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第五十八匹:手紙。



 ゴーゴンと人魚との戦闘時に見せた格闘術でユーコがジョナスを相手取る。


衝裂爪(エイチェント・クロー)ォォォッ!!」


 相変わらず爪ではなく掌底打ちではある。

 しかし吸血鬼化のおかげか、それとも解き放ってはいけないものを解き放ったからか、その威力は数倍に跳ね上がっていた。

 押し出された空気がうねり、直撃を免れたジョナスの身体をさらう。


「くっ、まさか貴女のような小さなお嬢さんに本気を出すことになるとは……ッ!?」


 なにやら不敵な笑みを浮かべ――ようとしながらも、集中できない様子。

 そりゃまぁ、気持ちはわからないでもないけど。

 俺も条例違反が気になって直視できないでいるし。


「私の妹が……。私が、私が村から連れ出さなければ……」


 まるでユーコが悲劇の死でも遂げたみたいに、フィーユは落ちたパンツを握り締めてブツブツと呟いている。

 これはもう、そっとしておこうと思います。


「貴女は、いくら幼いとはいえ恥ずかしくないのですかッ!?」


 正論だけど、反天無断流免許皆伝(プロ・ローアングラー)が言うことではない。


「……恥じることなど、ねえべや」


 逆に不敵な笑みを浮かべたユーコが、距離を詰めながらジョナスに飛び込むように跳び、


流突牙(ハイド・スラスト)――ッ!」


 回し蹴りをジョナスの腹部へ。さらに。


三連(スリーインワン)ッ!!」


 まるで駆け上がるように、腹から胸、そして顔へと一瞬で連撃を見舞う。


 腹部への一撃は身を引き対処したジョナスだったが、胸への蹴りには対処が遅れ、顔への直撃は免れることができず。

 いや、違う。それは免れたが故なのだ。


「あいつは……」


 防戦一方、もっと正確に言えば逃げ回っている節さえあるジョナスの動き。

 そして今、確かにやつは、目を瞑っていた。

 それが意味することは、ただ一つ。


「パンツしか、見れないんだ……」


 ノーパンツなスカートの中を、奴は覗くことができない。

 奴にとってパンツが至高であり……それ以上、その先はないのだ。


 そこいらの男が見れば、不可解なものに映るだろう。

 なにせローアングルからわざわざパンツを見ようとする変態だ。

 ノーパンツなどむしろ変態に餌をやるようなものだと思い、この結果に誰もが首を傾げるだろう。

 しかし俺にはわかる。

 そう、それは恐怖だ。

 条例ではない。恐れているのは……未知なる深淵。


「舐めるなあああああッ!! 聖的一閃(ルサイド・スラッシュ)ッ!!」


 斬撃が地面を裂く。

 それをかわしながらユーコは再度距離を詰めようと踏み込むが、


「しまったッ!? ユーコ、魔法だ!!」


 吸血鬼化によりやっと届くようになった声を受け、ユーコは反転、距離を取るべくすぐさま跳躍する。

 しかし手を翳したジョナスはほっとしたような顔をしつつもユーコを睨み、


炸裂魔法(ドリング・バースト)ッ!!」


 少女の着地点を破裂させた。


 爆発四散する石と土、そして穿たれた穴に足をとられてユーコがぐらつく。

 意を得たりとばかりに目を見開いたジョナスを見て、俺はすぐさまユーコの許へと向かう。


猛火(フレイム)……ッ!?」


 呪文詠唱を中断したジョナスがあわてふためき空を見上げる。

 同じく見上げた夜空には、流星のように墜ちてくる太陽があった。

 

