第三十三匹:現実と向き合いましょう?
「いきなり、何をしてくれてるんです、か……あっ」
息も絶え絶えで言いながら、フィーユはちょうど馬車の横を通る途中の魔物と目を合わせる。
「あ、どうも」
背中から生えた脚で立ち、その中心にぶらりと垂れ下がった少女が引きつった笑みで会釈した。
「……はい、こんばんは」
状況が飲み込めずそれに応えたフィーユだったが、
「って……魔物ッ!? 襲撃ですか!!」
目の前のものが魔物であると理解し、ヒュンッと空を切って槍を構え直す。
「いやいやいや、待ってぇ! 私、女の子は襲わない魔物だから、大丈夫だからぁ!」
「えっ、そうなんですか? なら良いんですけど」
「……良いわけねぇだろ。女の子じゃなかったら襲うってことじゃねぇか」
「蚊ーさん、今のでも再生できるんですね」
「再生できなかったらどうしてくれるんだよ。また変なタイミングで新しい技覚えやがって、何の感慨もありゃしないよな!」
「前にも良いましたけど乙女のピンチだったからこそ、覚醒したわけですよ。どうですか、今までで一番強そうですよ」
「あぁ、熱いわ衝撃すごいわ、威力は十分だった。ほんと、出発前にメイアちゃんの血をたっぷり吸ってなければやばかったかもしれないな。あっ、メイアちゃんってのは前に言った教会の修道女の娘のこと――」
「聖的槍突」
「――とぉぐぇッ!?」
せっかく再生したのに不可避の突きで真っ二つにされた。
「お前、なんで今撃つんだよ……。あれ? 羽が一枚どっかに行っちゃった。……あ、あったあった。これで再生完了って、おいそこの魔物!! 逃げようとしてんじゃねぇよ!!」
ゆっくりと回れ右をしていたところで、魔物の少女は肩を跳ねさせて動きを止める。
「その声、さっきの男の声……? 不可視の男だなんて、そんなまさか……」
呟きながら震える魔物少女を横目で見つつ、フィーユはユーコの無事を確かめようとしゃがみ込むが、正直なところ見るまでもなく無事だ。
なにせ騒ぎの前と変わらない寝息がずっと聞こえているのだから。
「きっと姉よりもとんでもない子に育つだろうな……」
「幼くして将来有望なのは私と同じですね」
皮肉を言っているのだが、フィーユはまんざらでもなさそうな顔をしてユーコの頭を撫で、随分広くなった馬車の出口から降り立つ。
「お二人とも、すぐに出れる用意をしておいて頂けますか」
チラリと馬車の陰から覗く二人の男にフィーユが視線をやると、男達は頷きながらもそれぞれ剣やナイフの柄を握りながら返す。
「わかったが、お嬢さん一人で大丈夫か!?」
「ご安心ください。これでも私は冒険者の登録をしています。荒事は嫌いですが、これでもオークに狼男、デスワームにドラゴンにハルピュイアを撃退した実績を持つフィーユ・アルトゥリア、フィーユ・アルトゥリアです。この冒険者フィーユ・アルトゥリアにお任せ下さい」
まだ冒険者の仕事で良い案件があればやる気らしい。
だからこそのなんとも露骨な宣伝、名前を売るためのアピールだ。
「しかし申し訳ありません。いくら私でも寝込みを襲われては馬車を守りきれませんでした。突然の攻撃に対処する為とはいえ、そうしなければ全員がやられてしまっていたとはいえ、馬車を壊してしまったことは私のミスです……くっ!」
「……え?」
今のうちに逃げようとまだ考えていたのか、ゆっくりと方向転換していた魔物少女がびっくりしたような顔で振り向いてくる。
ねぇ、すごいでしょう? この娘。この状況化で即座に自分の罪を隠しながら逆に恩を着せようとしてるんだよ。ほんと引いちゃうよね。
「そうだったのか……。おい、急いで用意をするぞ」
「わかった。冒険者の方、くれぐれも気をつけてくれ! それと命の恩人を責めたりするわけはねぇ。車輪は無事のようだから走ることはできる。馬車のことは気にしないでくれ!」
そう言って男達は大急ぎで休ませていた馬を連れ戻し出発の準備を始めた。
それを確認したフィーユは魔物少女に向き直り、改めて槍を構えるが……。
「おい、口元」
計画通り、と言わんばかりの悪い笑みを浮かべている。
無意識にしてしまっていたようで、それに気付いたフィーユはあわてて表情を引き締めた。
御者の二人に何時見られるかわからないからだ。
「人に害なす者、このフィーユ・アルトゥリアがお相手致します!」
