第三十一匹:西の魔女。
屋敷での夕食時、最近当たり前に屋敷にいるヘルシスにフィーユは話を持ちかけた。
この町の人間は危機感を持っていない、しかし最前線で戦っていたヘルシスの言葉は効果覿面なはずだ。おそらくそう考えたのだろう。
正直なところ、つい先日まで対岸の火事だと同じく思ってたのがお前だろうと、危機感の無さと勇者としての自覚の無さをネチネチと責め立ててやりたいところである。
「えぇ、なんかそういうの面倒できらあい」
「そこをなんとかお願いします。この町の人々を守るためなんです。勇者としての勤めでもあるじゃないですか」
本当よく自分のことを棚に上げてそんなこと言えるもんだと、もはや感心してしまう。
しかも人々を守るためとか嘘っぱちだし。
「うーん、話すだけならまぁ良いけどさぁ……。それ受けたら、約束をすぐに果たしてくれる?」
「その件はですね、なんというか、ちょっと厳しいというか……」
約束とは決闘の件だ。
おそらくフィーユはもう忘れていたのだろう。しっかりしてるどいうか、悪知恵を働かせるタイプのくせに、案外この娘は鳥頭だ。
ヘルシスに頼みなんてすればそう返されるに決まっている。
「そういえば、私なんか新しい技を覚えたみたいなんですよ」
イエスの返事を待っていたヘルシスは肩透かしを喰らい不満そうな顔を傾ける。
「新しい技ってなに」
「聖的槍突って名前みたいなんですけど、何か聖槍からビビッと来まして」
「あぁアレね、あの不意打ちみたいな奴でしょ? あたしアレ好きじゃないけど、川で魚取るのに便利そうよね」
確かに便利そうだ。
と思ってしまった自分を殴り飛ばしてやりたい。
聖槍で何してくれてんだか。
「さすがですね、既に覚えていらっしゃるなんて」
「そんなことより、決闘は? いつやるの?」
乾いた笑いを漏らしつつ、目を泳がせるフィーユは何とか話題転換を試みる。
「今さら二つ目の技を覚えただけの私なんて、敵うわけないじゃないですか……。と、ところで、ちなみに技ってもっとあるんですか、ねぇ?」
「……二つ目を覚えた? あれ、そういえば覚えたって言ったよね? 技って最初に全部浮かんで来るものなんじゃないの?」
「いえ、私は最初一つだけで、今日もう一つ浮かんできたんで……徐々に覚えていくとかそういうものかと思ったんですけど……」
「ということは、あたしの知ってる百六十八以外にもあるってこと?」
「……百……六十八ッ!?」
驚きを通り越して呆然とした顔で、フィーユはまた乾いた笑いを漏らした。
俺もあまりに膨大すぎて驚きよりも呆れの方が強い。
なにその馬鹿な発想。多けりゃいいってもんじゃないでしょ。絶対作ったのあの巨大幼女だよ。私の考えたさいきょーひっさつわざだよ。
……どんだけ考えてんだよ。しかもそれでドラゴン倒せなかったってどういうことなの。
「なんかキリの悪い数だなぁとは思ってたんだけど、使う内に覚えるものもあるってことか! じゃあちょっとそこら辺の魔物でも狩って、新しいの覚えるか試して来よっかなあ」
「え、えぇ、でも出来れば町長に話を……」
もう夕方だというのに、ヘルシスは即断即決即行で屋敷から飛び出して行く。
残されたフィーユは彼女を止めようと伸ばした手を彷徨わせて、やがて首と共に力なく垂らした。
「お姉、ヘルシス姉の食べていいべや?」
二人が話している間、食事に集中し切っていたユーコが自分の分を食べ終えて尋ねてくる。
どうぞと、視線で促されると軽く首を振りながらヘルシスの席へと付きため息を一つ。
「強き者は狩り、弱き者は食べさせられるんだべな」
そう言って夢中で肉に齧り付く。
もうすっかり弱肉強食じゃなくなってるんだけど。それただの優しい世界なんですけど?
