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第三十七匹:子供は寝てる時間。


 アラクネ曰く、旅の途中で今の集落に落ち着いたのは、ネイイーさんとの受け渡しをするためともう一つの理由があったらしい。

 それは集落のある森に潤沢に獲物がいたということだ。

 ネイイーさんから渡される物資だけでは当然足りず、彼女らは森に生息する動物の雄を狩って生活していた。

 近くの町の人間も害獣の被害を受けていたらしいので、その点でも彼女等はクモらしく益虫として人間の助けになっていたようだ。

 しかしネイイーさんが姿を消してしまってから、そのバランスが崩れることになる。

 アラクネの話ではネイイーさんは初老の女性だったらしく、もしかすると身体を悪くしてしまったのかもしれない。最悪の場合は、この世から去ってしまったことも考えられる。

 アラクネもそれを予感したが、せっかく手に入れた人間社会との関わりを憶測だけで手放すのは惜しく、ひとまず集落はそのまま維持されることとなった。

 だが、時同じくしてさらに問題が起こる。


「あいつらいっつもいっつもうるさいんですぅ」


 集落からそう離れていない場所に、打ち捨てられたような墓場がある。

 そこに流れ着いた魔物が夜な夜な墓場で運動会ばりの騒音を出しているらしい。

 しかもその魔物はアンデッド系らしく、その騒音に加えて特殊な死臭で動物が逃げてしまうそうだ。

 その騒ぎは夜行性であるアラクネの狩りの時間と重なり、当然狩りが上手くいかなくなってしまい、死臭を嫌って離れたのかとうとう周辺から動物の姿が消えていった。

 クレームを言うものの聞いては貰えず、さらに雄には強い彼女等だがアンデッド相手では雄でも雄と認識できないらしく力も発揮できない。仮に戦ったとしても、アンデッドなので死ぬことはなくやがて復活してしまう。


「おかげで私達は食糧難に喘ぎ、段々我慢できなくなってきてましてぇ……」


 離れた位置にある馬車を見ながら、アラクネはじゅるりと涎をすする。


「でも、でもがんばってるんですよ? もう過ちを繰り返してはいけないと。人間さんと友好的関係を築こうと」


 そうは言うものの、このままではアラクネ達はやがて通りがかりの人間を、さらには近くの町を襲うだろう。

 やっぱ人間の雄最高っ、なんて血を滴らせながらケロッとした顔で言うであろうことは容易に想像できる。

 やはり退治しておくべきなのかもしれない。

 そうは思うものの、しかし修道女にアラクネのパンツを買わせてあげた……じゃなくて、平和を望むものを無下にはできないのだ。

 

「つまりその墓場の魔物をどうにかしてほしいということか」

「はいぃ、取引なら私達としても助かりますし、ネイイーさんが戻られない限りはこちらからお願いしたいぐらいです。でも、このままでは私達は空腹に勝てず、また血塗られた歴史を繰り返してしまいますぅ」

「私としては、ネイイーさんという方の代理の取引でなく、今あるものを全て頂けるならそれで良いんですけどね」

「……お渡ししたらどうなりますかぁ」

「皆殺しにします」

「こぉっわいっ!? ちょっと蚊さん、やっぱりこの方山賊か何かですよねぇ! なんかさっきよりイライラされてるっぽいんですけど! 八つ当たり気味に滅ぼされそうなんですけど!」


 俺が余計なことを言ったからか、ユーコの謎のパンツ理論のせいか、先ほどからフィーユのご機嫌は急角度で斜めだ。


「お姉、細く長くだべや。お姉は目先のりえきにしか目が行ってねぇべや。もっとちょーきてきしてんでアレするべ」

「言ってることはわかりますけどユーコ、お姉ちゃんは人々の安全を考えて行動してるんですよ。自分の利益を優先するなら、こんなことは言いませんよ」


 そう言いながら、織物はある分全てを奪おうとしているのだからさすがだ。

 そんなフィーユに、アラクネの織物の流通元を押さえられるのがどれだけ利益を生むか、アラクネの商品がなくなることでどれだけの人が悲しむかを俺とユーコで訴え、さらにアラクネが懇願することでなんとかフィーユの説得に成功。

 そのまま馬車を待機させ、俺達はアラクネから教わった墓場へと向かうこととなった。


 アラクネの食料問題が少しでも解決するなら、人間へのリスクを下げることができる。その上で、ネイイーさんの代わりを果たせば、さらにリスクは減ると共にアラクネの織物の流通を支配できるわけだ。

