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第四十七匹:なんとかしてよゴーゴン!!


 恍惚とした状態で何もかもどうでも良くなり、しばらく悶えている間にフィーユとミーナの闘いが開始された。

 ミーナが常時放っている風に翻弄されながらも撃ち出される火球を避け、フィーユはヒットアンドアウェイで攻撃を繰り出す。

 しかし。


「衆愚にしてはやるようだけど、その程度でこの私様に挑もうだなんて失笑ものね!」


 その言葉通り、フィーユの攻撃はまるでミーナに届いてはいない。

 あれも結界というものなのだろうか。

 寸前のところで、見えない壁に阻まれ穂先が跳ね返されていた。


「うちも、うちもお姉ぇに加勢する……べや」


 威勢の良いことを言ったものの、荒れ狂う暴風に地面にしがみ付き飛ばされないようにすることで精一杯のユーコが悔しそうに歯噛みする。

 ユーコも吸血鬼化してしまえばきっと戦力になるだろう。

 ただ姉に断りなくそれをすると、後が怖そうなので俺は躊躇していた。

 それでも、この状況では……。


「フィーユ! このままじゃジリ貧だ。ユーコも吸血鬼化しよう!」

「……ダメです! その子には手を出さないでくださいっ! 私が、私がなんとか……あっ、やばい、無理かも!?」


 一瞬気が逸れた為か槍を大きく弾かれ、できた隙を狙ってミーナが火の矢を放つ。

 無理やり身体を反らせてそれを避けたフィーユだったが、崩れた体勢で横殴りの風を喰らって弾き飛ばされた。


「くっ……あっ」

「ほら、油断しちゃダメじゃない。……というか、誰と喋ってたの? 人間も魔物もいないようだけど。まだあの髭の仲間がいて助けにくるとでも?」


 ……助け?

 そうか、その手があったか。


「……背に腹は変えられないか」


 ろくでもなしっぽくて嫌なんだが、やれることはやるべきだろう。

 それが俺の役目なのだから仕方ないだろう。決してこの世界に染まったわけじゃない。本当に。


 大きく息を吸い込んで、躊躇いを振り払いながら俺はその名を叫ぶ。


「ゴーゴォォォォン! 助けてくれえええぇ!!」

 

 木霊する叫びが消えるころ、木々を押しのけ突き進んで来る轟音と共に、女の悲鳴が聞こえ始めた。


「いたたたたたっ!? ちぎれる! ちぎれるぅぅぅッ!!」


 空中から人魚姉の声とギリギリと締め付けるような音が聞こえ、何かを勢い良く引きずる音に人魚妹の呻き声が混じる。 

 見ずとも理解できる。

 俺の声に応じて来てくれたのだ。

 なぜか人魚姉妹も道連れにして。


「あれは確か……きゃっ!?」


 妙な破裂音と共に短い悲鳴を上げミーナが目を背ける。


「この呪い、そうかゴーゴンね。思い出した。あの髭が連れて来た魔物がそうえいばいたわね……」


 ゴーゴンを視認したのに石に変わらない。

 それでもあわてて目を背けたところを見ると、効かないわけじゃない。ならば魔法で防いだということだろう。


「それが助けに来たってことは、やっぱりあの髭の仲間なんじゃないッ!!」

「え、ちがっ、違います! いいかげんに話をちゃんと聞いて下さいよ!」

「問答無用!!」


 さらに激昂したミーナが杖を振り、フィーユの身体を風で吹き飛ばす。


「フィーユ! もう何を言っても無駄だ。いったん戻ってくれ! ゴーゴン、この魔女が俺を苛めるんだよ! なんとかしてよゴーゴン!!」


 その訴えに応じてゴーゴンの触手が波打つ。

 もういよいよ本当に恥も外聞もありゃしない。許されるなら思いっきり泣きたいところだ。

 

