第二十二匹:賭け
「気持ち悪いぃぃぃぃぃッ!!!!」
わるいぃぃ
わるいぃぃ
わるいぃぃ
フィーユの心の叫びが木霊する。
穴から出て一直線に山を駆け上がり、さらには二つ目の山を登ってようやく吐き出した魂の悲鳴だ。
「なんなんですか、あれは!!」
「俺に言われても」
所謂、処女厨だ。
しかもロリコンも併発している。
ユニコーンが処女厨だとは聞いたことがあるが、ここではドラゴンもそうらしい。
もしかするとあの個体だけかもしれないが。たぶん違っても他の個体も何かしら性癖を持っていることだろう。
「あぁ、でも、あれには敵いませんね。見た瞬間にダメだと思ってしまいました。どうにか一日伸ばしましたけど……どうすればいいんでしょうね」
その場にへたり込み、フィーユは心細そうな瞳をこちらに向ける。
「やっぱりなんとか妹だけは逃がして、後は私がなんとかするしかありません。あのドラゴンは姉妹でとか言ってましたけど、これで結構、私男の人の相手は上手い方ですから、ドラゴン相手でも上手くやって見せますよ。町のパン屋のおじさんなんて、すぐにオマケしてくれましたし、店長だってちょっとお願いすれば、許してくれたりして」
恐怖からか絶望からか、ついでに嫌悪感もか、それらから逃げるように饒舌に喋りながら、フィーユはぎこちない営業スマイルを浮かべた。
「だから大丈夫です。あの町でやってたみたいに、上手くやって見せますよ」
そう言うくせに、今まで見た中で一番下手な作り笑いだ。
だからといって上手くされても、その営業スマイルが俺は嫌いだ。
蚊にされた挙句、出会った勇者は守銭奴でやる気もない上に、算盤勘定で笑顔をおっさん達に向ける系の女子だ。
まったくせっかく異世界に来たっていうのに、たまったもんじゃない。
それなのに、なぜだろうか。
もう一度、あの計算づくで作られた笑顔を見たいと思うのは。
「フィーユ。残りの時間、俺の案に賭けてみないか」
◇
生贄を差し出す約束の日、幾つもの酒樽と食料が洞穴の前に並べられ、真っ白い衣を頭から被った二人が輿の上に乗せられて数名の村人により穴の中へと運ばれていく。
ローブを着込んだ村人が輿の周囲を守るように歩き、それぞれが持った松明の火がやがて鼻息を荒くして待っていたドラゴンの顔を照らした。
「ようやく来たか」
待ちきれないとばかりに、ドラゴンは身じろぎ頭を上げる。
「さぁその顔をよく見せてみろ」
真っ白なベールを目深にかぶった二人に、急くように声をかけるが二人は動かない。
ギロリと巨大な目を動かし、ドラゴンは不意に怪訝そうな声を出した。
「妹よ、主はそんなに大きかったか」
「大きいあなた様の為に、大きくなったのでございます」
「ふむ……そうか」
大きな目が、ギョロリともう一方へと向けられる。
「姉よ、主はそんなに小さかったか」
「あなた様の趣味に合わせて、小さくなったのでございます」
「ふむ……そうかそうか」
少しドラゴンの顔が明るくなる。
納得して喜んでんじゃねぇよ、このロリゴンが。
「しかし主ら、主らはそんなに足が太かったか」
「あなた様のお世話をより迅速にできるように、太くなったのでございます」
「……そうか」
グググ、と音を上げてドラゴンの眉間に皺が寄った。
「それに主ら、妙に声がしわがれていないか」
「あなた様にこの身を捧げられる喜びから、毎晩泣いていたからにございます」
「それにしても主ら、その口はなんだ。まるで裂けたように大きいではないか」
「えぇ。そうでなければあなた様を……」
「……ワシを……?」
怪訝な表情の巨大な顔を前にして、白いベールの二人がゆっくりと顔を上げる。
「喰い殺せんからなあぁぁッ!!」
そう叫ぶや否や白い衣が宙を舞い、中から現れたハルピュイアが翼をはためかせる。
さらに、洞穴の前に置かれた樽の中からも、次々ハルピュイアが飛び立ち、洞穴内を蝙蝠のように飛び回った。
「主ら、謀ったなああああぁ!!」
ドラゴンの怒号とハルピュイアの罵声が混ざり反響し、村人達は耳を押さえあわてて外に逃げ出した。
残された無数の松明の炎に照らされ、巨大な影とそれにまとわりつくような小さな影が洞窟内の壁で激しく混ざり合う。
鉄壁ともいえる鱗を持つ巨大なドラゴンだが、窮屈な洞穴の中では思うように身動きが取れず、反撃しようと動くたびに壁や天井に身体をぶつけては金属音を上げている。
対して、鋼の鎧すら引き裂く爪を持つハルピュイアは、洞穴の中でも器用に飛びまわり、その爪でドラゴンをいたぶり続ける。
そして何よりは、相手の存在そのものを否定するような鋭い言葉の数々が、穴の中で反響しドラゴンに襲いかかっていた。
もはや弁解の余地はない。一度標的と決めたハルピュイアは容赦ない。
一日中暗い穴の中に引きこもっているロリコンの処女厨であるドラゴンは、彼女達に完全に敵と見なされているのだ。
「ほんとに……うまくいくとは……」
状況を見守り、一番最後に洞穴から出たフィーユは 外まで反響してくる罵詈雑言と怒号を聞きながらぽつりと漏らす。
俺だって気持ちは同じだ。
なにせ、ここまで準備を整えることすら賭けだったのだから――。




