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第三十六匹:強き者は高いパンツ履き、弱き者は数枚でいくらのパンツ履く


「所々聞こえてましたけど、なんですかぁ! 最終的に私死んじゃう話じゃないですかぁ!! 蚊さん、味方してくれてたんじゃないんですかあぁッ!?」

「ごめん、肉食女子は無理。怖い」

「だから蚊なんて食べませんよ! あと最初に言った通り、私達は人間さんは襲いません。昔は本能のままに戦ってたようですけど、今はもう違うんですぅ。私達は反省して生き方を変えたんですぅ。だからこそ魔王の支配から逃げ出して来たんですぅ! なんでこれだけ言ってるのに、わかってくれないんですかぁ!!」

「あなたは牛や鳥が鳴くからって屠殺をやめますか?」

「こっわいッ!? 言葉が通じるのに全然分かり合えないこれは何なんですかぁ!? 蚊さん、こっちの方がどう考えても怖いですよぉ!!」


 どっちも怖いです。


「見逃してくださいぃ! 私達だって心を入れ替えて生きてるんです。そんな昔のことで討伐されるなんてあんまりですぅ!」

「心を入れ替えたって、さっき思いっきり男に反応してたじゃねぇか」

「だからあれはあまりの空腹でちょっと理性が保てなかっただけでして、でも実際には襲う前に止まっていたはずですぅ。信じてくださいよぉ! 私達も必死にこの本能から逃れようと努力してるんですよぉ、努力を買って下さいぃ!」


 努力は買ってもいいが、その代わりに食べられるのは割に合わない。

 とはいえ、ここまで言っている相手を魔物だからと討伐するのは、やはり文明人としていかがなものか。

 俺、蚊だし、もうこの世界が文明的だとは思えなくなっているけども。


「努力してるのはわかったけど、そもそも何でお前等は我慢してるんだ? 心を入れ替えたって言われても、さすがにおいそれと信用できない。どんな事情で考えを変えたっていうんだよ」


 よほどの理由がない限り、本能に刻まれた行動を抑制することはできないだろう。

 それがもし軽い理由であれば、それこそ空腹であっさりと気が代わり、可哀想な男達が食い物にされてしまう。


「それはですねぇ、その代償として私達は一族存亡の危機に瀕したからなのです」


 顔を上げたアラクネは遠い目をして語り出す。


「古来より、私達にとって雄は食料でした」

「面と向かってそう言われると、怖さと共に怒りすら感じるな」

「しきたりで求愛をする際は男が貢物を持って来ることになっているんですが、それが気に食わない場合、もしくは持ってこなかった場合、その雄を食べることを許されていました。……といっても、気に入る貢物を持ってきた雄を食べても怒られることもなかったんで、それもよくありました」

「救われねぇ……」

「とにかく、元々私達の種族では雄は身体も小さくて、全ての面で雌が優位な社会を形成していたんです。だから雄なんてカスみたいな風潮があったらしいんですけど、そのせいか、いつの間にか本能的に雄のみを標的とする癖がついてしまったようで、それがその肉食系女子だなんて揶揄される原因となったものです」

「そうか、ちなみに今のところお前の生き延びる確立は0パーセントだ」

「まだ、まだ待ってくださいよぉ!? ここからですから。た、確かに私達は雄のみを食べる習性を持っています。過去の大戦のお話も本当です。ですが私達も好きでそんなことしているわけじゃないんです。そして今ではそれを我慢して、なんとか平和的に暮らせるようにと努力しています」


 アラクネは後悔するように視線を落としながら、唇が乾いたのか舌を出してぺろりと舐める。


「なにせ、一族の雄をみんな食べちゃって、子孫が残せなくなってしまったものですから……」


 もう、滅べばいいんじゃないかな。

 この世界には、やっぱり野蛮人しかいないようだ。


「それで、人間を襲わない理由はどこだよ」

「何を聞いてたんですか、蚊さん! 私達は悲しい歴史を戒めとして、本能に抗うことを誓ったのですよぉ」

「いや、その段階まで滅ぶことに気付かなかった種族は、もうずっと気付かないと思うの。まったく、信用できないんですけど!」

「そんなぁぁ! 私達はもしかするとアラクネの雄がどこかに居るかもしれないと、各地に分散することにしたんですよ。でももし雄がいなければ、異種族の方との間で子供をもうけるつもりもあります。だからこそ、私達は平和的に友好的に他の種族の方々と交流を持ちたいと思っているんですよぉ!」


