第五十三匹:ザ・フルーツ・オブ・ザ・パンツリー。
ユーコの姿を捜しつつやって来たのはもちろんアラクネだ。
隠れ家的店舗は街の発展と無関係に相変わらずの佇まいだった。
どこか緊張したような面持ちでフィーユは扉をノックする。
ノックを十回すると、うっかり聞き逃しそうなほどの小さな声が聞こえてきた。
「男は」
ごくりと唾を飲み込むフィーユがそれに応えた。
「食い物、です」
そのまま、待てど暮らせど扉は開かない。
「……あれ、合言葉これだと聞いたんですけどこれで合ってますよね」
「そういえば、結局お前これまでにここに来たことあるのか」
「……実は、ないです。忙しかったですし、視察がてら来ようかと思いましたが、このお店はそのままにしておいてくれとユーコがせがむし、あのアラクネからも手紙が来てましたし、それに……入りづらいというか」
ユーコはうっすら頬を赤くそめてふるふると首を振る。
俺は今日一番の衝撃を受けた。
今さらそんな恥じらい見せられても、と。
「あぁ……そうか。実は合言葉は変わったんだ。俺の声に反応するか試してみたいし、もう一度ノックしてくれるか」
フィーユのノックが終わると、再度小さな女性の声が聞こえてくる。
俺は合言葉を告げる。
反応はない。
ほっとしつつフィーユを促すと、とてつもなく困惑したような嫌悪したような顔をしていた。
「潰しておけば良かった……。店も、あのアラクネも……」
ぼそりと漏らす物騒な発言は聞き逃しておくことにしよう。
「男は……数枚でいくらの姉のパンツにどん引き」
ガチャッと錠を開ける音がして扉が開く。
とうとうフィーユはアラクネブランド専門店へ足を踏み入れた。
そして、すぐさまにその足が止まる。
ただ呆けたように、フィーユは店の中央にあるものを見上げる。それは天井を破り、建物の中に窮屈そうに収まった樹だった。
「下着の樹」
気づけば傍に立っていた黒ずくめでフードを被った女性が、ぼそりと説明し始める。
「そして下着の樹の実です」
樹にぶら下がった無数の下着が揺れる中、なぜだかフィーユは泣き出しそうな顔をして震えている。
「あなたはご存知でしょうか。下着の樹の伝説を」
「……えぇ、知りません。そして知りたくもありません」
「そうでしょうそうでしょう。今はもう語り継がれることもなくなった伝説です。ですがご安心ください。我々はそれを再び語り継ぐ者、あなたにもお聞かせ致しましょう」
「あの、語り継ぐ前に私の話を聞いてください。そしてその話を根絶してください」
女性は聞く耳持たず、神話を語り始めた――。
◇
その昔、神の許に楽園があった。
そしてそこには始まりの女と男がなに不自由なく暮らしていた。
ある日、神は仰られた。
「愛するお前たち、絶対にあの下着の樹の実を食べてはならないよ。絶対だ。絶対だぞ? 絶対の絶対にだぞ?」
始まりの男は言った。
「神は絶対にやるなと仰られた。つまりやれということだ。テレビで見た」
始まりの女は止めたが、それもフリにしかならなかった。
そして男は下着の樹の実を被った。
女は変態だと思った。
「なんて滑らかな手触りだ」
女がやめるよう言っても聞かず、男は恍惚とした表情で下着に夢中になった。
女は変態だと思った。
男はもう一枚下着の樹の実を取り、それを女に投げて言う。
「君も被ってごらんよ」
女はそれを履いた。
その時、大きな足音が近づき二人はあわてて繁みに隠れる。
「おぉ愛しき子らよ。なぜ姿を見せない」
男は応えた。
「神よ、私達は恥ずかしいのです」
男は、下着を頭に被り下半身丸出しであることを恥じた。
女は、下着一枚であることを恥じた。
神は言った。
