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第六十一匹:最後の戦い。


 話している途中から、妙な音が外でしているのには気づいていた。

 表に出て見ればその理由は単純だ。また、建物が空に打ち上げられて爆発しているのだ。


「まったく……ッ! 申し訳ありません、あの二人には余計なことをするなと言い含めておいたのですが」

「いえ、もしかするとうちのアロサウルスが先に仕掛けたのかもしれませんし、お気になさらず」


 そんな会話を俺たちがしている後ろでは、姉妹がすっかり戦闘体勢に入っている。


「ナイト・クロウ様……いえ、ナイト・クロウ。あなたではないといえ、同じ名の神を私は信仰していた。だが今は違う。私は真理を知りました。故に、姉と共にあなたに立ち向かいましょう!」


 どこから持ってきたのか、白銀の鎧を身につけたユーコが美しい装飾の施された剣を抜く。姉よりも勇者らしい格好しているが、ノーパンの聖下着騎士の出番なんて来なくて良い。

 あと真理も何も本当の神がこの間来てました。

 誰も信じてないかもしれないけど。


「いえ、ユーコ。あなたは下がっていて下さい。これは勇者の務めです。もし私に何かあっても、強く生きて幸せになってくださいね……」

「姉様!」

「ユーコ!」

「なにやってんの? お前らは」


 そんなクライマックスなシーンを今更入れられても困る。そもそも始まった覚えもない。


「なにって……勇者やってるんですよ! 何ですかその呆れた声は、誉めて下さいよ!」

「勇者? ああ勇者、そう。ちなみに、なんで今になって?」

「勇者、魔王、倒す」

「なんでカタコトなの? すっごく馬鹿っぽいからやめて。話しを聞いたよね? なんでそんな結論になったの」

「いやあ……長くてよくわかりませんでした」


 嘘だろお前!?


「とは、言いませんけどね」

「ほんとに嘘かよ!! マジっぽいからやめろ!」

「失礼な。マジなわけないでしょう? まったく」


 くるんっと槍を回しながら、フィーユが軽い足取りでやって来る。

 促されるままに肩に乗ると、なぜかドヤ顔で内藤を指差した。


「ずばりお聞きしますが、あなたは今幸せですか」

「……幸せ? 質問の意図がわかりかねますが」

「その返答で十分です。あなたは幸せではないんですよ」


 俺も意図が掴めず問おうとするがフィーユに指をかざされ制される。


「あなたが幸せでないのに、あなたは誰を幸せにできるというんですか? 良識がどうこうと仰ってましたけど、それさえあれば良いということですか? あればいいとは思いますけど、それは何より優先されるべきものなんですか?」

「当たり前です。良識ある人々による秩序ある世界。こんなろくでもない世界であって良いはずがない。どいつもこいつも私利私欲ばかりで訳がわからない。そんなものが幸せだとでも?」

「そーです。まずは自分が幸せになろうとして何が悪いんですか? その上でそれを独り占めする者もいれば、誰かに分け与える者もいるでしょう。私だってそうです。色々やってお金を貯めていたのは、妹と一緒に街で暮らす為でした。勇者だなんて言われてお城へ行ったのも、冒険者として依頼を受けたのも、全てその為です。正義や義務なんかじゃあ、妹と幸せになることなんてできない。でもそれは妹の為であって妹の為ではありません。私は、自分の願いの為にずっと生きてきたんです」


「だからといえ、卑怯な手で誰かを陥れて良いとでも言うのか?」

「良くはないでしょう。でもそれも、他の誰かを助けたいが為であったかもしれません。誰だって他人より親しい者が大事ですから」

「しかし最低限のルールがあるだろ?」

「なんていうか、蚊ーさんもそうでしたけど、妙に理想が高いというか……理想を押し付けて来られますよね? この世界にはこの世界のルールがあります。どこかから来られていきなりそれがおかしいと言われても困るんです。良識? お約束? 定番? 知ったこっちゃないっていうんですよ! みんな命を懸けて本気で今を生きているんですよ!  それがご自分のルールと合わないからって、それが理解できないからって、おかしいとか言うほうがおかしいんですッ!!」

