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第五十四匹:首謀者お前の親じゃない?


 ユーコがまだ寝ていたヘルシスを起こして連れて来たところで、この街のいかれた看板娘達、もとい最大戦力が集まった。

 そんな中、今にも泣き出しそうなメイアはじっとフィーユの言葉を待っている。

 その姿は、まるで狼の群れに放り込まれた哀れな羊のようにしか見えなかった。


「それでは、先程の話をもう一度詳しくお話し頂けますか」

「はい……実は……」


 事の発端は元国王がこの街にやって来たことに遡る。

 国王と共に家族親族、そしてお供と丸ごと難民として受け入れた際に、その中に大神官がいた。

 異変は、その大神官をこの街の教会で迎え入れてから始まった。


「足の弱まった者が走り回れるようになり、喉に病を持っていた者が歌えるようになり、お肌がかさかさな者はもち肌になり……まさに奇跡としか呼べない現象が続きました。皆、大神官様が来てくださったからだと喜び、感謝していたんです。ですが……」


 ある日メイアは見てしまった。

 大神官に呼ばれ、部屋へと連れていかれる修道士の姿を。


「彼女はとても内気な人で……人前で喋ることがとても苦手で……彼氏ができないことが悩みでした」


 暗い顔で俯くメイアに、フィーユが「もしかして……」と先を促す。

 意を決したように、メイアは瞳を潤ませた顔を上げ、震える口を開く。


「できたんです。……彼氏が……私にはできていないのに」


 室内が静まり返る。

 俺はただ呆然としたまま、唯一まともで心の拠り所だと思っていた少女が、他と同じくボケ要員の一人だという事実を受け入れられないでいた。

 やっぱりこの世界に、希望なんてないんだ。俺ってバカ。


「もはや奇跡ではないのだと知りました。彼女は驚くほどに饒舌にお喋りするようになっていました。でも顔は変わってないんですよ? なのに彼氏ができたんです。しかも、わりと……イケメン……」


 さらっとこの子、顔を批判したぞ、おい。


「もはや悪魔の所業と言って過言ではありません。私は怖くて、なるべく大神官様の目につかないようにしていました。でも昨晩、ついに私にもお声がかかりました。大神官様からの命を断れるわけもなく、言われるがまま、お部屋へと……」

「もし辛いことがあったなら、そこはお話し頂かなくても結構ですよ」

「いえ、話させて下さい。私にはその義務があります」


 声は震えているが、強い意思を感じさせる。

 そう、そういうとこが好きでした。


「大神官様は、突然私に……抱きついてきて……そして、噛みついてきたんです」


 ミーナがやたら嫌そうな顔を浮かべる。


「つまりなに、そういう趣味の変態なわけ?」

「そうじゃないんです。私も最初は特殊性癖変態クソ野郎と思いました。でもそうでなくて……」


 口悪いな。

 こんな子じゃなかったはずなんだけどなぁ……。


「血を、血を吸われたんですッ!」


 血を……ッ!?

 またろくでもない展開になるのかとうんざりしていた俺も、その言葉には考えを改めさせられる。

 だってそれは、つまり。


「血を吸う変態行為とは、私様も聞いたこともないわ。おぞましい」

「違うんです! ただの変態くそ野郎の行き過ぎたプレイではないんです! あれは悪魔です。だってあの後、つけられたはずの首の傷が瞬時に治り、お肌の調子も良く寝起きもばっちり、なんだか気分はとても高揚していて何てもできそうな気分。最高にハイって気分だったんで、二階から飛び降りて見たら怪我ひとつしない。……こんなことあり得ません。ちなみに外に出てみましたけど、男性に急にモテるとかはありませんでした。ちくしょう!」

「あの、落ち着いてください」


 なだめるフィーユの声を聞きながら、俺はひっそりと確認を行い、そして現実を目の当たりにした。


「フィーユ、彼女の言うことは事実みたいだ……」

「蚊ーさん、どういうこと……あれ? どこにいます?」

「……男性の声? 姿は見えないのに声が……私の……服の内から……?」


 戸惑うメイアの足元から飛び上がり、フィーユの肩へ。

 ため息を一つつき、俺は現実を受け入れる。


「確認した。今の彼女は以前の彼女とは違う。俺の声が聞こえているのもその証拠だ」

「いえ、その前に今どこにいましたか……?」

「どういうことですか!? 確かに男性の声が聞こえるのに、姿が見えないなんて……。まさかフィーユ様も既に悪魔に……ッ!?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 悪魔ではないんです。きちんとお話しますから少し待って頂けませんか! 蚊ーさんももったいぶってないで、何かわかったんなら言ってください!」

「あぁ……。その前に一つ聞きたい。メイアちゃん、君は肌が弱かったな」


 メイアに対しフィーユが頷いて見せ、彼女は不信がりながらも俺の問いに応えた。


「お、仰るとおりです。でもなぜそれを」

「見て来たからだ。これまでずっと……。君の白く柔らかく滑らかな肌は、虫に刺されただけで熟れた実のように真っ赤になる。しかもそれが翌日にも残るほど、君の肌はか弱い」

