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第四十五匹:剛腕触手系女子


「ぜったい、ぜったいいやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 目的のモノを見つけ、躊躇い無く自分の眼を足で貫いた。

 何度も何度も眼を貫き、そして……。


「うああぁぁぁぁッ!!」


 一直線にゴーゴンめがけて飛び立つ。

 眼が見えずとも、人魚の体臭、人魚の呼気、空気の流れを感じることができる。

 それだけで大まかな位置はつかめる。

 そして的が大きければ十分に当たる。


「セレお姉ちゃん、何か突っ込んできてるっぽいよ!?」

「そう言われても、見えないし。ここまでこっちのアシストしかしてないのに何ができるっていうの」


 その発言でより呼気の位置がはっきりと伝わってくる。

 それを基準に記憶にある位置関係から的に狙いを定める。

 石化している間に見た奴らの位置関係がそのままなら、的は十分に当てれるだけの大きさがあるはずだ。


「うらああぁぁぁぁぁッ!!!!」


 水で覆われたそれにぶち当たり、俺の頭がぐにゃっと捻じ曲がる。

 しかし眼より単純な怪我だ、すぐに完治する。

 短い悲鳴が頭上から降り、下からは激しく揺さぶられるような水音が上がる。

 ゴーゴンが身もだえしているのだろう。

 きっと痛みはない。

 ただ強烈な異物感と不快感に反射的に身もだえしているのだ。自転車で夜道を走っている際、眼球に蚊がぶつかった時にそうであるように。

 しかしダメージはないだろう。

 せいぜい数秒、目を瞑る程度でしかない。

 だけどそれこそが俺の狙いだ。

 扇ぐような風が目の前から吹き、それを合図に四本の足で抱えたどんぐりの帽子を前足で取りつつ構える。

 同時に、潰した目の治癒が視力を戻すまでに至る。

 眼前に目潰しで瞑った大きな瞼を確認し、俺はその中身をぶちまけた。


「さぁ! 俺を見ろ、ゴーゴン!! 俺はここだッ!!」


 バッと瞼が勢いよく上がり、中からは生気のない巨大な目玉が現れる。

 その瞳の正面で俺は羽を広げ、目一杯に手足も広げる。


「……虫……あ、蚊だ。セレお姉ちゃん、蚊が喋ってる!」

「どうりで見えない、って……なによ喋る蚊って。ふざけるのもいいかげんにしてほしいわ」


 ふざけた魔物が好き勝手言ってくれる。

 例え正論であろうとも、この世界の住人に言われたくはない。

 今に、今に見てろ……ッ!

 

「ゴーゴン!!」


 石化し始めた身体で断末魔の悲鳴の代わりに叫ぶ。


「俺、水上で乾いた女より水中で濡れてる女のほうが好みなんだよね……ッ!!」


 それだけ発したところで完全に石化し、落下が始まる。


「……え? なに? この蚊、なに気持ちの悪いこと言ってんの」

「さぁ。わけのわからない生き物もいるわよ。こうはならないようにあんたも気をつけなさ――うぎゅッ!?」

「あれ、あれ? ねぇゴーゴン、お姉ちゃんはまだしも、そんな強く締め付けられると私の華奢な身体が潰れちゃうんですけど……。え、なんでゆでダコみたいに赤くなってきてるの? ねぇ、ゴーゴン? いたっ、もうちょっと丁寧に、いたたたたッ!?」