 とんでもない危険生物が世界にばら撒かれたようにしか思えない。

 やはりここで根絶しておくべきではないか。

 フィーユもどうやらまだ警戒を解いてはいない。

 利益と勇者としての自覚を天秤にかけているのはどうかと思うが、これまでを考えれば感涙しても良いぐらいの成長だ。

 ここは心を鬼にしてフィーユにアラクネを退治させれば、今後さらに勇者として活動してくれるかもしれない。

 そのきっかけになるというなら、もはややるしかないか……。


「お姉、蚊、美味そうなお姉にひどいことすんのやめて欲しいべや」


 そこへ唯一人、アラクネ側についたのはユーコだった。

 理由は聞くまでもないだろう。


「ユーコ、これは下着ブランドの問題ではなく、もっと大きな人類にとっての問題なのですよ。あなたは下がっていてください」

「お姉、人類は皆、パンツを履くべ。パンツの問題も、人類にとっての問題だべや」


 なるほど一理ねぇ。あるわけねぇ。


「世の中には、二枚でいくらのパンツでは幸せになれない人間もいんべ。アラクネがなくなったら、ギルドのお姉も教会のお姉も履くもん無くなってしまうべや」

「おい、待て。今なんて言った……? 教会のお姉? 教会のお姉ってあの娘のことか!?」


 思わぬところで教会の美少女がアラクネユーザーだと判明。

 とっさに反応したものの、俺の声はユーコには届かない。


「ユーコ、蚊ーさんがなんか言ってるんですけど、教会のお姉さんっていうのはどんな方なんですか」


 俺の代わりに聞いてくれるが、汚らわしいものでも見るような視線が俺に向けられている。


「うちの後輩で、長いサラサラパツキンのお姉だべや。いっつも地味な服ばかりだからパンツぐらいおしゃれしたいって言うとったべ。乙女心は裏腹だべなぁ」


 間違いない、あの修道女だ。

 そりゃあ修道服なんだから地味だろう。

 というと何か、あの修道服の下に冒涜的下着を履いているというのか……ッ!


「でもせいさんしゅうりょうでプレミアだかんなぁ。しなうす状態でにゅーか待ちだべ。りゅうつうが元に戻って、値段が落ち着いたら買う言うとったべや。でも美味そうなお姉が退治されたら、もう作られんべ。んだから、もう教会のお姉は履けることはないんだべなぁ。強き者は高いパンツ履き、弱き者は数枚でいくらのパンツ履く。所詮この世は弱肉強食だべや」


 つまりまだ買ってはいないと。

 でも流通が戻れば、あの修道服の下に冒涜的パンツを履くと……くっ!!


「……なぁ、フィーユ」

「だまれ虫けら」


 つっめたい。

 

「あれでしょ。やっぱり退治するのやめようとか言うんでしょう? このケダモノ!!」

「待てよ、まだ何も言ってないだろ!? でも退治するのをやめようっていうのは当たりだ。こいつらなりに人間社会に合わせた生き方をしようと努力していて、既に誰かにとってこいつらの作った物が無くてはならない状態になっている。それを魔物だからと奪ってしまうのは、果たして勇者のすることだろうか?」

「蚊ーさん。いえ、虫けら。日頃から私に勇者としての自覚どうこう言っておいて、結局そんなのですか!? 単にその可愛い修道女の紐パン目当てじゃないですか!! 見損ないましたよ!!」

「違う、お前はわかってない! 何もわかっていない!! 別に修道女が過激な冒涜的パンツ履いてるだなんて、奈落の底に落とされるようなギャップに興味なんてさらさらない! ただ俺は信心深く神に使える少女が、ほんの少しささやかでも普通の少女と同じようにオシャレを楽しめるならそれでいいと思っているだけだ。それにお前は良いのか? このままじゃユーコに負けたままだぞ」

「なんで履いてるパンツで勝ち負けが決まるんですか……」

「強き者は高いパンツ履き、弱き者は数枚でいくらのパンツ履く。所詮この世は弱肉強食だべなぁ」

「ユーコ、お姉ちゃんそろそろ本気で怒りますからね。そのパンツ信仰をやめなさい。そして姉のパンツを見下すのをやめなさい」


 頭を抱えてひどく嫌そうに顔を歪ませたフィーユだったが、胸のわだかまりを吐き出すように溜息を一つついてユーコの頭に手を乗せる。


「ユーコもやっぱり、このアラクネさんを退治しない方が良いと思うんですか」

「んだべなぁ。うちもアラクネの新作欲しいべや。あとギルドのお姉が言うてたべや。生かさず殺さず、細く長く絞り切るのが理想だって」

「そうですか……」


 妹の言葉を聞いて、渋々だがフィーユは納得したらしい。

 ずっと握り締めていた槍から力を抜き、疲れたように肩を落としてまた嘆息する。

 これで良かったのだろう。

 だって修道女の過激なパンツ姿、見たいんだもん。


「あのぉ、生き延びれる感じにして頂けたのは嬉しいんですけど、妹さんさっき死ぬより恐ろしいっぽいことを仰ってたような気がするんですけど……あの」


 さすがに今回ばかりは、俺もろくでもないなんて非難できない。

 だからアラクネの言葉は無視することにした。


 こうして、俺達はアラクネ討伐を中止し、お互いの為に平和的解決に乗り出したのだった。



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