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第五十六匹:ずっと言えなかったこと。



 カップを傾けながら、不意にフィーユが店長神の白い腕を見つめる。


「そういえば店長神様、肌お綺麗ですよね」

「……そう? そうでもない、けど」

「あれかしら。王国貴族の間で水銀を肌に塗るのが流行っていると私様聞いたのだけど、そういうことをしているのかしら」

「……ダメ。水銀は毒。絶対にそんなことをしてはダメ。そうねぇ、ここで手に入りそうなものなら、ハチミツとか卵白とかがいいんじゃない?」

「ハチミツは聞いたことありますけど、卵白も良いんですか」

「……えぇ。……いいわ」

「おい、だからその鬱陶しい間をやめろ。経営本部神」


 一向に話が進まないどころではない。


「美容の話しをしてんじゃねぇよ。ゆったりお茶してんじゃねぇよ!! また女子会やってんじゃねぇよおおおッ!!」

「失礼致します。追加の焼き菓子でございます」

「うち食べんべや!」

「ユーコ、ちゃんと一人に一つずつありますから。あまりがっついてはいけませんよ」

「いや、がっつけよ。今起こっている事態にがっつけよ。のんきかよ」

「……急いては事を仕損じる。あなた……だから蚊なのよ」

「……ほんと覚えてろよ? サンダース」


 もういいよ、どうでも。

 クライマックス感だしたと思ったらお茶会だよ。いつもいつもこうだよ。


 ふらりと窓枠に下り立ち外を見やる。

 今日も綺麗な満月だ。

 空だけは俺を裏切らない。元の世界と同じ……。


「夜になってんじゃあああんッ!?」

「え? あぁほんとですね。楽しい時間はあっという間ですね」


 何の準備もできないまま、俺たちはその時の迎えたのだった。







「ちょーやばい」


 この街が作りかえられてから一番の騒がしさが外から聞こえてくる。


「フィーユ様! このままでは門が持ちません!」

「マジやばい」


 メイアを閉じ込めた部屋も内側から破壊されそうになり、現在補強中。

 時折パンツがどうこう聞こえてくるのを除けば、あとは唸り声のような声を上げている。おそらく理性を失っているのだろう。

 それは窓の外の景色を見てもわかる。

 突然に押し寄せてきた軍勢が、塀を飛び越えようと飛び跳ね、門を破ろうと代わる代わる突進している。


「すごくやばい」

「どの口でそれを言ってんだ、お前は」


 暢気にお茶して、しまいにはボードゲームまでしようとしてたくせに。

 三歩歩かないでも大事なことを忘れられるのね、この子。


「なんて、言ってみただけですよ。こちらにはヘルシスさんもミーナさんもいるんですよ? 有象無象など取るに足りませんよ」

「ねぇみんな街の人達なんですけど。しかもほら、今もまだ人間のままの人達が襲われそうになって逃げているのが見えるだろ」

「まぁ……吸血鬼になったら病気も怪我も治るみたいなんで、痛し痒しみたいな? みんな魔物なら被害でてもクレーム言われなくてすみますし?」

「……お前、思ってた数倍ひどいな。フィーユ超やばい」


 あぁそうか。

 あの幼女神に選ばれた勇者なんだから、勇者全員おかしいんだ。

 今さらだけど、すんごく納得。


「いえさすがに冗談ですけど、でもどうしますか……。さすがにこの中助け出すのは至難の業ですよ」

「そうだね。お茶する前になんとかしてれば良かったんだけどね」

「……後悔先に立たず、ね」

「うっさい、ロリネル・サンダース! 何が急いては事を仕損じるだ。タイムオーバーで仕損じてるわ!! あれっ!? そういえばこの緊急時にヘルシスどこ行った? トイレか?」

「蚊ーさん、そちらの窓を見てください」

「窓……っていうか壁ごと吹っ飛んでるんだけど」

「そしてあちらを見てください」

「おい、街の端でなんか家が吹っ飛んでんだけど」

「そういうことです」

「あの、アロサウルス頭があああッ!!!!」


 たぶん楽しそうな顔で魔物まがいの元人間を吹き飛ばしているんだろう。

 

