第三十八匹:ミュージカル。
「うっさいゴーストねぇ! また呆けてんのかい!」
近所のおばちゃんみたいな声で骸骨が喋る。
「人間だぁぁぁ、人間がいるぞぉぉぉ」
ぐちゅぐちゅと気味の悪い音を立てながら、ゾンビが姉妹を指差したかと思えば、その指が地面にベチャッと落下する。
「あぁぁぁ、僕の指がぁぁぁ」
「あんたもうっさいわねぇ! どうせまた生えるんだから、良いでしょう。ちょっと黙ってなさいよ」
「ぬあぁんだとぉぉぉ」
「何よ、文句があるってぇの!」
「あぁぁりぃぃまぁぁくぅぅりぃぃぃあぁぁ」
抗議しながらボロボロとゾンビの体が崩れていく。
腕が落ち、顎が落ちたかと思えば、つには頭が転がり落ち、頭を失った身体が後ろへ倒れこむ。
すると後方にいたゾンビもそれに巻き込まれるように倒れ崩れて混ざっていく。
「なんか、勝手に倒れていってるんですけど」
「蚊ーさん、こいつらはアンデッドですよ。ゴーストもゾンビも裸のおかあさんも倒されても蘇る不死身の魔物です。油断は禁物です」
言われてみれば確かにそうだ。
その間抜けさに油断しかけたが、まさかフィーユに窘められるとは。
……ところで、一体だけ明らかに変な名前の魔物がいるんですけど?
なんか名前だけで精神的ダメージを受けちゃう名前のがいるんですけど?
「ごめんなさいねぇ、腐ったみたいな臭いでしょう」
「くせぇべや!」
「ほんと体臭きつい奴なのよねぇ。おばちゃん鼻ないからわかんないんだけど」
冗談を言ったのか、自虐的なそれなのか知らないが、裸のおかあさんはカタカタと笑う。
なんでこの世界の魔物って、無駄にべらべら喋ってくるんだろう。
「ところでなに、このゴーストが何かした?」
「ゴーストぉっ!? やだ、こわい!!」
「あんたがゴーストでしょうが! いちいち忘れて面度くさい。ちょっと黙ってなさい!」
「ところでばあさん、メシはまだかい」
「誰かばあさんよ! あんたにメシなんていらないでしょう。身体ないから記憶も保てないし、何にもできないし、ほんと役に立ちゃしない! 邪魔だからあっち行ってなさい!」
そう言われて離れて行ってるのか、ブツブツとひとり言が遠ざかっていく。
結局なんだ、ただの幻聴と捉えて問題ない魔物だったのか。
なんだそれ。
「ほんとごめんなさいねぇ」
「いえ……大丈夫です、けど」
もはや溶けて一体化しゾンビスープとなった仲間を一瞥しつつ、裸のおかあさんがおもむろにフィーユに近づいてくる。
……ダメだ、名前が気になって警戒も何ももうできない。
「ところであなた人間よね。こんなところで何してるの。しかもこんな若い子がこんな時間に外で歩くなんて危ないじゃない。変質者いたらどうすんのよ」
変質者以上にお前が魔物だし、それ以上に名前すら変質者以上のインパクトである。
毒でも喰らったみたいに、名前が脳裏を過ぎる度にダメージを受けてるんだが、誰か薬草をくれまいか。
「あの、まぁ冒険者なんでそれなりに大丈夫、かと」
あまりの距離感の近さにフィーユが戸惑いを隠せずにいる。
「あ、そうなの、冒険者ね。なに? じゃあこんな夜遅くまでお仕事? がんばるわねぇ」
「どうも……」
「でもダメよ。がんばり過ぎてもダメ。健康第一なんだから、気をつけなさいね」
「はい……」
「で、今日はどんなお仕事なの」
「あの、墓地のアンデッドを一掃しようかと思いまして」
「あぁ、アンデッドをねぇ。捨てられたような墓地ってたまにアンデッドが住み着いやあああああああああッ!?」
やっと気付いたようだ。
「あんた、あたし達を討伐しに来た冒険者なの!?」
「はい、まぁ」
その言葉に裸のおかあさん達に動揺が走る。
それぞれに恐怖で震えているのかカタカタと骨のぶつかる音が上げ、しかしそれが絶妙なバランスで合わさり、打楽器の演奏会のような音色が響く。
ここはなんだ、婦人会の音楽発表会かなにかか。
「なんてことなの……。こんなところまで来てたのに、あたし達は逃れられないというの……」
カチャッと音を立てながら、裸のおかあさんは頭を抱え、
「戦火からのーがーれー」
突然歌い出した。
「辿り着いた墓ー地ー」
