第二十五匹:今頃パンツ丸出し。
周囲の中でひと際高い山の中腹に、石を積み上げただけの墓が幾つも並んだ場所があった。
その中の並んだ二つに、道すがら摘んできた花を一つずつ添える。
一段落つき、フィーユはユーコに一緒に墓参りに行こうと誘ってここまで来た。
姉妹は墓前の前に並んで座り、しばらくの間二人揃って黙祷を捧げていた。
「私、やりましたよ」
呟くようにそう言ってフィーユは墓前に頭を下げる。
両親を病で亡くし、姉妹で街に住めるだけの資金を稼ぐ為にフィーユは村を出たのだと言っていた。
そしてこの騒動の末に、フィーユはその願いを叶えるチャンスを手に入れた。
今日はその報告に来たのだろう。
俺も黙って、並ぶ姉妹と共に墓前に祈りを捧げる。
何の因果か共に過ごすようになったのだから、俺も二人が幸せになれるよう手伝います。だから安心して眠ってください。
……まぁ俺、蚊なんですけどね。
会ったこともない二人が、なんとも言えない微妙な顔をしているであろうことだけは想像に難くなかった。
「やっぱりここに来てたんだべな、フィーコ。でなくてフィーユ」
「……アーコ。帰ってきたんですね」
振り向けば、そこにいたのは確かに町で別れたアーコだ。
ドラゴン戦からさらに数日、今さら戻ってきたということは、ほんとにこいつ歩いてきたのか。
「いやあ、帰ってきたらドラゲどころかハルピュイアまで倒したって聞いてびっくりしたべ」
「えぇ色々ありましたけど、なんとかなりました……」
「しかもフィーユの命令で村引っ越すってんだから、またびっくりだべや」
そう、ドラゴンとドラゴンに勝ったハルピュイアを討伐したフィーユは、勝者が絶対のこの村で一番の権力を手にした。
それは同時に、討伐したドラゴンの所有者になったということでもあった。
フィーユが着ているドラゴンの革を使った装備が高級品であったように、ドラゴンは素材として高値で取引される。
それを思い出したフィーユは、
「蚊ーさん、鮮度が良いほど高値がつきます。解体と運搬のために力を貸して下さい。今すぐにッ!」
迷わず吸血鬼化を選んだ。
俺の能力、こんなのばかりに使われている。
前回はケノタウロスの討伐と運搬、今度はドラゴンの解体と運搬。もはや素材運搬の業者みたいな扱いである。
普通戦いのクライマックスで使われて勝利に導く役だと思うのだが、蚊だからかなぁ、それとも最初のオーク戦で出遅れたからかなぁ……。もう期待しても無駄なんだろうなぁ。
そんな俺の諦めを他所に、フィーユは村人達と共に聖槍でドラゴンを解体し、町で売却の手配までを迅速に行った。
そのおかげでドラゴン売却による見込み利益は途轍もない金額らしく、フィーユはその半分を村に残すことにした。
ただし、それは村を町よりの場所に移し、発展されるための資金として使うこと。
それがフィーユの出した条件、というより命令である。
崇拝する神であり村人の祖であるナイト・クロウとやらが残した土地から離れるわけにはいかないと、当然ながら反対があったものの、
「所詮この世は弱肉強食」
という言葉でピタリと収まった。
それでいいのかよ、とは思うがもはやこれもまた今さらだ。
そしてこんな部族が近くに突然引っ越してくる町民のこれからは、まぁご愁傷様としか言えないぜ。
「おっとうもおっかあも、今のフィーユ見たら驚くべ」
姉妹の横に座ったアーコも墓前へと頭を下げ、そのまま横から見上げるようにフィーユを見る。
「昔っからフィーユは変わり者だと言われてたけども、そのフィーユが村一番になって変えてしまったんだべからな」
「昔の話はいいじゃないですか。それより、どうですかアーコ。私はユーコと一緒に町に戻りますけど、あなたも一緒に来ませんか」
「そりゃ嬉しいお誘いだけども、あたいには町はハイカラすぎんべや。それにこれから村も忙しくなるし、おっとうとおっかあの墓もここにあんしなぁ。なぁ、おっとう、おっかあ」
アーコは目の前の墓前に木の実を添えて語りかけているが、……何かが俺の中で引っかかった。
まるでそれを察し、強引に話題を変えようとするかのようにフィーユが早口で喋り出す。
「でもほら、少し町にいればすぐ慣れますよ? お墓のことは他の人にまかせてもいいじゃないですか。先日は時間がありませんでしたが、町で色々と連れて行きたいところもあるんですよ。例えば柔らかくて甘いお菓子とか、この村にはないでしょ?」
「いやぁ、それはフィーユだからだっぺよ。フィーユもフィーユのおっとうとおっかあに似て、あぐれっしぶだからなぁ。あたいには無理だぁ。そういえば、何してんだろな? フィーユのおっとうとおっかあは」
「……な、なにして、るんでしょうね……」
「…………おい、フィーユ」
俺の呼びかけにフィーユは反応しない。
「なんていうか、ほら、あの、きっと幸せにやってるんじゃないですか? もう今頃は世界の果て、あの世的なところまで行ってたりとか」
あの世的なところってどこだよ。
たぶんそれ、ここだよ。
「お姉強うなったべや。おっとうとおっかあもきっと強うなってるべや。どっかで今頃パンツ丸出しだべな」
