第五十匹:憂さを晴らすおつもりなのだ。
「……はがっ」
深夜、満身創痍で椅子に座ったまま寝ていたフィーユが、物音に反応して乙女らしからぬ声を上げて目覚める。
そもそも椅子に座ったまま仰け反って涎を垂らして眠っていたので、とっくに女子力は底をついているけれど。
「フィーユ様っ! 大変です!」
扉の向こうから焦りの声が聞こえてくる。
「……今度は、なんですか……」
「それが、ヘルシス様とミーナ様、そしてユーコ様が……」
「何かあったんですか……!?」
「女子会と称して門の外で暴れておりまして……。第一の門と第二の門の一部が崩壊しました」
「何をやってるんですか、あの人達は。……って、ユーコも混じってるんですか。……でもいいですよ、もう。外でやってるなら学んでくれたじゃないですか。以前は街中でやってくれたから後処理が大変でしたけど、外ならまだマシですよ」
「よろしいのですか」
「もう好きにさせてあげて下さい。関わりたくないんで。でもミーナさんにはちゃんと直しておくように伝えてください。……あぁ、あと妹には帰るよう言っておいてください」
「承知しました。ただ、もう一点よろしいでしょうか。実は王国からの派遣団についてなのですが……」
「あぁ、そんな話ありましたね。やっぱり文句を仰ってますか? 先に伝えた通り、聞く耳を持たなくていいですよ」
「いえ、ご命令通り、未開の地の野蛮人として扱い対応しているのですが……。実は先の門の崩壊箇所にちょうどその一団がおりまして、そのまま現在も女子会に巻き込まれているのですが」
「……女子会なら良かったじゃないですか」
もはや疲労で完全に思考停止したフィーユは投げやりにそう言い、うつらうつらと再び眠りに落ちる。
それに気付いたのか、扉の向こうの男も挨拶をし去っていった。
もはや俺に言うことはない。
王都の一団の扱い、女子会とは何なのか、なぜ田舎の盗人と言ったのに未開の地の野蛮人扱いにグレードダウンしているのか……。
色々と疑問を頭の中でぐるぐると回しつつも、もはやこの世界でまともな思考をするやる瀬無さを痛感している。
だから俺には、もう言うことはこのぐらいしかないのだ。
「フィーユ、ちゃんと着替えてベッドで寝なさい」
◇
翌朝、テーブルを囲む女子四名におかわりのお茶を執事が入れて回っている中。
「そういえばさぁ」
と、夜通し暴れまわって気分の良さそうなヘルシスが語り出す。
その視線の先では、寝ても覚めても疲労が溜まるばかりのフィーユがだらりと口を空けたまま虚ろな視線を天井に向けていた。
「昨日門のところに止まってた馬車なんだけどさ。あれ、吹き飛ばしちゃったんだけどね?」
「ナイスショットだったべな」
「まさか私様の魔球を打ち返すなんて……。さすが勇者の称号持ちね。まぁ本気じゃなかったけど」
おい、こいつら馬車で野球かゴルフかやってたんじゃねえのか。女子要素どこいったよ。
「あの馬車さぁ、誰か乗ってたじゃない?」
「変なおっさん乗ってたべや」
「あぁ、投げる時に窓から変顔してたわね」
「そう、その人。今思い出したんだけど、あれ……王様じゃなかった?」
「見たことねぇべや」
「私様は見たことあるわ。興味ないから覚えてないけど」
「……ふぅん、じゃあまぁいっか」
微動だにしないフィーユをちらりと見つつ、ヘルシスは話題を変え、ユーコと喋り始める。
とんでもない話を聞いた気がしないでもないが、もう一々気にしないことにした。
「それよりフィーユ」
肩に止まって呼びかけてみるも反応なし。
「いいかげんメイドさんも雇ってくれよ。なんでこの城の世話係、執事ばっかりなんだよ」
そんな俺の切望も、渇ききったフィーユには届かなかった。
◇
さらにそれから数ヶ月経ったある日のこと。
散歩から帰って来た俺が見つけたのは、久しぶりに装備を纏ったフィーユの姿だった。
「おい、どうした。珍しい格好してるな」