そもそもの話、食事自体作ったのはフィーユだが、材料の代金を出したのはヘルシスである。
どうやらフィーユ以上に資産家でいるらしく、さらに金にそれほどの興味もないようで、平然と大金を出してくる。
それからだ、フィーユが屋敷への出入りを自由にしていいとヘルシスに言い出したのは。
目論見通り、ヘルシスが一緒の時は夕食が豪華であり、ユーコもあまり喜びを表に出さないものの食後は幸せそうに腹を擦っている。
なんていうか、実に嫌な姉妹である。
「あぁ、説得してもらおうと思ったのに……」
「その前に決闘することになっただろうけどな」
「決闘ですか……。どう考えても、怪我じゃ済まされない気がするんですけど、どう思いますか」
「確実に吹き飛ばされるだろうな」
「……ですよねぇ」
フィーユは頭を抱え込んで嘆くが、しかし方法が全く無いわけでもない。
未知数ではあるものの、フィーユを今までよりさらに吸血鬼化すればおそらく治癒力も腕力も敏捷性も全てにおいて高まることだろう。
それでも、百六十八の技を持つヘルシスも未知数過ぎて予想がつかないけど。
「まぁどちらか、もしくは両方とも危うい目に合うだろうから俺もオススメはしないけどな。練習試合みたいなので許してもらったらどうだ」
「それで許してくれると思いますか」
「……無理だろうなぁ」
他人事のように呟いた俺をジロリと睨みつつ、フィーユは顎に指をソッと当てて思案する。
「もっと楽に危機感を煽……上手く理解してもらう手立てはないものですかね。せめてもう少しだけでも守りを固めないと、このままじゃ王国の情勢がどう変わろうとこの町の価値が上がることはないですし」
うんうん唸るばかりで名案は思い浮かばないらしい。
やがてユーコに自分の分を食べられつつあることに気付くまで、フィーユはこの町の将来――ではなく屋敷の資産価値について考えていた。
そしてその翌日、その問題への一つの答えが、這い寄って来ることになる。
「おや、まさかこんなところであなたに出会う――」
朝からアルバイトで武具屋にやって来たところで唐突に話しかけられたフィーユは、ユーコを連れて即座に屋内に逃げ込みドアを閉める。が、
「知っていますかぁぁ、逃げられれば追いたくなるのが男というものだとぅ!!」
閉まりかけたドアの隙間から無理やり顔をねじ込んで来ている男がいた。
「なんであなたがここにいるんですかぁッ!!」
怒気を込めた声を上げながらフィーユがドアをさらに引き、男の顔が押し潰され歪む。しかし擦れた音を出しながら男は笑って口ひげを揺らす。
「この私から勝ち逃げなど許されると思いましたか! 今度こそあなたのパン……ぐぎあああッ」
頭蓋骨を軋ませながら勇者ジョナス・ハーカーが現れたのだった。
◇
コトッとカップを受け皿に置いた音が室内に響き、その消え行く音を愛おしむようにフィーユは口元に微笑みを浮かべる。
「だから、その偽セレブをやめろ」
俺の苦言なんて気にもせずに、薄目を開けて優しく笑いながら、
「偽じゃありません。そしてこれが本来の私だったのです」
いけしゃあしゃあとそんな戯言を言い出す。
「順風満帆って感じだな」
「いえいえ、こんなもの普通ですよ。フフフ」
「うわぁ、超ムカツク……」
ジョナス・ハーカーが現れた時の嫌悪感一色の表情はどこへ行ったのやら。
すっかりご満悦な様子だ。
なにせ、自分の希望通りにことが進む上に、面倒な交渉事などは他人まかせにしておける。それは気分が良いだろう。
ただ相手があのジョナスだということだけ、俺は気にかかって仕方が無い。
「本当に良かったのか? 全部あのヒゲにまかせて。俺はどうにも信用できないんだけど」
「私だってあの人自体を信用はしていませんよ? ですがその考えは合理的で頷く他ありませんし、それにひとまずまかせてみても損はないじゃないですか」
なにが頷く他ありませんだ。
この町の展望について、町長にもヘルシスにも良い返事をもらえなかったところで、ジョナスが自分と同じ考えを持っていてそれを肯定して来たから奴を評価したというだけだ。
つまりは自分の考えを正しいと言う者が現れて調子付いて思い上がったのである。
そしてそれはそのまま慢心だ。
なにせこの娘、しっかりしているように見えて、守銭奴で小賢しくてなぜだかポンコツなのだ。
この不安が杞憂に終わってくれればいいと、切に願う限りである。
「しっかしさぁ、勇者三人目ってどうなの」
「……なにがですか?」
フィーユはきょとんとした顔で返して来やがる。
もう自分が勇者と呼ばれたことなんて本当に忘れてしまったのだろう。
そもそもこの世界の勇者って一体どういう扱いなんだろう。ギルドでの扱いがそうであったように、ただのイタイ肩書き程度の扱いが普通なのだろうか。
王から直々に認められたそんな痛い肩書きを持つ四人の内の三人がこの町にいる。
そのことへの疑問、というか呆れを表していたのだが、通じないようなのでやめることにした。
フィーユは王城から追い出され言われるがままこの町に戻り、ヘルシスは一旦は前線に出ていたが、王国軍での戦いが合わないということで前線から離脱し、ギルドの紹介で手強いモンスターを狩っていた。
そしてジョナス・ハーカーはヘルシスと同じく前線に出ていたらしいが……。
