第二十九匹:運命もろくでもない。
屋敷には置いておけないと、フィーユは武具屋にユーコを連れて行くようになった。
最初こそ戸惑っていた店主だったが、数日後にはユーコに穏やかな顔で飴をあげていたので、すっかりユーコが特別な存在になったようだ。
ただただ、変な意味での特別な存在でないことだけを祈るばかりである。
そんな中で、元々小さな店で大したものもないのだが、俺はふと周囲を見回して気付いた。
「なんか武器減ってるな。もう店じまいか?」
ケースに乱雑に入れられたナイフを一本ずつ磨いていたフィーユが、仕事をしながら淡々とそれに応えた。
「武器の流通量が減っているらしいですよ。ほら、王国軍が戦っているみたいじゃないですか。武具の類は全てそっちに回されているみたいなんです」
「ねぇ、なんでそんなに他人事なの? ほんとに今さらだけどさ、魔王に脅かされてる場合って、もっと緊張感があって一致団結で立ち向かう的な感じじゃないの」
「何言ってるんですか。蚊ーさんの世界がどうかは知りませんけど、よく知らない遠い場所で起きている戦争にわざわざ自分から参加しに行くなんて、余程の戦い好きな人しか行かないですよ」
「……あぁ、そんな感覚だったのね」
対岸の火事、というわけだ。
交通手段が発達していないから、他の街で起こっていることなんて海外の事件みたいな感覚なわけだ。
少し納得しつつも、しかしそもそもお前は勇者に選ばれていただろうと反論したかったが、言っても仕方ないかとやめることにした。
しかし、俺と同じ意見の者が外からやって来ることになる。
「失礼、ここにフィーユ・アルトゥリア殿がいらっしゃると聞いたのだが、おられるだろうか」
それはフィーユと店主が地下倉庫の武具の点検に行き、ユーコと俺が店番をしている時のことだった。
入り口から真っ直ぐにユーコの前に来た男は、王国の紋章が刺繍された外套をまとい腰には剣を携えていた。
その歩き方と精悍な顔立ちからは、高貴さが垣間見える。
どうやら王国から派遣されてきたらしい。フィーユに要件があるとなると、状況からして一つしかないだろう。
本人は乗り気にならないだろうが、勇者を助けろと言われた身としては重要な問題だ。
「誰だべそりゃ。そんなんいねぇべや」
俺のこの日が来たかという緊張なんて知る由もなしに、ユーコは怪訝な顔で返答する。
この町ではフィーユと名乗っていると聞かされたはずなのに、もう忘れているらしい。
「勇者殿であるフィーユ・アルトゥリア殿だ。ここで働いておられると聞いたのだが、間違いか」
「知らねぇもんは知らねぇべや。……あっ」
ハッと何かに気付いたユーコは、油のきれた歯車のようなぎこちなさで作り笑いを浮かべる。
「んだけども、お客が相手だったら思い出すかもしれんべやぁ」
甘えるような声を出しつつ、引きつった笑みを男に向けると、男も引きつった顔で乾いた笑いを漏らした。
「……あ、あぁ、すまない。そうだな、ならばこれを貰おう」
「研ぎ石もあれば安心だべや」
「……わかった。それも貰おう」
諦めたような表情で男が懐から革袋を出すのを見て、頬をヒクヒクさせながらユーコは不慣れな営業スマイルをキープする。
「や、やったべや……え、あ、あっ、良い方が来てくれ、て、今宵はラッキーだべ」
フィーユが教えたのは、今宵ではなく正しくは「今日はラッキー」である。今、真昼間だしね。
嫌ながんばりを見せ付けられた男は、少し不機嫌な顔でユーコに再度尋ねたが。
「知らねぇ」
スッと表情が戻ったユーコのあっさりした返答に、男は激昂しかけたが続く言葉に顔色を変える。
「でも黒髪の勇者なら知ってんべや。黒髪でパンツ丸出しの勇者だべや」
「パンツ……いや、それはいい。その勇者とはヘルシス・ヴァニング殿か!?」
「そんな名前だったべかぁ……。黒髪で髪二つに縛ってて槍使う、パンツ丸出しの強ぇお姉だべや」
「パンツ丸出し……以外は外見的特長に間違いない。どこだ? どこにいらっしゃる?」
「ギルドっちゅうとこの隣の宿にいんべや。でもあいつ強さを振りかざしてばっかだかんなぁ、あんま部屋にいねぇべや」
「そうか、行方知れずになっていた勇者殿の居場所が知れただけで助かった。礼を言う」
足早に男が店から出て行く。
それを見送りしばらくしてから、ユーコはまた何かを思い出したらしく、ぎこちなさ過ぎる笑みを浮かべた。
「ま、また来て……うん? また、待って、ま……ま?」
フィーユから教えられた正解は、羽振りの良い客には「また来てくださいね、待ってますから」と言って笑顔で見送るべし、だ。
そしてついでに訂正すれば、ヘルシスは強さを振りかざしていて部屋にいないんじゃなくて、ギルドの依頼で強い魔物の討伐によく行っていて不在が多い、が正解だ。
