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第三十五匹:男は食い物。


 魔物だからといって、必ずしも魔王の下につくとは限らない。

 何やら思い出にたっぷりと浸っていたアラクネがようやく喋り始め、そして喧嘩していた姉妹がようやく話を聞き始めたところで、アラクネが最初に説明したのがそれだった。


 今から数年前、魔族領土にて数百年前に死んだと思われていた魔王が復活。

 そしてその魔王に付き従う者達が集まり魔王軍が作られ、人間の領土への侵略が開始された。

 しかし数百年前は戦いに一族で参加したものの、現代のアラクネたちは侵略に消極的だった。

 そしてその一部の者はすぐさま魔族領土を離れて、数百年前同じく魔王の支配から逃げ出した魔物が住み着いたという、人間の領土内にある魔郷を目指したのだそうだ。

 その魔郷という名前と、方角には心当たりがあった。


「魔郷……って、あの魔境か? カナイ村のあった場所がそれだってことか?」

「確かにあそこは他の場所に比べて森が深く魔物も生息していますけど……。ああ、でもそういえば、そんな話も伝承の中にあったような」

「いや、そんな魔物の避難所みたいな所に住んでたのかよ。それが何より不思議だよ!!」


 そう考えて、ふとその不思議が何ら不思議なものでもなくなる仮説を思いついたが、たぶん怒られるし矛盾もあるので言うのをやめておいた。

 ただでさえパンツの話で時間を使ってしまったので、今は話を進めたい。


「それでお前等は何でこんなところにいるんだ? 目指した魔郷はここじゃないんだろ」

「はいぃ。人間さんに見つからないように移動するのは難しく、少しずつ進んでいた私達でしたが、ここでついに見つかってしまったんですぅ。それがネイイーさんでした」

「さっき言ってた話を聞くに、そのネイイーさんってのがお前達の作った織物を人間に売る為の仲介をしていた人ってことか」

「そうですぅ、すっかり旅路で疲れてしまっていた私達はもう限界が近かったのですぅ。そこへネイイーさんが現れ、最初こそ驚かれていましたが親身になって下さり食料も分けて下さいました。そしてお礼に織物を渡したところから、私達の関係が始まったのですぅ」

「そしてそのままここに居付いた、ということか」


 事情はわかった。

 そして、状況から考えてフィーユはこのチャンスを見逃さない。

 これで無事に彼女は生き延びることができるだろう。

 ホッと胸を撫で下ろしつつフィーユの顔を見ると、険しい顔つきでこちらを見ている。


「蚊ーさん、ちょっと良いですか」


 そう言って踵を返し、ユーコの手を引きアラクネから距離を取る。

 フィーユなら来なくなったというネイイーさんの代わりに自分が反物の仲介をするとすぐさま言うと思ったが、他に気にかかることがあるらしい。

 純粋な驚きを感じつつ、それを尋ねてみると、


「蚊ーさんは私を何だと思っているんですか」


 と予想外な言葉を返された。

 守銭奴で野蛮人だと思ってますなんて言えば、回復が間に合わない程に切り刻まれそうなので沈黙を選んだ。


「確かにその話は魅力的です。すごく魅力的です。ですが……、いやその前にちなみにですけど、そのアラクネっていうブランドは人気なんですか、ユーコ」

「ちょー人気だべや。なんかせいさんしゅうりょーひんのぷれみあ価格とか言うてたべや」

「それでそんなに高かったんですね、もったいない。しかし生産終了品ですか、ネイイーさんの卸しがなくなって生地が手に入らなくなったから、ということなんでしょうか……」


 何を迷っているのか、フィーユは苦悶の表情を浮かべている。

 どうせろくでもないことで迷っているのだろう。

 何にしたって、プレミアになる程人気の品を作るための生地を手中におさめることができるのだ。きっと結論は決まっている。

 

「……あッ!?」


 あの店のことを思い出していて幾つか気になることを思い出し、そして背筋が冷たくなる。

 そういう意味だったのか……。


「どうしたんですか、蚊ーさん」

「あぁ、怖い。怖いとは思ったけど、もっと怖かったとか、ほんとやめてほしい……」

「だから何なんですか、いきなり」

「思い出したんだよ。あの店の商品は、全てアラクネの織物で作られているかもしれないってことを。まず店員が服も下着も全て特別な布地で出来ているって言ってたしな」

「ユーコが教えてくれないんでどんなお店なのか知らないですけど、隠れ家的なお店でいかにも富裕層向けな感じですし、特別な布地というのはそういう人向けに言っているだけじゃないですか。値段を引き上げるために」

「なんでそう捻くれてんだよ……。まぁそれがあり得ないとは言わないけど、でも今回は違うだろうな。フィーユ、ユーコに向かってノックの真似を十回した後で、男は、って言ってみろ」