営業用の台詞を吐いて、一歩前に出るフィーユを見た魔物少女はゆっくりと身体ごと向き直り、ぶらぶらと空中で揺れる身体を小さくして、
「――すみませんでしたっ!!」
頭を下げて来た。
「……ん? 闘う意志はないということですか」
「ないですぅ! お腹空いちゃってちょっと暴走しちゃいましたけど、本来人間さんを襲うなんてことないんですよぉ! だから、だから堪忍してつかあさい!」
「ならば、戦闘する意志がないということを態度で示して頂けますか」
「はい、わかりました! ほら、これでよろしいでしょうか!」
すとんと地面に膝をついた少女は、両手と背中の八本の脚を上げ素直に降伏を示す。
フィーユは用心深くその少女に近づき、舐めるように少女を観察した後、チラリと御者の方を見た。
二人はまだ馬を馬車に繋いでいるらしく丁度馬車の陰で見えない。
勝利するところを見せた方が、アピールとして効果的とか考えているのだろうか。
「わかりました――」
しかしあっさりとフィーユは構えを解き、槍を肩に乗せる。
それを見てほっと胸を撫で下ろした少女は、腕と脚をゆっくりと下ろした。
「――とみせかけて、えいやっ!」
「ぐぎゅッ!?」
ガンっと槍が少女の頭を打ち付け、驚きと悲しみを湛えた表情で少女はそのままゆっくりと倒れていく。
そのまま地面に倒れ伏して、ピクリとも動かなくなってしまった。
「これにて、一件落着!!」
蚊の表情にどれだけバリエーションがあるかはわからないが、きっと俺の顔もまた少女と同じように驚きと悲しみに満ちていたことだろう。
もはや悲しいよ、ほんとに。
どんだけゲスいの、この勇者。
◇
「酷いぃぃ!」
目を覚ました少女は、縄でぐるぐる巻きにされたまま涙ながらに訴える。
離れた場所で馬車の点検をしている男達の様子を確認しつつ、フィーユはそんな少女を鼻で笑った。
「モンスターに酷いなんて言われる筋合いはないんですよ」
「言ってることはわかる。わかるけど、俺もさすがに酷いとは思うぞ? お前は勇者とさえ呼ばれた者なんだぞ? もうちょっとフェアプレイでも良いんじゃないかな!」
「そこの蚊さん! もっと言ってくださいぃ」
「蚊ーさん、わかっていませんね。冒険者だ勇者だなんて言いますけど、それは片方からの視点でしかありません。逆の視点に立てば、冒険者や勇者なんて奪い荒らしまわる略奪者であり、暴力を振るって弱きを蹂躙する悪者に過ぎないのです。勇者だなんて一方の勝手な正義なんですよ。……ね、だからモンスター相手なら何をしたって良いんですよ」
「こっわいッ! なんで? その理屈から生まれるのは相手を思いやる気持ちとかじゃないの? なんで略奪や暴力を正当化することになんの!?」
「そうだ、そうだ!!」
「略奪や暴力を振るう者こそが冒険者や勇者だと呼ばれるのだ、ということですよ。つまりモンスターの視点で考えれば酷いことをするというのが仕事なのです。勇者と呼ばれた者だからこそ、モンスター相手に酷いことをして当然、いやそれこそが義務だというお話ですよ」
「いや、確かに言ってることはそう間違っていないんだけど、でもほら、いくらモンスター相手でもやり方があるじゃない? やっぱり勇者なんだから正々堂々やるとか、正面から死力を尽くして闘うみたいな……」
「前から思ってはいたんですけど、なんだか蚊ーさんって、女性に非現実的な理想を抱く男性みたいな考え方を、勇者や冒険者という者に持ってますよね。蚊ーさん、現実と向き合いましょう? 勇者や冒険者なんてただの傭兵ですよ? 雑務もやりますけど、基本はひたすらにお金の為に命を奪うか、自己満足の為に命を奪うだけのお仕事ですよ? どこにも綺麗事なんて入る隙間はありません」
「なんでそんなこと言うんだよ! うわぁ、すっごい傷ついた……すっごい傷ついた!!」
「でしょう? この人酷いですよねぇ、蚊さんもそう思うでしょう」
「まったくだ。いくらなんでも言って良い事悪い事がある」
「ですです。やって良い事悪い事もありますぅ」
知らぬ間に魔物少女と意気投合してしまっているが、もはや已む無し。
少女と視線を交わしてから二人でフィーユに向き直り、
「「ほんと、酷いやつ」」
二人して一緒にフィーユを批判する。
「ハッハッハッ。嘆きと怒りの天刑ッ!」
「「やっぱりひどぉぉぉいぃぃぃぃぃぃぃッ!!」」
そして二人して一緒に吹き飛ばされた。