「仰るとおりです。私の肌は私の信仰のように純粋で清らかです。白さ故に腫れが目立ってしまうところがあります」


 あぁ、もっと謙虚で奥ゆかしい子だったんだけどなぁ。

 フィーユみたいになっちゃったなぁ。


「君は昨日蚊に刺された。いつもならまだその痕が残っているはずだ。にも関わらず、今はまったくそれが残っていない」

「確かに。その通りです。あのくそムカツク痒みが、いつの間にか……ッ!」


 何かに気付いたメイアは、スカートを押さえながら目を見開く。

 気付けばフィーユも、まるで汚らわしいものを見るような目で俺を見ている。


「今、確認した。俺が血を吸って内股につけたはずの痕が、まったく残っていない。ついでに血も吸ってみたが、すっかり味が変わってる。もはや、君は別物だ」


 おそらく街の者に起こっている異変が、彼女の身にも起こった。

 そして俺のオアシスは、すっかり別のものに変わってしまったのだ。


「悲しいが、しかし前を向いて対処していかなければいけない。問題は教会で起こっているだけじゃない……って、あれ。メイアちゃん?」


 狂気を宿したような目で彼女は小刻みに震えている。

 ややあって、ゆっくりとロザリオに手をかけて、


「……この虫けらがああぁぁぁぁッ!!!! かーさんって、何でこの人突然母親を呼んでるんだろう、お頭がおかしいのかなと思いましたけど……。蚊か!? 蚊なのか!? 祈ってる時も寝ている時も刺してきたのはお前かあぁぁぁぁ!! やめてやる、虫除けにもならない加護しかないなら、信徒なんてやめてやるうぅぅ!! くそがああぁぁぁぁッ!!」


 絶叫しながらそれを引きちぎった。


「これならまだ悪魔のほうがマシよ! 私の清らかな肌を汚し続けたクソ虫けらを飼ってるなんて、あなたを頼ったのが間違いでした!! わざわざあなた達を襲撃する計画があるって教えに来たのに!! あぁ、慈悲深き神よ、死ね!!」

「あの、虫けらのことは謝りますし、なんなら今叩き潰して頂いても構いませんけど、ちょっと落ち着いて頂けませんか!? その襲撃の部分をもっと詳しく教えて頂きたいんですけど!」

「落ち着け? 喋る蚊を使役するようなクソ田舎娘を前に落ち着けですって? そもそも私を襲わせたのはあなたの意思じゃないんですか!? 肌がっさがっさだし!!」

「誰が肌がっさがさですか!? しかも田舎娘!? 大して発展もしてなかった小さな町の教会に、引きこもって日の光り浴びてないだけのあなたに言われたくないですよ!!」

「はあぁッ!? こちとら毎日朝から晩まで遊ぶこともなく奉仕してたんですよ! あなたみたいに野性の獣みたいに、ふらふら本能のままに生活してたわけじゃないんで、あいたッ!?」


 突然の衝撃に足元をふらつかせたメイアが睨みつけた先には、


「……あなた様は」


 悲しげな表情でメイアを見上げるユーコの姿があった。


「メイア姉……それでもパンツ履いてんべやか!!」

「……ッ! これは、その……」


 燃え上がる炎のように怒り狂っていたメイアが、意気消沈し狼狽し始める。

 ……ちなみにパンツは履いてた。当たり前の話だが。さっきスカートの中で見た。


「申し訳ございません!」

「わかればいいべや。落ち着きと慎ましさ、そして隠したデンジャラス。リメンバー・パンツだべや」

「はい……」


 はい、の意味はまったくわかりません。

 わからないが、ユーコのおかげで落ち着いたメイアにより襲撃計画が迫っていることが伝えられる。

 大神官は教会内で”仲間”を増やしており、さらには街中にも”仲間”がいるらしい。

 その証拠に、今朝街の少女が教会にやって来て大神官に”仲間”を増やしたという報告をしていたそうだ。おそらく、その少女とはあの行き倒れの少女のことだろう。

 メイア曰く、大神官はフィーユに対する悪感情を煽ることと、”仲間”になることで得る万能感を利用することで、賛同者を増やしているらしい。


「それと、お恥ずかしながら冷静さを欠き失念していましたが……」


 引きちぎってしまったロザリオを握り、メイアは手を組み祈る。


「神からお告げがあったのです。このまま襲撃計画が成功するならば、この世界は魔王のものとなるだろう。だからこそ、勇者様に、フィーユ様にこの件を知らせよと」

「お告げ、ですか……。そういえば蚊ーさんもそんなことを言ってましたね」

「そんなことって……。まぁもう今さらだし俺も忘れかけてたけど、勇者を助けろって言われたっけなぁ」


 襲撃計画とやらは今夜。

 少なくともわかっているのは、既にメイア以外の教会の者は”仲間”になっているということ。そして他の街の者も多くが”仲間”になってしまっているであろうということ。

 いくら戦力があるといえど、数が多すぎる。

 しかも相手は魔物まがいのものであろうと、街の民である。

 フィーユもどうしていいかわからない様子で、苦々しい顔をしていた。

 自分で発展させた街の人々が相手だ。心中は複雑――


「せっかく頑張ったのに、みんな文句ばっかり……。しかも田舎者田舎者……どうやって処刑してやろう……」


 ――でもなかった。


「ところで、結局その感染症みたいなものは何なのかしら。私様も聞いたことすらないんだけど、それは人間なの? それとも魔物でいいのかしら。まぁかかってくるなら全部燃やしてやるからいいけれど」

