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第四十九匹:街の支配者。


 西の魔女であるミーナを連れ帰ってから、早いもので数ヶ月。

 案の定ジョナスは行方をくらませていたが、なぜか町の展望については町長にしっかりと理解させており、そのままフィーユが話合いを引き継ぐことになった。

 ミーナも予想していたのか特にそこで怒り狂うでもなく、むしろ今までの憂さ晴らしとばかりに積極的に街作りに参加してくれた。

 その結果。


「まさか三重の壁が造られるとはなぁ……」


 街を一望できる場所が欲しいというミーナの要請で造られた塔の上で、ぐるりと街を囲む壁を眺める。

 本来の予定では、山間の街道部分にのみ壁と門を置くという話だったのだが、それじゃ面白くないとミーナが言い出して、結局街を取り囲む頑強な壁が造られた。

 山の麓から巨大ゴーレムが現れ、その身体を千切っては壁を造っていく様は、きっと後世に語り継がれることだろう。

 それぐらいに途轍もなく奇妙で、しかし恐ろしく早く見事な建築工事だった。


 そしてそんな話は瞬く間に人から人へ、街から街へと伝わる。

 西の魔女とついでに勇者もいる安全な街。

 そんな噂が立つのは早かった。

 おかげで既に移住者は増え、建築ラッシュが始まっている。

 ミーナの造った壁の内側は今までの町の面積の約三倍。しかしそれを埋めてしまいそうな速度で次から次へと家屋が建てられていく。

 元々の町の南側寄りに作られたはずのこの塔は、そんな城壁都市の中心、ランドマークのような扱いになってきている。

 しかも、この塔周辺の土地は壁の建設が始まる直前にフィーユが安く買い叩き手に入れていた。そして塔に寄り添うようにして、さらに城に似た建物を建設中である。


 フィーユは、いよいよこの街の支配者になろうとしていた。

 利権でうまうまするつもりなのだ。

 そしてもし状況が悪くなりそうなら、立場と全ての権利をうまいこと売却するつもりなのだ。

 何もかもがフィーユに都合よく回っている。

 そりゃあもう、しまりの無い下品な笑顔を浮かべていると思うところなのだが……。


「痩せたな、フィーユ」


 隣で立ったままぼんやりと遠くを見つめている、頬のこけた少女に声をかける。


「ははっ、ダイエットいらずですよ。……最初からそうですけど」


 しわがれた声だが、それはフィーユだ。

 様々な権利を獲得しておこうと画策し、その結果多くの義務を抱え込んで寝る暇もなく働かされるという、馬鹿丸出しな失敗をしているフィーユさんだ。

 地上にいるとアレはどうするんだとか、コレはどこに持っていくんだとか、工事のスケジュールを調整してほしいだとか、指示を仰ぐ人々がフィーユの元に数珠繋ぎでやって来る。

 そのために、かなりの頻度でフィーユはこの塔に登っていた。

 関係者以外立ち入り禁止としているこの塔の上だけが、現在唯一のフィーユの休める場所だったのだ。


「お、ほら見てみろ。新しい武具屋、だいぶ出来てきたな」

「……はい。図面をよく見ずにOKだしたら、総合デパートみたいになっちゃってましたけどね」


 そう、四階建ての大きな建物で、武具どころか服や日用品、食料なども取り揃えるらしい。だけど店長は相変わらずあの老人だ。

 フィーユとしては今までのお礼のつもりで、店を大きくしようとしたらしい。大きくなり過ぎてもはや嫌がらせに近いものもあるが。


「最初は何を言ってるのかと思ったけど、こうして見てるとやっぱりワクワクするよな」

「……それは良かった、ですね……ゴホッゴホッ」

「あ、なんか下でうろうろと誰かを探しているっぽい人達が……百人ぐらいいるぞ。あれ、フィーユを探しているんじゃないのか」

「……私、いったい何を、しているんでしょうね。ケホッ」


 知らんがな。







 さらにそれから数ヶ月の月日が流れた。

 総合デパートも無事開店し、雇用創出に貢献すると共に、連日買い物客で賑わっている。

 小さな武具屋から総合デパートの店長へと進化を遂げたあの老人は、……なぜか入り口でカーネルサンダースのようにずっと立ち尽くしている。

 最初こそ店長らしく振舞っていたそうだが、あまりにも勝手が違い、結局は従業員が独自に動き始めて何もすることがなくなってそうなったらしい。

 それでなぜ人形のように入り口に立つという結果になったのかは、理解の範疇を超えるところである。


 フィーユはというと、完成した城に住まい今日も優雅に、書類仕事をさせられている。

 書類片手に部屋の前からずらりと並んだ人々はみな、フィーユとの面談待ちの人々。朝一番から開始されたそれは、いつも通り夜更けまで続くのだろう。


「……はい、ゴミの回収ですか。良いんじゃないでしょうか、はい」

「……はい、騒音トラブル。それって、私の仕事ですか? え、あ、はい……。そうですね。えぇ……」

「……はい、はいはい。はい。はぁ……はいはーい」

「……はい、地下水層? あぁ、確かに虫がわきますからね。じゃあそれで」

「……はい、は? パンツの調査? ……好きにしたらいいんじゃないでしょうか」

「……はい、ゴミの回収。いいですよね、置いておけば勝手に持ってってくれるんですから。……そういうことじゃない? だったらどうしろっていうんですか!? 誰かがやってくれると思って調子に乗らないでくださいよ!! 私だって誰かにやってほしいんですよ!!!!」