「おい、カーロリ・サンダース! 吸血鬼化した奴と普通の人間の見分け方はないのか!?」

「……ないわ」

「表で突っ立ってろ! 役立たず!!」

「蚊ーさん、ミーナさんにも聞いてみましょう。ミーナさん、結界か何かであの吸血鬼だけ外に出すことはできませんか」

「無理ね。そもそも結界を既に張っているのに入ってきたのよ? 店長神も言ってたけど、あれは魔物とは少し違うのよ。だから手がないわ」

「くっ、なんでこんなことに……」


 いや、だから女子会やってたせいだよ? 何言ってんの。


「ああ、でもゴーレムで物理的な壁を造ることならできるわよ。そのままゴーレムで潰しちゃうほうが早いけどね」

「なるほど」

「なるほどじゃねぇよ」

「お姉」


 窓から眼下に集まった暴徒を見つつ議論しているところで、ユーコがフィーユの袖を引く。


「あ、見たいんですか? 椅子を持ってきますのでそれを使って覗くといいですよ。人がゴミのようですから」

「ちげえべや。ヘル姉の開けた穴から変なおっさん入ってきたべ」


 一斉に振り向けば、そこには見覚えのある男が一人。

 月明かりに照らされその姿が顕になる。


「……この時をどれだけ待ち望んだか」


 不敵に笑う男の口から覗く八重歯。

 大神官が吸血鬼と化していたなら、一緒に来た者も同じくなのは当然だ。

 どころか、それを指揮していた者こそがこの男。


「そういうことですか。あなたが裏で糸を引いていたんですね。元国王」


 元国王はすっかりやつれた顔で高らかに笑う。

 髪はぼさぼさ、目の下にはくま、連日の激務ですっかり疲弊している。

 吸血鬼化しててもさすがにきつかったらしい。


「まんまと騙されおって、愚かな小娘が。全てが計画の内とも知らずに」

「ええ、騙されましたよ。まさか私の善意をこんな形で返してくるなんて……」

「なにが善意だ! 悪意の塊だろうが!! 街の管理も設備も適当に決めたとしか思えん状況でワシに押し付けおって! ワシがどれだけ苦心したか。しかも貴様、書類に目を通して気付いたが、設備投資の資金の一部をちゃっかり自分のものに――」

「悪人の言うことなど、聞く耳もちません!!」


 うん、やるよ。この子ならそれぐらい。

 全部じゃないのが意外なくらい。


「あなた、元国王のくせに恥ずかしくないんですか!!」

「どの口でそれを言う。しかしまあいい、そのやたら甘い匂いのする血をたっぷり吸って溜飲を下げるとしよう。そしてこの街を名実共にワシの新しい王都としてやろう。ありがたく思うが良い」

「きもっ! この人きもいですよ! ということでミーナさん、サクッとやっちゃって……あれ」

「お姉、ミーナ姉飛んでったべや」


 ユーコの指差す方向で、部屋の壁にまた一つ大穴が増えている。

 それを見てフィーユは咳払いを一つ。


「どうしましょうか、蚊ーさん。私、昨日久しぶりにパトロールに出たせいで筋肉痛なんですけど」

「あれだけで!? 毎日引きこもってるからだろうが!!」


 おそらく吸血鬼化させれば負けることはないだろう。

 なにせこれまでも共に戦い切り抜けてきた……んだっけ?

