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第二十六匹:可愛いは、ジャスティス。


 吹けば飛ぶような家々を最低限の数だけ残して解体し、引越し準備が整ったのはさらに数日後のことだった。

 明日には村は魔境の深部から町に近い場所へと移り、それと共にフィーユはユーコを連れて元の町へと戻る。

 そんな中、数日口を利かずに村周辺をふらふらしていた俺は、もうそろそろいいかと問い詰める為にフィーユの許へと向かった。


「私の両親の話とは一言も言ってませんもん」

「もんじゃねぇよ。あんな言い方したら当然お前の両親だと思うだろうが!」

「ちゃんと言いましたもん。ウチノ両親って」

「だから、うちの両親だろ!? ……ん? そういえばアーコの名前」

「アーコ・ウチノ・トーチです。幼いころはアーコのご両親をウチノおっとうとウチノおっかあと呼んでました」

「ややこしいわ!? そんなのわかるわけないし、お前それをわかってて言っただろ!! なんなんだよ、店長のおっさんから貰った鎧は売るし、嘘はつくし。お前は何がしたいんだよ」


 膝を抱えて小さくなったフィーユは押し黙り、やがて蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」とつぶやいた。

 

「でも、お金を貯めて家を買いたいというのは本当です。この村にユーコを置いておけばこのままどうなってしまうか……」


 それは俺も共感できる。

 もしかしなくてももう手遅れかもしれないが。


「じゃあ嘘をついたのはなんでだ。両親が亡くなったと思わせるような言い方しやがって、実際はストリートファイトしに出て行っただけじゃねぇか。……自分で言って何なんだけど、なんだよストリートファイトしに出ただけって!」

「蚊ーさんは言えますか? 両親はストリートでファイトする人だって」


 それは無理です。


「でも両親の話はしないでもさぁ、もうちょっと他に言いようはあったんじゃねぇか。これじゃ嘘つかれたとしか思えないよ」

「……それは、ほんとにすみません。でも、でも言いたくなかったというか、言えなかったんです、村のことは」

「そういえば、コンプレックスがあるんだろうとは思ってたけど、もしかして何かあったのか?」


 立てた膝の上に顎を置き、フィーユは曖昧に笑いながらも躊躇いがちに話し出す。


「実は、今の町に来る前に、東のもっと発展した街に居たんです。村から歩いて行った初めての街でした。建物は高くて皆お洒落に見えて、ここならきっと……なんだかんだ叶うんじゃないかって、馬鹿なことを思ってました」

「騎士様な。村の神話になってる怪物のお姫様、ナイト・クロウだっけ? そのお姫様を救った騎士様だろ? それがそこでなら見つかる、いやいや見つけてくれる……みたいなことを思っていたんだな」

「……ち、違います」


 フィーユは膝の間に顔を埋め震える。耳が真っ赤だ。


「お前、次に嘘ついたらもう口利かないからな? まだ両親の話は良しとするけど、これ以上嘘つくなら、もう知らないからな?」

「……じゃあ違う、こともないけど当たらずとも遠からず、みたいな」

「じゃあってなんだよ。もうそれでいいよ。それで? 街で現実を知ったってところか」

「……はい。喋り方を馬鹿にされたり、アルバイト先の酒場では汚いからと服を勝手に処分されたり、田舎臭いと言われたり、石やパンくずを投げられたり……。私はされるがままにパンくずを食べるしかありませんでした」

「食ってんじゃねぇよ」

「村にはありませんでしたし……お金もありませんでしたから。でも最初は、強き者はパンを投げ、弱き者はパンを食べる、とか考えて仕方なく思ってたんです」

「いや、まったく意味がわかんないけどね」

「でも半年経って気付いたんです。何かがおかしいと」

「ずいぶんかかったのね」

「元の喋り方だと、聞き取りにくいとお客さんに言われたので、今のこの喋り方を覚えました。この村にはお洒落するなんて概念もないので、それを街で覚えて、フォークで髪を梳かし草の蔓で髪をまとめました」