 こんなにおいしい話はないというのに、やはりフィーユは納得していないような顔をしていた。

 お前は今さら正義の勇者気取りか、と言いたいところだが、言ったら細切れにされるであろう。

 森の中を妙にやる気満々なユーコを先頭に歩き、しばらくすると変化が起こった。


「くせぇべや!」


 幼い顔の中心にこれでもかと皺を寄せたユーコが訴えるように振り返る。


「確かに、妙な臭いがしてますね……」


 周囲を警戒するフィーユも手で鼻を押さえる。

 だが俺はユーコの言う臭いがわからない。そもそも蚊の嗅覚は人間のそれとおそらく異なる。おいしい血を吸う為に特化しているらしく、それ以外の無関係な臭いはあまり感じ取れないのだ。

 だが二人が感じたのなら、それはつまり目的地が近いということだろう。

 ほどなくしてその予感の通りに、俺達は墓地へと辿り着いた。

 弔う者が絶えてからどれ程経っているのか、草むらの中から辛うじて墓が覗く程度のその場所は、知らずに入ればもはや墓地だとわからないような状態だった。

 

「ユーコ、近くに」


 爪を立てるように指を開き両の腕を交差させるという、アーコもやっていた謎の構えをしたユーコを側に寄せつつ、フィーユも槍を構える。

 流れで受けてしまったものの、そういえばアンデッドって強いのだろうか。

 パンツの話しばかりに気を取られていて大事なことをすっかり忘れていた。

 いざという時の為に俺もフィーユの肩で待機する。

 戦うにしろ逃げるにしろ、すぐさま吸血鬼化させられるようにだ。

 そろそろ喉も渇いたし、しばらく吸わせてもらってないので、是非ともその機会をここで頂きたいものである。

 慎重に歩を進めていると、草むらの向こうから言い争うような声が聞こえてくると共に、数人の人影があることに気付いた。


「数が多いですね……」


 フィーユの言う通り、ざっと数えて人影は十に近い。

 茂みに隠れて状況を伺っていると、雲間から覗いた折れてしまいそうな程細い三日月の頼りない灯りがその人影の姿をぼんやりと照らし出す。


「こぉんなところに、生きた人間とは珍しい」


 茂みの向こうにいる者の姿が見えると同時に、何ら気配もない場所から声が響く。

 あわててその方向にフィーユは槍を構え、ユーコはシュッシュッとシャドーボクシングをし始めた。


「あぁ、脅かせてしまってすいませぇん。ですがご安心ください。危害は加えませんので」


 何かがいる事は確かだが、その姿は見えない。


「まぁ、ゴーストなんで危害を加えられないんですけどね」


 おどけている様子の声だが、やはり何も見えない。


「と言ってるけど……?」

「確かにゴーストは肉体を持たない魔物だと聞いてます」


 そう返して来たフィーユだが、当然警戒は解いていない。

 肉体を持たないなら無害のような気もするが、しかし魔物である以上何らかの脅威であるに違いない。


「はぁい、仰るとおりです。我々、身体というものを持ちませんので、ですから警戒なさらずともご安心くださいませ」

「そういうわけにもいきません。不可視の特性を利用して諜報のようなことをしたり、人間に声をかけて惑わしたりしていたと聞いたことがありますよ。こんなところで何をしているのか知りませんが、何かしら企んでいるに違いありません」

「はっはっはっ、なるほど。ところで……あなたは生きた人間の方でしょうか?」

「……えぇ」

「こぉんなところでお会いするとは珍しい」

「……はあ」

「あ、ご安心くださぁい。私、ゴーストなので危害は加えません。まぁ加えられないんですけどね」

「……」

「ところで、ゴーストってなんでしたっけ」


 なんだか雲行きが怪しい。


「あなた、ゴーストなんですよね……?」

「え? 私、ゴーストなんですか?」


 表情からフィーユが苛立ちを募らせているのがわかる。

 

「フィーユ、冷静になれ。ここで騒いでも良いことにはならない」


 まだ茂みの向こうにいる見るからにモンスターなそれらはこちらに気付いていない。

 ゴーストの様子がおかしいが、しかしだからこそ適当にやり過ごせば、一団に見つからずに済む可能性があった。

 しかし、俺の行動は残念ながら逆効果にしかならなかった。


「ひぃぃぃぃッ!!?」


 突然にゴーストが悲鳴を上げる。


「姿が見えないのに男の声がするぅあぁぁぁッ!!」


 もはや突っ込んでいる場合ではない。

 その悲鳴で奥に居る一団に気付かれてしまった。

 ぞろぞろとこちらにやって来るそれは、確かにアンデッド。

 カタカタと音を上げながら歩く骸骨達と、腐り溶けたような身体のゾンビ達だ。

 距離を取りながら、その一団に向かってフィーユは槍を構え、その足元でユーコは欠伸をかみ殺す。

 そういえば、子供は寝てる時間だ。仕方が無いね!



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