第七匹:来るな変態!
なんとか俺が落ち着かせたフィーユを一瞥した王は、舌打ち交じりに家臣に指示を出し、さらに三人の男女を謁見の間に通させた。
「よく来た勇者よ。その証であるそなた等の武具を掲げよ」
並んだ四名の勇者がそれぞれの武器を掲げ、王の横に立った家臣がボロボロに傷んだ表紙の古い本を見て何やら確認をしている。
「どうやら間違いないようだな。武具を下ろすが良い」
家臣からの報告を聞いて、王は深く頷いて見せた。
「その昔魔を打ち滅ぼしたという聖槍を持つ勇者、ジャック・セワルド」
「おうっ!」
短い金髪の若い男が力強く槍を掲げる。
「その昔魔を打ち滅ぼしたという聖槍を持つ勇者、ジャナス・ハーカー」
「はい」
触覚みたいに伸びた口ひげを持つ男は、誇るように髭をひと撫でする。
「その昔魔を打ち滅ぼしたという聖槍を持つ勇者、ヘルシス・ヴァニング」
「はあい」
黒髪ツインテールの少女が退屈そうに返事をして欠伸をかみ殺している。
「その昔魔を打ち滅ぼしたという聖槍を持つ勇者、フィーユ・アルトゥリア」
「あ、はい」
再度仰々しく頷いて見せた王は立ち上がり、高らかに何か話し始めたが、そんなことより気になって仕方がないことがあった。
「なんで前口上が全部同じなんだよ!? 全部槍だし、せめて属性が違うとかないの!? なんなの!? この街は油断するとすぐにエンドレスエイトなの!? ダイバージェンス1パーセントの向こう側はどこなの!?」
「知りませんよ、そんなこと」
何かを喋っていた王がクワッと目を見開いてフィーユを睨む。
「なんだと!?」
「……え?」
何やら気まずい沈黙が流れる。どうも一触即発なピリピリした空気のようだ。
そういえば俺の声は他の人間に聞こえないんだった。
フィーユの返事を勘違いされたのだろう。
「ハッハッ!! 良いじゃねぇか」
ジャック・セワルドが高らかに笑い好戦的な笑みを浮かべる。
それを見てピンと来た。
ははーん、勘違いを加速する馬鹿だな、こいつ。
「だったら勝ったやつが決めるってことで良いだろ。 どうせやる前から分かりきってるけどな!」
フィーユに槍を向けたジャックだったが、それを阻止するかのように黒髪の少女が立ち塞がった。
「分かりきってるって? おもしろいこと言うじゃあん」
ヘルシス・ヴァニングは先ほどまでとは打ってかわって、愉快そうに槍をクルクルと回し構える。
はいもう一人、ややこしくする人追加ー。
「まったく無益な戦いに興味はありませんが、仕方ありませんね」
そう言いながらジョナス・ハーカーが口ひげを揺らしてフィーユの前に立つ。
いったい何が仕方ないのだろう。
「仕方ないなら仕方ないですね。不本意極まりないですが、あれですよ」
フィーユもよくわからないことをごにょごにょ言いながら槍を構えた。
「なんでお前まで乗るんだよ。わかってないのに乗っかろうとしなくていいんだよ!」
「仕方ないじゃないですか、なんかそういう空気だったんですから」
さっきから王様が、やめろだの、せめて闘技場か外でやれと叫んでるんだが、誰も聞いちゃいない。
理由もわからないまま、四人の勇者の戦いが始まんなくていいのに始まった――ッ!
▼▼▼
「いやあああああああ!!?」
謁見の間にフィーユの悲鳴がこだまする。
「来るな変態ぃぃぃ!!!! ちょっと蚊ーさん、なんとか、ひぃぃ!?」
フィーユの視線の先、床を滑るように這いつくばった体勢で高速移動するジョナスの姿があった。揺れる口ヒゲがまるで本当に触覚のように見えてくる。
しかしその嫌悪感を抱かせる動き以上に恐ろしいもの、それは。
「ほらほらほら、もう0.2秒スカートを押さえるのが遅かったらパンティが見えてしまっていましたよ!!」
「いやああああ!!? 蚊ーさんっ! 蚊さーん助けてくださいよぉ!」
「何を幼子のように母親に助けを求めているのですか? ふむ、しかしそれはそれでたまらない!!」
「ひいぃぃぃ!? きもいぃぃっ!!」
逃げ回るフィーユを、這いつくばったままの姿勢でジョナスが執拗に追い掛け回す。
まるで狩りを楽しむように口元を歪ませて、一気に距離を縮めたかと思うと。
「聖的一閃ッ!!」
技もおんなじかよ。
という呆れ気味な感想は置いておいて、下から突き上げるように放たれた斬撃が、フィーユの股下から駆け上る。
「くッ!?」
衝撃で顔を歪めながらも、必死にスカートを押さえたフィーユだったが、そのせいで体勢を崩してしまう。
「いつまでもスカート押さえてる場合か! パンツぐらい見せてやれ!!」
「いやあああああああ!! 絶対にやあああだあああ!! ぬぬぬ、聖的一閃ッ!!」
バランスを崩し倒れながらも、フィーユは斬撃を放ち、ジョナスに距離を取らせる。
そして斬撃を放った反動を利用して強引に体勢を立て直した。
「ふうむ、なかなかやりますね。この反天無断流免許皆伝の私の攻撃に耐えるとは」
カサカサっと音が聞こえるような動きで、ジョナスは地面を蠢く。
「しかし、私が魔術師であることをお忘れになってもらっては困る!!」
初耳だよ。
「精神感応魔法ッ!」
「うぅッ!?」
苦しそうに顔を歪め、フィーユが頭を押さえた。ふらふらと足元が覚束ない。
「どうした!? 今のはなんだ!!」
「なんだか、頭がふわふわして、集中できない……」
「フフッ、精神感応魔法は状態異常を引き起こす魔法の中でもほろ酔い気分にさせる魔法です。さぁ、捲くれ上がれスカート!!」
なんて恐ろしいやつだろう。
ローアングラーのくせに、酒に酔わせて隙を突く狡猾なチャラ男の属性まで合わせ持つなんて。
「フィーユ! しっかりしろ!」
「なんだか、気分が軽くなってきちゃいました……」
「ダメだ、そんな軽い気持ちで流されたら後で後悔するに決まってる! 平常心を保て!!」
「そんなこと、言われても……」
ほろ酔い気分のフィーユをじっくり鑑賞しながら、血走った目を丸くむき出しにしたジョナスが楽しむようにじわじわと這い寄って来る。
もう合意を取る時間もない。
「良いかフィーユ、口を利いてもらえないと困るから我慢してたが、今からお前の血を吸う。ただ食欲を満たすためじゃない、この危機を脱するためだ。その点だけ誤解しないでくれ」
「……ふぇ?」
俺は首筋へと上り、その白い肌に針を突き刺した。