 やはりゴーゴンの触手ですら風に阻まれてミーナには届かないが、目を背けたままで触手全てを退けるのはさすがに容易くはないらしい。

 ミーナはフィーユの動きを気にしながらも、ひとまずゴーゴンへの対処に重点を置いたようだ。

 俺はその隙に戻ったフィーユの肩に乗る。


「フィーユ、時間がないからよく聞いてくれ」

「蚊ーさん、妖精王から貰った魔物避けを使ったって言ってましたよね? なんか呼びかけに応じてゴーゴンが来たみたいなんですけど、どういうことですか」

「もう時間がないって言ってるだろ!? なんでいつもいつも細かいとこばっか聞くんだよ!!」

「あなただってさっき、何か投げやりな感じで私の血を吸ったじゃないですか!! それを今さら言いますか!?」

「あぁもう! いいから、聞いてくれ。たぶんゴーゴンの活動限界がすぐに来るんだ。ほんとに時間がないんだよ!!」


 なにせ既に湿った音が聞こえてきている。

 ゴーゴンが鯉のように口をパクパクとさせて喘いでいるのだ。あの子見た目と違ってエラ呼吸らしいからね。


「いいか、いくら吸血鬼化したところで今回は相性が悪い。さすがに西の魔女と呼ばれるだけあって、あいつの魔法の防御は鉄壁だ。かといって持久戦に持ち込んでも、いつ魔法が切れるのかわかったもんじゃない」

「確かに、まるで攻撃が通るような気がしませんでしたし、まだまだ余裕はありそうですね」

「そう、だから魔法を使えなくするしかないんだと思う」

「あの杖を奪えば、使えなくなるんでしょうか……」

「それもあり得る。手の一つだとは思うが、考えられる方法がもう一つある。上手くいくかはわからないけど、やるなら今だ。ゴーゴンがやられれば手数が足りず、言葉通り手も足も出なくなる。だからひとまずここは俺を信じてくれ」

「……根拠が何か、とは言いませんけど、蚊ーさんは私を信じてますか」

「あぁ、信頼してる。……信用はしてないけど」

「……最後なんて言いました? なんか小さくごにょごにょ聞こえたんですけど? でも、まぁ良いですよ……まったくもう」


 何がまったくなのか知らないが、信頼はしている。信頼に根拠はいらないから。

 信用は過去の実績ありきなので無理です。

 


 動き出したフィーユに素早く気付いたミーナがその動きを視線で追う。

 しかしゴーゴンの猛攻は続いている。

 焦りこそ無いが、少しだけ先ほどまでの余裕に陰りが見え、周囲一帯を支配していた風は今はゴーゴンの触手に集中している。


「誰とかは知らないけどこそこそと作戦会議でもしていたのかしら」

「えぇ、まあ。先に伺っておきますが、話を聞いて頂くことはできませんか。私達はあのヒゲの仲間じゃありませんし、あなたと争うつもりもないんです」

「あんなモンスターの仲間まで連れて来て、今さら聞くとでも思う?」

「なら……仕方ありませんね」


 諦め槍を構え直し、突進。

 吸血鬼化した状態での高速移動でフェイントを繰り出しながらの横薙ぎ。だがそれも弾かれる。

 

聖的槍突(アスト・スラスト)ッ!」


 不可視の連撃を繰り出すもやはりそれすら弾かれ、フィーユはすぐさまに間合いを考えつつ距離を取る。


「なにそれ。作戦会議したわりには何にも変わってないじゃない」


 呆れ顔のミーナは首をたれて嘆息し、


「もういいや。復活のウォーミングアップも兼ねてのお遊びは終わり。代わりに最大火力で葬ってあげる。あの世で自慢していいわよ」


 見開いた目でフィーユを真っ直ぐに捉えて杖を高々と掲げた。


「そうですか。それならこちらも最大火力の技で応じさせてもらいましょう」


 ミーナの魔法の発動を待たずフィーユが動く。

 何をするのか興味を持ったのか、ミーナはそのままの姿勢でフィーユを見つめ、


「あー、しまったー、ゴーゴン見ちゃったあー」


 そんなまさかの棒読み台詞と共に、ミーナ越しに向かい合ったゴーゴンを見てしまい石化するフィーユを目撃した。


「……は?」


 さすがに予想していなかったのか目を瞬かせるミーナに、さらに。


「あ、ヒゲだべや! おーい、ヒゲおーいだべや!」


 隠れて移動していたユーコが森の奥に向かって声を上げている。

 瞬時に怒りの表情を顕にしたミーナが、その方向に視線を向ける中で。


「ゴーゴン! 俺はお前のうなじが見たい!!」


 そんな状況に全くそぐわない俺の声に反応したゴーゴンが、甲斐甲斐しくも依頼どおりにうなじを向けてくれる。

 これで、条件は整った。


「なによ! いないじゃない!! そこのちっこいの、どういうこと!?」

「ヒゲだと思ったら、虫だったべや」

「確かにあいつは虫けら同然だけど! まったく、こっちのは勝手に石化するし、二人揃って変というか間抜けというか……え、あっ!?」


 ミーナがあわてて手を伸ばすがもう遅い。

 吸血鬼化したフィーユを身体的には並みの能力しかないミーナに捕らえられるわけもない。


「あなた、確かにさっき石化していたはずなのに……」


 忌々しげなその視線の先で、したり顔のフィーユが杖を見せびらかすように突き出した。


「獲りましたよ! さあ、返して欲しければ――」

「はあ? 杖がなければ魔法が使えないとでも思ってるの? あの忌々しい魔法の鍵にされてただけで、それは元々強化用よ。杖がなくてもあなた達を一瞬で消し去るなんて、西の魔女たる私様には朝飯前よ」

