第六十二匹:聖槍。
「動きは良いが、いくらやっても同じこと」
荒く息を吐くユーコが飛び退こうとするが既に遅い。
突如実体化した腕に脚を掴まれ、バランスを崩して転倒。
すぐさま体勢を整えようとするが、音もなく姿を現した魔王がその小さな体を踏みつけた。
「これで終わりだ」
懸命に小さな身体をよじるユーコをうんざりしたような目で見ていた魔王が、寸前で気付き顔を上げたが、
「それは――」
蒸気が噴出すようにその身体が四散する。
「――あなたがですか?」
最大限まで吸血鬼化したフィーユの速度と一撃の威力は絶大だった。
しかしそれでも、魔王にダメージが通っている様子はない。
フィーユの言う通り卑怯すぎるだろう、これ。
「ふん、確かにお遊びにも飽きた。それなら少し本気を出してやってもいいだろう」
「別に出してくれなくても良いですよ。そのままやられてくれれば、こちらとしてはありがたいですし?」
軽口を叩くがフィーユは油断なく態勢を低くし槍を構える。
ちらりとユーコの無事を確認して、今度は自分の番だとばかりにユーコに背を向けた。
「ユーコ、あなたにお願いがあります。遊び呆けてるもう一人の勇者を呼んで来てください」
「……わかりました。どうかご無事で、姉様」
剣を支えに立ち上がり駆け出したユーコの邪魔をされぬよう、フィーユは一気に距離を詰めて魔王に斬撃を放つ。
「聖的一閃ッ!!」
魔王の身体を飲み込むほどの斬撃がその身体を散り散りに裂くが、裂いたそばから霧と変わり、
「しまっ……ッ!?」
漂う霧の一つから生えた手が、フィーユののど元を掴む。
すぐさま穂先で貫きその手を取ろうとするが、触れた部分だけが霧になるばかりで効果がない。
「刺せ!」
俺の一声で蚊の群れが隙間なくその手に張り付き針を刺す。
血は吸わない、唾液も流さない。ただ針を刺すだけなら、魔王を強化する恐れもない。
そんな俺の精一杯の援護を前にして、フィーユが短い悲鳴を上げながらこれでもかという程に顔をしかめた。
「目の前が気持ち悪いッ!!」
槍の一突きがもぞもぞと動く黒い塊を貫き吹き飛ばす。
ぱらぱらと蚊の断片が散る中で、魔王の手が霧となり本体へと戻っていく。
その時確かに俺は見た。ほんの僅かであるが、魔王が顔を歪ませたのを。
「フィーユ、見たか……?」
「見ましたよ! 見ちゃいましたよ! なんてもの見せてくれるんですか!!」
「そっちじゃねえよ」と言っている間に足元から再生を終えた俺達が浮かび上がる。
ケホケホと咳き込みながら、鬱陶しそうにそれらを手で払いながらフィーユが小首を傾げた。
「さっきのショッキング映像ではなく、ですか?」
「ああ、今少しだけど、ダメージが通った気がしたんだが……」
「そうなんですか? とてもそうは見えないですけど。そもそも霧になって逃げられるうえに不死身なんですよね? 一体こんなものをどうやって倒せばいいんでしょうか」
言葉こそ弱気ではあるものの、しっかりと槍を握り視線を敵に向けたままな辺り、今回ばかりはやる気はあるようだ。
吸血鬼化での万能感によるものもあるだろうが、今度こそフィーユが勇者してるんだから、俺もしっかりしなければいけない。
後でどや顔で役に立たなかったなんて言われるのは、まっぴらごめんだ。
「確かにな」
それでも一度は倒しているのだから、何かあるはずだ。
役に立たない巨大幼女経営本部神が肝心なところを話さなかったせいでわからないけど。
魔王は以前に倒された際の話で奇襲を受けたと言っていた。
しかし不意をついての攻撃をしたが、それも効果があったようには見えない。