「それは果たしてお洒落と言えるのでしょうか」

「さらに接客業ですので、女将さんから笑顔で接客しろと言われて、作り笑いも覚えました。そしてそんなある日です。旅の途中だという冒険者さん達が来て、帰りに私にチップをくれたんです。そしてその時言われたんです、やっぱり街の娘は可愛いって。ずっと田舎者だと馬鹿にされていたのに、私がカナイ村出身だと知らない人には、当時の私は街娘に見えていたんです。しかもチップももらえました。その時です、私の中で何かが三百八十度回転したのは……ッ!」

「なにその半端な大回転」


 顔を上げたフィーユはその時のことを思い出しているのか、遠い目をして虚空を見つめ、そしてニヒルな表情でフッと小さく鼻を鳴らした。


「可愛いは、ジャスティス」

「……なんて? いや、なんで?」

「可愛いは、パワー」

「なんで上乗せするの?」

「可愛いは勝者。そう、可愛さこそが強さなのだと気付いたのです。それから私は変わりました。可愛くないは弱さです。街ではフィーコという名前は可愛くないと分かったのでフィーユに変え、カナイ村出身という情報も可愛くないので隠しました。可愛い子がいれば後をつけ、どういう立ち振る舞いをしているかを調べ、可愛さを取り込んで行きました。あっと言う間に店で指名率ナンバー1になりました。うちはそういう店じゃないと、女将さんから怒られて店を辞めさせられました」

「それ言ってることが少し変わっただけで、フォーマットは村のやつのままじゃない? なんでそこは気づいてくれないの?」

「なんとか可愛さで再び店に戻り、率先して呼び込みをやりました。するとお客さんが増え、女将さんからボーナスを頂けました。そして、私は気付いたんです……」

「お願いだからもう気付かないでくれる?」

「可愛いは、マネー」

「最悪だッ! 最悪なところに気付いちゃったッ!!」

「可愛いとは強さであり、勝者であり、お金を得られるんです。そしてお金をいっぱい貰っていたら、酒場で一緒に働いていた子達の態度が変わっていきました。私を、友達と呼び始めたんです」

「もうやめてくれない? 俺から聞いておいてなんだけど、お願いだからもう勘弁してくれない?」

「そう、可愛いもお金もジャスティスエンドパワーだったんです。友達が出来て一緒に色々なところで遊ぶことで、私はより村と街の違いを知っていきました。でも費用は全部私持ちだったのでお金はすぐになくなりました」

「もう勘弁してくれ……」

「そんな時です。可愛さをアピールしつつ男性と一緒に食事をしてお金を貰えるアルバイトを紹介されたのは……」

「おいおい、それはダメだろう! まさかやってないよな!?」

「二つ返事で受けました」

「やっちゃったよ!」

「お仕事は簡単です。おじさんと楽しく食事をして、お仕事の愚痴を聞いて、後で依頼人にその内容を話すというものでした」

「あれ? ちょっと待って。思ってたのと違って良かったけど、それはそれでおかしくない?」

「別におかしくないですよ。依頼人からはエージェントとか呼ばれてましたし、お相手は貴族や大きな商店の方でしたけど、特に問題はありませんでした。なぜか皆さん、その後しばらくして没落したりお店が潰れたりしてましたけどね」


 もしかして、ハニートラップ。


「でもその仕事のせいでしょうか。周りから逆に疎まれるようになっていきました。私は気付きました。大きすぎる力、すなわち可愛すぎると恐怖を感じさせてしまうのだ、と」

「いやたぶん、純粋に関わりたくなかったんじゃないか、と」

「仕方なく私は街を出ました。もう蚊ーさんに嘘はつきたくないので言いますけど、今の町に来たのは街より色々と御しやすそうと思ったからです」

「うわぁ、嬉しくない正直者」

「そして武具屋で働いたのは、店長が扱いやすそうでお給金も良かったからです」

「うわぁ……聞きたくないよぉ」

「そして私は、町一番の可愛い町娘として生活し始めました。まだ村の外の常識を知らなかったので街ではいろいろと間違ってしまいましたけど、もちろん今では蚊ーさんの言いたいことも理解できます」

