第四匹:聖的な槍。
「このままでは……、ッ!? 槍から力が流れ込んでくる! もしかしたらこれなら!!」
やっとこさ辿り着いた町の反対側、クライマックスな台詞が飛んでくる。
「聖的槍一閃ッ!!」
少女の手にした槍が空を斬り、次の瞬間大通りを塞ぐ巨体で豚顔の怪物が光の斬撃を受けどうっと倒れ付した。
「まさか、私が勇者……」
息を切らしながら少女は槍を握り締め、空を見上げる。ゆっくりと瞼を閉じ、そして心を決めたかのようにカッと目を開く。
「それはさておきギルドに冒険者登録しておけば討伐報酬もらえたかもしれないのに! 事後登録できないか後で聞いてみないと!!」
「みないと!! ……じゃねぇよ」
「……チッ」
「舌打ちしたよ、この娘!?」
態度の悪い少女はくるりと踵を返して半壊した建物に入っていき、俺はあわててそれを追いかける。
「おい! いいかげんに話を聞けよ!! まさか私が勇者……とか言ってたけど、先に俺が言ってたよね!? ダッシュで逃げてくれなかったら、今頃協力して危機を退けたとかそういう展開になってたのに!! おかげさまで肝心なところ見逃してるんですけど!?」
「店長、大丈夫ですか!!」
「話を聞けええええッ!!」
怪物に壊されたらしい店舗内の奥から、ずんぐりむっくりした体型の顎髭を伸ばした気難しそうな老夫が現れる。
「おぉフィーユ。本当に、お前が勇者だったのだな」
「よくわかりませんし、どっちでもいいんですけど、みたいです」
興味関心が薄くて軽い!
やっと名前を知れたけど、そんなことよりその関心の無さに引くわ。
「ところでオークを倒したみたいなんですけど、事後に冒険者登録しても報酬って貰えたりしませんかね」
「あ、あぁ本来は難しいだろうな。しかしギルドには知り合いがおるから、頼めばなんとかなるかもしれん」
勇者話をしようとしたであろう店長も戸惑った顔をしている。
厳つい顔してんだから、甘いこと言ってないでガツンと言ってやればいいと思う。
「ほんとですか!? さすが店長! 頼りになります!」
明るい笑顔を向けられた店長は照れ笑いを浮かべて頬を掻く。
あっさりと絆されてやがるよ、このくそロリコン野郎が。
「よしっ、ではお店のお掃除しますね」
「そうだな、折れた剣の破片に気をつけるんだぞ」
「はーい、って箒も折れてますよ。確かもう一本奥においてありましたよね? ちょっと取ってきますね」
そのまま壁に槍を立てかけて、フィーユは奥へと姿を消す。
入り口が吹き飛ばされ武器や防具が散乱した店内で、店長はその槍をごつごつとした手で大事そうに撫でながらため息を漏らす。
「まさか何の変哲もない町娘であるフィーユ・アルトゥリアが、伝説の武器に選ばれし者、そう勇者と呼ばれし者だったとは。もしかするとこの辺境の町に突然オークが現れたのは、彼女を狙ってのことなのかもしれん。そう考えれば、この店に先祖から伝わる武器があったことも、彼女がここでバイトしていたことも、全ては女神の定めし運命だったのかもしれんな……」
「お、おう……」
俺の声は聞こえていないだろうが、突然の説明につい声を返してしまう。
でもおかげで状況はわかった。そういうパターンね。
「しかしフィーユが勇者であるなら、この町に留めておくわけにはいかん。すぐにでも王の許へ行くべきだろう。なにせ今、王国軍は魔王軍との戦争状態にあり、徐々に防衛線を下げている状況にあると聞くからな……」
「なるほど、そういう流れか」
「既に三人の勇者が集っているとの話だ。フィーユを合わせれば伝説の通り四人の勇者が揃う。きっと、これで魔王を打ち倒してくれるだろう。これも偉大なる女神様のお導きか」
「女神ってあの巨大幼女か? なにが偉大だよ。ただのクソガキだよ」
「……む、ドアが全開以上に全開だから蚊が入り込んだようだ」
どうやら壁に止まっている俺に気付いたらしい。
おもむろに槍をくるりと回した店長は、
「聖的一閃ッ!!」
白く光る斬撃を放ってみせた。
「お前も使えんのかよおおおおお7!!?」
咄嗟に対処できず、奔流にバラバラにされながら叫ぶ。
勇者に選ばれた者だけが使えるとか、そういうんじゃないんだ。
あと最初から気になってたけど、「聖的」ってなんだよ。
「店長、凄い音しましたけど大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ、問題ない」
「問題ないって……壁が吹っ飛んでますけど」
「蚊がいたからの、ちょっと吹き飛ばしただけだ」
あぁ、とあっさりと納得した様子でフィーユは掃除を始める。