ユーコのパンツに関する概念が歪み過ぎててマジやばい。
が、今問題なのはそこじゃない。
いやそこも問題だけれども。
「なぁ、フィーユ。なんか話の流れ的に、お前の両親生きてるっぽいんだけど、気のせいか? お前、両親が亡くなったのをきっかけに村から出たとか言ってたよな」
俺の質問にフィーユは応えない。
その代わりとばかりに、冷や汗が首筋を流れていく。
まあそれはそれとして、そんなの見せられると血が吸いたくなっちゃう。
「ユーコ、強い人はパンツ見せるのが当たり前みたいな考え方は治していきましょうね」
「黒髪の勇者はパンツ丸出しだったべや。お姉もパンツ見えそうな服着てるべや。強ければパンツ見せ、弱ければパンツ見せられるべ」
「そいやぁ、都会の女子はみんなスカート短かったべ。どころか、肌出しておっぱい見えそうな格好してたんべや」
「強ければおっぱい見せ、弱ければおっぱい見せられる……? ……お姉、は……どうすれば……」
「ユーコ、それ以上言ったら、いくらあなたでも容赦しませんからね」
戸惑い頭を抱えるユーコを嗜めつつフィーユは急くように立ち上がる。
「さぁ! 戻りましょうか。色々と準備もありますし、お墓参りも済みましたし、戻りましょう、そうしましょう!」
「……そういえば」
ワザとらしく話を打ち切ろうと二人を急かしたフィーユだったが、アーコはお構いなしにそこから見える風景を懐かしそうに眺めてから、フィーユに視線を戻す。
「覚えてんべや、フィーユ? 村さ出るって教えてもらったんが、ここだったべなぁ」
「あぁぁぁッ! そうでしたねええ! でもほらここ虫がいますし、蚊がいますし、とりあえず村に帰りませんかねええぇッ!!」
「あたいのおっとうとおっかあが病気で死んで、こんなのおかしいって、こんな村出てやるってフィーユがここで言いだして、あの時はあたいもびっくりしたべや」
「なんでアーコ無視すんべや! 帰ろうって言うてんべやああぁッ!!」
「でも思えば、フィーユのおっとうとおっかあが、強い奴に会いに行く言うて村を出た時から、なんとなくフィーユも出て行く気はしてたべや」
「……はい。そうですね、わかりました。もう行きませんか、行ってくれませんか? もう行きますよ? 先に行っちゃいますからね?」
宣言どおり、フィーユはとぼとぼと歩き出す。
このまま、こいつを責め立てたい。血を吸いながら罵倒してやりたい。
何が病で亡くなっただ、それも嘘だったんじゃねぇか!
しかも両親不在の理由がストリートのファイターじゃねぇか!
思いっきり耳元でそう言ってやりたいが、それを堪えて立ち去るフィーユからふわりと飛び立つ。
「……ッ!?」
先ほどからチラチラとこちらを見ていたフィーユが、青い顔をして飛び立つ俺に気付いた。
そしてフィーユの足が止まる。
「お姉、どうしたんべや?」
「……いえ、別に? やっぱり、ほらみんなで帰りましょう。アーコ、さぁ戻りましょう」
やはり、まだ何かある。
既に嘘がばれているのに、まだ何かを聞かせまいとしている。
そしてそれは、間違いなくアーコが語ろうとしているものだろう。
「でもなぁ、あの夢聞いたときはやっぱり一番驚いたべ。フィーユはやっぱりフィーユのおっとうとおっかあの子だべな。あたいら他の村のもんとは違うべ。ユーコだってあたいらとは感性が一味違うべやな」
「お姉の夢? うち知らんべや」
「アーコ? 何で私をずっと無視するんですか? 怒ってます? 謝りますから勘弁してもらえませんか!?」
「ユーコ、あんたのお姉はすごいべや。なんて言ったって――」
「うわあああああぁぁッ!!!!」
青い顔を今度は赤くしながらフィーユが二人の間に突っ込んだ。
「どしたべやフィーユ?」
「アーコ、私との勝負で負けましたよね! では黙ってください! その話はしないでください!」
「その話ってどの話だべや? あれか、あんたがナイト・クロウ様の騎士様みたいな男見つけて外で幸せになるんだって言って出てったことだべか?」
「……」
フィーユは虚ろな目で空を見上げた。
それとは対照的に、ユーコはキラキラと目を輝かせながら、姉とアーコを交互に見つめている。
「すごいなぁ!」
「んだな、あんたのお姉はすごいべや。魔境の田舎者なんて呼ばれてるけども、それでも良いって言ってくれる強くて優しい男を探すんだって出たんだべ。あたいらは外から強いもんを呼び込んで属化すっけども、あんたのお姉はその逆を一人でやるって言い出して出て行ったんべや」
「うち知らんかったべや。すごいなぁ、お姉は。強き者はれんあいけっこん、弱き者はみあいけっこん言うことべな。だべな? お姉。……お姉?」
青から赤へと変わったと思えば、今度は真っ白なフィーユがそこにいた。
膝から崩れ落ち、そのまま下り坂を転がっていく。
「お姉、パンツ見えてんべや」
そんなユーコの言葉にすら、もうフィーユは反応しない。
「やっぱり、昔も今も、お姉は強いんだべなぁ」
何を納得したのか知らないが、うんうんとユーコは頷き、二人が見守る中、フィーユは坂を転がり続けていったのだった。




