第五匹:勇者でよかったあ。
「どれにしよっかなぁ」
古着屋に到着したフィーユは早速台の上に置かれた服を引っ張り出し、広げてみてはデザインとサイズを確かめ、念入りに生地の肌触りを手で確認する。
そんな中、ふと店の奥の棚にしまわれた服が見えた。
勇者覚醒からのオーク撃退に間に合わなかった俺は、信用を別の方法で勝ち取らなければいけない。やりたくはないが致し方ない。
「フィーユ、そんなワゴンセール品みたいなのじゃなくて、奥にある服が良いんじゃないか」
「……奥の棚にある服が買えれば一番良いんだけどなあ、でも一等級だから高いんだよなあ。高額だからたぶんツケでの支払いを許してくれないしなあ」
フィーユはひとり事のようにそう言い、無意味に服を広げては畳む。
俺の言葉を待つぐらいなら、いいかげんちゃんと喋ってほしい。
「勇者として城へ行くんだぞ? 勇者が来た服、勇者が服を買った店ならプレミアが付く可能性もある。逆に勇者にそんじょそこいらのワゴン品を買わせた店なんて汚名は嫌がるんじゃないか。そこを突け」
「……ッ!」
サッと見ていた服を置いて、フィーユは奥のカウンターへと向かう。
うつらうつらしていた老婆が顔を上げ、その向こうには他とは明らかに扱いの異なる商品が綺麗に畳まれ並べられていた。
「何が入用だい」
「あの、実はこの度勇者になりましてお城へ行くことになったんですけど、やっぱりお城に行く以上お洒落したいなぁって」
「……そうかい。金はあんのかい」
「お金なら武器屋の店長のツケで良いって」
「見たことあると思ったら、あそこで働いてる娘かい。そんならその辺の台の上から選びな。あのおやじのツケならその程度さ」
「あ、でも、なんていうか……、勇者が来ている服ってことできっとお店にも貢献できるんじゃないかなぁって」
「こんな片田舎でかい? んなわけないだろ、寝言は寝て言いな!」
迫力に圧倒され、すごすごとフィーユは黙って引き下がる。
沈黙が俺を責めているようで息苦しい。出来れば本当に使いたくない手だったが、やるしかない。
「もう一度行って見せて貰え。さっきオークを倒したからその報酬がすぐに入ると伝えれば見せてもらうことぐらいできるんじゃないか? その後は俺に合わせろ」
「……」
黙ったままフィーユは再度老婆の許へと進む。
もうここまで言う通りに動いてくれるんなら、いい加減普通に会話してくれてもいいと思う。頑固かよ。
「あの、実はさっきオークを倒して報酬頂けることになってまして、なので先にちょっとそちらの服を見せて欲しいなぁなんて」
「オーク? そういえばさっき騒がしかったけど、あんたがやってたのかい。まぁそう話しかけられたら寝てもいられやしないから、見せてやるだけなら許してやるよ」
数着の服がカウンターの上に置かれる。
老婆の監視するような視線の中、フィーユはそれを恐る恐る広げ確かめた。
「これ……すごく良い素材」
赤い革のようなゴムのようなほのかに弾力のある素材で作られたワンピースを広げる。
今着ているものは容易く千切れてしまいそうな程薄い生地で作られたものだが、目の前のそれは程よい厚さと硬さを併せ持っているように見えた。
「そいつは紅竜の尻尾から剥ぎ取った皮で作られた一品だからね。身体にフィットし、柔軟でありながら多少の攻撃では傷つきもしない。何より汚れも弾いちまう洗濯いらずだよ。この店でも一番の商品さ。あんたには縁のないものだけどね」
老婆がフィーユの手からそれを守るように取り上げると、わざとらしくフィーユが声を上げた。
「なんだい、頓狂な声上げて」
「その服、胸のところ汚れてませんか」
「そんなわけ……」
老婆の目が白いシミに向けられる。
次の瞬間、老婆は眉を吊り上げて金切り声を上げた。
「あんのクソ商人、何が紅竜の革だ! カビが生えてんじゃないかい!!」
「竜の革だとカビ生えないんですか」
「そうだよ! 元々汚れも剣も寄せ付けない上に、特殊な方法で加工されて剥いだ後も腐りもしないしカビを生えない。そういうもんさ。なのにカビが生えてんじゃ贋物じゃないかい!!」
フィーユに怒りをぶつけながら、老婆は額に手を当てて唸る。
「安く買い叩いてやったと思ったら、まんまと騙されるとはね! あの野郎!!」
「おばあさん、他の商品にもカビが移っているかもしれませんよ。よろしければお手伝いしますから、確認しましょう!」
調子に乗りやがって。
この流れだとやるしかないじゃないか。
「あぁそうだね! ちょっと手伝っておくれ!」
結果、棚に大事にしまわれていた商品の内三つにカビが生えていた。
最初の竜革のワンピースに革のブーツ、そしてリボン二つ。