 枯れ木のような少女が椅子の上で憤慨する。

 が、すぐに怒る気力すら維持できず、椅子にへにゃへにゃと身を沈める。


「あの、ちょっとだけ休みをいただけないかと……」


 弱々しい声に振り向いたのは、面談者を外へと見送るスーツを着こなしたユーコだった。


「ダメだべや」

「そこをなんとか、ね」

「お姉ぇとの謁見希望者は現在三時間待ちだべ。このままだと終わらねぇべや」


 有無を言わさずユーコが扉を開けようと手を伸ばし、あわてて止めようとしたフィーユは哀れみを誘うように咳き込む。


「ほんの、ほんの三分で良いですから……、ほら、お姉ちゃんちょっとトイレに行きたくなってきましたし」

「一分ですませるべや」

「いやいや、さすがに女の子は一分じゃ無理ですよ……」


 はあ、と姉に見せ付けるような嘆息。


「だから凡庸なパンツはダメなんだべ」


 そこいらのパンツとは一味違う、アラクネパンツ、我が街だけで限定販売中。







「次の方ー。……いねぇべ。お姉ぇ、今日の謁見は終わったべ」

「……あ、は……」


 すっかり夜も更けた頃、一日の業務が終わる。途中からフィーユが張り子の虎のように首を振るだけになったせいか、いつもよりは早く終わった。

 この街の隠れ名物と言われている人魚のミイラのように、変わり果てたフィーユが焦点の合わない目で天井を見つめている。

 やがて、その目は重力に負けるようにストンと落ち、机の上にいる俺へと落ちた。


「私、何かしたんでしょうか」

「そりゃあ町長を隠居させて実権を握ろうとしたんだから、こうなるよな」

「私はただ権利だけが欲しかったのに……」


 影の支配者になろうとして、誰も表にいないことに気付かなかったのだ。

 当然の帰結として、フィーユは実質的にこの街の支配者であり管理者となった。

 そんな結果が今の状態である。


「お姉ぇ」

「ひっ!?」


 すっかり怯えきったフィーユに小首を傾げながら、


「門のやつ来てんべや」


 と淡々と報告する。

 そしてそのまま自分の仕事は終わったと、姉を置いて部屋から出て行った。

 ヘルシスとミーナと女子会があるのだそうだ。

 どう考えても、その面子だと天下一武道会でも開かれそうだけど。


「門の方って、何かあったんでしょうか……」


 辟易としながら腰を上げるフィーユだが、何があったかは既に聞いているはずだ。


「昼にも一度来てたぞ? はいはい言ってて覚えてないかもしれないけど、王国から誰か来たとかなんとか」

「王国から……?」

「あぁ、それで確か、待たせておくって話になったはずだ」

「……全然覚えてませんね。もう明日でも良いでしょうか」


 さすがに昼から夜まで待たされて明日というのはまずい。

 そう説得して部屋に門番を入れると、彼は一番外にある第一の門担当だった。


「王国から派遣された一団の皆様にご指示通りお待ち頂いておりますが、いかが致しますか」

「えーっと、ちなみにどのようなご用件でしたっけ」

「はい、それがフィーユ様に直接お話するとのことで内容については……。ただ国王様からの紹介状をお持ちでいらっしゃいました」

「そうですか……」


 王国からの派遣。

 記憶にあるのは、すれ違いの末に事件を起こして、町から追い出された可哀想な男だ。

 あの男は勇者を迎えに来たわけだが、果たして今回の用件は何か。

 同じ可能性もあるが、王国が魔物との熾烈な争いをしている間にこの街が勝手に城塞都市と化したのだから、それだけでも人が派遣される理由にはなり得る。

 むしろ今さら来るのは遅いぐらいだが、移住者達の話を聞く限り、もはや北の境界はほぼ占領されいつ王国が落とされるかもわからない状況らしい。そんな状況だから今さらになったのだろう。

 げっそりしたままのフィーユは、やつれて尖った顎に指を当て、ふと何かを思い出したようにニヤリと笑う。


「それ、本当に本物の王からの紹介状でしたか……?」

「……え、えぇ。確認させたところ本物だと判断されましたが……」

「でも国王の署名なんて、早々見た人いませんよね?」

「えぇ……確かに仰る通りですが……」

「ところで通行税は取ってますか」

「いえ、王国からの派遣団とのことで、取っておりませんが」

「ですよね。今や大都市になりつつあるこの街では、より街を良くする為に皆様から税を頂いております。確かに王国から派遣されてきた方からは税は取れませんけど、だからこそそれを利用しようという方も残念ながらいらっしゃるでしょう」

「……確かに」

「元町長なりギルドの方なり、それを確認できそうな方は他にもいらっしゃいますから、より厳重にチェックするように致しましょう。具体的にはですね……」


 第一の門でさらに厳重な確認に一日。

 第二の門でさらにさらに厳重な確認に一日。

 第三の門で個別での質疑応答、危険物などの確認にさらに一日。


「ちなみに、王国からの派遣団を騙っているなら高圧的態度で切り抜けようとしてくる可能性があります。頑としてそれを聞かず、田舎のこそ泥でも相手にするような姿勢で臨んでください。もし確認に時間がかかり過ぎるなどの不平を言うようでしたら、この街ではそれが当たり前だと伝えて下さい。なにせセキュリティの甘い田舎とは違いますから、田舎者ならばわからないでしょうけど。皆様の安全のために、どうかよろしくお願い致しますね」


 それは、仕返しだった。

 王都へ赴いた際に、散々王都に入るための確認に時間をとられ、挙句田舎者扱いされた少女の陰湿な報復だ。


「これで良しっ。しばらくは余計な仕事も増えないでしょうし完璧」


 門番を下がらせた後、溜飲を下げたらしいフィーユはすっきりとした顔で笑った。



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