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第九匹:冒険者ギルド。


 店長は呆けたような表情をしてフィーユから経緯を聞き、引きつった笑みを浮かべながら何かを言おうとしたが、


「これでまた一緒にお店をやれますねっ、店長!」


 という笑顔一発で黙らせられた。

 とはいえ店長がまんざらでもない顔をしてにやけていたのが、ムカついてしょうがない。


 結局、勇者としての旅は即終了してしまい、俺の頭の中では既にエンドロールまで流れてしまった。

 なんだかもう馬鹿馬鹿しくなってしまったのは、致し方ないことのはずだ。


 本人がそれでいいなら、もういいじゃん。


 無理やりながらも割り切った俺は、町に戻ってからの数日、徘徊しながら花の蜜を吸い、家畜の血を吸い、たまに露店のお姉さんの血を吸って暮らしていた。


「どうやら唾液をちゃんと回収すれば、吸血鬼化させずに済むらしい」


 フィーユが借りている宿屋の一室で、返事が返ってこないのはわかっているが声に出してみる。

 朝からせっせと所持金を数えているフィーユに反応はない。

 戻って来てからというもの、再度話をしてもらえなくなった。

 原因は王城での吸血鬼化だ。

 一時的ではあるが、筆舌に尽くしがたい程に全身が痒くなるらしい。

 怒ったフィーユは話してくれず、唯一かけられた言葉は「無断で血を吸ったら二度と口を利かない」だけ。

 それでも部屋から追い出されないのは、まだ利用価値があるとでも思っているからだろうか。


「よしっ」


 ジャラジャラと銀貨を革袋に入れたフィーユは、おもむろに部屋着を脱ぎ始める。

 俺がいたってお構いなしだ。

 見れて嬉しくないかといえば、嘘になるけど。


「さすがにそこまで存在ごと無視されるのは傷つくんですけど……」


 サッと竜革の服を着込んだフィーユは、髪をまとめながら立てかけた槍の前に行き、数日ぶりにそれを手に取り感触を確かめる。


「何をぶつぶつ言ってるんですか、蚊ーさん。別に無視してるから平気ってことじゃないですよ? あの変態髭男爵に見られるのは死んでも嫌ですけど……蚊ーさんならいいんですよ」

「えっ……?」

「蚊に見られて恥ずかしがる女子はいませんから」

「ですよねー」


 最初からわかってました。


「ところでやっと話してくれたけど、……なんだか嫌な予感しかしない」

「失礼な。今日はお休みですからね、勇者としての活動をしようかと思っただけです」

「ッ!!」


 と、一瞬でも喜んでしまった自分が忌々しい。

 

「……今、金勘定してたな? 関係あるだろ」

「……」


 都合が悪くなるとこの子、すぐ黙る。


「さぁ行きますよ!」

「はあ」


 都合の良い時だけ浮かべる笑顔に誘われ、俺はフィーユの肩に止まり、勇者としての活動とやらが始まった。




▼▼▼



 冒険者ギルド。

 そんなド定番の組織がこの世界にもあり、町にもその支部がある。

 冒険者とはつまりは傭兵であり、護衛や魔物の退治などを専門に請け負う者達のことを云う。

 のかと思いきや、薬草や木の実の収集に溝掃除から溜まったお洗濯まで、その活動は多岐に渡っており、どうやらただの何でもやる日雇い労働者らしかった。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか」


 ギルドに入るなり、質素だが清潔感のある服装の受付嬢がスッと歩み寄って来る。

 入り口正面に受付があり、そこから白い仕切りで区切られた狭い個室が奥まで幾つも並んでいる。

 仕事が欲しいと言うフィーユを、受付嬢はテキパキとその個室の一つに案内した。


「ただ今担当者が参りますので、そのまま少々お待ちください」


 受付嬢が完璧な営業スマイルを浮かべそう言うと、


「はい、よろしくお願い致します」


 フィーユも営業スマイルでそう返し、受付嬢が去ったのを確認してからほぅと息を吐いた。


「なんか思ってたのと違うんだけど」

「なんですか? 蚊さんが思ってたギルドなんて知りませんよ」

「もっと荒くれ者が集うとこじゃないのう?」

「なに駄々っ子みたいな声出してるんですか。冒険者は信用が第一ですから、荒くれ者とか誰にも信用されず無職(ノーワーカー)まっしぐらですよ。力を持っている人である必要はありますけど、それを証明するのは過去の実績ですし。例えば、何の実績もない筋骨隆々の山賊みたいな顔の人と、手強い魔物の討伐経験がある礼儀正しく身だしなみもきっちりされている細身のイケメンがいたら、どっちを信用しますか」

「……嫌だ! 思ってたのと違う!!」

「知りませんよッ! 信用して良い仕事を紹介してもらう為にも、きちんとした冒険者だって思ってもらわなきゃいけないんですから、横から変なちゃちゃ入れないでくださいよ!」