そんな後姿をしばらく眺めたロリコンくそ野郎な店長は、決心したように改めて彼女の名を呼び、そして伝える。
「先ほどオークに追い詰められた時にも言ったが、この槍は神より賜ったという、家で代々引き継がれてきた槍だ」
「店にある中で一つだけ変な趣味の槍だなぁとは思ってました」
「あぁこの槍は未知の金属で造られている。異常な強度があり手入れせずとも錆びることもない」
「いえ、金属とかよくわかんないんですけど、これデザインが妙ですよね。石突きの部分は溝が彫ってあってドリルみたいだし、穂先も普通のに比べるとちょっと膨らんでますよね」
「あぁちょっと跨ってみてくれるか。バイト代はずむから」
「はいっ」
サッと受け取った槍に跨るフィーユ。
それを眺めて、「ふむ」と満足げに声を漏らす店長。
「先ほどオークに追い詰められた時にも言ったが、この槍はワシの家で代々受け継がれてきた槍だ」
「店長、その話二度目です」
「まぁ聞け。受け継がれてはいたものの、なぜなんのためにワシの家で受け継がれているのかはわからなかった。しかし今日、お前が手にした途端にその槍が震え始めた」
「はい、びっくりしましたね。小刻みに振動する武器なんて始めて見ましたよ。ところでもういいですか」
「あ、跨ったままで聞いてくれ。長らくたぶん聖的な槍と云われてきた武器が、本当に勇者の持つ伝説の武器だったとはな。一体なぜ家に預けられていたのかはわからないままだが、しかし一つだけはっきりとしている。お前は聖的なこの槍に選ばれたということだ」
「つまり……」
フィーユは唾を飲み込みながら、股の下にある槍を見つめる。
「いただけるということですか……?」
「選ばれたのだからそれはお前のものということだろう。代々受け継いで来たのは、この日の為だったといえる」
感慨深げに語る店長を前に、フィーユは片手で指折り何かを数え出し、それを見た店長はあわてたようにつけ加えた。
「ちなみに勇者であることがわかったからには王城へ行くべきだ。きっと歓迎されることだろう。うまい食べ物も出されるかもしれんぞ」
「……マジですか」
「そりゃ勇者だからな。あと魔王討伐に行くのであれば、きっとバックアップとして路銀も出してくれるだろう」
「マジですかっ! この槍売るよりもらえますかね!?」
もちろんだ、と言う店長の額から汗が流れる。
売られそうだったから焦ったらしい。
店長には悪いが、俺はこれを好機だと受け止め、静かに彼女の側に寄る。
「なあフィーユ」
「……」
「勇者として城へ行くのなら、もうちっとそれっぽい格好があるんじゃないか?」
「……」
「なにやらこのおっさんはお前を城へと行かせたがっている。別にたかるわけじゃないが、ちょっと勇者として支援してもらおうとするのは、自然なことなんじゃないのかなぁ?」
「……ッ!?」
相変わらず俺を無視するフィーユだったが、その提案は気に入ったらしい。
よしよし、思ったとおりだ。この娘、拝金主義なんだ。
いやあ、知りたくなかったなあ……。
早速フィーユはどこか悲しげな笑みを作って店長へと向ける。
「店長、せっかくですけど私はお城へ行くような服を持っていません。こんな私ではきっと入れて貰えることすら叶わないでしょう」
「その槍があればきっと入れるだろうが、確かに見合った格好というものもあるな。よし、わかった。ここにあるもので装備を見繕ってやろう」
「さすが店長! あ、でも……勇者としてはそれでいいかもしれませんが、私も女の子なんで、お城へ行くのにこの服だと入りづらいというか……」
「お前はそれで十分愛らしいよ。しかしそうだな、せっかくだから通りの古着屋で買ってくるといい。娘のように思っておったお前の晴れ舞台だ、支払いはワシのツケにしておけ」
「店長大好き! ありがとうございます!」
デレデレと笑みを浮かべる店長は早速装備を見繕い始めた。
あれこれとそこにフィーユがさらなる要望を図々しく出している。
それにしてもなんてチョロい店長だろうか。
そもそも娘だと思ってるやつに聖的な槍を跨がせてんじゃねぇよ、変態が。
「じゃあ早速古着屋さんに行ってきますね」
頑丈さよりデザインと値段を重視して装備の注文を出した後、フィーユは半壊した店を飛び出した。
今度は逃げられないように、その肩にしがみ付く。
「そろそろ俺の話も聞いてくれない?」
「……」
まだダメなようだ。
普通なら最初のイベントで信頼関係を深めて仲間になるとか、そういう展開だったはずなのに置いてけぼりなままなのはなぜだろう。
ボタンの掛け違いというか、そもそもボタン穴が見当たらないんですけど、どうすればばいいんだよこれ。