彼女はフィーユが借りていた馬に乗り、二人の後に続いてこの町にやって来た。そしてそのまま居つき、暇なときにはフィーユに決闘はまだかと催促して何だかんだ理由をつけて保留にされたり、ユーコの相手をするかをしている。
この世界の勇者はこんな奴ばっかだ。
誰もいない店内でユーコは小首を傾げながらしばらく考え込んでいたが、やがて興味を失ったのか硬貨を回して遊び出す。
とにもかくにも結局のところ、今日も何事もなく平和であった。
◇
それから数日後、野暮用から戻る途中で俺はあの男を見かけた。
方向からして屋敷に向かっているらしい。
とうとう嗅ぎつけてきたか、と考えつつ丁度良いので男の背中にくっつき、屋敷へと戻るのにタクシー代わりに使わせてもらう。
「ヘルシス殿は戻られない上にフィーユ殿も見つからず時間をくってしまった。このままでは、このままでは王国は……」
早足でぶつぶつと呟きながら、やはり男は屋敷の門をくぐる。
「フィーユ・アルトゥリア殿、王の命によりお迎えに参った! どうか話をさせてもらえないであろうか!」
扉を叩き声を張り上げると、微かに中から階段を下りてくる音がする。
「はーい」
「フィーユ殿か」
「違うよ?」
扉は開かれぬままで、中から少女の声だけが聞こえてくる。
「ならば女中のものか? フィーユ殿に取り次いで頂きたい」
「フィーユって、誰だっけ?」
「ここがフィーユ・アルトゥリア殿の屋敷だと聞いて参ったのだが、そうではないのか!?」
「ここは……え? なに……あぁっ、そっかそっか、そうだった」
相手の声は聞こえないが何やら中で会話をしているらしく、その会話が終わるとまた少女の声が扉の外へと向けられる。
「ここはフィーコとユーコちゃんとカのお屋敷だよ」
「フィーコ? フィーユでなくフィーコなのか?」
「妹のユーコちゃんが言うんだから、そうなんじゃない?」
「そうか。……ところで貴女は誰なのだ」
「あたしは、ユーコちゃんの友達だけど?」
扉の前であしらわれた男は、焦りを浮かべて何かを言おうとしたが、それをぐっと堪えて踵を返す。
「申し訳ない。急ぎの為失礼する」
そう言って足早に立ち去っていく。
そんな姿を見ながら、閉ざされた扉の隙間から中へ入ると、ヘルシスとユーコが仲良く階段を上っていくところだった。
「ところで、カって誰だっけ?」
「蚊は蚊だべや」
「そっかぁ」と興味もなさそうな顔でヘルシスは言い、それを気にすることもなくユーコは「そうだべや」と呟くように肯定する。
表の男の切羽詰ったような焦りとは対照的な、緩い雰囲気で二人は階段の上へ消えていく。
あの男は一体いつになったら、このループから抜け出して来るのだろう。
見るたびに窶れ目が血走って来ている男に同情しつつも、俺も二階へと向かう。
それはそれとして、疲れたので一眠りしようと思ったのだ。
◇
さらに一週間ほどが経過したある日、アルバイト中のフィーユとおもしろい武器はないかと遊びに来たヘルシスが二人揃って武具屋にいるというタイミングで、武具屋の扉が開いた。
「あ、いらっしゃいませ」
「おぉフィーユちゃん、邪魔するよ」
入って来たのは馴染みの冒険者だった。
来るべきタイミングで来ない、もうあの王国の男は一生二人に出会えないのかもしれない。神がろくでもないと運命もろくでもないのだろうか。
冒険者の男は幾つかの剣を吟味し、営業スマイルを浮かべるフィーユとの他愛もない会話を楽しみながらある一振りを選んだ。
流通量が減ったことで二週間前より三割は値上げされた剣だが、男がとくに値切りもしないことにフィーユは疑問を持った様子で、男をおだてながらその理由を探る。
「いや実は、ギルドが後で代金出してくれるんだ。いつもフィーユちゃんには世話になってるし、どうせギルドが出すんだから多少高くても良いんだよ」
「……あぁッ! すみません値段間違えてました。実はもうちょっと高いんでした」
「ギルドが出すとはいえ、それはちょっと露骨にやり過ぎじゃねぇか」
男は冗談だと思ってるのか、笑いながら応えるがさらにフィーユは畳み掛ける。
「……あれ? おかしいなぁ、いくらだったかな。でもとりあえず、ギルド宛の請求書を書いてお渡ししますね。それで確認してから、実際の値段が低かったなら、差額をお返しします」
「……返す?」
「はい、もちろんですよ。値段が間違っていたなら、お返ししますよ。次に来て下さった時にでもお渡ししますね」
男は黙ってフィーユの言葉の意味を考える。
それはつまり、大目にギルドに請求し実際の剣との差額を後で男に渡す、ということだ。もちろん、実際にはその差額分から店側の取り分も頂く、それでも本来は男に剣しか残らないところが、剣と多少の金が入ってくるのだから悪い話ではない。
いや、倫理的には完全に悪い話なのだけど。
しばらくして男もその意味をはっきりと理解したらしく、