 そういえばまともに戦った記憶がほとんどないんだけど。


「それより、元国王」

「男の声!? なんだ、どこにいる……ッ! まさかそこにいる幼子か!」

「もうそれでいいよ」

「ちょっと何であたしがそんな声にならなきゃいけないのよ」

「突っ立ってるだけしかできねぇんだから少しは役に立てよ!!」

「……か、神なんだから、直接手を出せないのよ! 仕方ないでしょお!!」


 泣いてんじゃねぇよ。


「というわけで話を戻すけど、元国王。あんた、最初からそれだったわけじゃないだろ。一体何があったんだ」

「ふん、ずいぶんと捻くれてそうな顔で低い声を出す幼子だが、良い質問だ。冥土の土産に教えてやらんでもないわ」

「ねぇさらっとあたし酷いこと言われたんだけど」


 まさかここでまともな評価をしてくれる人が現れるとは思わなかったぜ。


「あれは夜逃げ……ではなく転進しようと準備している時だった」

「ごまかそうとするならちゃんとしてくれます?」

「一人の男が城内に現れた。音もなく現れた男は、自身を魔物の王と名乗った。無論私は妻子と家臣を先に逃がそうと、その男と一騎打ちを申し出た」

「ほんとうは?」

「ワシの命だけは助けてほしいと……言っていない」


 今さら驚かないしツッコむ気にもならねぇよ。


「ワシも腕に自信はあった。しかし魔王は姑息な手段を使い、忌々しくもワシの――」

「あ、魔王が飛んでる!」

「魔王様! 仰せの通り、あなた様の犬めがこの街をすぐに掌握してごらんに……」


 沈黙が流れる。


「ワシの妻子をだな」

「もういいから簡潔に要点を言え」


 元国王曰く、現れた魔王は生かす代わりの条件を提示したという。

 一つ、血を吸われ吸血鬼となり軍門に下ること。

 二つ、自分の命令に絶対服従。

 三つ、嘘をつかないこと。

 四つ、他者に優しく誠実であること。

 五つ、仲良く明るく元気良く。


 ……あれ、小学校のスローガンかな?


「どうしてそれを断れようか!! ワシは従わざるを得なかった!!」

「何がだよ。自分の命が惜しかっただけのくせに。でも、ちょっと待って。……ああ、そうか、そういうことか。おかしな奴等ばっかりだから当然魔王もだろうとは思ったが、世界がおかしいと魔王は逆にまともになるってことか……。なんだそれッ! 変なの!!」

「蚊ーさん、さすがに変なのって感想で済ませるのはどうかと」

「お前が俺に常識を語るんじゃねぇよ! そうだけど、そうじゃないんだよ。元がおかしいからこうなるんだよ!」

「何を騙されているの! 何のためにあなたを送ったと思ってるのよ。ちゃんと仕事しなさいよ!」

「うっせえんだよ、こんな世界に送られた上に蚊にできることなんか――」


 送った……?

 魔王を倒す為に勇者を派遣し、その勇者が魔王を倒したとさっき店長神は言った。

 そう、一人の人間を使わせた、と。


「ふん、何を言い合っているのかは知らんが、もういいだろう。続きがしたいなら、全員ワシの軍門に下ってからしてやるわ!」

「くっ、こうなっては仕方ありませんね。これでも勇者です。受けて立ってあげましょう! さぁ蚊ーさん、お願いします!」

「え? あぁ、そういうことね」

「蚊ーさん、せっかくの勇者タイムなんですからシャキッとしてください!!」


 なにその自慰行為の後か前みたいな時間。

 ずっと勇者らしくなってほしいと切望してたけど、もうどうでもいいよ。

 

「ああ、そうだ。もう、どうでもいい……。やっちまおう。余計なことを気にしてる場合でもないし」

「蚊ーさん!?」


 なんかもうわかっちゃった。この世界に何が起こったか。

 そんな中でなんで俺だけ律儀にまともであろうとしなけりゃならないんだ。

 あんな思いまでして……。


「フハハハッ、逃げてもいいんだぞ。だがそろそろ門を打ち破り、ワシの配下共が雪崩れ込んで来るだろう。誰に血を吸われようとも同じだ。どちらにせよ、ワシの眷属となるのだ」


 元国王が高笑いする中、フィーユは槍を構えながらユーコを守り、店長神はただ扉の前で突っ立っている。

 いや、本当に突っ立ってんじゃねぇよ。


「おい、幼女店長神」

「こども店長の神様みたいな言い方やめてくれない」

「お前、なんだかんだって部分にとんでもないもの隠してるだろ……? でも今はいい、それよりフィーユは吸血鬼の血を引いてるにも関わらず、俺に血を吸われて吸血鬼化した。つまり重ねがけできるってことか?」

「べ、べつに何も隠してはいないけど、質問についてはそうよ。重ねがけというよりも上書きに近いわね。こんなこともあろうかと、あたしがそうしたのよ!」

「……その態度はむかつくが、それが聞ければ十分だ。フィーユ、実は言っておかなきゃならないことがある」

「今ですか? ……まさか、あの、さすがに今はちょっと。死亡フラグにもなっちゃいそうですし、なんていうちょっと嬉しくもありますけどさすがにそれは……」

「何を言ってるのか知らないがもう時間がない。さっさと言うぞ」


 なぜかもじもじしているフィーユの肩に乗り、今までずっと言えなかったことを伝える。


「お前に隠していたことがある」

「……え?」


 街の狂乱の声の中、街のあちこちから甲高い音が聞こえ始める。


「俺さ、実は……メスなんだ」



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