第ニ十三匹:化け物には化け物。
俺の案を聞いたフィーユはさすがに面食らっていた。
というか、どう反応していいのかわからないという酷く呆れたような嫌そうな顔をしていたが、それでも可能性があるならとそれを承諾した。
村へと戻り、頭を覆いかぶせる真っ白な衣装の手配と酒樽の手配を済ませ、そしてフィーユの首にぴったり合う革の輪をありあわせで作る。
次いで休む暇もなくフィーユは村から離れてハルピュイアと遭遇した場所へと向かった。
「よよよよ……」
髪を乱し服を汚し、弱々しく泣きながらフィーユはハルピュイアの興味を引く。
さすが五キロ先の不倫を見逃さないだけはあり、すぐにまんまと一羽のハルピュイアが近づいてきた。
「どうしたのあんたぁ、一日でそんなやつれてしもうてからに」
見た目ほぼ同じなので判別できないが、それは昨日出会った個体のようだった。
「うぅ……、いえ、なんでも……ないんです」
憔悴しきったフィーユに興味を覚えたのか、ハルピュイアは声を上げ、さらにもう二羽を呼び寄せた。
しかしフィーユは静かに泣くばかりで何も言わない。
よけいに興味を引かれたのか、ハルピュイア達は何やら期待するような凶悪な笑みで優しい言葉をかけ続け、なんとかフィーユから話を聞きだそうとしてきた。
「実は……、いえ、すみません。みなさんにはご迷惑をかけられません」
「なんやあんた、言うてみぃって」
「そやで、言うだけなら無料やんか」
「ちょっとゆうちゃん、言い辛いことなんやろ、その言い方はあかんって。でもあんた言うだけでも楽になるいうのもあるで」
「……そう、ですね、ありがとうございます。実は……」
悲痛に顔を歪めて、フィーユは守るように自分の両肩を抱く。
小さくなって震えるその姿を見て、一羽のハルピュイアがハッと何かに気付いた。
「まさか、この子、乱暴されたんちゃうん」
「えぇ!? ほんまなん?」
「でも確かに、昨日は小奇麗にしとったのに、今日はなんや……汚れてしもうて」
汚れてしまった、その言葉にフィーユはビクリと肩を跳ねさせ、それを見たハルピュイアは顔を青ざめる。
「あんた……」
「あの、いえ、違うんです。そこまでのことでは……」
「そこまでッ!? そこまで言うことは、あんたほんまに何かされたんやないか、何ぃ、誰に何されたん」
「うぐっ……うぅ……ッ」
ポロポロと涙を流しながら――水筒の水だけど――フィーユは何が起こったかをハルピュイアのおばちゃんに説明した。
ドラゴンに妹を差し出すように脅されているということ、その身代わりとして自身を差し出すと言ったところ年齢的にギリギリと返されそうになったわりに、性的な目で見られセクハラを受けたこと。
「なんやそれ、気色の悪い」
「でもドラゴン言うたらあれやで、生贄要求するもんやで。それもたいてい女や」
「そやなぁ、可哀想やけどそういうもんやいうのはあるなあ」
「言うてもみっちゃん、この子でギリギリいうて、そらおかしいやろ」
「そやかて大抵生贄言うたら若い女や。昔っからそうやからなぁ」
いまいちハルピュイアの食いつきが悪い。
それも予想してフィーユには対策を伝えてはあるが、果たして上手く食いつくかどうか。
「いいんです、すみません。聞いて頂いてちょっとスッキリしました。ちょっとご主人様の為に買出しに行かなければいけませんので、申し訳ありませんけど私はこれで……」
「ちょっと待ちぃ。なにぃご主人様って。あんた誰かに仕えとるん?」
「え、あぁ、そう……なりますね。結局私も生贄になれと言われまして、それで自分のことはご主人様と呼べって、あのドラゴンが……」
涙を拭いながら弱々しい笑みを浮かべ、フィーユは乱れて肩にかかった髪を払う。
フィーユの話を聞き嫌悪感を顕にしていた一羽のハルピュイアが、その首につけられたものを見つけた。
「あんた、昨日そんなもんしてへんかったけど、何つけとんの」
「これは……首輪です。ご主人様から自分のものである証につけろと言われて」
「……変態やんか!?」
先ほどから明らかに一羽は食いついてきてる。
ゆうちゃんか、みっちゃんか、さえちゃんかは知らないが。
「完全な変質者やんか、これあかんのちゃうん? 通報したほうがえんとちゃう?」
「いや通報言うて、ドラゴン通報してどないすんのよ」
「そやでぇ。でもそんなもん近くにおられたら敵わんなぁ」
「それやゆうちゃん、うちらもそんなん怖いやんかぁ」
今だ。
そんな俺の意思が伝わったかのように、すぐさまフィーユはハルピュイア達に向けて言い放った。
「それは大丈夫だと思いま……あッ!」
わざとらしく言いかけた言葉を飲む。
それでもハルピュイア達を引きつけるのは成功したようだった。
「なにぃ? 途中でやめられたら気になるやん」
「すみません! でも、お聞きにならない方が……」
「なによ、そんな言い方されたら、聞かんわけにいかんやんか」
「でもほんとに、皆さん気を悪くされてしまうでしょうし……」
「怒らんから言うてみ?」
「私の口からはとても……でも、でしたら――」