「あ、蚊ーさん、戻ったんですか。出かけますからついて来てください」
「どこに何しに行くんだよ」
「そりゃあ……あの、討伐依頼に決まってるじゃないですか!」
「近辺の魔物なんてヘルシスとミーナの玩具にされてもういないんだろ? だから冒険者の仕事が街の雑用ばかりになって、この前冒険者がストライキ起こしてたじゃねぇか。……お前まさか」
「な、なな何を言ってるんですか!? 近くの魔物を狩るばかりが冒険者じゃありません。それに私はこれでも勇者ですよ!」
「……だから?」
「世界が私に命じたんです。勇者として魔王を倒せと……ッ! そう、夢で神からの依頼を受けたんですよ!!」
「なんとまぁ今さらな啓示ですことで。世界からか神からか知らないけど」
「さぁ、今こそ蚊ーさんも私の手助けをしてくれる時です! 一緒に行きましょう! 世界を救いに!!」
「……お前、逃げる気だろ」
吹けない口笛を吹きながら、フィーユは明後日の方向に視線を反らす。
「あ、ユーコだ」
「私は使命を果たしに旅立ってもう追いかけても追いつけない、必ず帰って来るから良い子で待っててと伝えてくださいっ!!」
「嘘だよ」
「……」
やはり逃げる気だ、こいつ。
「だってぇ! 私も救われたいですよ!! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないんですか!? あのヒゲの罠だったんですよ! 全てぇ!!」
「いや、金に目がくらんで後の事を考えていなかっただけにしか思えないんだけど」
「ひどい! 神様から使わされたんなら、私の味方してくださいよっ!?」
ぎゃんぎゃん文句を言い、わんわん泣くので仕方なく付き合うことにしたものの。
「どうやって街の外に出るつもりなんだよ」
フィーユ指導で造られた三重の門。一つずつに門番が駐留しており、入る際だけでなく街から出る際にも確認が行われている。
そんなところを通れば、どこに何の用で行くのか、いつ戻るのかと確実にチェックされるに決まっている。
「ふっふっふっ、何の策もなく私がこんなことするとお思いですか」
「すごく思います」
何の策もないからこうなったのではないのか。
それにすらまだ気付いていないのか。
「いざという時の為に、この城には外への抜け道を造っておいたんです。そこを通れば、門の外にまで誰にも会わずに行けるんですよ」
そういう変なところだけしっかりしているというか、ずる賢いというか。
でも往々にして、必ずこの子の考えには大穴が開いているものだ。
「ふあぁ……フィーユ様っ!? いかがなさいましたか!」
「え、あ、……あれ?」
書庫にある棚の一つを動かし隠されていた扉を開けてみれば……、気の良さそうな兵士がちょうど欠伸をしているところだった。
「あ、ご苦労、様です……?」
「ハッ! お気遣い、ありがとうございます。隠し通路、本日も異常ありません!」
「そうですか……。あの、つかぬ事を伺いますが、ここ隠し通路ですよね」
「はい、その通りです。緊急時に外へ脱出するための隠し通路です!」
「あ、そうですよね。全然隠れてなかったんで、勘違いかと思いました。……ところで、ここで何を?」
「……何を? それはご命令の通り……ッ! し、失礼しました! 先ほどのあれは欠伸ではなく、あの、隠し通路に毒ガスがまかれていないか吸ってチェックしていただけでして……」
どうやら兵士は欠伸を見たフィーユが怒っていると勘違いしたらしい。
しばらく呆然としていたが、それに気付いたフィーユは兵士に話を合わせることにしたようだ。
「そうですか。わかりました、懸命に尽くしてくださっているあなたを信じます。だからご安心ください」
「ハッ、ありがとうございます!」
「しかし今一度確認させてください。あなたのお仕事は何ですか」
「はい! 私の役目は、この隠し通路を守ることであります。隠し通路は逆に侵入者に利用されることがあるとのフィーユ様のお言葉を受け、隠し通路の出入り口それぞれ一名ずつで監視しております」
