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第六十四匹:勇者フィーユ・アルトゥリア。



 まだ信じられないのか、魔王は手で自分の顔を確かめる。


 尖った長い唇に触覚、そして大きな複眼。

 それを確認しても、それでも魔王は顔に手を這わせるのを止めない。

 信じられない、いや信じたくないのだ。


 そんな中、とうとうフィーユが堪え切れなかったのか噴出し、魔王は蚊の顔を上げる。


「え、なんですか? まともであるはずがない? どんなおふざけだ? 今さっきそう私に仰いましたよね。……そんな姿で!」

「お前、お前! ふざけるな、お前が、あの女と同じ血を持つお前が! 私を馬鹿にするのか!!」

「常識人ぶられても……あたな今、蚊人間ですよ? 頭だけとんでもないことになってますよ? うわあ、引くなあ。ちょーきもーい」


 自分が有利だと思うと、フィーユは強い。

 最悪な性格だと思って来たが、今ばかりは俺も同じ心境だ。


「だってさ魔王。ほら、良識を語ってみせろよ、蚊人間」


 フィーユと共に外から内から煽り続ける。

 黙りこんだ魔王が、全身を怒りで震わせながら強引に動こうとし始めた。

 今この身体は魔王と俺で支配権を奪い合っている。

 だがどうやら競り合うと僅かに俺が負けるようだ。

 あまり時間はない。


「ふざけるなあああああッ! 私は認めない。お前らなんぞと一緒になってたまるか! こんな無秩序な世界、こんな野蛮な無法者どもを放置しておいて良いはずがない!! 貴様も同じ世界から来たのなら、わかるだろ!!」

「ああ、わかるよ。でもさ、この世界に来た時点でわけのわからない存在にされてたからなのか、フィーユの言い分もわかる気もするんだ」

「好き勝手にやるだけの蛮族が正解だと言うのか!?」

「まあ……蛮族っていうかあいつは魔郷の少数民族なんだけどさ、そりゃあ俺もずっと頭を抱えてきたよ。フィーユだけじゃない、この世界のやつ全て。誰も彼もわけがわからない。でもフィーユの話を聞いてわかった。結局単純なだけなんだよ。馬鹿って呼んじゃえるくらいに」

「だったらなおさらダメだろう。私はそれを正したいのだ! なぜそこまで理解してお前はあんなものに協力する!? お前が思い描いたような場所ではなかったはずだ。元の世界よりも理不尽で無茶苦茶な世界だったはずだ。それをお前は良しとするのか!!」


 魔王の言葉は正しい。

 だけどそれは、フィーユの言う通り俺たち側の正しさでしかない。

 それに、クソゲーでも本気でずっとやり続けていれば、愛するクソゲーになることだってあるのだ。


 このクソゲー世界にもそこで生きている奴らがいて、部外者の俺たちとはまったく違う価値観で生活していて、部外者が理想と違ったからって癇癪を起こす事はそれこそ無茶苦茶な話なのだ。


