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第六十匹:悪いのはこの世界。


 ほどなくしてその日はやって来た。

 門番からの知らせを受け、俺たちは屋敷の玄関にてその時を待つ。

 

「姉様、お土産のパンツはこれでいいでしょうか」

「私にくれないのになんで魔王にパンツを渡そうとしているんですか」

「恥ずかしいから、やめてくれない? 二人とも」


 いつもながら二人に辟易している所で、扉がノックされる。

 

「失礼致します」


 入ってきたのは、黒いスーツを着込んだ人の良さそうな中年の男だった。

 その後ろで岩石のような身体をしたお供の男女がニヤニヤと覗き込んでいる。

 一瞬、フィーユがビクリと肩を跳ねさせた。


「私、世界秩序教会代表の内藤勘九朗と申します。本日はお時間頂きましてありがとうございます。これはつまらないものですが、どうぞお納め下さい」


 菓子折りを受け取って招き入れる。

 扉の外から覗いていた二人がそれを見て、


「魔王様、それでは俺たちは人間共を蹂躙してまいります!」


 さわやかに侵略宣言をする、が。


「恥ずかしいことはするなと言っているだろう!」


 振り向いた魔王に睨まれ、口をつぐんだ。

 ほんの僅かだが疲れた顔をした魔王を見て、共感を禁じ得ない。

 ……というか。


「なんか今、扉を閉める時に外の二人が手を振ってたんだけど……?」

「さ、さあ、なんででしょうねえっ?」

「姉様、元気そうで良かったですね。父様も母様も」

「……やっぱり魔物側にいたよ!!」


 しかも二人とも魔王の御付きの者かよ。

 俺も魔王も、アストゥリア家に振り回されてんのか。共感度がさらに上がってしまった。


「粗茶ですが」


 お茶ではなくパンツを出そうとしたユーコをバツ印で止めつつ会議は始まる。

 まず、先手を切ったのは魔王だ。


「このたびは誠に申し訳ございませんでした。会員の不始末、弁解の言葉もありません」

「……まったく御宅の教育はどうなってるんですか! 哀れに思って入れて差し上げたそちらの元国王は街の侵略を企むし、変態はいるし、妹は変になるし、街は壊されるし!! なんか蚊はうじゃうじゃ増えてるし!!」


 フィーユはここぞとばかりにクレームを叩きつける。

 ちなみに、お前の妹は最初から変だ。そして街の大半を壊したのはお前の仲間だ。

 最後は……やっぱり怒ってたのね。

 ユーコの変貌のおかげでうやむやになったと思ったんだが、忘れてはくれてなかったようだ。


「申し訳ございません。仰る通り、私共の不足の致すところでございます。だからお詫びをこめて、というわけではありませんが、賠償金としてこのぐらいお渡ししたいと存じますが、いかがでしょうか。もちろん代表であったフィーユ様へも慰謝料として同額お渡ししたいと考えております」


 急にフィーユがおとなしくなった。

 背もたれに身体を預けながら、ゆっくりと眉間に指をあてがう。


「まぁ、終わったことをいつまで言ってても始まりません。建築的なトーキングをしていかなければいけませんよね。明日に向けて」

「お前、自分で何言ってんのかわかってんのか。守銭奴が」


 提示された額は街の成長でフィーユが見込んでいた額をさらに凌ぐ。

 それだけで全てを許してしまったようだ。

 そんな様子を見て、それを嗜めたのはユーコだった。


「姉様、お金に目を眩ませて真実を見逃してはなりません。所詮お金は生きていく為の道具であり、人生を捧げるものではありません。……失礼ですが、魔王、あなたはどんなパンツを履い……うみゃああああああああッ!?」

 

