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第三十四匹:変態姉妹だぁ!


 なんとかフィーユを宥めつつ、少女に話を聞いてみれば彼女はアラクネという魔物らしい。

 アラクネといえば蜘蛛と人間の混じった怪物だ。

 なるほど正体不明の恐れは、蚊としての捕食者に対しての恐怖だったのだと納得しつつ、心の芯から蚊になってしまっている自分に気付いて泣きそうになる。

 

「よく見れば随分と良い服を着ていらっしゃいますね。討伐したら剥ぎましょう」


 うちの勇者が何の慈悲も躊躇いもなく呟くようにそう言って、それを聞いたアラクネはカタカタと身体を震わせ両肩を抱く。

 そんな光景を見ているとまた泣きそうだ。

 俺は異世界に来て何を見せられているのだろうか。

 しかし抗議してみたところで、


「魔物を討伐して素材を剥ぐなんて、常識じゃないですか」


 きょとんとした顔でそう返されるだけ。

 そりゃそうなんだけど、そうかもしれないけど、少しぐらい抵抗を感じてくれてもいいと思うの。


「あの、せめて、せめてお話だけでも聞いてくださいませんでしょうかぁ……!」

「ほら、こう言ってるんだし、話が出来る者同士なんだから少しぐらい話を聞いてみようぜ」

「蚊ーさん、話して解決するようなら、戦争なんて起きないんですよ。……それはそうと、やけにこの魔物の肩を持ちますよね? なんですか、ちょっと可愛い顔してたら魔物でもシスターでもなんでもいいんですか?」


 ジロリとフィーユに睨まれる。

 なぜだか知らないが余計に機嫌を損ねてしまったらしい。

 ダメだ。このまま話を続けたところで全く好転する気がしない。

 であるなら……。


「タイムッ!」

「……は?」

「ちょっと待ってくれ。ちょっとだけでいい、まずは俺に話させてくれ」

「……そうですか。いいですよ、そんなに話したければずっと話してれば良いですよ!」


 フンッとそっぽを向いたフィーユが俺達から距離を取り背中を向ける。

 やばいぞ、なんだか余計に機嫌を悪くしてしまったらしい。

 なんとかしようとしたのに、今のところ逆効果だ。


「おい、アラクネ。俺の言うことをよく聞いてくれ」

「はい、なんでしょう。できれば、私が生き残れるっぽい前向きな話だと嬉しいですぅ」

「あぁ、このままだと間違いなくお前は狩られる。なにせあいつは、所詮この世は弱肉強食ってのを標語にしてる村出身の人間だからな」

「なんて非文明的な……獣か化け物の発想じゃないですか。あぁ、どうせならせめて、せめて最後にお腹一杯になってからにしてもらえませんでしょうかあ」


 座ったままグイッと尻を浮かせて近づいてくるアラクネから、スッとそのまま距離を取る。

 慣れたと思ったものの、やはり蚊としての本能が俺にそうさせるようだ。まことに遺憾ではあるが。

 ちなみに、フィーユが化け物に化け物呼ばわりされているのはもう受け入れた。

 