 「はあ」と納得しないまま返事をしたフィーユが、コンコンと口で言いつつノックの真似を始める。

 この姉は何をしているんだろう、と怪訝な顔で首を傾げていたユーコだったが、十回目のノックが終わり、フィーユが「男は」と口にすると目をカッと見開いた。


「食い物だべや!!」

「……」

「はっ!? お姉、ゆーどうじんもんとは、やってくれるべ……」

「いえ、お姉ちゃんにそのつもりはないですし、あといいかげんに、村からあなたを連れ出したことが失敗だったような気がして来ましたよ」


 それはきっと気のせいだ。

 村に残しても村から出しても、もう手遅れだった。アーコもフィーユもその証明だ。


「頭が痛くなってきましたけど、蚊ーさんの言ってることはわかった気がします。でもノックが無駄に多いのは何なんですか、十回もいらないでしょうに」

「十回で合ってるんだろ。普通ノックは片手で二回だ。もし片手が五本あったらどうなる」

「そりゃあ十回になりますけど……、あぁっ、なるほど。アラクネの場合なんですね。片手と片側の脚四本、それぞれ二回ずつで十回というわけですか。合言葉もアラクネから来てる言葉でしょうし、蚊ーさんの言う通り、店自体がアラクネの生地を使った商品を扱うための店のようですね。……そうか、隠れ家的であるというのも、魔物が絡んでいるからと考えれば納得です」

「あぁ憶測ではあるけど、繋がったな。ところで、最初に見つけた時の反応でなんとなく理解したけど、やっぱあいつ男を襲う、いや食べるんだな……?」


 清純派な容姿のギルドの受付嬢がユーコに合言葉を教えていた時も相当ゾッとした。

 何せ、男は食い物だ。

 しかしその言葉は男を誑かし振り回す意味での食い物だけでなく、もう一つ意味があった。

 それはそのままの意味。

 男は食料だという意味だ。


「えぇ、ちょうど私が考えていたのもそこだったんです。あまり聞かない名なので忘れてましたけど、さっきあのアラクネの話を聞いていて思い出しました。過去の大戦で、肉食系女子と呼ばれ恐れられた魔物、それがアラクネです。アラクネは素早く獰猛で、目をつけられれば逃げられないと言われていたそうです。何よりの特徴は、女性は襲わずに男性のみを襲うこと。そして襲った男性を必ず食べること。噛み付く魔物はいても、人間を好んで、しかも戦っている最中まで食べようとする魔物は他にいません。しかも伝承では馬などの家畜ですら、雄のみ食べられたとされるものもあります。今は人間領土で見かけることもないので忘れられていますけど、昔はかなり恐れられた存在だったようですよ」


 あれ、さっきまで何で俺はあいつを擁護してたんだっけ。

 もう、魔物だからサクッと討伐したら良いんじゃないかと思えるようになってきた。


「ですから、正直なところアラクネの織物の生産元を押さえられるのは魅力的なんですが、しかし冒険者として、曲がりなりにも勇者と呼ばれた者としては、このまま見逃すわけにもいかないかと……」

「……えッ!?」

「なんて声出してるんですか。そんなに意外ですか」


 意外も意外だ。

 フィーユがそんな真面目なことを考えていただなんて。

 だが話を聞けば確かに怖い。人間どころか雄全般を襲うってのはどういうことだ。

 その理不尽さと意味のわからない執着が、一人の男としては怖いのだ。

 そんな中で、今さらながら勇者としての自覚に目覚めてくれたフィーユが、少し神々しく見えてしまった。


「なんか、ごめん」

「だから私を何だと思ってるんですか。もうっ。それに勇者としての自覚を持てって言ったのは蚊ーさんでしょ」


 胸の内で小さな火が灯るかのように、微かな喜びが芽生える。

 なんというか、非行少女を更生させたような気分だ。

 夜回り先生ってこんな感じなのだろうか。


「勇者としての自覚か……。そうだな、ようやくわかってくれたんだなぁ。嬉しいよ」

「まぁお金にも多少余裕ができましたし、別に私だって正義感とかはありますし、少しぐらいなら勇者やってみても良いかなぁって、蚊ーさんの理想に付き合ってあげても良いかなぁって思っただけですよ」

「そうか、それでも嬉しいよ。やっと、やっと勇者の手伝いが出来る」

「大げさですね、もう。ではいざとなったら手伝ってもらいますけど、ひとまずそこで見ていて下さい。勇者フィーユ・アルトゥリアが見事あの魔物を討伐してやりますから!」

「あぁ、がんばれ!」

「がんばれじゃなあぁぁぁぁいぃぃぃッ!!」


 悲鳴じみた声を上げながら、アラクネが無理やり滑り込んできた。



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