第二十四匹:営業スマイル。
蝙蝠が絶叫したような甲高い笑い声が洞穴から幾つも響き、それを押し流す濁流のような悲鳴が洞穴の奥から響き続けている。
「貴様等あぁぁぁ!! 許さんぞぉぉぉッ!!!!」
姿は見えないが声からすると、それは疲弊しきった断末魔の悲鳴に近いものだった。
「ひひひひっ! 許されんのはあんたやぼけえっ! ロリコン、このくそロリコンがあ!! まともな女に相手にもされへんから、そんなんなったんやろお!!」
「そうや! 相手にもされへんような頭しか持ってへんからそんなんなるねん! この不適合者!! 不適合者やからドラゴンのくせに大したこともあらへん!!」
「くそおおっ!! その胸を隠せ、ミイラ共がああッ!! そんなもの見せられてまともに戦えるかあああッ!!」
ちょっと、いやだいぶドラゴンの気持ちはわかる。
「なんやそれ、なんや女の乳もまともに見たことないんかいな! それやったら教えたろうやないか!! みっちゃん、さえちゃん、そいつに押し付けてやりや!!」
「やめろおお!! やめてくれえええええ!!」
「うけけけっ! うけけけけけっ!! どうやの、初めての胸の感触はあああ!!」
「ぎやああああああああッ!!!!」
なんだろう。
ちょっと悲しくなってきた。
許されないにしても、せめてひと思いにやってあげてもらえないだろうか。
戦いはそれからさらに数時間続いた。
声だけしか届かないが、それはそれはもう酷い戦いだった。
やがて、双方の声が途絶え、代わりに聞こえ始めた断続的な地響きが徐々に大きくなっていき……。
暗闇の中から、ドラゴンが姿を現した。
その背に無数のハルピュイアを乗せ、剥がれた鱗の内の肉を喰われながら、それでもドラゴンは這い這いの体で目の前に現れたのだ。
村人達が息を飲む中、潰れかけた眼でフィーユを睨み、ドラゴンは最後の言葉を吐こうとするかのように、血反吐の流れる大きな口を動かす。
「聖的一閃」
放たれた斬撃がその口を切り裂く。
もはや痛みを叫ぶこともできず、それでもフィーユを睨み、血を噴出しながらドラゴンがまだ何かを言おうとするが。
「聖的一閃、一閃、一閃一閃一閃一閃一閃、うあああああああああああああッ!!!!」
涙が頬を伝うのも髪が振り乱れるのにも構わず、フィーユは子供のように泣き叫びながら技を放ち続ける。
「私のいない間に、私の妹に、何をしてくれようとしてんべやッ! この変態ドラゴンがあああああッ!! 許さない、許さない!! 絶対に、許さない――ッ!!!!!」
辞世の句を読むチャンスも与えられないまま、切り刻まれたドラゴンの頭が地面に轟音を上げて落ちる。それでもフィーユは泣き喚きながら槍を振るい続けた。
しかしもうドラゴンは身じろぎ一つ、瞬き一つすることもない。
遂に、賽の目が出たのだ。
だがドラゴンを倒したとはいえ、目の前ではそのドラゴンを無力化した凶悪な顔のハルピュイアが、死骸の肉を啄ばんでいる。
それを前にしては誰も歓声を上げるなどするはずもなく、声すら上げられないでいた。
俺の考えた案も、ここまでだ。
しかしハルピュイアは隙さえ見せなければ襲っては来ないと聞いた。ならばドラゴンを野放しにするよりはマシで、村の脅威自体はひとまずこれでなくなったはずだ。
それでも俺ですら息を飲んでしまうのは、裂けたような口で肉を啄ばみながら、合間に罵倒の言葉を口にするハルピュイアの群れが、ドラゴン以上に恐ろしいものにしか見えなかったから。
そんな中で、荒い息をなんとか整えて乱暴に涙を拭ったフィーユは、唐突にニコリと笑顔を作ってから顔を上げた。
「さあ皆さん、喉が渇いたでしょう。お酒を用意してありますから、是非飲んでください」
そこにあったのは、目の前の惨状と同じぐらいにゾッとするような、完璧に作り込まれた空笑いだった。
「本当にありがとうございます。何てお礼を言ったらいいのかわかりません。全てみなさんのおかげです」
冷徹で精緻な営業スマイルを浮かべながら、賛辞と謝辞を口にするフィーユの勧めでハルピュイア達は酒で喉を潤す。
ドラゴンの肉と合うらしく、そのまま彼女達はたっぷりと勝利の宴を楽しんだ。
その後、動けない程に酔った彼女達がどうなったかなんて、もう思い出したくもない……。
一つだけいえるのは、出たとこ勝負というか出鱈目というか、結局最後にはフィーユが全てを持っていったものの、とにかく村もユーコもそしてフィーユも危機から救われたということだ。
あとついでで付け加えるならば、もう一度いつもの営業スマイルが見たいとか思ったのは、一時の気の迷いであったということだ。
ほんと、猛省しています……。