 霧となりバツ印でユーコに仕置きする。

 なんで途中まで合ってんのに、最後の回答が明後日の方向なんだか。

 なんの真実を聞こうとしてんだよ。聞きたくねぇよ。


「お前ら二人黙ってろ!」


 振り返れば、魔王の視線が俺へと向けられている。

 目が合ったと思った瞬間に、魔王はニコリと微笑んだ。


「聞こえてはいるんだな」

「ええ。さすがに魔物の中にも蚊のお姿をしている者はおりませんが、驚くほどのことでもありません。この世界では」


 この世界では。その一言には、苦労が滲み出ているような気がした。


「あんたも苦労して来たんだろうな。こんな世界に送られて」

「……ほう、あのクソガ、あれからお聞きになったようですね」

「気を使わず言ってくれて良いよ。聞いたどころか、俺もあの神を名乗るクソガキに送り込まれたんだから。内藤さん」

「……送り、込まれた……ッ!」


 目頭を押さえ俯いた内藤は、しばらく黙り込んでから搾り出すような声でつぶやく。


「ご苦労、なさったんでしょうね……」

「あぁ、あんたもな」


 もう友情が芽生えちゃいそうだ。


「でも、俺たちは聞かなくちゃならない。今日会ったのは、全てを聞くためだ。あのロリ店長神の言う脚色された話じゃなくて、ありのままの話を」


 フィーユが「そうだったのか」という驚きを持ってこちらを見ている。

 よし、無視しよう。


「わかりました。お聞き下さるというのなら、お話ししましょう。全ての始まりを、そして私が何を成さんとしているかを……」







 この世界でいうところの数百年前、元の世界で病に冒され命を落とした内藤勘九朗は、幼女神によってこの世界へと派遣された。

 生前良識的に生きてきた彼は、特別な能力を与えるという提案に対し、今までできなかった生き方がしたいと映画で見た吸血鬼をモデルに能力を貰い受けてこの世界に降り立った。

 内藤勘九朗あらため、ナイト・クロウとして。


「結構、攻めたな……」

「若気の至り、というものでした……」


 名前はさておき、ナイト・クロウ……こと内藤は、その能力で人類を侵略していた魔物を討伐。仲間も引き連れずたった一人で世界を救おうと旅を続けた。

 そして、遂に内藤は当時の魔王を打ち倒し、世界を救ったのだという。

 それがなぜ、こうなってしまったのか。

 そのきっかけとなったものは、魔王討伐直後に見つけたものだったという。


「お恥ずかしながら、私はどうかしていたのです。ほら海外へ行くと開放的になったり、車を運転する時だけ性格が傲慢になったりするでしょう。誰も私を知る者のいない異世界で、誰よりも強い能力を持った。その結果、私はきちんと考えるということを失念してしまったのです」

「例えのスケールの小ささはどうかと思うが、なるほど」


 そんな状態で内藤は見てしまった。

 よりにもよって魔王を倒した後に、魔王が何をしようとしていたかが記された数十冊の書物を。


「彼女……、ああ、当時の魔王は女性だったんですが、彼女は戦いの最中、私に訴えかけていました。それを当時の愚かな私は、軟弱な言葉など不要、だとか、強き者だけが理想を語る権利を持ち、弱き者はただ蹂躙されるだけ、だとか……。そんな愚かで傲慢なことばかりを言っていました」

「どっかで聞いた台詞だな。ナイト・クロウ」


 内藤曰く、その書物にはビッシリと人間とその文化の研究に考察、そしてそれらを魔物たちに教育するための方法が書かれていた。

 それを読んだ内藤は、魔王が魔物の社会を作り出し、強大な力に加えて知性と組織力を得ようとしていたのだと思った。

 だが、一番新しい書に記されたものを見て、それが甚だしい勘違いだと知る。


「ラブアンドピース……」

「……は?」

「そう……表紙に書かれていたんです。それだけじゃない。そこにはさらに、人間社会との交流の持ち方、交渉の仕方、人間社会の欠陥とそれに対する解決案。そして、大きく丸印がしてあった言葉が……己を忘れて他を利する、という意味の言葉でした。私は彼女の残した書物を全て読みました。そう、彼女は変えようとしていた。魔物達に教育し協調性を学ばせ、人間と手を取り合って生きていける平和な世界を! それなのに、私は、話しを聞こうともせず、当たり前のように彼女を討ってしまった! お前も俺を満足させてはくれなかったか……とか戦いの後に格好つけて言ってしまった!!」