「あ、あぁ大丈夫ですよぉ? なんで蚊さんが喋ってるのか知りませんけど、本当に蚊さんなのなら食べたりしませんから。さすがに食べるには小さすぎますしぃ」

「そうか、そうしてもらえると助かる」


 と言いながらも距離を取り話を続ける。


「あいつは弱肉強食の世界に生きてはいるが、免れる手段はある」

「なんですか、なんでもしますから言ってください!」

「あいつは自分に利益になるなら、たぶん魔物でも許してくれる。ちょうどその服に興味を示してるみたいだから、その辺で何か提案してみれば生き残れるかもしれないぞ」

「……生き残れるならありがたいですけど、完全に野蛮人の短絡的思考回路ですねぇ」

「勘違いするな、人間にだって良いやつはいる」

「大丈夫です、わかっていますぅ。良くしてくれた人間さんもいらっしゃいましたから」


 懐かしげに微笑んだアラクネは、胸に手を当て深呼吸してからフィーユに向き直る。

 それに気付いたフィーユがゆっくりと歩み寄って来て、


聖的一閃(ルサイド・スラッシュ)ッ」


 槍を振り下ろした。


「ぎにゃぁッ!?」


 頭に直撃を受けたんこぶを作ったアラクネが、再度地面に倒れ伏す。


「聞こえていましたよ、蚊ーさん」


 強き者は笑い、弱き者は泣く。

 所詮この世界は弱肉強食だった。



「一応、聞くだけ聞いてあげます」


 目を覚ましたものの、悪夢の中から抜け出せず死を覚悟した様子のアラクネに向かってフィーユは何も期待していないというような表情で投げかける。


「放心状態になってる場合じゃないぞ! ほら、生き残る唯一の術だ。言ってみろ!」

「あ、あぁぁ、あの、あのぉ……」


 しどろもどろなアラクネだったが、フィーユが槍をギュッと握り直すのを見て、短い悲鳴と共に意を決した様子で喋り出す。


「実は、この服は自分で作ったものでして、もし見逃して頂けるならプレゼントさせていただきたいなぁ、なんて……」


 それじゃダメだ。だったら討伐後剥げば良いという話にしかならない。

 そんな俺の考えを察したわけではないのだろうが、見逃してくれる雰囲気でないことに気付いたのかアラクネは涙を零しながらさらに付け加える。


「あ、あと、実は私達は機織などしておりまして、結構人間さんにも評判良かったんですよ。集落に戻れば、在庫があるので反物もお付けできるかとぉ……」


 その言葉にピクリとフィーユの眉が動いた。

 

「人間に評判が良かった……? それはどういうことですか」

「は、はいぃ、実は少し前まで集落に来てくれる女性がいたんです。その方に反物を預けてお金に換えて頂いて、そのお金で物資を買ってきてもらってぇ……。そうやって集落での生活を営んでいたんです。それが最近になってその女性が来なくなってしまいましてぇ、すっかり人間さんの物資に頼って生活していた私達は今すごく困っているんですぅ」