「先が無い、か……」
ジョナス曰く、徐々に防戦一色となって来ており直近ではないにしても遠くない内には防衛線が崩れるだろうとのことだった。
そう思ったからこそ彼は戦線からこっそりと離脱、このまま防衛線が崩れた場合この国の有様がどうなるかを予測してこの町へとやって来た。
ジョナスの考えでは、防衛線が崩れ王国軍が完全に破れる前には周辺国から軍隊がかけつけ、ここより北一帯が戦場になるだろうとのことだった。
周辺国の助力を得られるのなら、今からそうすれば良いと思うのだが、魔物の領土に面したこの国には長年魔物の侵攻を押さえ込んで来た自負と面子があるらしい。それらが邪魔をして現状は周辺国からの支援を断っている状態なのだそうだ。
もうほんと、この世界嫌い。魔物相手ででも一丸とならないとこ、超大っきらい。
「あぁ、その話ですか。一人変態なのはいただけないですけど、三人も勇者がいるなんて心強いじゃないですか」
「まだ自覚あったんだな……。すっごい他人事というか、他人がどう評価するかしか考えてないみたいだけど」
「私の考えが正しかったのは何の不思議もないですけど、まさかこの町が都市になる可能性があるなんて、もはや天が私の味方をしてくれているとしか思えません」
間違いなく天はフィーユの味方をしていた。
なんたって勇者を助けろと俺を送り込んだぐらいなのだから。
でもぜったい人選間違えてる。
ジョナスはこの町の立地に目をつけてやって来た。それはフィーユと同じく、山に囲まれた立地である為に、周囲をぐるりと壁で囲まずとも頑強な門を街道に置けば、ある程度防備を固めることができると考えたということだ。
さらに物資の流通や北にある都市からの避難民など、商人としての目線で考えてもフィーユの考えは正しいらしい。
さすがは守銭奴というところだろう。
誉めてないけど。
利害の一致により一時的に協力することになった二人は、その場で役割分担を決めた。
町長の説得――二人は悪い顔で町長を懐柔すると言ってたけど――は前線を見てきたジョナスが担当し、その代わりとしてフィーユにはこの町を都市化させるための重要な役割が割り振られた。
「本当に良かったのかなぁ」
「蚊ーさんはネガティブですね。大丈夫ですよ、私達ならきっと乗り越えられます」
「前向きなのは良いんだけど、乗り越えるべき試練が金儲けの為の試練って考えると、その台詞が妙に寒々しいよ」
「失礼ですね、この町の為ですよ。これはこの町に対する恩返しと言って良いでしょう。そして人々を守るのは勇者としての役目でもあります。お金儲けはついでです」
結局目的の一つとしてはしっかり残ってるんじゃねぇか。
「だから明日から頑張りましょう。何としても西の魔女を見つけて連れて来なければなりません」
西の魔女を連れてくる、それがフィーユに割り振られた役目だ。
フィーユの考えには問題があるとジョナスは言った。
その瞬間、フィーユが槍で斬りかかろうとしたのは、自分の考えに同意したくせに突然否定してきたので癇癪を起こしたのだろう。
本当にろくでもないが、この話とは関係ないので置いておく。
ジョナスの指摘した問題とは、門の建設についてだ。後々のことを考えればもちろん王城の周囲に建てられた城壁のようなものが欲しい。それが高望みとしても、今後この町を都市にするならば、それに見合ったレベルの頑強なものを造らなければならない。
しかし現在、武器と同じく建設資材や職人は、王城周辺そして危険に晒されている北一帯に流れている。そのために資材も職人も用意するのが難しく、必要最低限を満たすものを造ろうとしただけで膨大な費用と年数がかかる可能性がある。
それを打破する方法は一つ。数は少ないが上級魔術を扱い大量の土や岩を一度に操る魔術師がおり、その魔術によって壁を建設するという方法である。
もちろんそんな魔術師も当然ながら既に北に召集されている。
ただ一人を除いては。
その一人というのが、西の魔女と呼ばれる魔術師である。
「この国でも有数の魔術師の一人が、なんで召集に応じずにいるのか。どう考えてもおかしいよなぁ」
「別におかしなこともないと思いますよ。いくら世界有数の存在であったって、周囲が勝手にそう言ってるだけで本人には関係ありませんし。やりたくないことはやりたくないですし」
聞いた相手が悪かったようだ。
きっとフィーユが言うならそうなんだろう。お前の中ではな。
「それに変わった方だという話だったじゃないですか。そもそも魔術師は数が少ないからか知りませんけど、傲慢な成金みたいな人や、魔術にしか興味のない偏屈な方、とにかく何かに執着しそれを至上とするような人格の方ばかりだと聞きます。あの変態勇者なんて良い例ですよ」
「ほんと酷い世界だな、ここ……。しかしだ、そんな相手を説得できるのか。世界の危機でも動かないような、奴なんだ……ぞ……」
言ってて目の前に同じ人間がいることに気付いた。
それを察したのか、ふふんと自信たっぷりな様子でフィーユは薄い胸を張って見せる。
「名誉や世界平和で動かずとも、自己の安全と利益の為なら人は動きます。私を甘く見ないでください」
目の前の勇者は、元より大義など持ち合わせていないようだ。
俺は返す言葉もなく、ただため息を漏らした。




