいていた。
そうするとすぐ、深川は肩で息を切らしながら、やっとの思いで港に着いたが、今日の便は天候不良により、夕方の便を明日に延期していた。膝に手を当てて辺りを見回すと、船を止めている人影が目に入った。
急いで駆けていく。
「チャーターするので!出してください!!」
「この風じゃあムリだよ!死にてえのかアンタ!」
深川はそんなことも聞かずにボートにどかっと乗り込んだ。
「お借りします!」
船のモーターを最大稼働させる。
波は荒ぶっていて、彼女の行く手を遮ってはひっくり返そうとする。
叫び声を上げている暇もない。
彼女はひたすらに、とにかく、ここから出たかった。
「船長さーーん」
「お船に乗っているから船長さん」
子供達の声が、後ろから聞こえた。
振り返ると、港には多くの、男と、とある麗しい女性が混じったような、同じ顔がずらりと、同じ顔が、同じ顔がずらりと並んでいた。
「駄目よのぞみ」
「危ないわ、ホープ」
「中へと戻りましょう、臨」
子供達一人一人につき、今まで男に紹介されてきた女性達の姿が横に立っているのが船からは見えた。
深川が後ろに重心を乗せた事で、元々不安定であった船のバランスはすぐに崩れた。
その時、波は高く上がって、覆いかぶさってくる。
視界が奪われ何も見えない内に、彼女のボートは岩に、思い切り打ち付けられた。
そのとき深川みりかの意識は、ぶつりと切れる。
海岸が俄かに騒がしくなっていた。
彼女は直ちに島の病院へと搬送された。
搬送された時から、失血の量が激しく、意識と呼吸が薄れており、危篤状態であった。『医者』と駐在の看護師が出来る限りの手当はしたものの、病棟には輸血パックが足りていなかったのだった。その時、
「私たちがドナーになります」
そう申し出たのは、男が妻として、紹介していた女性達であった。
「それでは、手術を開始します」
妹のその声をきっかけに、オペ室のランプが点灯した。
数年後、噂を聞きつけたテレビのクルーが和田島の地を踏み入れ、男の屋敷を訪れた。
彼らの来訪は急であったのにも関わらず、玄関口にて、主人と妹は快く出迎えた。
「お客様?」
少し大人びた声が響いて、背の高い人影が彼らの前に姿を現した。男は静かに微笑んで、話す。
「ああ、丁度いい。紹介します」
「私の妻です」
その女性は、髪をふわりと絡ませて、ピン留が特徴的で、菖蒲の花の着物がよく似合う、可愛らしい人であった。
書く練習として書きましたが、いかんせんオチが見えやすくなっている事と、表現不足があり、原作への雰囲気へ近づくことが出来ませんでした。