「ユーコ、穴の中に伏せろ!!」


 屋敷の外壁を燃え上がらせながら太陽が轟音と共に直撃する。

 炎が嵐のように舞い、衝撃波が付近のすべてを薙ぎ払う。

 門は外にいた民衆ごと吹き飛び、屋敷は半壊しさらに大きく燃え上がる。

 その中心部、まっかに染まった大穴の縁で、小さな穴の中から灰を押し上げてユーコが立ち上がった。


「助かった。ありがとう、蚊」


 俺が飛び込むなら、付近にいた無数の俺もまた同様。

 蚊で出来た壁は燃えたがユーコは守れた。


 続々と灰になった俺達も再生している。とりあえず致命的痛手は免れたようだ。

 と、思ったらフィーユを忘れていることに気がついた。


「あぁ……あの子の形見が……」


 振り返れば、瓦礫の下でパンツの灰を集めているフィーユを見つけた。

 ほんともうダメだ、あの子。

 いや最初から全部ダメなんだけど。


「やっと、やっと見つけたわあああっ!! このへんたいぃぃッ!!!!」


 見ずともわかってはいたが、やっとご到着だ。

 門のあった場所から現れたのは、燃えるように爛々と瞳を燃え上がらせるミーナ。

 もう理性が残っているようには見えない。


「貴女ですか」


 どうやって避けたのか、燃え上がる屋敷の陰からカサカサと這い出てきたジョナスが苦悶の表情を浮かべる。

 服は焦げ、触覚のような髭もポッキリと折れている。さすがに無事では済まなかったらしい。


「これほどまでに予定が狂うとは……。わざわざ魔王の力まで借りたというのに、あなた方を集め一網打尽ならぬ一望覗見にする私の計画がッ!」

「こそこそカサカサ、裏で動いていたみたいだけど、全部燃やし尽くしてやるわあああ!! アハハハハッ」

「ぬかせ小娘が! こんなことなら姿を戻させるのではなかった。貴女のような恥知らずなど!!」

「何が恥知らずよ! あんたなんかに言われたくないわよ。恥そのものみたいな存在のくせして!! むしろ私様が恥を知るからこそ、あんたは私様を老婆の姿へと変えたのでしょ?」


 余裕の笑みでなぜかミーナはスカートの裾を持ち上げて見せる。

 言葉と行動のミスマッチさで、俺は首を傾げた。


 そもそも水着みたいな格好をして外套羽織ってる少女と、反天無断流免許皆伝(プロ・ローアングラー)に恥をどうこう言われても、首を傾げ過ぎて折れちまいそうだ。


「まさか、あのような姿に変えられても尚、貴女は……この腐れビッチがあああッ!!」


 怒気を込めた叫びと共にジョナスが四足でミーナへ迫る。

 すべて計算ずくだったのだろう。怯むことなく杖を振り上げたその仕草は満足気であり、代わって振り下ろす動作は全てを吐き出すように荒々しい。


「死ね虫けら。焼尽魔法(ブレイズ・ゼロ)ッ!!!!」


 這い寄るジョナスに向け振り下ろされた杖。

 次の瞬間、影も残らないほどの暴力的な光りが現れ、何もかもを呑み込んでいく。

 そんな中でミーナの外套がめくれ上がり、俺はそれを目にした。

 外套と同じ翻った短いスカートの中に見えたのは……短パン。

 分厚い生地で出来たしっかりした作りの短パンだった。

 水着みたいな格好しているくせに、ミニスカートの下には色気一つもない鉄壁の短パン。

 誘うような露出度の高い服を着ておいて、とんだ裏切り。

 きっとそれこそがジョナスが激怒し、ミーナを老婆に変えた理由。

 なるほど。


 「しょうもねええなああッ!」


 そんな俺の叫びと共に、ジョナスはミーナのスカートの中を見ることもなく、光りの中であっけなく消失した。







 騒動はしばらく続いたが、元国王が捕えられたからか、それともミーナや一人で街の半分を壊滅させていた吸血鬼ヘルシスの力を目の当たりにしたからなのか、事態は次第に沈静化していった。


 俺の眷属となった人々も数日で吸血鬼化が解け、理性と共に普通の身体を取り戻した。

 そして俺が目一杯吸ったところで数日で人間に戻ると確認できたせいで、俺達は残った人々を人間に戻す作業を強いられた。


 それが終わったのが、騒動からニ週間が経過した頃である。

 今回の事態は魔物と化した元国王の仕業だと発表し彼は幽閉されたものの、安全が売りの街は信用を失い、たくさんの人々が街を出て行ってしまった。

 ただどちらにせよ、街が壊滅状態であるため、出て行かざるを得なかったというのもあるだろう。


 結局残ったのは行き場所のない者、元々この街にいた者だけ。

 そんな者達による復興が本格的に開始されたのは、騒動の後一ヵ月後のことだった。



 