「ゴーゴン!? 千切れるっ。おっぱいが千切れるぅぅぅ、ごあッ!?」


 激しい水音、何かを地面に叩きつけた衝撃音、そして動くようになった身体。


「なんとか、なった……のか」


 まさかこんな使い方になるとは思わなかったが、ありがとう妖精王。

 大きな瞼にはあまりにも少ない量だったけど、恐ろしくなるほど効果はてき面だったらしい。


「いだッ!? いたたたたッ!? ギブっ! ギブギブッ!!」


 ゴーゴンの潜水の拍子に、勢いよく地面に叩きつけられた人魚が身もだえしている。


「いったい、何がどうなったんですか……?」


 同じく石化が解けたらしいフィーユが後ろから声をかけてくる。


「薬だ。オベロンから貰った薬を瞼にぶちまけてやった」

「……あぁ、よく見てませんでしたけど何か貰ってましたね。木の実に入ったやつ。一体何の薬なんですか? こんなことになるなんて」

「……あ、あれはね、あの、魔物避け? みたいな?」


 その返答に訝しげな視線を返しつつも、人魚を警戒するフィーユは槍を構えてその前に立った。


「主に蚊ーさんのおかげで本当にダメかと思いましたけど、形勢逆転ですね」

「……はい、ごめんなさい。でもなんとかしたから、帳消しってことで良いよね」


 黙ったままニコリと笑顔を返して来たのは、帳消しにならないということだろう。

 とんでもない奴に借りを作ったと背筋にうすら寒いものを覚えた。


「これはゴーゴンはもう無力化したと考えてよろしいんでしょうか」

「たぶんな。万が一何かあっても、押さえられると思う……」


 何か惚れた弱みにつけこむろくでなしみたいな気分なんだけど、……あれ? ろくでなしワールドの一員になりたくなくて頑張ったのに、結局ろくでなしになってない?

 しかしオベロンの惚れ薬すごいな。本当に言われるがままじゃないか。

 人間に使ってもこれ程の効果があるのだろうか。

 まだ少しでも容器の中に残ってたら、持って帰ろうかな……。普通に考えると、エロイベントで使う薬だったんだし。


「そうですかっ。では」


 ザクッ、と槍の穂先が地面に押し付けられたままの人魚妹の前に刺さる。


「ひっ! あの、ほら、同じ姉妹みたいだし、妹さん守ってたみたいだし、私も妹なんで助けてもらえないかなぁって」

「ちょっと!? 何をあんただけ助かろうとしてんのよ!!」


 そんな人魚姉妹の言い合いを聞きつつ、仕返しのようにフィーユはわざとらしく鼻で笑って見せる。


「通りがかりってだけなら退治しますけど、攻撃をされてしまいましたからねぇ」

「ねぇ、さっき私が言ったこと真似して返してるんだろうけど、万に一つの可能性もなくなってない!?」

「はい。ありませんよ、そんなもの」


 フィーユはあっさりと懇願を斬り捨てる。

 強いときは絶対無慈悲にチャンスを与えず、弱いときは相手に寛容さを求める。

 所詮この世は弱肉強食だべ。あぁ、やだやだ。


「ところで、そういえば以前に人魚のお肉を食べると不老不死になると聞いたことがありましたっけ」

「お腹が空いてるの!? だったら、ほら、セレお姉ちゃんの方が胸が大きいから、それを食べなよ!」

「私のおっぱい、そんな気軽に食べさせられるシステムになってないわよ! というかそんなの迷信に決まってるでしょ? お腹壊しちゃうわよ!?」

「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ? 試食してもらえば良いんですから」 

「……えっ? 試食?」

「ちょうど、人魚が二匹いますから、……ねぇ?」


 槍を引き抜きクルリと回す様は、なんとも楽しそうだ。

 鬼だ。この娘、ただの鬼だよ。

 姉のおっぱいを妹に食べさせるとか、もはや魔物の発想。

 勇者? 誰が? いないよ、そんなもの。勘違いだったよ?


「ごめんね、セレお姉ちゃん。せめておいしく頂くから……」

「ちょっと待ちなさいよ! なんで私が食べられるの決定なのよ!? というかあんた何を従順に食べようとしてんのよ!!」

「だって! 触手外れないし、水中ならまだしも地上じゃどうしようもないし! まだワンチャンあるじゃない!!」

「私はノーチャンじゃないの!?」

「セレお姉ちゃんが悪いんでしょ!? あんな伯爵の代行とかいう髭の言うこと聞くからこんな目に合ってんじゃん!!」

「あんただって楽そうで良いとか言ってたでしょうがぁッ!!」


 人魚姉妹の喧嘩を見つつ、頭の中ではっきりとした確信を伴って一つの答えが浮かび上がる。

 最後のピースをはめて完成したのは……やはりあの顔だ。


「なぁフィーユ、妙なことをしてるとは思ってたが、全て仕掛けていたのはあの……ひぃッ!?」

「あの髭ぇぇぇぇ……ッ!」


 中身どころかいよいよ顔まで鬼の形相となったフィーユがそこにいた。

 そろそろ角生えてくるんじゃねぇの。


「今、髭と言いましたね」

「え、うん。言ったよ。実は私達、妙な髭を生やした男に案内されてここに連れて来られたの! 伯爵の代行とか言うから、セレお姉ちゃんが言うこと聞いておいて損はないとか言ってそそのかされちゃって、私もあんまり戦いとか気乗りしないから辺境でのんびりやれるなら良いかなぁって……。だから元々あんまり戦う気とかなかったの!!」

「その髭は触覚のような髭を持つ魔術師の人間ですか……?」

「触覚のような魔術師はその通り! でも……人間じゃない、みたい?」

「どういう、ことですか……?」

「見た目はただの人間だけど、魔物領を一人で歩いているわけないし、それに自分で言ってたの。轟飢(ゴキ)の末裔だとかなんだとか」


 ……ゴキ?