「あなた方は約束を破り、下着の樹の実を食べたのですね。残念ながらもうここにあなた方を置いておくわけにはいきません」
神は被っていた下着で涙を拭いた。
男も被っていた下着で涙を拭いた。
女は変態だと思った。
食べてへんわい、とも思った。
こうして、始まりの男と女とナイトウは楽園を追い出され、その子孫がこの世界に住む人々なのだと言う。
「その楽園にあった下着の樹を、そしてその下着の樹の実を再現したのが、こちらでございます」
「はい、全部燃えてしまえばいいのに」
親の仇でも見るような目でフィーユは目の前にある下着の樹とそこからぶら下がる色とりどりの下着を睨み付ける。
「……ところでナイトウって誰だよ」
反応はない。
やはり俺の言葉はこの女性には届かないようだ。
今こそ届けよ俺の想い。
「って、そんなことよりユーコはどこですか! ユーコを捜しに来たんですよ!」
「ユーコ様のご紹介でしたか、それは失礼致しました」
女性は被っていたフードを取り……いや被っていた大きな黒い下着を取り、頭を下げる。
「ユーコ様はVIPルームにいらっしゃいます」
、
案内された従業員通路と思われるその奥に、場違いと思えるほど立派な扉があった。一瞬躊躇しながらも扉を押し恐る恐る中を覗く。
「ユーコ、勝手に何をしてるんですぅうわあぁぁぁぁぁッ!?」
扉を開けて対面したのは、大きな下着に張り付けにされたパンツ一丁の初老女性の彫像だ。
気づけば俺も悲鳴を上げていた。
「なにが隠れ家的ランジェリーショップですか。もはやカルト教団の施設じゃないですか……ッ!!」
さすがに奥にこんなものが隠されていたとは、俺も知らなかった。
そんな数分いただけで発狂しそうな部屋で、膝まづき熱心に祈っている小さな背中がある。
「ユーコ……」
「ついにここにたどり着いたべか、お姉」
「いや何ですか、その黒幕感。いいから帰りますよ」
ユーコは少し不満そうな顔で立ち上がり、彫像に一礼。
「ネイイー様、ありがとごさいましただべや」
側に来たユーコの手を握りつつ、苦い顔をしたフィーユが「パンツは買いませんからね」と釘を指す。
しかし妙にすっきりとした顔でユーコはそれを受け入れた。
もうパンツに興味を失ったかのように、店内を彩るパンツに気を引かれることもなく店を出たのだった。
◇
少女のことは心配だが、もはやそれだけを考えている状況にはない。
ひとまず何事もなく屋敷に戻ったところで、屋敷の玄関前に立つ人影を見つける。
「あっ……」
思わず漏らした俺の声に、フィーユがうんざりしたような目を向けてくる。
俺をそんな目で見るな。本来俺がそっちの立ち位置だ。
「あのお嬢さんにお心当たりがおありで……?」
「なんでそんな棘のある言い方するんだよ。あるけどさ……」
その憂いを帯びた瞳、純白の修道服の裾が揺れ覗くのは細い脚、幼さを残しつつも確かな意思を感じさせる顔立ち。そして何より程よく甘く清らかな血を持つ少女。
この街での俺のベストプレイス。
「メイアちゃん……。なんでこんなところに」
「こんなところって私の屋敷なんですけど。あぁ、あの方が蚊の駆除を何度も申請されていた方ですか」
メイアもこちらに気付いたようで、すがるように駆け寄ってくる。
祈るように手を組み合わせ、こいねがうような上目遣い。
今日も可愛いよメイアちゃん。
「あぁフィーユ様ッ!」
「どうされました、蚊の駆除でしたら検討はしているんですけど……」
「それもお願いしたいのですけどそうではありません!」
涙を浮かべてメイアは訴える。
「どうか、この世界をお救いください! 勇者様ッ!」
それはどうしようもなく、今さらな台詞だった。