 ほんと、この世界嫌いだ。

 なんだよこの派遣会社みたいなギルド。


「フィーユさん、フィーユ・アルトゥリアさんですね。紹介による仮登録となっていますので、まずは本登録だけさせて頂きますね」


 メガネをかけた男性が手短に挨拶を済ませて、フィーユの前に座り資料をめくる。


「飲食店のアルバイトと武具屋でのアルバイト、あとオークの討伐ですか……。ちなみにご出身はどちらで」

「……空気がおいしいだけが、取り得の場所です」

「あぁ、もしかして……カナイ村ですか?」

「なんでわかったんですか!?」

「いえ、雰囲気とイントネーションでなんとなく。以前別の町で担当していた方で出身者の方がいらっしゃったんですよ」

「へ、へぇ……。で、でも、よくわかりましたね、普通わからない程度じゃないかと思うべ、で、ですけど」


 意識しすぎて、よけいにイントネーションがおかしくなっている。どころか方言出始めてる。なんだこの分かりやすい田舎者は。


「いやぁ、カナイ村の人は独特ですからね」


 何の気なしにそう言って、男性は話を進める。

 だがフィーユはズンと表情を暗くさせて気もそぞろだった。


「おい、せっかく聖槍手に入れてるんだから、サクッと小銭を稼いで来ようって思ったんだろ? 落ち込んでいる暇あんのかよ」

「……ッ」


 気を取り直したのかフィーユは顔を上げて真面目に話を聞き始める。

 元気になったのなら嬉しいが、やっぱり小銭稼ぎが目的かよこの野郎。


「ところで、紹介の際に資格欄に勇者と書かれていたんですが……」


 勇者って資格なんだ。

 職業とか称号じゃないんだ……。


「はい、といっても武具屋の店長と王様に言われただけなんですけど」

「あぁ、そういう……」


 男性の眉間に皺が寄り、どこか怪しい雰囲気が担当者とフィーユの間を漂う。


「あ、でも、私は別にそう名乗ってませんから! なんか勝手にそう言われてるだけでして……。むしろ、迷惑……みたいな」


 さっき勇者として活動するって言ってたじゃん。

 というか勇者の扱いおかしくない?


「そう、ですか。正直、安心しました。いるんですよねぇ、落ちてた古い武器拾ってきたり、神の声が聞こえたとか病的なこと言って、勇者だと名乗る方。この前なんて、ちょっとそこいらの魔物倒してるだけなのに、HMBハイパーマルチブレイバーなんて肩書き名乗る人もいて。まぁ肩書きなんて好きにしてくれて良いんですけど、そういう非常識な方にはちょっとお仕事紹介しにくいんですよねぇ。あ、じゃあ資格欄から消しておきますね」


 勇者、資格ですらなかった。

 あと王様が言ってたって所、何の価値も評価もないのね。

 なんだこの世界。


「それではこれで本登録を行わせていただくとして、お仕事の方なんですけど」


 脇から数枚の紙を取り出し机の上に並べる。

 フィーユは背筋をピンと伸ばしたまま前かがみに端から順にそれを眺め、顔を上げる。


「もしよろしければなんですけど、もうちょっと報酬を頂ける仕事があれば良いなぁ、なんて」

「そうですか。このベビーシッターなんて初心者でお子さん好きならオススメなんですけどね、単価も高いですし。あとは、こちらの営業補助とか」


 アルバイトじゃねぇか、ほんとに派遣会社じゃねえか。

 ギルドってもう名乗らないでくれないかな。夢が壊れちゃうから。


「フィーユ、せめてもうちょっと冒険者っぽいのにしよう。今のところオーク討伐の実績なんてまるで関係ない仕事ばっかじゃねぇか! 冒険を、せめて冒険を頼む!!」


 聞いているのかいないのか、フィーユは報酬を気にしつつさらに他の仕事を提案させ、やがて一つの依頼書を手に取った。


「これ、良さそうですね」

「それは……狼男(ウェアウルフ)の案件ですね。報酬は良いですが、群れで山から下りて来てるらしく、頭数がはっきりわからないんですよ。それでも大丈夫ですか」


 狼男(ウェアウルフ)……!

 冒険者っぽい、定番モンスターっぽい!

 それにしよう、と言いかけたものの、狼男(ウェアウルフ)が何頭もいるというのは、さすがに危険ではないか、と思い直す。

 いくらオークを倒したとはいえ、か弱い少女ではある。たぶん。

 さすがにフィーユも依頼書を見つめたまま迷っている様子だった。


「うーん……頭数によっては逆にコスパが悪いなあ」


 金勘定していただけだった。


「ちなみにその案件は討伐が必須ではありませんので、何頭か倒して山に追い返してしまえば依頼は達成となります。狼男(ウェアウルフ)も多少の知性がありますから、痛い目見ればもうしばらくは山から下りては来ないでしょう」

「なるほど。わかりました、ではこれでお願いします!」


 受領書に署名して依頼書を預かる。その依頼書に達成の証として依頼人から署名を貰えば、依頼達成の証明となる。

 そんな説明を聞かされてから担当者に礼を言い、受付にあった無料の飴をこそこそっと片手いっぱいに貰ってフィーユはギルドを後にしたのだった。


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