 なにそのあいつにピッタリな先祖の名前。


「そんな名前聞いたこともないですよ……。まさか、助かりたい一心で適当なことを言っているわけじゃないでしょうね」

「えぇ!? 違う違う、ほんとにそう言ってたんだってば。ねぇセレお姉ちゃん!」

「……そうよ。人間になんて呼ばれてたかなんて知らないけど、先の戦いの中で人間の前にも出ていたはずよ。ただ元々数が少なくてその時に滅んだらしいから、私達もよくは知らない。聞いた話では、黒くて大きな虫のような姿だったらしいわ。長い触覚があって、素早く地を這い獲物に襲い掛かる獰猛な種族だったとは聞いたことがある」


 まんまじゃねぇか。

 でもそういえば、王城でそんな動き方してたような。


「さぁ、もういいでしょ? どうせ助からないならひと思いにやりなさいよ!?」

「セレお姉ちゃん、なんて潔い……。ごめんね、私の為に」

「だからなんであんただけは生き残ることになってのよ!? 言っておくけど、こいつ絶対にあんたも見逃さないわよ!?」

「そんなっ!? お姉ちゃんのおっぱい食べれば見逃してくれるんじゃないの!?」

「何平然と姉のおっぱいを食べることを受け入れてるのよ! さすがにドン引きよ!!」


 そんな姉妹の喧騒を他所に、フィーユは不快感を露骨に表情に浮かべ口元を手で押さえている。

 轟飢(ゴキ)の末裔、ジョナスを思い出しているのだろうか。

 そろそろ俺が交代した方が良いようだ。


「素直に答えてくれれば助かるチャンスはあると思うぞ?」

「ほんとにっ!?」

「いや、そもそも何を平然と蚊と喋ってんのよ。おかしいでしょう、常識的に考えて」

「おい、この世界の住人に常識を語られるのが俺は大嫌いだ。次言ったら身動きできないお前の血をたっぷりと吸い上げてやるからな? 言っておくけど我慢してるだけで、かなり吸いたくて堪らないんだからな? その白い肌に吸い付いて赤い斑模様を作ってやるからな?」

「……喋る蚊に血を吸われるとかマジ無理です。ごめんなさい」


 どんだけ嫌なんだよ。

 それはそれで腹立たしいが、ひとまず姉が大人しくなったのでよしとしよう。


「それで、そもそもお前等がここにいる理由は何なんだ」

「それはあの髭に指示されたからよ。魔法使いの杖だか何だかを奪われないようにしろって言われて、それでここに置いていかれたの」

「こんな枯れた湖に……?」

「……最初からこんなのなわけないじゃないっ! 仕事を始めてすぐの頃に妙に地震があって、それ以来徐々に水位が下がっていって雨も降らないし、結果こんなのに……。貸切状態で魚もいっぱいいて良い湖だったのに」


 言われてみれば、乾いたことでのひび割れにしては大きな亀裂が露出した湖底に走っている。

 それだけの地震があったということなら地殻変動の影響で水脈がずれたのかもしれない。

 と真面目に考えたものの、自然現象で勝手に魔物が弱ってる展開とかやめて頂きたいものだ。

 もう魔王城とか行っても、火事とか地震で魔王城崩壊して勝手に魔王やられてたりするんじゃねぇの、この世界。


「水さえあれば……。あんた達なんかに負けはしなかったのに……」

「ほう。ところでゴーゴン、俺けっこう剛腕な女子が好きなんだよねぇ」

「さっきから何を気持ちのわ、いだだだッ!?」

「ちょ、無理無理無理! 私、何も言ってないのにぃッ!?」


 剛腕触手系女子のゴーゴンが人魚姉妹をギリギリと締め付ける。


「妹の方、さっき戦いは気乗りしないって言ったな」

「うん、言った! すごく言ったしすごく思ってたッ! だから助けてください!!」

「あんたいい加減にしなさいよ!? 人間どころか蚊に媚び諂うとか、プライドを持ちなさい!」

「と、姉は言ってますけれども、あれなんですよ? 最近は古い考え方を支持しない者も多くて、今さら人間の領土を奪わなくても現状維持とか協調路線で良いじゃない、って考え方も多くなってきてるんですよ? 信じてもらえないかもしれませんけど、信じてください。人間でも蚊でもアメンボでも仲良くやれれば良いじゃない?」


