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第四十匹::もう帰りましょうか。


 一日かけて馬車を走らせ、ようやく目的地の小さな町へと到着する。

 ただあくまでそこは馬車での目的地であり、俺達の本当の目的地はまだ先だ。

 事前に調べた結果、その町からは細い悪路を進まなくてはならず、馬車が通れないということがわかっている。

 よって、ここからは馬を借りて進むことになる。

 片道ざっと数時間、朝出発すればその日の内に戻れるかもしれないが、用件がすんなりと上手くいく保証なんてない。

 

「ということで、私は先に休ませてもらいます……」


 馬車の中で死んだように眠っていたフィーユは宿に着くなりまたベッドに倒れこんだ。

 昨晩からフィーユは元気がない。

 もちろん旅の疲れに昨晩の騒ぎでの疲れがあるのはわかっているが、それでもあまりに異常に疲弊してしまっている。

 気になってベッドに潜ったフィーユに声をかけようかと思っていると、


「蚊、探検に行くべ」


 とソワソワしているユーコに誘われる。

 姉がぐったりと疲れきっているというのに、妹は全く気にしていないらしい。

 しかし近くで騒がれてもフィーユの邪魔になってしまうだろう。

 気懸かりではあるが、俺がしっかりとユーコを見ていてやる方がフィーユの為になるのではないか。

 そう思いユーコの肩に止まると、そのまま振り向きもせずにユーコは部屋を出て外へと向かう。

 少し薄情ではないかと思いつつ、ユーコの肩から振り返りざまに宿を見やると、ボソリとユーコが言う。


「心配ねぇ。月のもんだべや」

「……あ、なんか……ごめんね」


 何に対して謝っているのか自分でもわからないが、咄嗟に謝ってしまった。

 ユーコには声が聞こえないというのに。

 しかしどうやらユーコはちゃんと姉を理解し気遣っていたらしい。

 表面的なものだけで判断し、薄情などと考えた俺の考えこそ薄っぺらなものだったようだ。


「蚊、パンツ見に行くべや」


 そう言って走り出したユーコの肩に掴まりながら、やっぱりパンツ見たいだけなんじゃないかと、俺はまた疑いを持ってしまった。


 ユーコと共に食べ物を買って帰ったものの、フィーユは何も口にせず眠り続けた。

 そしてその甲斐あってか翌日にはだいぶ体調が良くなったようで、昨日の分とばかりに朝から食事をし、


「さぁ、ではサクッと魔女を連れ帰って安心安全な街を造るとしましょうか!」


 ユーコと俺を連れて馬を駆り町を出たのだった。






 

 聞いた以上に細い道を通り、目印である池に辿り着く。

 そこからはジョナスの書いた地図を頼りに森の中を徒歩で進む。


「問題ないか」


 地図を見ながら時折唸っているフィーユに声をかける。


「はい、問題はないんですけど……。なんだか妙に迂回ばっかり指示されてるんですよね」


 それは歩いて来たルートから俺も気付いてはいた。


「でも必要なんだろ。何か危険があるとか、歩きにくいとか、そういう場所だから迂回するんじゃないのか」

「さっきから歩きやすい道を歩いているように見えますか」

「いや、全く」


 馬から下りて以降、ずっと道なき道を進んでいるのは明白だ。

 俺はフィーユの肩に止まっているのでなんてことはないが、見ている限り酷く歩きずらそうにしか見えない。

 それでも、それ以上に入らない方が良い場所だからこそ迂回しているのだろう。

 ジョナスの書いた地図など胡散臭くて信用できないのだが、疑うにしたって今さらすぎるのだから、もはやそう考える他なかった。


「ですけど……、あ、ユーコそこで止まって下さい。その巨石を登って超えてからさらに西へ直進だそうですので」

「登るって……。そのポツンと転がっている岩をいちいち登るのか。さすがにそれこそ迂回すれば良いだけだよな……」


 付近に山があるわけでもなく森が続いているだけなのに、そこには場違いな二メートル程度の岩が転がっている。

 避ければ良いだけのそれをわざわざ登るなど、全く意味がないように見えた。


「たぶんなんですが、何か魔術的な意味があるんじゃないかとは思うんですよ。所定の動作を行うことで結界の中に入れる、という仕掛けがあると以前聞いたことがありますから、それかそれに近いものではないかと」

「……もしくはただの嫌がらせとか?」

「……ないとは言い切れませんね」


 嫌そうな顔をしながらも、念のためということで姉妹は岩を登ってさらに進む。


「さて、もう帰りましょうか」


 フィーユが唐突に真顔でリタイアを宣言した。


「ここまで来て何を言ってんだよ!?」

「だって! やっぱり嫌がらせですよ、こんなもの!」


 思いっきりしかめっ面でフィーユは怒りをぶつけるように地図を叩く。


「いやいや、西の魔女って云われる程の奴なんだろ。よくは知らないが、結界を張ってたって不思議じゃないだろう。それを通過するためのものってお前の考えも正しいかもしれないぞ」

