第三十九匹:いきなり歌い出す。
「僕はそう、妖精王オベロンさ!」
隕石が落ちたように地面が穿たれ全てが吹き飛ばされた中、ただ妖精王を名乗る羽の生えた男の子だけが無傷で目の前に浮かんでいた。
さすがアンデッドだけあってしぶといらしく、裸のおかあさんもゾンビも僅かに動きながら再生を始めている。
それとは対照的に、疲れ果てたフィーユはへたり込み、顔色を悪くしていた。
「君は……蚊だね!」
フィーユに喋っているのかと思いきや、俺に言っているらしい。
憔悴しきったフィーユに代わって矢面に立つことにしようか。
「お前は妖精……王か……」
アンデッド縛りかと思いきや、妖精で王。
突飛過ぎて付いて行く気にすらなれない。
「そう、僕は妖精王オベロンさ!」
何回自己紹介してんだよ。
「オベロンなのはわかった。その妖精王とやらが何でこんなところに……というか何でミイラになってたんだよ」
「アレはミイラじゃなくて、繭だよ」
「あ、そうなの……?」
転がっていたミイラの破片を良く見てみると、なるほど断面は石膏のような白い塊のようであり、包帯に見えていたのは単に表面に段差があったかららしい。
「いやそれはわかったけど、そうじゃなくてだな、何であの中からお前が出てくるんだよ。なんでアンデッドの群れに妖精王なんだよ! 共通項が見つからねぇよ」
「実は、僕は伯爵の協力者を名乗る者にあの繭の中に閉じ込められていたんだ。僕達妖精族は魔物側にも人間側にも属さず中立の立場をとっていたからね、それを許さなかった伯爵とその仲間に一族も滅ぼされてしまったんだ……。とても陽気で優しい者達だったーのーにー」
「待て待て、いきなり歌い出すな! 悪い癖だ。おいそこの骸骨、まだ身体くっついてないんだから慌てて参加しようとすんじゃねぇ!」
油断も隙もあったもんじゃない。
すぐミュージカルしちゃうんだから。
「……頭痛くなって来た」
「蚊くんでも頭痛がするんだね。薬をあげたいところだけど、ごめんね薬も全て失ってしまったんだ」
「あぁ、おかまいなく」
あれ、すぐミュージカルするけどこいつはまともなのか。
なんとなく変な癖もなくて安心できる会話だ。
いやすぐに歌い出す時点で変な癖があるのだが、もう俺の感覚も麻痺してきているのだろうか。
「それで、お前は繭に閉じ込められてあいつらに拾われたってわけか。ところで、伯爵ってのは何だ」
「伯爵。一般的には魔王と呼ばれている者のことだよ。彼は以前自らを伯爵と呼ばせていたんだ」
「中立って話からしてそうだろうとは思ったけど、やっぱり魔王のことか。ということは、お前は敵じゃないと思って良いんだな」
「もちろんさ! 何よりこの封印の繭を壊してくれた恩人と敵対するなんてことあるわけないよ。妖精族は恩を仇で返すような真似はしないよ!」
フィーユは疲れ果て、ユーコはあの爆発でも起きることなく爆睡している。
そんな中、曲がりなりにも王と名のついた存在が敵となると、もしかすると厄介な事態になったかもしれないが、ひとまずは安心して良いようだ。
何よりは、まともな倫理観と常識のある会話に安心できる。
「だってー僕らはー、陽気で平和なー」
「おい、歌うな。すぐにミュージカルを始めようとするな。そこだけは減点だよ」
「あぁごめんね。なにせ僕らは陽気だから」
別に陽気だからってミュージカルしないで良いのではないか。
「とにかく、僕は元々中立的立場なんだ。そしてここにいるみんなも、戦いが嫌で魔物の領土を出た者達なんだよ。だから僕らに戦う意志も、人間に危害を加える意志もないんだ」
「そうか。だそうだが、休戦ってことで良いか、フィーユ」
声をかけるとフィーユは力なく頭を縦に揺らす。
どうしたんだろう。
俺もさすがに疲れはしたが、いくら何でも突然出てきた妖精王の前で油断しすぎだ。
それほど消耗したということか。
「フィーユが良いなら俺もそれでいいけど、すまないが近くに住むアラクネからクレームが来てるんだよ。お前達が毎晩うるさくて死臭を放ってるから獲物が逃げて狩りにならないって」
「そうだったんだね。ごめんよ、彼らに悪気はなかったんだ。彼らはただ声も封じられて喋られなかった僕を喜ばせようとしてくれていただけなんだよ」
「そうか、わかった。とにかく何とかしてくれれば、こっちはそれで良いんだ」
「そうだ、そのアラクネさん達には香草と獣をおびき寄せる薬を渡すよ。それがあれば、ミュージカル中でも大漁だよ」
ミュージカルをやめるつもりはないらしい。
「まぁ、いっか……。ちなみになんだけど、さっきから薬がどうこう言ってるけど、そんな知識があるのか?」
「もちろんさ! 妖精族は薬草を熟知しているからね。僕らは薬作りには誰にも負けないんだよ!」
「へぇ。でも僕らって言っても、失礼だけどもうお前一人なんだろ。なんていうか、大変だな……」
「大丈夫さ。僕は守備範囲広いから」
「そっか……がんばっ――」
……え、どういう意味?