「よろしいっ! 安心しました。これからもよろしくお願い致しますね」
「ハッ、かしこまりました!!」
微笑みを浮かべながら扉を閉め、深く溜息を一つ。
「これ隠し通路じゃない……ッ!!」
そうしたのはお前だよ。
◇
「ふっふっふっ、どうですか私の完璧な変装は」
ローブを着込み、どこから持ってきたのかサンタクロースのような付け髭をつけフードを目深に被ったフィーユが小声で自信たっぷりに言う。
先ほどから通りの人々の視線を一身に受けていることは気付いていないらしい。
人々は声をかけてはこないものの、なんとも言えない哀れみのような表情を浮かべている。
たぶん、いや確実にばれているのだろう。
「あぁ……」
俺も人々と同じく、もはや哀れみしか浮かんでこなかった。
フィーユの中だけでは順調に、第三の門に辿り着き、
「フィーユ様っ! 丁度良いところにお越しくださいました!」
フィーユの勘違いは鋭い現実に一突きにされた。
「……あ、はい。丁度良くないところに来ちゃいましたけど、なにか」
ローブもヒゲもばさりと地面に落とし、全てを諦めた虚ろな目で地面を見つめる。
「実は……王を名乗る者が第一の門に来ているようでして」
「……王? 王ってあの王様ですか?」
「はい、そう名乗っておりまして。一緒にいらっしゃる大神官を名乗る者の確認をしていたのですが、街の神官様が仰るにその方は大神官様で間違いないとのことです」
「大神官様も王都にいらっしゃったはずですから、信憑性があるということですか」
「はい、ただ王のご尊顔を誰も拝見したことがないものですから、確認のしようがなく困っていたところです。ちなみに今は、以前ご指示頂いた通りに肥溜めに湧いた虫けらのような扱いをしております」
グレードダウンが激しいな、おい。
どういう扱いなんだかもう想像できねぇよ。
「……わかりました。私が直接確認致します」
しょんぼりとして脱走を諦めた様子のフィーユが言うと、あわただしく門が開かれ門番達がフィーユの護衛のため周囲に付く。
そんな雰囲気の中、第一の門が開かれると、
「……ようやく来たか。聖槍の勇者よ」
憮然とした面持ちの王が、パンツ一丁で正座させられていた。
「これはこれは国王様。お久しぶりです」
そんなフィーユの言葉に、周囲がざわめく。
パンツ一丁にした相手が本当に王様だったのだから焦っているのだろう。
そんな状況を見て、青筋を立てた王が立ち上がろうとするが。
「誰が姿勢を崩して良いと言いましたか」
サッとフィーユが手を挙げると、門番達が槍を構える。
「貴様、どういうつもりだ」
「どうもこうもありません。聞いていますよ? 王都はほぼ陥落したそうじゃないですか。そんな時に、なぜ国王様がこのような場所にいらっしゃるのです?」
「そのような状況だからこそ、いるのだろう」
「……えぇ? まさか、我先にと逃げ出したとでも?」
ニタアッと悪鬼のように笑う様からして、たぶん八つ当たりだ。
逃げられなかったことを国王のせいにして、憂さを晴らすおつもりなのだ。
「……逃げ、逃げ出したのではない! 国の存続の為、人類の勝利の為、苦渋の選択ではあったが転進したのだ!!」
「転進……? そうですか。いいですよ、国王様がそれで良いなら良いんじゃないでしょうか。ただ転進されたのは良いんですが、つまり王都は、いえ王国軍は敗北したということですか」
「敗北ではない、転進だと言っている! それに、こうなったのは誰のせいだと思っている!!」
「……はい?」
「聞いておるぞ。この街に貴様以外にもヘルシスが居るのだろう!? さらにはあの西の魔女まで居るとも聞いている。ジョナスも途中で戦線から消え、残っていたのはあの威勢が良いだけの勇者だけだ! この世界を救うのがお前等の仕事だったであろう!! にも関わらず、貴様等はいったい何をしていた!!」