「姉様、お手紙が届いています」


 崩壊した屋敷から元住んでいた屋敷へと戻り、ほぼ引きこもり状態となったフィーユの許に、凛としたたたずまいの少女がきびきびと歩いて手紙を渡しにやって来る。


「姉様、今日も外は良い天気です。たまには出かけてみてはどうですか」


 サッと手紙を机の上に置き、少女は閉まったままのカーテンと共に窓を開け、射し込む光りに目を細めた。


「うぅ……」


 だらしなくベッドの上で呻くフィーユを見て、少女は愛おしいものを見るように微笑みながらも肩をすくめる。


「仕方ない姉様ですね」

「誰だ、お前は」


 残念ながら、もう俺の声は届かない。この、変わり果てたユーコには。


「フィィィユッ!! 今日もユーコが戻ってない! ユーコが変になったまま戻ってない!!」

「……蚊ーさん。ユーコはもう、手の届かない場所に行ってしまったんですよ。パンツだけ残して……」

「何を言ってるんですか、姉様。私はここにいますよ」


 のそりと身を起こすフィーユは、この一ヶ月寝てばかりだったにも関わらず憔悴しきっている。


 最愛の妹はパンツを残して見知らぬ世界へと羽ばたき、街の管理者としての権利も失い、屋敷の価値も下がり、勇者としての見せ場はユーコやミーナに持っていかれた。


 最後のはさして気にしていないようだが、ある意味ではフィーユは手にしていたほとんどを失ったといえる。

 残ったのは、この元々住んでいた屋敷と、変わり果てたユーコだけだ。


「あぁ姉様、今晩は用があって出てきますので、夕食は先に取ってください」

「なにを言ってるんですか、ユーコ。また何かあったらどうするんですか? 夜間外出禁止です」

「心配は嬉しいですが、こればかりは行かねばなりません――」


 背が伸びたわけでもないのに数歳分一気に成長しまったようなユーコが、困ったように笑いクルリと踵を返す。


「――下着の樹の下の集い(パンツリー・パーティ)へ」


 バタンと閉じた扉の向こうで軽やかな足取りが遠ざかって消えていく。

 電池が切れた玩具のように、消えた小さな背中を目で追ったままだったフィーユが、唐突にワッと塞ぎ込む。


「私の妹がああああッ!!」

「あぁ、悪いとこだけ残してすっかり変わったな……」


 現在アラクネ愛好家の間でユーコは救世主、聖戦士、解放者、などと呼ばれ持てはやされている。

 いや、信仰を集めているとでもいうべきか。


 大神官が先の事件の首謀者の一人であった為に教会から離れた人々がいたが、よりにもよってそれを取り込んだのが、この街で急成長している組織である下着の樹の下の集い(パンツリー・パーティ)である。

 人々が巨大下着に張り付けにされた初老女性へ祈りを捧げている姿は筆舌に尽くしがたい。一言で言うと気持ち悪い。

 あの幼女店長神に祈るのとどちらがいいかと聞かれれば、まだ下着のほうが良いかもしれないけど。


「あの野郎……」

「私の妹を何て呼び方してるんですかッ!」


 泣き喚くフィーユが枕を投げる。もうずっとこんな調子だ。


「違う違う。あの店長神のことだよ」


 血を吸っていた他の俺達の報告では忽然と姿を消したらしく、それ以降姿を見せない。

 まだ聞かなければいけないことがあったというのに……。


「店長神はどうでもいいんです! ユーコを、ユーコを返してえええッ!!」

「受け入れろ。俺はもう諦めた」


 さめざめ泣いているフィーユを放って、入り込んだ風に吹かれ落ちた手紙にふと気づく。

 封が甘かったのか床に滑り出した便箋には几帳面で綺麗な文字が並んでいた。

 この世界には珍しいまともさを醸し出すそれに、興味を引かれ降り立ってみれば……。


「ふぃ、フィーユ……大変だ」

「ぐすっ、なんですか、ユーコ以外に大変なことなんてあるものですか」

「……手紙だ」

「それはもう聞きましたよ。でも今読む気分じゃありません。それどころじゃありません!」


 風に揺れる便箋がカサリと音を立てる中、押し黙ったままの俺に疑問を持ったらしいフィーユが、ベッドからようやく降りて手紙を拾い上げる。


「蚊ーさん、これ……って」

「あぁ」


 さすがにフィーユでも衝撃を受けたらしい。

 元国王の話から想定はしていたが、まさかこれほどとは……。


「めっちゃ真面目な魔王からの、お詫びの手紙だ」

 



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