「……ふっ、なるほど。ふふっ、はははっ」

「それに、卑怯な手を使って良いのかとか最低限のルールとか仰いますけど、交渉を諦めて力ずくでこの世界を変えようとしている時点で、あなたは矛盾してるんですよ。自分に嘘をついて生きているから、自分に正直でないから、そんなことになるんです」


 俺が言葉を失くす一方で、内藤は信じられない者を見るような目をして高笑いし始める。

 反応は違えど、気持ちはおそらく一緒だろう。


 お前ら、そんな信念なんて持ってたのかよ。


 正直なところぐうの音も出なかった。人間も魔物も自由奔放で、俺にはおかしいとしか言えない掟や生態、趣味があって、それらがぶつかり合ったり噛み合わなかったり……。

 私利私欲のままに行動して、失敗して、責任転嫁したり逃げたりして、どう考えても俺には常識のない無秩序な世界としか見えない。

 でも。


「なあフィーユ」

「なんですか、蚊ーさん」

「お前は今、幸せなのか」

「ああ、妹は変な宗教にはまっちゃうし、ちょっと期待してたのに蚊ーさんはいつまでも人間の姿にならないし、どころかうじゃうじゃ増えるし、お金はなくなっちゃうし、両親はしれっと魔王の手下になってるし、魔王の話は長いし……。散々です」


 そう言いながら軽く目を瞑り、瞼の裏に何を見ているのか、満足そうに笑みを浮かべる。


「でも、幸せですよ? あなたがいて、妹がいて、皆さんがいる。上手くいかないことばかりだけど、それでも得た大事なものもある。だからどんな状況になろうとも、私はこれからもずっと私のままです」

「そうか……。なあ魔王」

「……ええ、そんなことを言われては、こちらもやるしかない。まさかそんな考えを持っていたとは思いませんでした。そして、それを聞けばやはり話し合いなどもはや不可能だとわかります。せめて勇者に対する敬意を持って、魔王らしく、その信念ごと砕き最後の一滴までその血を吸い尽くしてあげましょう!! 無法者どもッ!!」


 内藤、もとい、魔王の黒いスーツが影のように揺れたかと思えば、すぐさま黒い鎧と外套へと変わる。

 その髪は乱れ伸びた黒い髪がゆらゆらと宙を漂い、先ほどまでの温厚そうな表情は一変。鋭い眼で睨みつけながらも口元には不適な笑みを湛えていた。

 魔王らしい魔王の姿。 

 やっぱ良いやつだ、こいつ。

 胸の内で魔王に礼を言いつつ、俺はフィーユの首筋で準備を終える。


「ああもう、仕方ない。それじゃあいくぞ、フィーユ。勇者らしく魔王討伐だ!!」

「はい!」


 最後の戦いが、屋敷の庭で開始された……!







 霧となった魔王が一点に収縮し元の姿を取り戻す。


「いくらやったとて同じこと。この身に傷一つつけられん」

「それは卑怯すぎませんかねえッ!?」

「ダメだ、フィーユ! いったん距離を取れ!」


 聖槍で攻撃しようにも、当たったそばから霧と変わり、まったく効果がない。ただ体力を消耗するばかりだ。

 しかも、こちらは捕まればそれで終わり。血を魔王に吸われれば、騒動の際の暴徒のように意思を奪われてしまうだろう。

 俺ならそれを治すことはできるが、そんなことをしている間に止めを刺されておしまいだ。


「蚊ーさん、前みたいにいっせいに群がってカラッカラにするとかできないんですか!」

「やってもいいけど利く気がしない。やれたとしても、空っぽにする前に吸血鬼化効果でさらにパワーアップするかもしれないぞ」

「うげ、それはまずいですね……。でも私の技も全て効果がないんじゃあ、やり様がないですよ?」


 ゆらりと陽炎のように揺らめきながら魔王が距離を縮める。その度に後方に下がるが、もう後がない。


「あれだけ見得を切っておいてその程度か? この程度のお遊びしかできぬと言うなら適材がいる。さあ出よ! そして獲物を食らい尽くせ!」


 翻る外套の端が千切れて地に落ち、そして次の瞬間黒い獣が地面より這い上がる。

 