フィーユはたっぷりと言い出せずにいる演技をした後、おずおずと躊躇いがちに口を開く。
「直接お聞きになってみては、いかがでしょうか」
◇
フィーユは三羽のハルピュイアを連れて、ドラゴンのいる洞穴へとやって来た。
その穴の最奥にドラゴンが居ついているのだが、彼らにも縄張り意識というものがあるらしく、積極的には入ろうとしない。
だがこちらとしてはそれも好都合だった。
「大丈夫です。耳を澄ませばここでも聞こえると思いますので」
言われるがままハルピュイアが入り口に待機し、フィーユだけが洞穴へ入っていく。
そして彼女らから見えなくなった所で突き出た岩肌の陰に隠れ、十分な時間を置いてから喋り出す。
「……お眠りの所お邪魔します、ご主人様。ご機嫌いかがでしょうか」
「主か……あいかわらずの未発育。賞賛に値する」
「……」
物凄い顔をしてフィーユは洞穴の反対側へと顔を向ける。
「……あ、あの、はい。お、お喜びいただけて……良かった、です」
見開かれたフィーユの目が、瞬きを忘れたまま俺を凝視していた。
「やはり膨らみかけが一番良い」
「……あ、おま……ご主人様、それより、やはり生贄の件はお許し頂けないでしょうか」
「当たり前じゃあん。メインディッシュだよ、ストライクゾーンだよ? お前の妹はワシの嫁、姉のお前は愛人枠。たっぷりとご奉仕してもらわねばならん。無論、昼も、夜もな。フヒヒヒ」
「きも……で、ですが、やはりご主人様のような方には大人の女性がよろしいかと。ほら、例えばですけど、最近この辺りにハルピュイアさんもいらっしゃいますよ」
「あっはっはっ、なんだあの飛ぶ汚物。今朝も言ったが十二歳以上は熟女だ。そして十三歳以上はミイラか化け物だ」
「でも、いえ、ですが、ハルピュイアは生まれてすぐ大人の姿になられるそうですので、年齢的にはご主人様のお好みではないでしょうか」
「……マジかよ」
素で返してしまった。
心のどこかで、若いハルピュイアってどんなんだろうと少し期待していたことに気付く。
「……なんだその嬉しくないパターンのロリババアは。あんな目障りな汚物、そのうちワシが駆逐してやるわ、気色悪い。とにかく妹の件はダメだ! お前達姉妹は揃ってワシにご奉仕するロリメイドとして仕えるのだ。フヒヒヒ、たっぷりと可愛がってやろうではないかあ」
そのまましばらくフィーユとドラゴンの会話を捏造し、次はパンツと靴下のみでここに来いと言ってからフィーユを帰す。
顔の筋肉をぴくぴくと痙攣させながら入り口から出たフィーユを待っていたのは、さらに顔を引きつらせたハルピュイア達だった。
「なんや引きこもったまま、明かりも点けんとこそこそやってるドラゴンがおるとは聞いとったけど……」
「気色悪いもんに気色悪い言われてけったくそ悪いなぁ。なんなんあれ。ロリコンの変態やないの、気色悪い」
不快感をむき出しにした二羽がそう言い、もう一羽に視線をやる。
その瞬間、二羽は何かを覚悟したような表情をした。
そして二羽に見つめられたハルピュイアが、般若のような表情で言う。
「みっちゃん、ゆうちゃん、全員呼びぃや。こないなもん生かしとったらあかん、働きもせず引きこもってるロリコンなんて、みんな犯罪者や」
「やる気かいな、エリちゃん」
「エリザベスが本気になってもうたら、もう止められへん。こりゃあ血の雨が降るでえ」
最後の一羽がエリザベスというハルピュイアで初対面だったという、どうでもいいことがわかったところで作戦準備は整った。
助けてもらえるならと、フィーユは事前に伝えておいた作戦をハルピュイアに伝え、騙まし討ちを気に入ったハルピュイアはそれに乗ってくれた。
予想以上にハルピュイアが本気になってくれたこと以外は、俺の予定通りだ。
引きこもりのロリコン変態野郎が近所に住んでいる。
そりゃあもうハルピュイアという近所のおばさん属性を持っている生き物には十分すぎる餌であり、嫌悪と憂さ晴らしの対象になる。その考えは間違っていなかった。
準備を終えて村に戻ったフィーユは、用意されたものを確認しつつ不安を口にしながらも、頼りない希望を手繰り寄せていった。
暗澹とした表情にも少しだけ明るさが戻っていく。
「化け物には化け物をぶつける」
不意に、俺がフィーユに案を伝えた時言った台詞を口にする。
「最初聞いた時、こんな状況なのになに言ってんだこのバカ蚊、と思いましたけど、なんとか……なるかもしれません」
「お前、心の中でちょいちょい俺に酷いこと言ってるよな」
「す、すみません。でもそりゃそうですよ。いくらなんでも、スキャンダルネタで釣ってハルピュイアとドラゴンを戦わせるだなんて、できるとは思いませんもん」
普通の世界ならそうだろう。
でもここはそうじゃない。まともなものなど何一つない、ろくでもない世界だ。
だか、とはいえ俺にだって確信を持つことはできずにいた。だからこそ賭けだと言ったのだ。
そしてそれから二日後、遂にサイコロが振られ、その出目がわからぬままに数時間が経過した――。