なんだろう。
聞けば良いんだけど、聞きたくない。
「あ、そうだ! それで思い出したよ。ちょっと待っておくれ」
オベロンは緑色の可愛らしい服の中から、どんぐりに似た木の実を取り出し、それを俺に差し出した。
「なんだこれ」
「これはね、こうするんだよ」
どんぐりの帽子をパカリと取ると、その中に透明の液体が入っているのが見えた。
どうやら木の実の器のようだ。
そしてその中に入っているのは、おそらく薬なのだろう。
「本当はもっと持ち出したかったんだけど、この薬二つしか持ち出せなかったんだ。お礼に一つあげるけど、次に来てくれる時にはもっと色々な薬を用意しておくよ!」
「え、あぁ、そう。ありがと。ところで、これなんの薬なんだ」
「それはね」
明るく朗らかで柔らかい笑顔を浮かべたオベロンは、スッと顔を近づけてくる。
「えげつない威力の惚れ薬でんがな」
突然低い中年男性のような声が、愛らしい少年の喉から絞り出された。
「いてこましたい女がおったら、それの瞼に塗れば一目であんさんに惚れてもうて、言うがままされるがままですがな。ふひっひっひっ」
言葉もなく固まっていると、オベロンは顔を離してニコリと笑う。
「用法用量を守って、正しく、使用してね!」
「……あぁ」
俺は、なんでこの世界にまともな奴がいるなんて思ってしまったのだろう。
こんな世界、滅んでしまえばいいのに。
こうして俺達は墓地の騒音問題を解決。
正確には解決していないのだろうが、狩りの問題は解決するそうなので問題はないだろう。
すっかり疲れ果てた俺達はアラクネの許へと戻り、事情を説明した。
「妖精……王……。ちなみにぃ、格好良い方でしたか?」
「子供みたいな姿だったし格好良いのかはよくわからないけど……気をつけろ。姿は子供でも、油断はするなよ」
「でもぉ、王様なんですよねぇ」
あぁ、ダメだ。
相手が一流企業に勤めてるとわかった瞬間のOLみたいな顔をしている。
でもアラクネ族と妖精族の未来はこれで安泰なのかもしれない。
知ったことではないけれど。
心の底からどうでもいいけど。
できればもう滅んでほしいけれど。
とにかく、アラクネが納得してくれたので俺達は仕事を終えた。
フィーユがすっかり消耗している為に、織物の取引についてはまた後日ということなったものの、ひとまずは妖精王が解放され薬を作ってくれることで、アラクネは狩りにより食料を得られるだろう。
そしてきっと、いつかアラクネと妖精のハーフが生まれて、二つの種族は形を変えつつ存続していくのだろう。
朝日が昇る中出発した馬車の中で、ぐったりと毛布に包まって揺れる勇者を見ながら思う。
「俺達、とんでもないことしちゃったんじゃないかな……」
人々がアラクネの被害に合うことを避けたはずだが、もしかするとその代わりにアラクネと妖精のハーフという、羽と八本の脚が生えている獰猛で俊敏で陽気な、突然歌い出す肉食の生き物を生み出すきっかけを作ったのかもしれない。
「まぁ……いっか」
最悪の場合この世界が滅びるだけだと、不安も後悔も、ついでに裸のおかあさんという単語も、忘れることにした。