「まぁこの村出発じゃあなぁ……」

「はい、そしてだからこそ、妹を外に連れ出したいと思ったんです。この村の中で生まれ、狭い価値観で生きていくのではなくて、外の世界で自由に暮らして欲しいと思いました。だから私の夢は家を買ってユーコと一緒に住むというものに変わったんです。そのために、お金を貯めることだけ考えて生きてきました。でも街での失敗もありますし、やりすぎないようにはしていたつもりです」

「正直言って……ひどいな」

「そう言われても仕方ないとは思います。でも、早くユーコを村から連れ出したかったんです。私のような思いをしないように、ちゃんと家を買ってあの子を受け入れられる準備をして、その上であの子を外に出したかったんです……」


 騎士様を探して村を出た泥芋好きのフィーコは、酸いも甘いも噛み分けて今のフィーユに変わった。

 そして自分と同じような思いをさせずに妹を外の世界に出したいと願った。

 それが、フィーユ・ウメタ・アルトゥリアの話したこれまでの話の要約だ。


「そうなると村の話をしたくなかったって言うのは、ただ田舎者だと気にしてたというよりは、経験上お前にとっては弱さ、弱点をさらけ出すみたいなものだからってところか」

「言葉にすれば、そうかもしれませんね。なんか、どうしても躊躇っちゃって……ちゃんと話そうと思ったんですけど、つい癖であんな話をしてしまいました。でも言い訳ですけど、私の両親が村を出た後、アーコの両親にお世話になってたんです。だからお二人が亡くなってショックだったことも、それが村を出るきっかけになったのも本当です」

「そうか……」


 なんともひどい話だった。

 正直聞かなきゃ良かったと思う部分も確かにある。

 だけど、やっとフィーユの正体を知れたと、安堵するような喜ぶような自分もいる。

 あの凶悪な営業スマイルが、厳しい外の世界で生きていくために生まれたものであり、そしてやはりそれは妹と生活するために使われていたのだというのは、ある意味では救われた気分だった。


「なぁ、フィーユ」

「は、はいっ……」


 なぜか少し上擦った声で応えてくる。

 どこか不安気な瞳は、やはり全てを話したが故だろうか。


「何もかもを話せなんて言わない、言いたいことは言わなくていい。でも嘘はもうやめて欲しい。お前がどうかは知らないし、勝手な話だとは思うけど、俺にはお前しかいないんだ。だからってわけじゃないけどさ、お前がどんな村出身だろうと、何を夢見てようと、別に馬鹿にしたりも見放したりもしない。妹の為に金を貯める守銭奴なフィーユでも、村出身で泥芋好きのフィーコでも、俺にとってはお前はお前だ。……まぁ、俺は蚊だけどな」


 なんだろう、何を言っても、結局のところ俺は蚊なんだよ。片っ端から何言ってるんだろうって強制的に思わさせられるこの辛さ。

 ほんとあの巨大幼女見てろよ、いつか絶対に仕返ししてやる。


「……はい」


 蚊に言われたのがよほど堪えたのか、フィーユはまた顔を膝に埋める。

 変わらずまだ耳が赤い。

 ふと耳から血を吸ったら美味いんだろうか、と思ってしまう蚊な自分がほんとイヤ。


「あの……」


 少しだけ顔を上げ、フィーユは潤んだ瞳を向けてくる。


「じゃあ蚊ーさんも嘘つかないでくださいね?」


 俺は嘘なんてついた覚えもつく気もないが、公平性を期して「わかった」と伝えた。

 フィーユはまた俯いてしまい表情は見えないが、少しだけ緩んだ口元が微笑んでいるように見えた。

 眠ってしまったかのようにそのまま黙りこくったままのフィーユを眺め、ふと視線を感じて後ろを振り返るとあんぐりと口と目を開いたユーコが物陰から覗いていた。




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