「それは……、まあ、うわあって思うけど。でも、魔物と人間は戦争をしてたんだろ? 考えがどうであれ、それを止めたんだから立派だと思うぞ」

「とんでもない。……とんでもない!」


 ガタンッと机を揺らして内藤が憤りと共に立ち上がる。


「とんでもない話しだった! 彼女は何度も配下の者を使いに出し平和的交渉を試みたが、魔物を見るや人間達は石を投げつけてくるばかり。それどころか土産を持たせた者は、通されはしたものの土産ごと人間達に騙され食べられ、災害に苦しむ人々の援助にと派遣した者達はこき使われた挙句に一度帰りたいと言っただけで始末され、そんな繰り返しで彼女に賛同した者はもう残ってはいなかった! 彼女が記していただけではなく、私は現地へ赴き確認を取りました。全て本当だった。どころか、魔物達は燻製にされて見世物にすらされていた! くっそたれがあ!!」

「あの、落ち着いて……」

「そもそもだ! おかしいとは思った。最初に向かった王城で勇者だと伝えると、契約書を持ち出され、早くサインしろと急かされて怪しみ見てみれば、全ての功績は王国のものとなるなんて規約が書いてある。しかも細工がされていて、隠されていた用紙には勇者の得る利益の八割は王国に納めるだなんて書いてある。それでも当時の私は、俺には戦いだけあればいい……とか言ってサインした! 馬鹿か、お前は!!」

「いや、それあんただよね」

「それだけじゃない。行く先々では詐欺に合うわ、勝手に勇者まんじゅうだの勇者クッキーだの売られてるわ! 笑って近づいて来る連中すべて自分の利益しか考えていない。だが人間だけじゃなかった。魔物もずっと変だった。アラクネの大群が攻めて来たかと思えば、メスを守ろうと最前列に立ったオスが後ろのメスに突如食べられ、かと思えば腹が満たされたからもういいやと帰って行く……。そして竜を退治に行けば、熟女じゃないのかとがっかりされ、リヴァイアサンを討伐に行けば巨大うなぎ、魔王直属四天王がいると倒した魔物から聞いて行ってみれば、誰もいやしない! 尋ねてみればそんなものはいないと来た! そんなのばっかりかよッ!!」


 ハッと我に返った内藤が肩で息をしながら非礼を詫びて来る。

 もし涙が流せるなら、俺の頬は今びしょ濡れだっただろう。


「それであんたが、魔王になったと」

「ええ、この世界で良識を持っていたのは、結局彼女とその周りの者だけでした。しかしそれはもういない。ですがだからといって、すぐにそれを決めたわけではありません。もう一度しっかりと世界を見てみようと私は旅をしました。そしてその末に、王城へと戻ったのです。私は全てを話しました。それを聞いた王が発した最初の言葉が何だったと思います?」

「……わからない。良いものでは、なかったんだろうけど」

「えぇ、もちろんそうです。王はこう言いました。長くてようわからへんけど、つまりこれでワシは歴史に名を残せるんやろ? 大儲けやんけ! と。私はその場で魔王となることを宣言し、王国に宣戦布告しました」

「なにその偏見の塊で作られた関西人。 まあいいけど、そこでお姫様を攫ったのか?」

「そうお聞きになったのでしょうが……あの女、あの人は勝手に着いて来ただけです。姫は魔王に攫われるもの、とかなんとか叫んでしがみ付いて来まして……。むしゃくしゃしていたのと、妙に匂いの良い血を持っているようだったので、そのまま連れていきました」