他の裸のおかあさんもそれに続く。
「騒がしも、賑やかな日々ー」
「夢に見てやって来たー」
「もう戦いたく、なーいー」
「へいわぁにぃぃぃ、生きていたぁいぃぃぃぃ」
ゾンビスープから浮き出た顔も歌いだす。
お前等死んでますやん。とか言ってやれば許してくれるのだろうか。
「あぁ、なのに、どこまで行っても死がー、あたし達を付きまとうー。逃れれないー、さぁーだぁーめぇー」
付きまとってるというか、あなたがたが死そのものではないでしょうか。
「アンデェッドッ!」
やっぱりゴーストも参加してきた。
しかも声からして一体や二体じゃない。
「アンデェッドッ!」
「アンデェッドッ!」
声を上げながらゴーストが近づき、裸のおかさんも素早くゾンビスープの周囲に移動する。
「生きているのかー、死んでいるのかー、わかーらないぃー」
「でも、平和に生きぃたぁぁぁいぃぃ」
「でも、平和に死にたぁいぃぃぃぃぃ」
「「「アンデェッドォォォォォッ」」」
合唱と共にゾンビスープから幾つもの腕が伸び、その周囲で裸のおばさん達は手を繋いだまま両手を広げる。
決めポーズのようだ。
「なにこれ」
「私が知るわけないじゃないですか。あの、もういいでしょう――」
「それでは第二幕、ご覧下さい。目指したのーはー、遥か彼方、魔郷の地ー」
「嘆きと怒りの天刑ァァァァッ!!!!」
「「「ひぃえあぁぁぁぁぁッ!!」」」
終幕。
骨も腐った肉片も、あとたぶん見えないゴーストも爆発で吹き飛んだ。
「いたたたッ、いきなり何するのよあなた」
と思いきや、まだ喋れるらしい。
腐ってもアンデッドか。
「冒険者だって言ってるんですよ。こちらはパンツの話で時間を使うし、蚊ーさんはけだものだし、挙句の果てに何であなた達のミュージカルを見せ付けられなきゃならないんですか」
不機嫌マックスのフィーユが足元に転がるしゃれこうべを睨みつけ憤る。
「まったく最近の子はすぐキレる。牛乳飲まずに甘いジュースばっかで、カルシウム足りてないんじゃないの! あんた牛乳飲みなさい。好き嫌いしてるから胸だってそんなんなのよ!」
「ふんぬッ!」
「いたぁッ!?」
「牛乳なんてもう飲んでるんですよ。なんで骸骨にそんなこと言われなきゃならないんですかああああああ!!」
「ちょ、ちょっと待って! いたたッ!? おばちゃん今日調子悪いみたいだから、堪忍して!」
フィーユの逆鱗に触れてしまった裸のおかあさんに明日はないだろう。
しばらくは関わらない方が良さそうだと思い飛び立ち、ふとユーコを見ると地面に転がって寝ているようだった。
時間も遅いし、あんな退屈なミュージカル見せられたらそりゃ眠るだろう。
怒りにまかせて頭蓋骨を踏みつけ始めたフィーユに代わって、ユーコを見守っていようと近づくと、どこからともなくユーコの上にシーツが被せられた。
「あ、どうも」
反射的にそのシーツがやってきた方に会釈してみると、ユーコよりさらに小さな白い人影が会釈を返して来た。
「……フィーユ、フィーユ。ちょっとピンチかも」
「なんですか! 私は今忙しいんですけど!? それもこれも蚊ーさんがよけいなことを言うからで!!」
「いたたッ!? 待って! おばちゃんアンデッドだから大丈夫なはずなのに、なんだかなかなか元に戻らないのよ! ちょっとタンマ!」
下手に話しかけると火の粉がこちらに飛んできそうだ。
しかし俺一人でどうすればいいのか。
「ミイラの……子供?」
そう言うと、汚れた包帯でぐるぐる巻きにされたような小さな人影は小首を傾げる。
さぁ、と言ってるようにも見えるが、ミイラの部分のことか子供の部分のことか。
ミイラらしきものはしっかりとユーコにシーツをかけてから、身体ごと俺の方に向き直る。
喋りはしないが、どうも俺のことははっきりと認識しているらしい。
「ヘル姉、やっぱり履いてなかったべや……」
ミイラと見詰め合っていると、ユーコが寝言をつぶやく。
ふとそれに気を取られて一瞬目を離した隙に、ミイラは茂みの中へと戻っていった。
それもかなり気になるが、寝言の方も気になるんですけど。
なにあの戦闘狂、キュロットの下履いてないんすか?