「……あぁ! よく見ればこの剣、ブランド物じゃねぇか?」
とか言い出す。
フィーユもその話に乗りつつ、結局二週間前の値段の六割増しで落ち着いた。
「いやぁ、王国軍が買い占めてるせいで、どうしても値段が上がっちゃいますよねぇ」
最後にフィーユはわざとらしく付け加える。
それをギルドに対して言い訳にしろとでも言っているのだろう。
「ところで、ギルドが代金を持つなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
ニコニコとしながら――儲けたので本心の笑みだろう――フィーユは剣を布で磨いてから、男に差し出す。
少しデレッとした顔でそれを受け取った男は自慢げに語り出した。
「知らねぇか? 実は昨日の晩にギルドで騒ぎがあったんだよ。変な男が暴れ出してな、そいつが妙に強いんだよ。丁度その場にいた冒険者数人がかりで最終的には押さえ込んだんだけど、まぁ俺もその場にいてね、男の剣を受けて得物が壊れちまったんだ」
「やだ、怖いですね」
「ハッハッ、大丈夫だよ! 得物は壊れたが、俺がこの腕で殴りつけて押さえてやったから! そいつは今頃牢屋にでもぶち込まれてるか、もしくは町から放り出されてるだろうよ」
「さすが、お強いですね! おかげで妹と二人安心して暮らせます」
「なに大したことじゃねぇよ! まぁなんか、王国の兵士だか騎士だかとか嘯いてやがったし、言うだけあって強かったけどな! 俺に比べれば大したこたねぇよ!」
そう言った瞬間、男は奥から顔を覗かせてニタリと笑うヘルシスを見つけ、青ざめた顔を浮かべた。
「ねぇ、そんなに君強いの? だったらあたしと――」
「勘弁してくださいッ!!」
男がそう言うのも仕方ない。
この町に来てから、ギルドの依頼の中でもレベルの高いものを漁るように達成していき、さらにはギルド内で強いといわれる冒険者に決闘を申し込み、軒並み足腰立たなくしてきた。
ヘルシスが来てから一週間後には、もうヘルシスの前で己の強さを語るものはいなくなってしまうほど、彼女は強く、そして頭がおかしいのだ。
「いいじゃあん、暇つぶしにちょっと相手してくれるだけで良いんだってぇ」
「すみません、どうか勘弁してください! 正直、冒険者数人がかりでなんとかってレベルだったんです。俺なんて大して強くもなんともない虫けらっス!」
「えぇぇ、そうなの? じゃあ、いいやあ」
「ありがとうございますッ!」
清々しい程の低姿勢での自虐っぷりである。
でも普通に考えてだ。大の大人が本気で闘って、涼しい顔した少女に反撃もできずボコボコにされるなんて、肉体的ダメージも酷いが精神的ダメージはさらに酷い。
そんなもの、誰も受けたいわけがない。だから男の判断は正しい。
つまらなさそうに、ヘルシスがナイフ数本を器用にクルクルと回すのを見ながら、フィーユはふと思い出すように先の話題を再開する。
「ところで、その男の方って結局なんだったんですか?」
「さぁな、突然暴れ出してその辺のもの壊しまわって、そんで何か叫んでたんだよ。なんだったかなぁ。王国がどうこう言ってたのと……そうだ。いるけどいない、いないけどいるとか、何か妙なこと言ってたんだよ。いるのかいないのか、ハッキリとしろとか叫んでてさ、それで暴れた理由が、事件起きれば勇者が出てこないわけがないとかなんとか」
「うわぁ、ほんとに変な人ですねぇ」
「たぶん前線で戦って、おかしくなって逃げて来た脱走兵なんじゃねぇかな。服も泥だらけで目が血走っててよ、まるでずっと飲まず喰わずで彷徨い続けてたみたいだったよ。戦場から逃げて本当に彷徨ってたのかもしれねぇなあ」
おそらく、そいつが彷徨っていたのはこの町だろう。
勇者とすれ違う日々を男は延々と繰り返し、ついにおかしくなってしまったのだ。
神の悪戯、いやあの巨大幼女の悪意としか思えない。
「そんな風になってしまうぐらい、大変なんですねぇ」
捜し人であり勇者であるフィーユは、恐ろしくなる程他人事のように言う。
あの男も草葉の陰で泣いていることだろう。
別に死んではいないのだろうけど。
あまりに可哀想になってきたので、冒険者が帰った後、俺はフィーユにあの男の正体を教えてやることにした。
「えっ? 家に来てたんですか」
「あぁ、迎えに来たって言ってたからな。たぶん勇者をもう一度呼ぶために使わされた人だったんだと思うぞ」
「それでなんでギルドで暴れるんですか。そんな人に会わなくて良かったですよ」
報われない。
なんで世界の危機に勇者を迎えに来た使いが、そんな目に会わなきゃいけないのだろう。
俺も蚊にされたし。ほんとろくでもない、神も世界もろくでもない。
同じ理不尽なこの世界の被害者として、俺はただ男の幸せを願うことしかできなかった。