「さっき嫌がらせかもって言ってたのに、何でそういうこと言うんですか!」

「だってさすがにここで引き返すのはないだろ!? なんだよ、何が書いてあるんだよ!」


 フィーユの肩から広げた地図を覗き見る。


「……ふざけてんのかッ! あの髭野郎!!」

「でしょう? さすがにこれはないでしょ!? 一杯食わされたんですよ、気持ち悪いッ!!」


 さすがに付き合っていられない。

 いや、二人を付き合せたくはない。

 そう思ったがしかし、俺達がジョナスを罵っている間に地図を見たユーコが尻を振りながら歩き出してしまった。

 一歩進むごとに右へ左へと尻を振り、


「ジョナス様、素敵だべ! 抱いてだべや!」


 言ってはいけない言葉を叫んだ。

 肩に止まっている俺にもわかるほどフィーユの全身が粟立った。


「ユーコ、やめなさい! 魂が穢れ――ッ!?」


 思わず伸ばしたその手の先で、ユーコが忽然と姿を消す。


「え、ユーコ……? ユーコ、どこですか!!」


 声は返って来ない。


「そんな……まさか……」

「落ち着けフィーユ。ジョナスが書いた指示に従って尻を振って合言葉を言った結果ユーコは消えた。いくらなんでもわざわざこんな所で俺達を罠にはめようとはしない、と思う。たぶん。自信ないけど。……となると、お前の推測通りで、ユーコは結界の中に入ったということなんじゃないのか」

「その可能性は確かにありますけど……」


 金に汚く、誠意とは何かねと問うたところで「何それおいしいの」とか返して来そうなフィーユだが、妹のことだけは本当に大事に想っている。

 だからこそすぐにでもユーコを追っていくのが本来だ。

 しかしいくら妹の為とは言え、彼女も魂が穢れるのには幾分かの抵抗があるのだった。


「ユーコ!!」


 呼びかけながら、そのままユーコの進行方向を探すが影も形もない。

 そのまま少し進むと湖が現れ視界が開けたものの、やはりユーコの姿は見つけられなかった。


「フィーユ気持ちはわか――」

「嫌です」


 だろうね。

 俺に言われずとも本人だってわかってはいるよね。


「でもフィーユ」

「う、ううううううッ」


 それでも自分の意志ではどうしても進めない時もある。

 そう、俺は勇者を手伝えと言われてこの世界へやって来た。

 だからこそ、こんな時こそ、俺はフィーユの背中を押してやらねばならないのだ。


「大丈夫だ。匂いからして周囲には人間どころか獣すらいない」

「で、でもこんなこと必要ですか!? やっぱりあの変態髭を町から追い出して――」

「フィーユ、もう既にユーコが入った以上後戻りはできないんだ」

「くっ……」


 まぁ、そもそもあの変態髭を協力させると決めたのは、フィーユなんですけどね。

 自分の考えが認められたことで気を許し、簡単にあの髭を信用した君が悪いんですよ?


「うあぁぁぁぁッ!!」


 胸中に浮かんだ後悔の念を吐き出すように悲鳴を上げ、その頬に一滴の涙を伝わせる。

 金と承認欲求に踊らされた少女は歯を食いしばり、それでも妹の為に尻を振る。


「ジョナス、さ、様ッ! す、すて、す、素敵! だ、だだ、黙って死ね!!」

「――ッ!?」


 フィーユが消えた。

 俺だけ何かに押しのけられるような感覚と共に突然フィーユを見失い、空中へと放り出された。

 状況からしてフィーユは結界の内へと入ったのだろう。


「というか、俺もこれやらなきゃいけねぇのかよ……」


 考えてみれば当然ではある。

 しかし蚊一匹入らせない結界とは、なかなかやるじゃないか。

 だが、俺は気付いたぞ。


「ジョナス」


 尻を振るでもなく鬱陶しい文句を言うでもなく、その一言で目の前の景色がゆらりと歪み、そのまま別の景色が映し出される。

 湖があったはずの場所に、一軒の小屋とそれを伺う姉妹が現れる。

 認識を歪める結界、というところだろうか。

 思えば初めて見る真面目な魔法なのだが、直前の騒ぎのせいで全く感動などできなかった。

 それに感動なんてしている場合ではないのだ。

 俺には伝えなければならないことがある。


「フィーユ」

「あぁ、蚊ーさん。来たんですね。見ましたか? あの髭の書いた文章全てを読まずとも入れましたよ」

「お前の消え始めるタイミングが早かったから試してみたけど、ジョナスって言っただけで俺は入れたよ。どうやら尻を振る必要もなかったらしい」

「くそったれがあぁぁぁぁ!!」


 まぁフィーユちゃんったらはしたない。




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