冷静になればフィーユがサイズを確認して納得してからカビがあったと声を上げているのに気付けただろうが、損失に目がいっている老婆は気付くことはなかった。
「まったくいつの間に生えちまったんだか、この前に手入れした時には生えていなかったってのに」
「季節的なものですかねぇ。もしかすると魔物がこの辺まで少数来てるらしいんで、この辺にはいなかった菌が運ばれてきたのかもしれませんよ」
「迷惑な話だね、王国は税ばっか取って何をやっているんだか!」
「まったくですね!」
意気投合しそうだそうだと老婆の文句に同意した後に、
「ところでこの商品、譲って頂けませんか」
相手の隙をつくようにフィーユは提案する。
「税金ばっかり取って王国軍がちゃんと働かないから町でおばあさんが困るんだって、私伝えてきますよ。その服を着て」
「そういえばあんた勇者がどうこう言ってたね。でも城へ行くのにカビの生えた服で行くってのかい」
「あえてその服を着て現実を教えてやります。まじめに働くおばあさんが騙されて馬鹿を見る国なんて間違っているって。王国軍が腑抜けてるから魔物が来て大事にしていた服にカビが生えたんだって。その服を着て行けばきっと王様にも伝わるでしょう。それにこの服置いておいたら、さらに他の服にまでカビが移ってしまうかもしれませんよ」
「あんた……」
結局、そのままツケ払いで三点をお買い上げ。
こいつ、行けると思った時の勢いがえげつないな。
「しっかり頼んだよ、勇者!」
「はいっ! まかせてください」
意気揚々と店を出てしばらく歩いてからフィーユはふと漏らすように呟く。
「勇者で良かったあ」
「こんなの勇者じゃねぇよ!」
肩にしがみ付いた俺へ、ついにフィーユの視線が向き、加えてニコリと笑みをくれる。
「なかなかやるじゃないですか、蚊さん」
「やっと喋る気になったか……」
「これだけやってくれたんですから、少しならお話してあげてもいいですよ」
それならやった甲斐があった、のだろうか。
霧となってへばり付きカビのフリをする。
勇者を助けろと言われたが、こういうことじゃなかったはずだ。
老婆も老婆で、ブーツの糸がほつれているのに気付いて渡す直前にほつれごと糸を千切り取ったりしていたので、罪悪感が薄いのが救いだが。
「助かるよ……」
疲れて少しどうでもよくなったきていたものの、それでも俺はフィーユに経緯と目的を改めて話す。
買ったばかりのカビの生えていない服をためつすがめつしながら、フィーユはそれに生返事をして、
「なるほど、わかりました」
あっさりと納得した。
「え? いいの、それで」
「はい。ここで何を言っても無駄な気がしますし、つまりは蚊さんは私の手助けをするのが仕事なんですよね? なら私にとって悪い話じゃないですよ」
「ほら、もしかすると魔物かもしれないとか」
「私、差別はしないんで」
「あ、そう……」
やっと話を聞いてもらえて納得してもらえたというのに、都合が良すぎると気持ちが悪い。何か嫌な感覚が泥のように胸中に溜まっている。
「まぁでも、とりあえず受け入れてもらえるならいいや。ところでさっきから蚊さんって呼んでるけど、俺の名前は――」
「蚊なんだから蚊さんで良いんじゃないですか」
「いや蚊なんだけど、話した通り本当は吸血鬼で元は普通の人――」
「蚊なんだからもういいじゃないですか。大丈夫ですよ、私差別しないんで。蚊でもそのなんとかっていうのでも」
「いや差別とかそういう問題じゃな――」
「そろそろ店長のところに戻ってみましょうか」
それだけ言ってさっさと先に行ってしまう。
あわてて追いかけて服にしがみ付きながら、嫌な感覚の正体がわかった。
こいつとことん自分に得になることしか興味ないんだッ!
店長への笑顔も、俺に突然それを向けてきたのも、自分にメリットがある相手に対して笑みを向けているだけ。
俺の話を聞く気になったのは、自分にとって有益だと思ったから。
俺の想定以上に、勇者だとか喋る蚊が何なのかだとか、そんな得にならないことにこれっぽっちも興味がない。
こいつ勇者なんかじゃないッ!!
上機嫌で歩いていくフィーユにしがみ付きながら、俺は今後について思いをめぐらせ始めた、ものの。
あれ、なんかお腹痛い……?
唐突に空腹感のような、逆に満腹感のような、よくわからない感覚に襲われ俺は首を傾げる。
そんな俺には気付きもせずに、フィーユは鼻歌交じりの軽い調子で武具屋に戻ったのだった。
お読み頂きありがとうございます!
不慣れな為試行錯誤しておりおかしな点が多々あるかもしれませんが、その際はよろしければご指摘ご指南頂けると嬉しいです。