心臓を正確に狙わなければいけないのはもちろんだが、霧と化して避けられるのでは討ちようがない。
しかもだ。
「たぶん俺と違って自動で霧になっていやがる。俺は自分の意思で霧にならないといけないから、不意をつかれるともろに攻撃を食らうってのに」
「羨ましがってる場合ですか。でもそれじゃあ、いくら攻撃しても当たらないんじゃないですか」
「そうだ、霧に刃が立つわけもない。それは俺がよく知ってる……。けど、ちょっと待て」
霧を斬ろうとしたところで、刃の側面を流れるばかり。
避ける必要もなく、勝手に空気が流れそれに身を任せるだけで回避できる。
それを俺は蚊として体験してきた。
槍だろうと手で叩かれる時だろうと、表面を流れる空気の流れがある。
それに乗りさえすれば、回避することが容易いと気づいたのはいつだったか。
そんな俺が、それが通用せず切り刻まれたのは……。
「……聖的槍突だ」
「え、あれは私の使える中でも一番攻撃力ないと思いますよ? そんなものが利くんですか?」
可能性はある。
あの技だけは空気の揺らぎもなく気づいたら刃が身体に刺さっていた。
ただ蚊には効果絶大でも、魔王にどれだけ効果があるのか。
それでもやってみるしかないと俺とフィーユの意見は一致した。
倒れるようにして前傾姿勢となったフィーユが一気に駆け出し、一瞬で距離を詰めて攻撃を仕掛ける。
「聖的槍突ッ!!!!」
吸血鬼化の影響で繰り出す速度が極限にまで上がり、数え切れない程の攻撃が一挙に繰り出される。
やはり白い霧と化す魔王だったが、「チッ」と短い舌打ちと共に半分だけの顔をしかめた。
やはり――、と思ったのもつかの間、散った霧がフィーユの懐に集まり、実体化した脚が腹部を蹴り上げる。
「くっ、あ――ッ!?」
寸前、後方に飛んだものの間に合わず、そのまま空中に飛ばされ、なんとか態勢を整えようと身をよじった瞬間に迎撃するかのように構えている魔王を見つける。
「あれ、やばっ!?」
あわてて槍を繰り出そうとするが間に合わない。
しかし魔王が攻撃を繰り出そうと動き出した瞬間、さらにその足元には小さな人影。
「エクスランジュッ!!」
駆けつけたユーコが魔王に剣を振るが、
「遊びは終わったと言っただろ」
顔色一つ変えないままの魔王に、剣先を片手で掴まれそのまま蹴り飛ばされる。
「ユーコ!?」
その隙に着地したフィーユが駆け寄るが、ユーコは自分の怪我など気にもしない様子でフィーユに報告した。
「姉様、勇者を連れてきました!」
時同じくして、魔王の背後に立つ者に全員が気づいた。
聖槍を持ったそれは、振り向いた魔王に誇るように白い歯を見せる。
「これでお前も終わりだ、魔王。このジャック・セワ――るぶええぇぇぇ――ッ!?」
魔王の回し蹴りがクリティカルヒット。
久々登場のかませ犬君はカランと音を上げて転がる槍だけ残して吹き飛んでいった。
「なんか知らない人が!!」
「いや、知ってはいるはずだけどどうでもいい……それより来た! 避けろ!!」
ジャックなんとか君と入れ替わるように、口元を歪ませたヘルシスが彗星のように庭へ落下。
魔王どころか俺達も全員吹き飛ばれ、爆風にされるがままに無残に転がる。
土煙の中に立ち上がったヘルシスは、そのまま魔王と戦闘を開始し、火砲でも撃っているような音と衝撃が怒涛のように周囲を襲う。
「ユーコ、大丈夫ですか」
「大丈夫です。懐に入れておいた下着が身代わりになってくれました」
「蚊ーさん、ユーコが頭を打っておかしなことを!!」
「諦めて安心しろ、お前の妹は無事だ」
そんな姉妹のミニコントを余所に戦況を見守るが、やはり状況は変わらない。