 だから、俺は魔王に言ってやる。


「魔王って、理想を相手に押し付けてばっかりで、もてなさそうだよね」


 魔王が獣のような叫びを上げる。

 図星だったんだろうか。それとももはや俺も話ができない相手だと判断したのだろうか。

 じりじりと手足が動き、俺の制御下から抜け出そうとしている。

 いよいよだ。


「フィーユ……。いや勇者、さあ仕事だ」

「はいっ。……あ、でも、これどうすれば良いんですか? このまま攻撃して大丈夫なんですか?」


 フィーユに伝えたのはここまでだった。

 魔王は攻撃を受けると自動的に霧と変わる。

 魔王の目を塞ぎに纏わりついた時、一部の俺が霧と化してそれに混ざりどうやら魔王と一体化したらしい。

 魔王の目が妙にぎらついて見えるのは、そのせいで目が複眼になりつつあったからだ。

 だから今度は全ての俺が魔王との一体化を試み、成功したならばその身体を制御する。

 そこで、止めを刺せ。


 それが伝えたことの全て。フィーユがやるべきことの全てだ。

 合体することで魔王のしていた小細工も把握した。

 あの攻撃の瞬間、奴は変身能力を応用し、身体中から集めた筋肉で心臓を防御して霧化する僅かな時間を稼いでいた。

 それはほんの刹那だが、先に霧になってしまえば槍の攻撃は無効化できる。

 唯一の弱点を能力で克服するなんて、定番のボスキャラなら切腹ものの恥ずべき行為だ。


「俺がなんとかするから問題ない。構わないから、やってくれ」

「構わないって、……え?」


 一体化した上で心臓を貫かれるなら、俺も滅びることになるだろう。

 なにせ幼女神に心臓を弱点としてくれと言ったのは俺なんだから。

 別の弱点にしておけば良かったと思わないでもないが、こんな展開も悪くはないだろ。

 そう魔王にも問いかけてみたが、俺から制御を奪おうとうめき声を上げるばかりで返答はもらえなかった。


「何を言ってるんですか、蚊ーさん!? そんなの。ダメですよ!」

「やってくれ。俺の仕事は勇者のサポートだ。だったらこれで正解だろ」

「そんなサポート頼んでないですよ! 自己犠牲だなんて、格好つけすぎじゃないですか!? そんなのイヤですよ!」


 フィーユの瞳が涙で潤む。

 蚊相手に何を言っているんだと、他人事のようにおかしく思いつつ嬉しくも思う。


「よく考えたら、普通しゃべる蚊の相手なんてしたくないし、信用なんてできるわけもないよなあ。……でもお前は、自分の利益になりそうだと思った途端に俺と話すようになった」

「だから、それは……謝っても良いですけど、謝ったらやめてくれるんですか!?」

「違う、そうじゃないんだ。お前は最初からはっきりしてたんだよ。自分のやりたいことをやる。それはもうほんとろくでもなくて、理不尽でひどかったけど、でもお前は先入観や偏見で周りを見ていなかった。いくら多少利益がありそうだなんて思っても、普通喋る蚊の相手なんて気持ち悪くてしようと思わないぜ? 魔物と取引して関係を持とうだなんて思わないぜ? 俺は、今は勇者がお前であってくれて良かったと思ってるよ。無茶苦茶やってるように見えて、それはユーコと一緒に幸せに暮らすためだったし。お前は、実は良いやつだった」

「何を今さら……。当たり前じゃないですか! いくら誉めたって、ここで勝手にさよならだなんてあんまりですよ! いいかげんにしてくださいよ!!」


 とうとう溢れ出した涙がフィーユの頬を伝う。

 聖槍が抜け落ちそうなほど、それを握る手がわなないている。

 それでも、やらなくちゃいけない。

 やってもらわなくちゃいけないんだ。


「フィーユ、俺がこの世界でやりたいのは、勇者であるお前のサポートだ。押し付けられたものだったけど、ひっどい世界だったけど、お前が勇者だったから、今はそれが俺の願いだと言えるんだ。だからお願いだ」

「蚊ーさん……――ッ!」

 

 魔王が無理やり腕を振り上げ、即座にフィーユは身構える。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなああああ! こんな異世界、こんな茶番、誰がこんなものを認めるかああああッ!!!!」


 振り上げた腕が止まったのを見て、フィーユは手早く涙を拭い、気迫のこもった目で魔王を睨みながら再度聖槍を構えた。

 それは、これまでにないほど勇者らしい勇者の姿だった。


「……魔王ナイト・クロウ、この私、勇者フィーユ・アルトゥリア、そして、天からの使いである蚊ーさんが、今この時を持って、あなたを……滅ぼしますッ!」


 魔王の最後のあがきを押しとめながら、しっかりとこの目でフィーユを捉える。

 終わり良ければ全て良し。

 それで良い。

 これで良かったのだ。


聖的一閃(ルサイド・スラッシュ)――ッ!!!!」


 その一撃が、魔王の、そして俺の胸を捉える。


 自動で霧と化すこの身体も、今や俺の支配下にある。

 元々自分で操作していたからか、動きを止めるよりも霧化を止めるのは容易かった。


 胸を貫き、刃が心臓に達する。

 魔王の怒りと嘆きと後悔が身体中を暴れ回り、俺は知った。

 調子に乗って好き放題やって、唯一まともだった魔王をその手で倒してしまった。

 だからこその同属嫌悪。


 なにが世界秩序教会だ。

 異世界に来て開放的になっちゃって失敗したのを、なんとか取り繕おうとしてきただけじゃないか。

 そんな奴が、呆れるほど素直に私利私欲のままに生きている奴に敵うわけがない。


 やがて意識が内側から崩れるように失われていき、魔王の意識が消えて行く。

 最後の最後まで、俺は勇者から視線を外さず見届けた。

 これでもう、悔いはない。


「ありがとう、勇者」


 声にならない声でそう言うと共に、俺の意識は完全に崩れ去ったのだった。





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