「うーん。よくわからないけど、強いといいなぁ。この辺りの魔物はもう狩り尽くしちゃって、あたしも暇だったしぃ。ラッキー」


 この街の最大戦力全員、何の迷いもなくやるつもりだ。

 あぁ、なんでここを狙っちゃったんだろ。誰も街の人の心配してねぇよ。


「それにしても……そうだ、メイアちゃんちょっと笑ってみてくれないか」

「うっさいクソ虫けら」

「ひどいッ! そんなこと言う子じゃなかったのに!!」


 随分な変わりようだ。

 これも魔物化の影響なのだろう。

 早く戻っていただきたいものだ。


「蚊ーさん、何かお考えがあるんですか? それともただのセクハラですか」

「んなわけないだろ! お前までなんだ! 歯だよ。歯を確認したかったんだよ!」

「歯……? 別に変わった様子もないですけど、強いて言うなら八重歯が可愛いぐらい」

「……え? あ、あれ? 私の八重歯目立ってますか!? 特に特徴なくて、八重歯女子を妬ましく思ってたのに!」


 もうメイアちゃんは喋らないでくれないかな。

 俺の心のオアシスがどんどん汚れていくよ。泥沼になっちゃったよ。


「ちなみに私も同じぐらいですよ。ほら、ね?」


 ニッと笑って見せるフィーユの八重歯も良く見れば確かに目立つ。

 微笑むような営業スマイルばかりで今まで気づきもしなかった。

 良く見てみれば、八重歯女子に仲間入りしたメイアよりもフィーユのほうがより八重歯ガールだ。

 ということは俺の推測は間違いか。

 ……いや、そうじゃない。そもそも前提が違っているのだ。


「吸血鬼だ」

「きゅうけつき。あぁ、初めて会った頃にそんなこと仰ってましたね。血を吸う魔物……ッ! それですよ! 吸血鬼!」

「前に聞いたことがあるって言ってたろ。この世界に吸血鬼の伝説があるのか?」

「あぁ、聞いたことがあるような気がするんですけど、どこだったか……。でもミーナさんも血を吸うような魔物をご存知ないんですよねぇ。そうなると勘違いだったかも……」

「なに言ってんべや、お姉」


 少し不機嫌な顔でユーコが言う。


「お姉、ナイト・クロウ様を忘れちまったべか」


 そう言われてやっと吸血鬼伝説を思い出したフィーユが、皆にナイトクロウ神話を話す。

 片田舎の、いやそれどころか人間の住むところではない魔境に伝わる伝説だ。

 俺は以前に村でフィーユから聞いている。

 怪物に変えられてしまったお姫様と、それを救いに来た騎士の物語。

 その怪物に変えられたお姫様こそ。


「人の生き血を吸って命を長らえていたそうです。ただ村人とは協力関係のような間柄で、血を吸ってもらうことで病を治してもらったり、魔物に負けない力を授かったり……。ただ、飽くまで伝説の類いなんですけどね」


 その伝説に感化されて村を飛び出した田舎娘がよく言うよ。


「でもまさか……」


 もはや、俺はこの世界をまったく信用していない。

 まさかな事ぐらい平然と起こしてくるだろう。

 下手すると首謀者はカナイ村の出身者じゃないだろうかとさえ思う。



「カナイ村の吸血鬼伝説、町に入り込んだ吸血鬼、狙われたのがフィーユの造った街……。なぁフィーユ、クソ田舎を出てったお前の両親って、ストリートペアレンツだったな」

「おい、蚊ーさんおい。私の故郷をなんていい方してくれてるんですか。あとストリートファイターですよ。……いやストリートファイターでもないですけど」

「ごめん、メイアちゃんの言葉が移っちまった」

「クソ虫けら、気安く私の名を呼ぶんじゃねぇクソが」


 早くなんとかしないと、俺の心のダメージがクソすごいです。


「もう、単刀直入に言うんだけどさあ……首謀者お前の親じゃない?」


 この世界で起こることだ。きっとろくでもない。

 姉妹がこれだけアレなんだから、両親もアレに決まってる。


「だからさぁ、お前の両親の弱点をサクッと教えてくれ」

「蚊ーさん、引くぐらいに酷いことを淡々と仰いますけど、いくらなんでも両親が魔物になってるとかありませんよ」

「いやなってるというかさぁ、そもそも――」


 唐突に扉が開かれ、


「ついに話す時が来たようだな……」


 現れたのは、最初以降ほとんど出番がなかったカーネル・店長・サンダースだった。


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