 ちらりと魔王がフィーユに目を向ける。

 匂いで同じ血を引いていると気づいているんだろう。


「でも、結局姫を吸血鬼にしたんだろ? まあ、気持ちはわからなくもないけど」

「違う……、いや結果的にはその通りです。ただそうしたくてしたのではなく、連日駄々をこねられまして、それでもダメだと断っていると物は壊すわ隠すわ、壁に落書きするわととても厄介でして。私にはまず魔物をまとめ上げるという仕事がありましたから、それで大人しくなるならと血を吸ったわけです。その後私の外出中に、何を勘違いしたのか姫を救いに来たという騎士と出て行きましたけどね」

「聞いてた話しとぜんぜん違う……」

「この世界ではそんなものですよ。……まあ、ついでに言うと、復活してから知ったのですが、あの女、せがまれて話してやった話しを脚色してあっちこっちに嘯いて周っていたようでして、各地におかしな伝説として残っているようです。ほんと、ろくでもない女でした」

「ああ……。ちなみに、怪鳥みたいな声上げて闘う武術が残ってたんだけど?」

「たぶんカンフー映画の話しを元にしたのでしょう」

「バツ印が忌むべき印とされていたのは?」

「吸血鬼の話しをしたからでしょう。説明したのは十字架でしたけどね」

「お姫様をナイト・クロウとして崇めている村があったんだけど」

「そういえば、一人でナイト・クロウごっことかやっていました。あの頭のおかしい女」

「下着の実の樹の話しは?」

「……なんですか、それは。知恵の実の樹なら話しましたが、何をどうすればそんなことになるんでしょう。あの女ならやりかねませんが」

「ああ……」


 全部、お姫様が元凶かい。

 そしてその血を引いているのが……。

 フィーユがあからさまに目を逸らす。

 ユーコは……手首に何やってんだ? 

 ああ、なるほど。パンツを捻ってシュシュ代わりに着けてるのか……って。


「なんだそれッ!! 訳がわかんねえよ!!」

「私と同じ、この世界に送られた者からすればそうでしょう」


 魔王が自分の話に対するリアクションだと思ったようだが、それも間違いではない。

 ユーこのパンツシュシュ含めてこの世界のものは大抵わけがわからない。

 もう何度となく叫んできたことだ。


 内藤の話では、その後ロリ店長神に聖槍を与えられた者達の奇襲を受け打ち倒されたが、僅かながら身体の細胞が残り、それをここまで再生させて復活し、そしてこの世界を見て二度目の絶望を感じたのだという。


 この世界は変わっていないどころか、むしろ悪化していると。


 もはや交渉も不可能な相手と判断して侵略を開始し、内藤は主要な役職に着く人物を吸血鬼化させて支配、後から教育をしようとしていたのだという。

 しかし吸血鬼化した一部のものは、唐突に人間滅ぼすべしという主張をし始め、魔物側に以前から着いていたジョナスと結託してこの街を襲った。

 それがあの騒動の真相だったのだという。


 興奮してしまったからか、よほど嫌な思い出を思い起こしてしまったからなのか、中間管理職でお疲れのサラリーマンみたいな顔で、内藤は大きなため息を漏らす。

 どうしてこの男を前にして、これ以上責め立てられるというのか。

 悪いのは内藤ではない。悪いのはこの世界だ。


「フィーユ。……だそうだが、どうする」


 全てを聞き終え、俺は判断を委ねる。

 こんな世界であっても、どれだけ正当性があるように思えても、内藤や俺は部外者ではあるからだ。

 答えは、やっぱりその世界の住人が決めるべき、だとは思う。


「こんな話を聞かされれば、さすがの私でもわかりますよ」


 珍しく謙虚なことを言われて、なぜか不安を覚える。嫌な予感しかしない。


「魔王……、勇者フィーユ・アストゥリアが、あなたを今度こそ成敗してみせましょう!!」




 俺はただただ、絶句した。




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