「なにって私だって色々と……ッ!」
やっべー。
フィーユの表情に分かり安すぎる程にそんな感情が見てとれた。
周囲の門番達が王の言葉に耳を傾けてしまっている、それに気付いたのだ。
勇者達がまともに戦わなかった。だから王都は壊滅した。
そんな紛れも無い事実が広まれば、安全を売りにしたこの街の価値が下がり、当然フィーユへの信用も失墜してしまう。
そう、彼女はそういうところだけは見逃さない。
自分が悪く思われたり、自分だけが損をするのは極端なまでに許さないたちなのだ。
「あの、あれですよ。……そう、そうだ! 私を追い出したのは、どこの誰だったかお忘れですか!!」
それは形勢逆転の一手だった。
ざわざわと周囲がどよめき、国王に付きかけていた門番達が訝しげな視線を王に向ける。
ここだ、そんなことをフィーユが考えているであろうことは、パッと明るい顔をしたことで嫌と言うほどよくわかった。
「血気盛んにその力を世界の為に奮わんとしていた私達を罵倒し、一時の感情だけで私を帰らせたのは国王様じゃありませんか!! だから私はこの街に戻り、少しでも世界の平和に貢献しようとギルドの依頼を受け、貧しく報酬の払えない村を助けるべく旅をしたりと地道な活動をしていたのですよ。そして偶然にもドラゴンを退治しお金が入ったので、この街を守ろうと壁を造ったのです。ミーナさんはそんな私の説得に応じて下さっただけです。ヘルシスさんは確かに戦線から抜けたかもしれません。ですが彼女も、駒のように扱われていることに不満を持ち、今ではこの街で志を同じくしてくれています。私はただ懸命にできることをしてきたつもりです。それは些細なことだったかもしれません。それでも、私は勇者として私にできることを全力でやってきたつもりです!!」
涙を滲ませる迫真の演技。
パラパラと拍手が沸き、次第に大きくなる。
そんな中、フィーユはおそろしく早く舌をチロッと出して見せた。
俺じゃなきゃわからないね。位置的に。
「……だ、だが……それは」
さらなる形勢逆転を狙って王は挽回の言葉を探す。
挽回も何もパンツ一丁の時点でもう手遅れだと思うんだけど。
しかしフィーユはそんな暇を与えない。
調子に乗る時はとことん乗る子だ。
「だがもしかしもありません。これまで国王様は何をなさって来ましたか? 駒のように人を扱ってさぞや楽しかったことでしょうけど、結局どうなりました? この期に及んで、まさかまだ転進などという言葉で誤魔化されるんですか。そんな誤魔化しで王都から逃げ出したあなたを、誰が街へ入れると思いますか」
「……ならば、どうしろと言うのだ……」
「結果を、きちんとあなたの言葉で仰ってください。王国軍を戦わせ、結局その戦いはどうなったのですか」
真っ赤な顔をしたパンツ一丁のおっさんが肩を震わせている。
それを見下ろす少女の満足気なこと。ずいぶんとまぁスッキリしたお顔をしていらっしゃる。
「何一つ……」
「え? なんですか? もっと大きな声で!」
屈辱の涙が王の頬を伝う。
「何の成果も上げられませんでしたぁッ!!」
その悲鳴に似た言葉の余韻を楽しみつつ、フッと鼻で笑ったフィーユが踵を返した。
「きちんと認めて下さるなら良いんですよ。ようこそ国王様、私達の街へ。宿泊については私の屋敷を賃貸にしているのでそこを貸して差し上げます……。あっ」
足を止め、顎に指を当ててフィーユは何かを思案し出す。
可愛く考え事をするポーズだと言っていたが、もはや悪巧みのポーズにしか見えない。
しかもそれは、後々自分が酷い目に合うような悪巧みなのだ。
ほんと、ろくなことにならない。
「国王様」
打って変わって優しい微笑を浮かべたフィーユが、再度パンツ一丁のおっさんに歩み寄る。
まるで救いの手を差し伸べるように、フィーユは国王に、そして周囲の全ての人々にも聞こえるように思いついたばかりの提案をしたのだった。