吸血鬼化もしていないのに豪腕と俊敏さとでヘルシスが魔王を圧倒している、ように見えるが、まったくダメージが通っていない。
ただ煙をでたらめに払っていると同じ、攻撃してくる暇を与えない連撃だが、それでは体力がただ減るばかり。
「そ、それより、聖的槍突もダメだったみたいですね。一体どうすれば……」
「いや、あの状況じゃ見えなかっただろうけど、当たりだフィーユ。まずあいつは攻撃の瞬間身をよじって胸を守ろうとした。さらに霧に変わる寸前、一瞬だけど確かに傷がついているのが見えた。あの程度じゃすぐに治癒してるだろうけどな」
「じゃあ魔王に勝てるってことなんですか?」
そうだ、と言いたいが、断言できない。むしろ否定せざるを得ないか。
吸血鬼化したフィーユの全力だったはずなのに、あまりにも傷が浅い。並みの魔物になら十分過ぎる攻撃のはずだが、俺と同じく治癒能力を持ちさらには深手になる前に霧となり回避できる奴には効果が薄い。
そして技の特性としても瞬間的に繰り出す連撃であるため、一発一発はどうしても浅くなってしまう。
少しずれただけで、やつの心臓には届かない。あちらが意識的に胸を守ろうとしているならなおさらだ。
「ユーコ、今度こそあなたは下がっていてください。これは、勇者の仕事です」
「勇者でなくとも、私は下着の樹の下の集いで選ばれた純白騎士です。ならば私にとっても仕事です。姉様」
「誰ですか、人の妹をそんなものに選出したのは……」
フィーユの嘆きを無視して、ユーコは小さなその手に握られた剣を見ながら悔しさを顔に滲ませる。
「しかし、私のこの剣は元々衣服を、なにより下着を両断する剣。確かに私では決定打に欠けます……」
「ずっとそんな剣で戦ってたのかお前は」
「でしたらやはり下がっていてください、ユーコ。大丈夫、ここはお姉ちゃんたちでなんとかします」
正直魔王が裸になる様なんて見たくないし、そのほうが良いかもしれない。
というか、食らってた魔王も驚いたろうな。
……あれ、もしかして今、魔王ノーパンツ?
「その剣が使えないなら、これ使えば良いんじゃないかしら?」
スッと脇から差し出されたのは、フィーユの持つ物と同じ聖槍。
その先を辿れば、どこか不満そうな顔のミーナが立っていた。
「ミーナさん、そちらは……終わったんですか」
「それがねえ、異様に頑強で手ごわかったんだけど、あと少しで倒せると思ったところで変な小芝居始めちゃって……。ヘルシスは飽きて勝手に行っちゃうし、私様もなんか馬鹿らしくなってこっち来たのよ」
「ち、ちなみにですが、どんな小芝居を……?」
「なんか、俺にまかせて先に行けとか、私にまかせて先に行けとか、交互にやってたと思ったら、あの技をやるしかないだとか、でもあの技は一度も成功していないだとか……。ちょっと期待して私様が待ってあげてるのに、言ってるだけで何にもして来ないのよ!」
「姉様、まさかその技は、村に伝わる……」
「ユーコ、ちょっとお口チャックでお願いします」
強制的にフィーユに口を塞がれその技を明かせないユーコだったが、その手にはしっかりと聖槍が握られている。
フィーユが止めたところでやるつもりのようだ、と考えて気がついた。
聖槍が四本ある意味。あの幼女神の考えることがそれほど難しいことのはずがない。
「フィーユ、お前には悪いがユーコにも協力してもらった方が良いかもしれない」
「蚊ーさんまで何を言うんですか!」
「人手がいるんだ。槍が四本ある理由、それがわかった。つまり……数打ちゃ当たる作戦だ!」
「……」
無言だった。
これほどまでにない程、虫けらを見るような目で見られた。
まあ、蚊なんですけど。




