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第四十四匹:俺が悪いの?

「セレお姉ちゃん、お楽しみところ悪いけど……、なんか水量がめっちゃ減ってるんだけど、やばくない?」

「誰も楽しんでないわよ!? 元はと言えばあなたのせいでしょ! でもそうね。ゴーゴン素早く慎重に動きなさい。この水が無くなったら、私達もうカラッカラに干上がるわよ」

「そうだよ、そんなことになったら、セレお姉ちゃんみたいにお肌がっさがさになるよ?」

「そうそう、最近日照り続きで肌がガサガサって、誰がよ!?」


 そんな緊張感のないやり取りを見せ付けられつつ、それでもこちらが危機的状況なのは変わりない。

 無性に腹が立つが、また不埒な欲求に負けて石化した俺に言えることではないだろう。

 先ほどまでと違い、フィーユの肩で石化しているおかげではっきりと人魚とゴーゴンの姿を捉え、視線を動かすこともできずにただ自分達を追い込んでいる敵の姿を見続ける。

 巨大な生気の抜けた女性の顔に、その頭部から生えているのは髪の毛が集まってできた触手。その巨大さも相まって生理的嫌悪感を伴う恐怖を感じさせられる。

 しかしそれを背景にして、美しい人魚が時折艶かしく身もだえする様は、背景の恐怖とのギャップで……。

 って、そんなこと考えている場合じゃない。


「蚊ーさん、いますか……」


 目を瞑ったままフィーユは小さな声で語りかけてくる。

 しかし石化した俺にはそれに返すことができない。


「蚊ーさん、いないんですか? ……もうっ、こういう時に吸血鬼化なりアドバイスなりアシストしてくれるのが、蚊ーさんの役割じゃないんですか? まったくもう、肝心な時に役に立たないんですから」


 ……はあ?

 言ってることは大正解だが、フィーユには言われたくはない。

 散々期待を裏切り勇者らしさの欠片も見せてくれなかったくせに、ここで俺にはそんな王道的展開を求めるなんて、虫が良すぎやしませんか?

 いや、蚊ですけどね?


「……ユーコ、そのまま聞いて下さい。お姉ちゃんが嘆きと怒りの天刑シフトワン・ブラック・スクリーマーを放ったら、それに乗じて走って逃げてください。なるべく砂煙を上げて撹乱しますから、振り向かずに逃げるんですよ」


 何やら人魚が口論している隙にフィーユは計画を立て、ヒュンッと軽く槍を振って技を繰り出す構えを取るが。


「きゃうッ!?」


 ゴンッという音と共に短い悲鳴が上がり、トサッと軽い音が地面に落ちた。

 フィーユは目を瞑ったままで、俺は石化したまま視線を向けられない、だけど何が起こったかは俺にもフィーユにも簡単に予想がつく。

  

「よくも、よくも私の妹を!!」


 即座にフィーユは責任転嫁して見せた。


「ねぇセレお姉ちゃん、なんか小さいの倒れてるんだけど」

「え? 知らないわよ。よくわかんないけど、好都合ね。さぁゴーゴン、今度こそ二人を拘束しなさ――またぁッ!?」


 ゴーゴンが苦しげに口をパクパクと開けている。

 まるでエサを求めて水面に口を突き出した鯉のようだ。

 湿った音の正体がそれ。

 その表情と潜水することから考えると……。


「ちょっとだけよ!? ちょっと潜ったらすぐに上がりなさい。でも素早く慎重に水をこぼさないようにね!」


 言われるがままにゴーゴンが沈んで行き、目が隠れた瞬間に身が軽くなる。


「わかったぞ、フィーユ」

「蚊ーさん、居たんですか!?」

「あぁ、……まぁ、居た」

「え? じゃあなんですか、さっき私が話しかけた時に無視をしたと……?」

「いや、無視とかそういうことじゃなくてだな? それより、わかったことがあるんだよ!」


 なんでこの状況でそこを気にするの。

 なんで苦々しい顔を向けてくるの。


「ゴーゴンの顔を見たら石になるということは、お前も知ってるんだろ?」

「それよりとは何ですか、それよりとは。……ゴーゴンの話は、以前に少しだけ聞いたことがあります。もう実在も怪しいレベルの話でしたから、本当に石になるのかは半信半疑な部分はありますけど」

「その話は本当だ。ただ石化したら終わりってわけじゃないらしい。だからまだ、チャンスはある」


 危機的状況ではあるものの、若干興奮気味でフィーユに伝える。

 ちょっと計算外な状況になってはいたものの、それでも今俺は勇者を助ける役割を果たそうとしている。

 ようやく使命を全うできるという喜びが、場違いながらほんの少しあった。

 それなのに、相変わらず苦々しい顔をしたフィーユが横一文字に結んだ口を開いて言う。


「……もしかして、石化してました?」

「……」

「してましたよね。だから終わりじゃないってわかるんですよね? あれを見たら終わりだ! とか言っておいて、自分は見ちゃったんですよね?」

「……だって、ほら、蚊って瞼ないし」

「あぁ……。でも背を向けろって言ってくれたのも蚊ーさんですよね? 言っておいて自分は背を向けなかったんですか」

「……色々いきなりで焦ったんだから仕方ないじゃん! もういいだろ!? その話は!」

「まぁ、無視したんじゃないんなら良いんですけど」


 結局気にしてんのそこかよ。

 どんだけプライド高いんだか。

 今の話で表情を戻したフィーユを見ながらつくづく思う。


「でも、一旦その石化をしたおかげでわかったんだよ。ゴーゴンが水の中に潜って見えなくなると石化は解けるんだ。どうやらあいつが見てないと効果が持続しないらしい。そして、おそらくあいつは……あんな姿してるくせに息継ぎの為に水中に潜る必要があるようだ。だから一度石化しても、ゴーゴンの息が切れて水中に潜ればそれも解除される」