その情報に後ろ髪を引かれながらも、しかしユーコが眠りフィーユが暴走状態になる今、俺がしっかりしないといけない。
ちょっと前に俺も暴走してたような気もするが、本来俺はこういうポジションだ。
ろくでもないこの世界で、俺だけはまともでいたい。
……蚊なんだけど。
ユーコに危険が及ばぬよう周囲を確認しながら慎重に上昇していくと、ミイラがバラバラになった裸のおかあさんやゾンビのパーツをせっせと集めているのが見えた。
「フィーユ、お忙しいところ恐縮なんですけど」
「なんだべや!? どいつもこいつも変質的なぁッ! なんでこの世界のやつはろくでもないもんばっかりなんだべ!?」
フィーユちゃんこわい。
あと、ずっと君もその世界の一人だと思ってきました。
「なんかちっちゃいミイラがうろうろしてるんですけど、どうします?」
「ミイラぁ!? ハッ、串刺しにしてそのまま包帯引き剥がしながらグルグル回してやんべや!」
いつものフィーユちゃんじゃない! 本性剥き出し!
「ねぇ、落ち着いて。悪かったから落ち着いて」
「何が……?」
「え!? あの、何か色々と?」
「……はあ!?」
やばい、矛先がこっち向いた。
「そうやって何にもわかってないのに謝られっとよけいに腹立つべや! 何にもわかってねぇくせに! 元はと言えば勇者だなんだと言ってくるから、たまにはそれらしくしようと思ったのに、それがなんだべ!? そんなに修道女のパンツが見てぇか!!」
「あぁ、見たいよ!!」
面倒臭くなってきて反射的に返してしまった。
売り言葉に買い言葉。
後悔はめっちゃしている。
「ぐぬぬぬっ……」
槍を握り締めて顔を真っ赤にしたフィーユが涙目で睨みつけてくる。
まさかとは思うけど、ここでまた新必殺技に目覚めて、遂に俺は討伐されてしまったりするんじゃないだろうな。
怒り心頭のフィーユを見て、そんな確信めいたものを感じた。
恨むような視線にしばらく串刺しにされていると、また月が雲に隠れたのか辺りに闇が舞い戻り、やがてどこからともなく漂ってきた浮遊する青い炎が墓地をほのかに照らしだす。
「死ぬかと思ったわぁ」
いつの間にか元に戻ったらしい、裸のおかあさんが目の前に立っていた。
すぐさまフィーユは俺から裸のおかあさんに槍を向けるが、それを見て手を挙げながら裸のおかあさんは首を振る。
ていうか、裸のおかあさんってなんだよ。いいかげん誰か説明してくれよ!