「くそっ! 俺がやりたかったやつじゃねえか、羨ましい!!」

「言ってる場合ですか……。というかアレ、ブラックドッグ! まさか魔王がつかわせてていたとは!」

「ああ、違う。そうじゃないんだ、フィーユ。……出番だ! 来い、ケルベロス!!」


 屋敷から漏れ出るように出てきた蚊の群れが、喧嘩するように言い合いへし合いしながらも密集し、対抗するように獣の姿を作り上げる。

 俺が、俺たちが元々やりたかったことを、諦めきれずになんとかしようとし続けた結果だ。


「合体……して犬になったんですか? なんか首二つが宙に浮いているんですけど」

「うん。合体っていうか、ケルベロスの形に蚊が群れてるだけだから、動くとすぐにバランス崩れちゃうの……」

「それでも、闘えたりはするんですよね……?」

「うん。……動くと崩れるから、無理だね」

「意味なああああいッ!!」


 練習したから見せたかったの。ただそれだけ。


「良いだろ!? お前言ったろ、好き勝手やるのがこの世界の常識なんだろ!」

「だからって時と場合を考えてくださいよ!! って、来てる来てる! なんかあっち数増えてる!!」

「おい俺たち! なんとかしてくれ!」

「無理。動くと崩れちゃう」

「俺、使えねええええええッ!」

「エクス――」


 声に振り向けば、離れたところに避難させていたはずのユーコが、迫り来る獣に剣を振り上げている。


「――ランジュッ!!」


 振り下ろした剣から放たれた光の斬撃が、襲い掛かる獣を引き裂くように散らす。

 そのまま魔王に視線を向けたまま剣を鞘に収め、ユーコは顔を向けずにフィーユに言う。


「姉様、足止め程度なら私がします。しかし、情けないですが長くは持ちそうにありません」

「ダメです、ユーコ! 言ったでしょ、これは勇者の仕事なんです。聖下着騎士なんてお呼びじゃないんですよ! だから、お願いだからあなたは逃げてください」

「姉様、さっきの言葉、感動しました。姉様はとっくに真理に辿り着いていたのですね。人は下着の実の樹から下着を取ったことで、恥を覚え、そして善悪、正しさを覚えました。全てがそこから始まり、豊かさと貧しさ、強さと弱さ、賢さと愚かさ、全てが相対的に語られ、それに囚われ、そして差別や羨望が生まれ、人々は互いに疑心暗鬼に陥り争うようになってしまった。でも本来人はもっと純粋で自由なものです。姉様の言うように、ただ今を本気で生きるだけで良い。だから姉様、私は私のしたいようにやります。私の為に」

「ユーコ……」

「お姉をお姉に持ってうちは幸せもんだべや。うちもお姉の妹として、恥ずかしくないように生きんべ!」


 駆け出すユーコをもうフィーユは止めない。

 ギュッと拳を握り、こぼれそうな涙を乱暴に拭う。


「あなたも最高の妹だべ! お姉が強いってとこ見せてやっからな!」


 背中越しにでもユーコがうれしそうに笑っているのがわかる。

 小さな背中を見送りながら、フィーユは迷いを飛ばすように聖槍をくるりと振り覚悟を決めた。


「蚊ーさん、限界まで私の血を吸ってください」


 俺ももう言うことはない。

 合図を出すと、屋敷の至るところから待機していた俺の群れが飛び出す。

 空を覆う黒い幕となった蚊の大群は、甲高い音を上げてフィーユを取り囲み、やがて真っ黒な竜巻となった。


「あれでもこの前は加減してたんだ。でも、今度は手加減なしでいいな……?」


 その言葉に、フィーユは軽く笑って返す。


「……いや、やっぱりやめておきま、ぎゃあああああああああッ!!」


 フィーユは断末魔の叫びを上げながら、俺に飲み込まれた。








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