「でも石化した隙に触手に捕えられたら意味がないじゃないですか」

「確かにそうだ。だからこの話で重要なのは、あいつが潜る必要があるっていうことと、その間は石化が封じられてチャンスがあるってことだ」

「つまり……ん? ちょっと待ってください。そうなるとおかしくないですか?」


 小首を傾げつつ肩に向けられた顔は、また苦々しさを取り戻している。


「……もしかして、二回石化してませんか?」

「……」

「さっきの話からして最初にゴーゴンが現れた時に石化してましたよね? 音からしてその後でゴーゴンが潜って石化解除されましたよね? でもそれだけなら、私が話しかけた時には石化してなかったはずですよね? え、やっぱり無視したんですか? この状況で私が助けを求めていたのに、私を無視したんですか?」

「……あぁッ!! もうお前、めんどくさいなぁッ!!」

「はあ!? めんどくさいって何ですか! 肝心な時に石化してる人……蚊に言われたくないですよ!!」

「今さら勇者のゆの字もないお前に、そんなこと言われたくないんだよ!! でもそうだよ、石化してたよ!! 仕方ないだろ!? 人魚が変な声上げてんだからそら見るよ!!」

「最っ低ッ!! この状況で何を考えてるんですか!? 私達がピンチの時に、こんな状況なのに、そんな浅ましい理由で石化してたなんて!!」

「浅ましさでお前に言われたくねぇよぉッ!!!!」

「なんだとぉぉぉぉ!!?」


 この時間がない時に、鬼の首取ったみたいに責め立てやがって。

 人類の平和より金儲け優先の奴に言われたくもない。

 例えそれが妹の幸せの為だったとしても、それでも今さら責め立てられるのは腹立たしい。

 それに本当にこんなこと言い合ってる場合じゃないってんだ。


 激昂して俺を掴もうとしているのか、フィーユの手が俺の眼前へと伸ばされる。

 本当にこんなことしてる場合じゃないんだってば。


「おい、この話は後だ。つまりは、奴が潜っている時がチャンスって話をしたかったんだよ。そして、まさに今奴は潜っている。今がチャンスなんだ。吸血鬼化させるから今の隙に奴を叩こう」

「ぐっ、後で覚えていて下さいよ……。ひとまず今は言う通りにしま――あっ」


 目の前にかざされた手が、引くでもなくそのまま掴みかかって来るわけでもなく停止する。

 それだけで状況をなんとなく察してはいた。

 さらに足元のフィーユの皮膚が、古着屋の婆さんの皮より硬くなっていることから確信すら持てる。

 でも、俺は認めたくなかった。


「ねぇセレお姉ちゃん、結局あれなんなの」

「知らないわよ。ゴーストは片っ端から忘れていくからあんな話できないし、でも見えないし……。まぁこっちにとってはナイスアシストだったから良いんじゃない」

「見たまんまセレお姉ちゃんって大雑把だよね。私はお姉ちゃんが良いなら良いけどさぁ」

「見たまんまって何よ!? せめて案外とか意外ととかつけなさいよ、まったく! 目的は達成できたからこれでいいの。妹の方は勝手に倒れてるみたいだし、姉の方は男の声にそそのかされて目を開けたから石化したし。何がいるのか知らないけど、どうせ何もできないんでしょ。二人を捕らえたらおしまいよ」

「ゴーゴンがとっくに顔を出してるのにあんな長話してるだなんて、ほんと間抜けだよねぇ。しかも順番に足の引っ張り合いしてるし。もっと戦いなんだから緊張感を持って欲しいよ。セレお姉ちゃんじゃあるまいし」


 そう、フィーユは石化している。

 認めたくなくてもそれが事実だ。

 とっくにゴーゴンが顔を出していた?

 そりゃそうだ。途中無視したとか何だとか、余計な話してたから時間を喰ってしまった。そりゃ浮上してるさ。

 え? なに、俺が悪いの?

 この姉妹だけならまだしも、俺が足を引っぱったって言うの?

 触手プレイを自らやってる人魚に、緊張感を持てとか言われてるの?


「ほんと、ろくでもないよねぇ」


 一番俺には言ってはいけないことを人魚妹が言った。

 ぼやくように、呆れるように、俺がいつも思っているように。

 ろくでもない? 俺が?

 ろくでもない巨大幼女に送られて来た、ろくでもない世界のろくでもない勇者の前に立ち塞がる、ろくでもない魔物が俺にそれを言うの?

 そんな失敗を俺がしてしまったというの?

 俺が、……お前等とおんなじだと。


「あ、あぁ……」


 認めたくない。

 一緒にされたくない。

 その一心で、頭の中で幾つもの案が流れては消えて行き、最適解を探し出す。

 

「あぁぁぁぁぁッ!!」


 フィーユの手の影に隠れたまま肩から背中を滑り降りて、腰に下げられた小さな革袋に俺は飛び込んだ。



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