「え……、でもほら、多少は攻撃が効くようになるみたいな」

「ないわね。これは私の魔力がある限り、自動的に私への攻撃を弾いてくれる結界ですもの。杖で強化する必要も無い、選ばれし私様オリジナルの魔法よ。まぁ、おかげで今みたいに攻撃とみなされないと機能しなくて、あのヒゲに杖を奪われたんだけど……ッ!!」


 ミーナが思い出し笑いならぬ思い出し憤慨で眉を吊り上げる。

 

「っていうかあいつと似たような卑怯なことして!! やっぱり仲間なんじゃない!! もう頭に来た。今すぐに終わりにしてあげるわ!!」

「その前に。ミーナ様、一つお聞きしていいですか。痒みを止める魔法というのは、あるんでしょうか……?」

「……そんなのないわよ。痒みなら薬草でもつけておけば良いんじゃない。どうせ今すぐ痒みなんか感じなくしてあげるけどね。……なによその顔」


 ニコリと微笑むフィーユに苛立ち混じりに尋ね、しかし次の瞬間そんな苛立ちを忘れたかのようにミーナは悲鳴を上げ始めた。


「あ、……え、あっ、かゆいっ! か、かゆいぃぃぃッ!!?」


 悲痛な叫びを上げながらミーナはスカートの内側で内腿を擦り合わせる。

 

「ねぇ、ちょっと待っててもらっていい? ちょっとタイムでいいかしら?」

「ダメです。問答無用です。どうしたんですか? 痒いんですか? 掻けば良いじゃないですか。スカート捲し上げてパンツ丸出しで掻けば良いじゃないですか。言いふらしますけど」

「くっ、誰がそんなはしたないこ、あ、痒いぃぃ。なにこれ、何の魔法よこれ!! あ、あれ、ちょっと待って。背中が、背中もかゆいぃぃッ!? 手が、手が届かないぃぃっ! あぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 もんどり打って倒れるミーナをフィーユはにやりと笑い見下ろす。

 なんだか満足そうだ。

 自分が味わってきた痒みを他人が味わわされているのが嬉しいのだろう。

 この子はそういう子だ。


「攻撃とはみなされないようですね、ご自慢の結界も効きませんし、その状態で魔法を使うのも難しいのでは?」


 依然としてにやついたままミーナの側で槍を構え、勝負はあったのだと無言で示す。


「先ほどから申しております通り、私達はあのヒゲの仲間ではありませんし、あなたに危害を加えるつもりもありません。だからお話を聞いていただけませんか」

「……くぅ、一度ならず二度までも私様が負けるだなんて! でも、わかったわ。わかったから、これをなんとかしてよ!!」

「あ、すみません。それは無理です」

「えぇッ!?」


 そんな会話の最中、俺は一心不乱に唾液をミーナの身体に送り込み、ミーナの血と共にそれを回収していた。唾液を注入することによりアレルギー反応で痒みが起こる。しかし同時に、吸血鬼化も起こってしまう。

 日頃フィーユは吸血鬼化による治癒力向上ですぐに痒みが治まっているが、唾液を回収し吸血鬼化を出来る限り遅らせている状態のミーナはそれ以上の痒みを長く味わうことになる。

 それでも少しずつ吸血鬼化していることに違いはなく、一か八かの賭けであり、長引き吸血鬼化が気付かれれば不利になる危険な作戦だった。

 それでもなんとか戦いを止める事はできたようだ。


 結局、戦いは中止となったものの、教えられた薬草を採取し、それを使って痒みを落ち着かせるのに随分と時間を要してしまった。

 俺はその間、ゴーゴンと人魚姉妹を湖へと返した。

 触手に締め付けられぐったりしている人魚姉と、ここまで引きずられたらしくピクリともせずぼろ雑巾となっていた人魚妹のことは知らないが、ゴーゴンは無事に湖へと戻っていった。



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