「ちょっと待って、ほんとに待って! あたしらアンデッドだけど、お嬢ちゃんの攻撃はあたし等に効くからやめて!」
「こちらは毎晩うるさいというあなた達をさっさと討伐して、先を急ぎたいんですよ。効くならなおさらやめる理由にはなりません」
「悪かったから、ちょっとほんとにやめて。騒いでたのは謝るけど、理由があるのよ!」
「強ければ生き、弱ければ死す。言葉も理由もいらねぇべや、弱いなら、死ね――ッ!」
ユーコみたいなことを言いながらフィーユが槍を振り上げたその時、裸のおばさんの前に小さなミイラが飛び出す。
まるで裸のおかあさんをかばうように手を広げたそれを見て、フィーユは動きを止めた。
あぁダメだ、やっぱり骸骨の名前が気になって集中できない。
服着てくれ、お願いだから。せめて服着てただのおかあさんになってくれ。
「あんた! あたしは良いから逃げなさい!」
小さなミイラはその言葉に首を振る。
「お願いよ、冒険者のお嬢ちゃん! この子には手を出さないで! この子は可哀想な子なのよ。魔族領で捨てられていて、魔郷を目指して魔族領を出ようとしていた私達が拾ってここまで連れて来たんだけど、喋ることもできない可哀想な子なの。ミュージカルだってこの子が楽しそうにするから、みんなで始めたことなのよ! お願いよ、おばちゃんはどうなってもいいから、この子だけは!!」
その訴えに眉間に皺を寄せながら疑いの眼差しを返していたフィーユだったが、ほどなくして手を下ろしうっすらと微笑みながら口を開く。
「手なんて、出すわけないじゃないですか」
それを聞いた裸のおかあさんは小さなミイラに呼びかけ、抱き上げようと手を伸ばす。
それに応えて小さなミイラが背を向けてきたその時。
「聖的一閃」
下ろした槍の切っ先が、小さなミイラの背中を切り裂きながら振りあがる。
「手なんて、出しませんよ。出すのは刃だけです。手で触れるなんて汚らわしいべや」
ミイラが宙を飛び、それを抱きとめた裸のおかあさんが衝撃で崩れる中、フィーユは再び現れた月の光りを浴びながらニタリと笑った。
フィーユちゃん、それ勇者のやることじゃないっす。もはや人間でもないっす。
「あああぁあああぁッ!!」
裸のおかあさんの悲痛な叫びが響く。
次いで、遅れて再生したらしいゾンビがよたよたと集まり、泣いているのかそれぞれに低い唸り声を上げ、やがてその声がまるで合唱のように合わさり、また始まるのかよと思っていたところで。
「……どういう、ことだよ」
俺は困惑した。ずっとしているが更にだ。
なにせ小さなミイラの背中から、光りを帯びた羽根が現れたからだ。
それはまるで蝶の様な白く綺麗な羽だった。
もう、何がなんやら、展開についていけない。
「「あぁぁぁぁぁぁぁ」」
やっぱり始まった。
「拾い上げたー、小さなミイラー」
「中にーは、骨がー、入ってるー」
「それとぉも、腐肉が入ぃってるぅぅ」
「いやーいーや、空かもしれなーいよー」
声からしてどうやらゴーストも無事だったようだ。
「話ぃかけぇても、喋らぁなぁいぃぃ」
「食べもーの、あげてもー、口がーなーいー」
「振ってーみてもー、聞こえーなーいー」
「ゾンビかなぁぁ?」
「ゴーストかな?」
「裸のおかあさんかな?」
知らねぇよ。
最後たぶん違うよ。
というかほんとに何なんだよ、裸のおかあさんって。
勝手に呼ばれてるじゃなくて、自分でもそう名乗んのかよ。自覚あるなら服を着ろよ!
「「「君の名はぁぁ!」」」
全員で声を合わせ、小さなミイラに一同の視線が集まる中、背中の羽が応えるように羽ばたき始め、
「僕は……妖精王オベロン!」
ミイラの中から、スポンッと元気な妖精王が現れた。
なるほど、アンデットの墓地でミイラから妖精王でミュージカル……。
よしよし。
「フィーユさんお願いします!」
「……|嘆きと怒りと苛立ちと憤怒の天刑ァァァァッ!! うあぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
もう付き合っていられない、なんでこんなもの見せられなきゃいけないんだ。私はもう寝たいんだ。
そんな思いからだろう。技名すらも咆哮に変えて放たれたフィーユの必殺技は、墓地一帯を清々しいまでに吹き飛ばしてくれたのだった。