 確かに。昨日の今日で、そんな路線の連中を見てきたので信じれないこともない。


「いいかげんにして! 人魚として恥ずかしくないの!?」

「はい、ないです。だって生きていたいもの。……私、生きていたいよ! セレお姉ちゃんと一緒に!!」

「あんた……」

「二人しかいない家族なんだよ? 本当に楽がしたくて着いてきたと思ってたの? そんなわけないじゃん。離れたくないからだよ」

「……」


 なんだか姉妹愛を見せ付けてくれているが、つい先ほど姉の胸を食べて助かろうとしていたんじゃなかったか。

 妙にしんみりした雰囲気の中、姉妹が見つめ合い照れくさそうに笑いあう。

 ……が。


「じゃあ、二人まとめて始末しましょう」


 そんなお涙頂戴な展開など、髭ことジョナスへの怒りと嫌悪に燃えるフィーユには効果がなかった。

 焼け石に水、いや火に油だ。

 癇に障ったのか、乱暴に槍を一振りしながらフィーユは姉妹愛たっぷりのシーンに唾を吐いた。


「仕方ないので、一振りでまとめて止めをさしてあげますよ」

「……ちょ、ちょっとそこの蚊! 結局ノーチャンスじゃないの、なんとかしてよ!」

「お前等。何か利益になるような提案をしろ。でないと無理だ。止められない」


 どう見ても怒り心頭だ。

 ジョナスに一杯食わされたというのがよほど腹に据えかねているらしい。

 下手に抗議でもしようものなら、俺まで何をされるかわかったもんじゃない。

 もはや八つ当たりと言えるが、俺に止める術はない。


「ちょっと待ってよ! お姉ちゃんのおっぱい食べるから!」

「あんた、さっきの二人で助かろうってのはどこに行ったのよ!?」

「だって二人とも犠牲になるなら、一人だけでも助かるほうが良いじゃない!! ……えっと、私、歌が歌えます! 結構評判良いです! ちなみにセレお姉ちゃんは下手です!」


 必死のアピールに対し、フィーユはニコリと口元だけで笑みを浮かべる。


「ならきっと綺麗な声なんでしょうね。断末魔の悲鳴が」


 勇者どころか、人間どころか、もはや魔物の言葉ですらなかった。


「あ、あぁ、あと、あの、人魚のミイラ作れます! けっこうこれも評判良くて、自信があるんで、助けてぇぇッ!」

「あんな気持ち悪いミイラ誰が欲しがるのよ……。もう諦めなさい。悔しいけど、せめて人魚として誇り高く最後を迎えるのよ」


 人魚姉は静かに最後の刻を待ち、人魚妹は泣きながら懇願し続ける。

 そんな中、怒りの炎を宿していたフィーユの瞳に、一瞬理性が戻ったように見えた。

 歓迎できるものではないけど、……まぁこのまま人魚の惨殺が起こるよりはマシか。


「人魚のミイラって、どんなものなんだ? まさか自分の身体を使うわけじゃないよな」

「もちろんもちろん。あの、死んだ小さめのゴブリンと、大きめの魚の死骸をくっつけて作るんだけど、綺麗に処理したりくっつけたり、手間隙かけて作るからきっとご満足頂けるかと?」


 なんとも気持ちの悪いものができそうだ。

 しかしそれを聞いたフィーユは何かを思案している。

 おそらく予想通りだろう。


「それは、パッと見で作り物だとわかるようなものか?」

「え? そりゃ私達には似てないから偽物だとはわかるけど、でも前に道に転がして置いたら人間達が新種の魔物のミイラじゃないかって騒ぎ出したぐらいリアルだよ!」

「……だ、そうだ」


 やたらと長い黙考。

 すっかり理性を取り戻したらしいフィーユは、その終わりにようやく思案ポーズを思い出したらしく、顎に指を当てて「ふむ」と小さく漏らし納得した。

 どうやら交渉成立のようだ。



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