「それで腹を空かせてたのか」

「はいぃ、この辺りはあまり動物もいなくて、このままでは集落のみんなが餓死してしまいますぅ。でも直接人間さんの町なんかに行けば、確実にこうなりますからぁ」

「そうか、お前も大変なんだな」

「分かって下さいますかぁ、蚊さん」


 どうやら十分友好的な魔物のようだ。

 これならフィーユもすぐに討伐しようとは思わないだろうと顔を上げたが、その考えは甘かった。

 露骨に不機嫌そうな顔で、フィーユはアラクネと俺を睨みつける。


「なんで、そんなに怒ってんだよ」

「ふんっ、別に怒ってませんよ。それより、身の上話はどうでもいいんですよ、私が聞きたいのは人間に評判が良いって部分です。応えないなら……」

「ひぃぃッ!?」


 槍を構えたフィーユを見たアラクネは後ずさりしながら、右手と背中の八本の脚を救いを求めて伸ばす。

 その手と脚を握り返しこの場から救ってくれる者はいないが、しかしまだチャンスはあった。


「お姉、蚊、何してるべや」


 目を擦りながら姉の背を追ってやってユーコがやって来て、妹の前だからかフィーユは一旦槍をおさめる。


「なんだそいつ。美味そうな脚してんべや」

「ひぃぃッ!?」


 やっぱりチャンスはなかった。


「ダメですよユーコ、さすがにお腹壊してしまいます」

「んだべか。美味そうなのになぁ。んで美味そうなお姉は何だべや」

「アラクネという魔物だそうですよ。……あれ、そういえば以前そんな名前を聞いたことがあるような」


 例の顎に指を当てるポーズを取りながらフィーユが記憶を探る中、その横でユーコが愕然とした様子で震えだす。


「アラ、クネ……ッ」

「どうしたんですかユーコ、知ってるんですか?」


 その言葉に返しもせず、アラクネに近づいたユーコはスカートの裾を握り締める。

 何をされるのかと涙を浮かべているアラクネに向かって、そのままスカートを捲し上げた。


「ちょ、ちょっとユーコ!」

「へ、へへ変態だぁ、変態姉妹だぁ!! 私、変態に殺されるんだぁ!」

「なんで私まで変態呼ばわりされなきゃいけないんですか! というかユーコ、やめてください! あなた何を」

「アラクネだべや」


 ゆっくりとアラクネの視線がユーコの顔からスカートの中へと下りていく。

 

「これは……」


 何かにアラクネが気付いたらしい。

 アラクネから少し距離を取っていたので、俺の位置からはそれが見えない。

 別に見えなくても構わないが、話についていくためには見ざるを得ない。

 俺が話をわかっていないと収拾がつかないだろうから、仕方ない。

 

聖的一閃(ルサイド・スラッシュ)ッ!」

「うわッ!? 何するんだフィーユ!!」

「何するんだじゃないですよ。何を妹のパンツを見ようとしてくれてるんですか。最低ですよ! 絶対に阻止してやりますからね!!」


 そんなことを言い合っている間に、ユーコがスカートを下ろしてしまう。

 いや、別に見たかったわけではないので良いんだけどね。

 本当にね。

 うん。


「……それで、どういうことなんだ」

「そうですよ、一体何をしてるんですかユーコ」

「アラクネだべや。やさしくしげきてきなさいこーひんしつのパンツブランド、アラクネだべや」

「……はい?」


 フィーユと共に首を傾げていると、なぜか落ち着いた様子のアラクネがユーコの言葉に続けてくる。


「確かにその下着の布地は私達の作ったものです。私達の名をブランド名にしてくれていたのですね。……いかがですか、その下着は」

「最高、だべや」


 「そうですか」と呟くように言って、アラクネは微笑む。

 先ほどまでの恐れおののいた表情はパンツ一枚で吹き飛んでいったらしい。


「ありがたいお言葉です……」

「うちもありがたいべや。美味そうなお姉のおかげで、うちは強くなったべや。このビヨンド・ザ・パンツで」

「……え、ユーコ!? 今なんて言いました? 今履いてるパンツ、前に言ってた紐なんですか!? 布地じゃないじゃないですか! というか、いつの間に買ったんですか、そんなもの!! お姉ちゃんは許しませんよ、そんな私のよりも良いパンツ!!」


 フッ、とユーコは焦る姉を鼻で笑う。

 というか、結局またパンツの話かよ。

 もう、緊迫感も何もなくなっちゃったので、寝てもいいですか。


「ネイイーさん、私達の織物を私達の名で売って下さっていたんですね……」


 アラクネは何やらたそがれ始め、


「えぇッ!? なんですかこれ! ほんとに紐じゃないですか、これがそんなにしたんですか!? というかユーコ、渡したお小遣いじゃ買えないでしょ。一体どうやった手に入れたんですか!」

「ヘル姉が買ってくれたべや」

「あの人はぁぁぁ!!」

「強き者は高いパンツ履き、弱き者は数枚でいくらのパンツ履くべや」

「……ユーコ、何ですかその目は。お姉ちゃんのパンツは数枚セットでいくらのパンツではありませんよ? というか、あなた最近の態度は何ですか! 町に住んだからって自分が偉くなったみたいな勘違いしてませんか? ダメですよ、その勘違いは良いことになりませんよ!」


 何やら姉妹は喧嘩をし始めた。

 自分が偉くなったような勘違いとは、きっとフィーユの実体験だろう。

 その結果が今なら、なるほどろくな事にはなっていない。


「というか、話を戻してもらえないでしょうか」


 そんな俺の願いは誰にも届きはしなかった。



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